MJのテレビ映画製作を発表

マイケル・ジャクソンの新作テレビ映画が発表された。アメリカのケーブル・ネットワーク、Lifetime(TLCやアリーヤ、トニー・ブラクストンの伝記映画をすでに製作している)が製作しており、タイトルは「Michael Jackson: Searching For Neverland」とされている。この映画は、ボディガードの目線でマイケルの最後の年月を語るものとなる。

Deadlineの報道によれば、この映画の主演は著名なマイケル・ジャクソンのトリビュート・アーティストのNaviだという。エグゼクティブ・プロデューサーは、マイケルの初期のキャリアで共に仕事をしたこともあり、1992年のテレビシリーズ「The Jacksons: An American Dream」にも関わったスザンヌ・ド・パッシーである。放映日時は未定。


■New MJ TV Movie Announced

A new Michael Jackson TV movie has been announced. US cable network Lifetime, which has already made biopics of artists including TLC, Aaliyah and Toni Braxton, are behind the film, which has the working title ‘Michael Jackson: Searching For Neverland.’ The film will tell the story of Michael’s final years through the eyes of his bodyguards.

Deadline reports that the film will star renowned Michael Jackson tribute artist Navi. It is being executive-produced by Suzanne de Passe, who worked with Michael early in his career and also on the 1992 TV series ‘The Jacksons: An American Dream’. No premiere date has been confirmed yet.

Source: NME & MJWN

プリンス、父の足跡を追うことについて語る

伝説のシンガー、故マイケル・ジャクソンの息子のプリンス・ジャクソンが、自身の音楽ビジネスや亡き父を倣った慈善活動について語った。

マイケル・ジャクソンは2009年6月25日に心不全で死去した。

「僕たちが成長する中で、父やいつも言っていました。『君たちがそれで幸せなら、何をしようと僕は構わない、やりたいことをするのが一番だ。たとえばもしハイスクールの門番をやりたいなら、可能な限り最高の門番になるべきだ』って」とプリンスは今日のGMA(Good Morning America?)で語っている。

「だから父は、僕や妹、弟たちにをいつも支えてくれていたでしょう。僕たちが挑むどんな冒険も応援してくれたと思います」。

20歳のプリンスは現在ロサンゼルスのロヨラ・メリーマウント大の学生だ。彼は大学で学生チャリティー団体「Heal Los Angles」を共同で立ち上げた。

プリンスによれば、「Heal Los Angles」の使命は、児童虐待やホームレス、飢餓を無くすことだという。亡き父のチャリティー団体「Heal the World」がその根本にある。

「最近、僕たちはA Sense of Homeという慈善団体と提携しました。ホームレス化を防ぐ社会システムから外れて育った子供たちを支援する団体です。一度システムから外れてしまうと自活はとても難しいのです」と彼は説明する。

慈善活動以外では、プリンスは製作会社King's Son Productionsを自ら運営している。

「父はキング・オブ・ポップでした。King's Son Productionsにはこういう信念が込められています。つまり、称号は得るもの、でも名前は与えられるものということです。僕はプリンスとして生まれました。父が僕に与えてくれた名前です。でも父はキング・オブ・ポップという称号を自分の力で手に入れました。ハードな仕事をこなし、トレーニングを重ねた末のものです。ハードに仕事をして獲得したすべてのものがこの称号につながっています。これがいわば動機ですね。僕の名前はプリンスですが、大きな目的のために、僕はキングの息子でいるのです。自身の称号が得られるような仕事をします」。

2016年、プリンスは「Automatic」と題された最初のビデオを製作した。そして、彼の父はその技能は実際よりも易しく見せていたと彼は明かした。

「『Automatic』をやった後、ちょっと調べたんです。事前にやっておくべきことだったのですが、それで気づいたんです。父のビデオ『Scream』は制作費が最も高額な部類のものだったんです。もちろん膨張に合わせていった結果だったのですが。でもたくさんのヒントが得られましたよ。ミュージック・ビデオにおける長尺のストーリーテリングという型式についてもね。というのも、音楽はアートなんです。心から湧き出すべきものだし、ストーリーを語ることができるビジュアル的な要素が必要なんです」。

好きなマイケル・ジャクソンのビデオはという問いに対して、彼は「Moonwalker」と「Smooth Criminal」を挙げた。

■Prince Michael Jackson speaks out on following in late father's footsteps

Prince Michael Jackson, the son of the legendary late singer Michael Jackson, is opening up about his own music venture and the charity work he does in his father's memory.

