スカイアーツ、「Urban Myths」のMJのエピソードの放送を中止

スカイアーツはシリーズ「Urban Myths」で予定されていた、マイケル・ジャクソンのエピソード(主演:ジョセフ・ファインズ)について、マイケルの家族やボイコットのネット署名を受け、放送中止とすることとした。ネット署名は20000人以上が集まった。

スカイアーツの声明は以下の通り

「スカイアーツの"Urban Myths"シリーズにおけるエリザベス、マイケル、マーロンについて描いた30分のエピソードについて、マイケル・ジャクソンの家族の懸念表明を考慮し、放送しない事を決定いたしました。私たちは、事実だとされている出来事について面白おかしく見てみようと企図したものであり、怒りを買うようなことをするつもりは毛頭ありません。ジョセフ・ファインズもこの決定を全面的に支持しております」

マイケルの娘パリスは、本エピソードの予告映像を見て「吐き気がした」とツイートしている。

「私の父ばかりではなく、ゴッドマザー(エリザベス・テイラー)にまで向けられた明らかに故意の無礼を見て怒りがこみ上げました。尊敬の念はどこに?父たちは、深く卓越したものを生み出し残すために、血と汗と涙にまみれて仕事をしてきたのです。恥ずべき人物描写です」

マイケルの甥のタジはこう述べている。「残念なことにこれは僕たちファミリーも黙っていられない問題だ。このあからさまな侮辱に対し、言葉が見つからない」。

このテレビシリーズは様々な都市伝説を取り上げドラマ化するものだ。今回とりあげたエピソードは、911テロの数日後、ニューヨークで足止めされたエリザベス・テイラー、マイケル、そしてマーロン・ブランドがレンタカーを借りてオハイオへ500マイルの旅をするというエピソードが元となっている。出発して早々、マーロンが、バーバーキングやKFCを見つけるたびに立ち寄ると譲らず、他の2人が苛立ち始める。元々、テイラーの元個人秘書が広めた話である。

お断り
マイケルに扮したファインズの予告映像や写真がネットで閲覧できるようになっていますが、MJWNでは、マイケル自身と家族を尊重し、それらを掲載しないこととしました。

(参考)ジョセフ・ファインズがマイケル・ジャクソンを演じる

■Sky Pulls ‘Urban Myths’ MJ Episode

Sky Arts will not screen the forthcoming episode of its new series ‘Urban Myths’, featuring Joseph Fiennes playing Michael Jackson, following complaints from Michael’s family and an online petition calling for the episode to be boycotted, which got over 20,000 signatures.

A statement from the broadcaster read:

“We have taken the decision not to broadcast Elizabeth, Michael and Marlon, a half-hour episode from the Sky Arts Urban Myths series, in light of the concerns expressed by Michael Jackson’s immediate family. We set out to take a light-hearted look at reportedly true events and never intended to cause any offence. Joseph Fiennes fully supports our decision.”

Michael’s daughter Paris said that the trailer for the comedy had made her “want to vomit”. Through her Twitter account she added:

“It angers me to see how obviously intentional it was for them to be this insulting, not just towards my father, but my godmother [Elizabeth Taylor] as well. Where is