Michael Jackson died on June 25, 2009, after suffering cardiac arrest.

"As we were growing up my dad always said, 'I really don't care what you do in life, as long as you're happy doing it and you're the best at what you do. If you want to be a janitor at a high school, you should be the best janitor that you can be,'" Jackson said today on “GMA.”

"So, I think that he would always be the supporting figure to me and my siblings and support us in all the endeavors that we try," he added.

Prince Michael Jackson, 20, is currently a student at Loyola Marymount University in Los Angeles where he co-founded the charitable student organization "Heal Los Angeles."

According to Jackson, the mission of Heal Los Angeles is to end child abuse, homelessness and hunger. It was inspired by his father’s charitable organization, “Heal the World.”

“Recently, we have partnered with a charity called A Sense of Home, which supports foster kids who have aged out of the system in a sort of preempt against homelessness because it’s very hard to get on your feet once you’ve gotten out of the system,” he explained.

When he’s not doing philanthropy work, Jackson heads his own production company, King's Son Productions.

“My father was the King of Pop and King’s Son Productions has this mantra where a title is earned, but a name is given,” Jackson said. “So, I was born as Prince and that was the name my dad had given to me, but my dad had earned the epithet King of Pop and that’s through hard work and years of training and everything that he worked so hard to get. So it’s a form of motivation because my name is Prince, but for all intensive purposes I am the King’s son — working to get my own epithet.”

In 2016, Jackson put out the first video he produced called, “Automatic,” and admitted his dad made the craft look easier than it actually is.

“After doing ‘Automatic,’ I had done some research, which I should’ve probably done before, but I had found out that my dad’s music video ‘Scream’ was actually one of the most expensive music videos to make—adjusted for inflation of course, but I take a lot of inspiration for that as well with the long form of storytelling in music videos because music is an art," he said. "It’s something that should come from your heart and having an accompanied visual really can tell the story.”

As for his favorite Michael Jackson videos, Jackson chose “Moonwalker” and “Smooth Criminal.”

Source:abcnews.go.com

CR FASHION BOOK パリスのインタビュー

18歳になったマイケルの娘パリスには人生におけるグランドプランはまだない。製作中のアルバムがあるわけでもないし、モデル契約をしているわけでも、出版契約をしているわけでもない。テレビの出演が決まっているわけでもない(このインタビュー後にはあるかもしれないが)。その代わり、史上最も有名で成功したミュージシャンの娘として与えられた立場というものをよく知っている彼女は、自身の創造性を表現する手段を作り上げつつあり、また、関心は高いものの実際に行動に移す人が少ない大義のため、今でいえばノース・ダコタのスタンディング・ロック先住民居留地におけるダコタ・アクセス・パイプラインの建設中止を求める運動のために戦っている。受け継いだものとは無関係に、無限の可能性を秘めた思慮深いティーンとして、彼女は自分が正しいと思ったことに忠実に行動せずにはいられないのだ。去る1月、彼女はロサンゼルスで映画監督のリー・ダニエルズと会った。ゴールデングローブ賞に初めて出席した次の日のことだ。彼女は音楽やマイケルについて語った。

リー・ダニエルズ(LD):それでは、パリス・ジャクソンのご職業は?

パリス・ジャクソン(PJ):今はモデルのようなことをしています。

LD:その瞳と身長ですからね。

PJ:私は常に、やってみるということを考えています。ここ数年くらいは。私は行動主義というものを信じていて、もっと大きなことをやりたいのです。

LD:今の世の中でそれが可能だと思っているんですか?

PJ:ええ。大勢の人々が本当に怒っていると私は思っています。可能性は2通りあります。事態が悪くなる、または「あの人」、政府がするべきことをしない、だから自分たちの手でやる、ということです。ミレニアル世代の私たちはこの国の今後数年間を動かしていこうという気持ちがあります。私たちはこの国を自分たちがそうであってほしい国にすることができるのです。

LD:こう聞きたかったのかもしれません。つまり、時間はありますか?

PJ:今年は私たちの年代が立ち上がるところまでこぎつける年になることを願っています。暴力的な方法ではなく、リベラリズムを後押しするのです。これは同性婚から始まりました。私たちは平等を力強く推し進め、その結果こうなったのです。

LD:あなたが特に力を入れている大義とは?

PJ:私は動物虐待にとても怒りを感じています。

LD:そうすると毛皮禁止とか?

PJ:そう、私は本物の毛皮とか革製品は好きじゃありません。

LD:私はファーのハンモックを持っていますが、ぞっとするんです。

PJ:ファーのハンモックですか?(笑)

LD:どうか私を追っ払ったりしないでください。

PJ:とんでもありません!重要なことは、私は個人的に所有するということはないということです。持っているからと言ってあなたを嫌いになるということはありません。

LD:スタンディング・ロックを支持するタトゥーを入れましたね?

PJ:ええ、くるぶしのところへね。スー族の方が、パイプラインに反対する活動家の方ですが、デザインしてくれたんです。

LD:どのような媒体ででもいいのですが、あなたに語りかけているのは、あるいは語りかけたのはどのアーティストですか?

PJ:ジョン・レノンです。腕に彼の顔と「Imagine」の手書き歌詞のタトゥーを入れています。"Imagine all the peace"って入れてます。

LD:ソングライティングについて聞かせください。

PJ:自分のために書いています。つまらないものを吐き出す手段です。自分のキャリアのためとかそういうものではありません。私の家族にはすばらしいアーティストがたくさんいます。キャリアとして私がその道に進めば、私が音楽に対して感じていることを変えてしまうでしょう。それを望んではいません。

LD:治療的に使うということですか?

PJ:そうです。ただ聴き、書き、プレイするだけです。

LD:私は映画作りしかできません。詩を書くというのは私にとってとても美しいものです。いつ、どこで書くのですか?

PJ:計画するようなものではありません。車に乗っているときに歌詞を考えて書きとめておいて、後でメロディーを乗せる、という時もあります。

LD:一人で書くのですか?

PJ:バンドを結成しています。楽しむためにやっているんです。ボーイフレンドがドラマーで、ベーシストとバックアップ・ボーカルが他にいます。

LD:どんな音楽なんですか?

PJ:フォークのような感じです。ルミニアーズとジョニー・キャッシュを混ぜたような。

LD:歌詞を紹介してもらえますか?

PJ:私の歌にはメタファー(暗喩)がたくさんでてきます。「骨ばった指のようなあなたの冷たい氷の言葉がスケルトンのように私の首にまとわりつく」みたいな。

LD:ダークなガールだ(笑い)。これ、フォークですか?ちょっと暗いですよね?この先がどうなっているのかちょっと怖いです。間違いなくディープ、ディープです。

PJ:超ハードコアのヘビメタ風にも作れたんですけど、私に浮かんだメロディーは寒々しいものなのです。父はTOP40を聞きながら私を育てたのではないんですよ。

LD:どこか好きな時代に生き、アートを作ることができるとしたら、どの時代がいいですか?

PJ:たぶん60年代、それとも80年代中ころかな。

LD:80年代中盤は全てでしたね!でもどうして60年代なのか、というところに興味があります。

PJ:さっき、人々が立ち上がって平等を推し進める時だ、ということを言いましたよね。60年代は、アーティストが立ち上がって愛を生み出すという時代だったんです。戦争の代わりにね。アートして私がやりたいのはそういうことなんです。

LD:インスタグラムにお母様のデビーの化学療法のことを投稿しましたね。

PJ:化学療法は終わりました。あとは放射線治療だけです。

LD:ガンは無くなったんですか?

PJ:明日、放射線の治療の予約をしています。でも治療はそれが最後だと思っています。その後は寛解期に入り、2週間でタトゥーを自慢し合えるくらいに免疫システムが回復する見込みです。

LD:どんな種類のものですか?

PJ:彼女は首の後ろに私の星座牡羊座のタトゥーを入れるんです。私は彼女のいて座です。耳のところに。私は父のためにピアス穴を7つあけています。父のラッキー・ナンバーだからです。そしてここに、彼女のサインを入れるつもりです。いっしょにいるみたいに見えるから。

LD:これだけは言わせてください。あなたのお父様のことがなければ私はこの場にはいなかったでしょう。若いときに彼を見ていなければ、今の私のようなアーティストになるという勇気を持つことは私にはできなかったと思うからです。お父様を受け継ぐとしたら、どんなところを受け継ぎたいですか?

PJ:間違いなく強さです。知る限り、父は強い人でした。ありったけの愛と親切で何でもやろうとしていたのです。

LD:彼の影響は?

PJ:私のすべてのインスピレーションです。私のインスピレーションの99%は父のものだと言ってもいいと思います。父は私の世界にいつもいてくれます。私のルーツなんです。

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■With an interview by Lee Daniels

Paris Jackson, 18-year-old daughter of Michael, has not yet architected a grand life plan. She does not have an album in the works or a modeling contract signed or a book deal inked or a television cameo confirmed. (Well, maybe she will after this interview.) Instead, keenly aware of the platform afforded her as the daughter of the most celebrated and successful musician of all time, Jackson is focused on developing a vehicle for her creativity and fighting for bleeding-heart causes like, most currently and pressingly, halting the construction of the Dakota Access Pipeline at the Standing Rock Indian Reservation in North Dakota. Heritage aside, Jackson is compelling in her normality as a thoughtful teen with vast potential. Last January, she met with director Lee Daniels in Los Angeles, the day after her first Golden Globes, to talk about music and Michael.

LEE DANIELS So what does Paris Jackson do?

PARIS JACKSON Right now I’m doing the modeling thing.

LD Well, you got the eyes and the height.

PJ I’ve always wanted to try out acting, but maybe in a couple years. I really believe in activism and I want to do bigger things.

LD Do you believe that’s even possible in the world today?

PJ Yes. I think right now a lot of people are really, really angry. And there are two ways that things can go: it can go really bad, or we’ll see that the “man,” the government, is not doing what it’s supposed to do, and we’ll take it in our own hands. Millennials, people my age, we’re going to run the country in the next few years. We can make this country what we want it to be.

LD I guess my question to you is: is there time?

PJ I’m hoping that this year my generation will get to a point where we will rise up, not in a violent way, but start pushing for more liberalism. This happened with same-sex marriage. We pushed so hard for equality and it happened.

LD What is one cause you are extremely passionate about?

PJ I’m very against animal cruelty.

LD So does that mean fur is a no-go?

PJ Yeah, I don’t like real fur or real leather.

LD I have a fur hammock and I feel horrible about it.

PJ A fur hammock? [Laughs]

LD Please don’t make me get rid of it.

PJ No! See the thing is that I wouldn’t own it personally, but I’m not going to hate you for having that.

LD I know you have a tattoo in support of Standing Rock.

PJ Yes, it’s on my ankle. A member of the Sioux tribe, who is an activist and was protesting the pipeline, made the design.

LD Who is or was an artist, in any medium, who speaks to you?

PJ John Lennon. I have his face tattooed on my arm, and the lyrics of “Imagine” in his handwriting. It says, “Imagine all the peace.”

LD Tell me about your songwriting.

PJ I write music for myself. I use it as a way to get stuff out. It’s not something I see myself following career-wise. There are so many amazing artists in my family. If I were to do it as a career, it would change how I feel about music and I don’t want that to happen.

LD Is it therapeutic?

PJ Yeah, just listening to it, writing it, and playing it.

LD I can only write movies and stuff. The idea of making poetry is so beautiful to me. When and where do you write?

PJ I never plan it. Sometimes I’m in the car and I think of some lyrics and write it down and then maybe put a melody to it later.

LD Do you write alone?

PJ I’m in a band. We’re doing it for fun. My boyfriend’s the drummer and we have two others, a bassist and a backup vocalist.

LD What kind of music?

PJ Kind of like folk, like the Lumineers mixed with Johnny Cash.

LD Can you share a lyric?

PJ Most of my songs are just a bunch of metaphors. “Your ice cold words like bony fingers around my neck like a skeleton.”

LD Dark, girl. [Laughs] Is that folk? I mean, that’s sort of dark. I’m sort of scared where that’s going. It’s definitely, definitely deep.

PJ I could make it like a super hardcore heavy metal song, but the melody I have is more chill. Hey, my dad didn’t raise me listening to the Top 40.

LD If you could live and create art, music in any era—

PJ Probably the ’60s or the mid-’80s.

LD Mid-’80s was everything! But I’m curious as to why the ’60s?

PJ Earlier, when I mentioned people rising up and pushing toward equality, the ’60s was the time where even the artists were rising up and creating love instead of war. That’s what I want to do with my art. I want to do what they were trying to do in the ’60s.

LD You just posted on Instagram about your mother Debbie [Rowe]’s chemotherapy.

PJ She just finished. She only has radiation left.

LD So is she cancer-free?

PJ Tomorrow she’s getting marked for radiation, but I’m pretty sure that’s the last thing she has to do. And after that, she’ll be in remission and in two weeks her immune system will be strong enough for us to get matching tattoos.

LD What kind?

PJ She’s getting my zodiac sign, Aries, on the back of her neck and I’m getting her sign, Sagittarius, on the inside of my ear. I have seven piercings there for my father because that was his lucky number, and right here I’m going to get her sign so it’ll be a like they’re together.

LD Let me just say that I would not be here if it weren’t for your father. Because I don’t think I would have had the courage to be the artist that I am if I didn’t see him at a young age. If you could take a quality of your father’s, what would it be?

PJ Definitely his strength. He was the strongest person I know and tried to do everything with as much love and kindness as possible.

LD How does he inspire you?

PJ All of my inspiration, I would say 99 percent of my inspiration, comes from him, because he has always been my world. He is my roots.

Source: CR Fashion Book

アイルランドの隠れ家が売りに

かつてマイケル・ジャクソンが隠れ家として使ったこともある、ギネス家のアイルランドの屋敷ラガラが、3000万USドルで売りに出されている。かつて狩猟小屋として使われた、白壁の中世領主の屋敷は5000エーカーの広さだ。マイケルのほかに、ミック・ジャガーやU2のボノ、それにビートルズも滞在したことがある。

この屋敷は、2006年にマイケルが3ヶ月滞在していたことが明らかとなったことにより世界の見出しを飾った。ただし、この情報は彼が去った後に公表された。

人里離れたロケーションがラガラの魅力であり、ダブリンから40km離れた、氷河で作られた渓谷の谷底に横たわっている。深い森林と湖、銀色に輝く滝の数々に囲まれ、鹿などの狩猟動物も豊富だ。現在のオーナーがガレック・ブラウンであることも魅力を加えている。

アイルランドのビール会社の設立者、アーサー・ギネスから数えて6代目(来孫)であるブラウンは、自らもクラダ・レコードを設立した人物だ。60年代以降、彼は有名アーティストだけでなく、詩人や政治家もラガラに招いている。その彼も77歳となり、ラガラを売りに出すことを決めた。アイルランド・サザビーズに3000万米ドルで出品されている。

元々18世紀に建てられたラガラは、1937年にアーネスト・ギネスが末娘ウーナ(ガレック・ブラウンの母親)への結婚プレゼントとして入手した。ほぼ城と言ってもよいゴシック・リバイバルの屋敷には、3つの大広間に応接室があり、事務設備完備、フォーマルなダイニングもある。マイケルが滞在中好んだことで有名なのは四柱式ベッドだ。

出品リストには、寝室が母屋に7部屋、ゲスト・ロッジに4部屋あり、広大な敷地内の他の7つのロッジやコテージを含めると16の寝室がある。屋敷内の居室部分を全部合わせると、1802平方メートルになる。

テレグラフ紙によると、ブラウンは600万ユーロをかけてリフォームしたという。現在では新設の図書室があり蔵書は8000冊、加えて屋内プールもある。ギネス家では、歴史的遺産として邸宅を買い取って保存して欲しいと州に求めている。

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■Michael’s Irish Hideaway For Sale

The Guinness family’s Irish country estate, Luggala, once used by Michael Jackson as a secret hideaway home, is now listed for around Thirty Million US Dollars.

The former hunting lodge which is snow-white in colour, manor is surrounded by 5,000 acres. Besides Michael, Mick Jagger, U2’s Bono and The Beatles have all stayed there.

The property hit international headlines when it emerged that Michael lived there for three months in 2006, but this information was only released after he’d left.

Part of Luggala’s charm is its secluded location, nestled in a cleft at the bottom of a glacial valley, 40km from Dublin. It is cloaked by dense woodland, lakes and silvery waterfalls, filled with deer and game. The current owner, Garech Browne, adds to the property’s allure.

Browne is the great-great-great grandson of iconic Irish stout maker Arthur Guinness but he also is the founder of Claddagh Records. Since 1960s, he has not only hosted famous artists but also poets and politicians. Now aged seventy-seven he has decided to put the estate up for sale. It is listed at a price of €28 million (US$30 million) through Ireland Sotheby’s International Realty.

Originally built in the 18th century, Luggala was acquired by Ernest Guinness in 1937 as a wedding present for his youngest daughter Oonagh, Garech Browne’s mother. The Gothic Revival, almost castle-like manor has three reception rooms, a drawing room, full office facilities and a formal dining room. There’s also the four-poster bed famously favoured by Michael throughout his stay.

The listing specifies seven bedrooms within the main house, four within a guest lodge and a further sixteen comprised within seven other lodges and cottages throughout the vast estate. Altogether, the accommodation within the estate extends to some 1,802-square-metres of space.

According to The Telegraph, Browne spent €6 million on restoring and renovating the grand home. It now includes a new library, stacked with 8,000 books and an indoor swimming pool. The Guinness heir has called for the state to buy the house to save it for heritage.

Source: Billionaire & MJWN

シンプソンズのイヤードリー・スミスがマイケルについて語る

人気長寿TV番組「ザ・シンプソンズ」でリサ・シンプソンの声を演じているイヤードリー・スミスが、1991年のエピソード「Stark Raving Dad」の収録にマイケル・ジャクソンがやってきた時のことを振り返っている。

マイケルの様子を振り返り、彼女は
「あのフェドラをかぶり、あのすその短いパンツをはき、そして白いソックスを履いていたのを覚えています」
と述べている。



さらに、彼がいかに礼儀正しかったか、彼が彼の台本の上の明かりを消してしまい彼女がまごついてしまったこと、でもなんとか見えていたことなども語った。

そして、マイケルが書いた曲「Lisa It’s Your Birthday」のボーカルのレコーディングにキップ・レノンが来たことを振り返っている。契約の問題でキング・オブ・ポップが自ら歌うことができなかったのだ。そのためレノンは、マイケルの目の前でマイケルの真似をしなければならない羽目になったという。

■Simpsons Star Talks About Michael

Yeardley Smith, who pays Lisa Simpson on the long running hit TV show The Simpsons, has reminisced about the time Michael Jackson came to record for the episode ‘Stark Raving Dad’ in 1991.

Remembering what he looked like, the voice actress said;

“I remember he wore his fedora and he wore his high water pants and his white socks.”

She also spoke about how polite he was and how she was baffled that he turned his light off over his script, yet could still see.

Smith also recalled the moment Kipp Lennon came in to record the vocals for the song ‘Lisa It’s Your Birthday,’ a track penned by Michael but due to contractual issues the King of Pop couldn’t sing himself. Lennon had to therefore imitate Michael right in front of the man himself.

Source: Archive of American Television & MJWN

エステート vs 国税局、トーメ・トーメの証言

マイケル・ジャクソンの元マネージャーのトーメ・トーメがIRS税金裁判で証言台に立ち、マイケル・ジャクソン・エステートとの間の緊張感があらわとなった。

コロニー・キャピタルの元コンサルタントのトーメ・トーメは2008年にマイケルとの仕事を始めた。ネバーランドの債務買取について調整したことがきっかけだ。トーメによれば、マイケルは、コロニーのCEOトム・バラックとの関係から彼を引き入れた。そして仲介手数料として債務の総価値の10%を受け取ることになっていたという。当時、彼はコロニー側からコンサルタント料として月に2万ドルに加え、関与した取引の取り分を受け取っていた。

2300万ドルで債務を買い取ってもらうことにより、マイケルはネバーランドの抵当権実行を阻止し、そしてトーメをマネージャーとした。2012年以降、彼は報酬をめぐるマイケル・ジャクソン・エステートとの法的闘争に関わっている。

彼はIRS側の証人として呼ばれた。マイケルには死去する直前までビジネスの申し出があったことを示すことが目的と見られる。具体例を挙げると、ナイキとのムーンウォーカー・シューズやマイケルの楽曲を使ったブロードウェイ・ミュージカルの可能性があったという。

エステート側弁護士のハワード・ワイツマンは反対尋問でトーメに対する尋問の手を緩めなかった。

トーメが挙げた、可能性のあったリストについて議論し、それらが何一つ実現していないことを指摘すると、ワイツマン弁護士は、トーメが2009年の春に辞めさせられたことを示唆する一連の書類に話を向けた。トーメはマイケルが亡くなるまで仕事をしていたと主張しているが、エステートはその数ヶ月前には解雇されていたと主張している。

彼はドクター・トーメの名でマイケルの元マネージャーとして通っているが、ワイツマンは彼の経歴について質した。医学部に通っていたのかどうか、経済学のPhDを授与されたのかどうかについて問われ、トーメは両方ともNoと答えた。

するとワイツマンは、それならばなぜ、これまでに証言した法廷でそれらの学位を有していると述べたのかと質した。

「あなたはメディアで私を貶めています」とトーメは述べ、エステートは私立探偵を雇って悪いうわさをかき集め、数十年前に一時的に婚姻関係にあった女性宅に押しかけるなどしていると主張した。「理由はあなた方に知られたくはありません。私は高い教育を受けました。多くの言語を話せます。そのほかにはあなた方に話すべきことはありません」。

IRS側からの異議を受け、宣誓証言の筆記録は議事に加えられた。

実現しなかった舞台「Thriller」について証言するために演劇プロデューサーのジェームズ・ネダーランダーが証言したあと、ワイツマンは再びトーメを証言台に呼んだ。

ブルネイのジェフリ王子の邸宅を購入してラスベガスからロサンゼルスへ転居するようマイケルに勧めた計画についてトーメは語った。

するとワイツマンはトーメに対し、フランク・ディレオがその計画を覆したことについて尋ねた。トーメは、「一体この裁判で裁かれているのは誰なんだ?私か?エステートか?」と怒声で答えた。

そしてワイツマンはエステートとトーメの間で係争中の裁判を取り上げ、「あなたはエステートを訴えましたね?」と尋ねた。トーメは「イエスだ」と答えた。そしてワイツマンに対し、この数年間ずっと法廷で会っているとした上で、「私はあなた方が大好きなんでね」と述べた。租税裁判所判事マーク・ホームズはこの軽口を、「あなたは宣誓しているのですよ」と返した。

その数分後、ワイツマンの最後の質問の時にホームズ判事が発したさらなるウィットに法廷では笑い声が聞かれた。

ワイツマン:なぜドクターと呼ばれるのですか?
トーメ:そう呼ぶ人になぜ聞かないんです?私をドクターと呼ぶ人に聞くべきですよ。
ワイツマン:ドクター・J(NBAのジュリアス・アービングの愛称)とかドク・ホリデイ(西部劇時代のガンマン。歯学博士号を持っていた)と同じですか?
ホームズ判事:ドク・ホリデイは本物の医者ですよ。
ワイツマン:判事はお答えになる必要はありません。
トーメ:この問題は「またの機会」にしましょう。

ワイツマンの質問の後、IRS側の弁護士セバスチャン・ヴォスはトーメに対し、エステートとの関係について尋ねた。
「あなたとエステートは激しく衝突している関係というのが正しいですね?」
「イエスです」とトーメは答えた。

■Tohme Tohme’s Testimony In Tax Trial

The tension between Michael Jackson’s estate and his ex-manager Tohme Tohme was on full display yesterday, as Tohme Tohme took the stand in the current tax trial.

Tohme, a former Colony Capital consultant, began working with Michael in 2008 when he coordinated the buyout of a loan for Neverland Ranch. He says Michael brought him on because of his relationship with Colony CEO Tom Barrack and, as a finder’s fee of sorts, he was to receive ten percent of the total value of the loan. At the time, he says he was receiving $20,000 a month in consulting fees from Colony, plus a share of the deals he was involved in.

The $23 million loan buyout allowed Michael to avoid foreclosure on the ranch and sealed Tohme’s position as his manager. Since 2012 he has been involved in a contentious legal battle with Michael’s estate over his pay.

He was called as a witness by the IRS, presumably, to show that Michael had business suitors in the time leading up to his death. Specifically, he said there had been prospects of a ‘Moonwalker’ shoe deal with Nike and a Broadway musical based on Michael’s songs.

Estate attorney Howard Weitzman pulled no punches during his cross-examination of Tohme.

After going through the potential list of deals Tohme had mentioned and pointing out that none had come to fruition, Mr Weitzman turned his attention to a series of documents that suggest Tohme was terminated in the spring of 2009. Tohme claims he worked with Michael up until his death, but the estate has said he was fired several months before that.

Michael’s ex-manager was known to go bythe name Dr. Tohme, which led Mr Weitzman to ask him about his resume. He asked if he attended medical school and if he had a PhD in economics. Both were answered “No.”

Mr Weitzman then asked why Tohme had said during a deposition in a previous case, in which he was a witness, that he held those degrees.

“You tortured me in the media,” Tohme said, claiming that the estate hired a private investigator to dig up dirt on him and that PI visited a woman he was briefly married to decades ago. “The reasons for these answers is I don’t want you to know. I’m a very highly educated person. I speak many languages. I don’t know what else to tell you.”

The transcripts of that deposition were admitted to the record following an objection from the IRS.

Theater producer James Nederlander then took the stand to discuss a ‘Thriller’ play that never happened then Mr Weitzman called Tohme back to the stand.

Tohme discussed plans to buy the home of Prince Jefri of Brunei and convincing Michael to move back to L.A. from Las Vegas.

Mr Weitzman then asked Tohme about being replaced by Frank DiLeo. Tohme’s angrily responded with; “Who’s on trial here, me or the estate?”

Eventually, Mr Weitzman brought up the estate’s pending litigation with Tohme asking; “Did you ultimately file a lawsuit against the estate?” “Yes,” Tohme replied. He then noted to Weitzman that he’s been seeing him in court for several years and added; “I like your company.” U.S. Tax Court Judge Mark Holmes took full advantage of the lighter moment and said; “You’re under oath.”

Chuckles echoed through the courtroom, as they would a few minutes later when Holmes had another burst of wit after Mr Weitzman’s final question.

Weitzman: Why do they call you Doctor?
Tohme: Why do they call me a doctor? You have to ask whoever calls me a doctor.
Weitzman: Is it in the same vein as Dr. J (Julius Erving) or Doc Holliday?
Holmes: Doc Holliday was a real doctor.
Weitzman: You don’t have to answer.
Tohme: decided to leave the matter “for another time.”

After Mr Wietzman finished, IRS attorney Sebastian Voth pointedly asked Tohme about their relationship. “Is it fair to say that you and the estate have a very contentions relationship?” Tohme answered: “Yes.”

Source: Billboard & MJWN
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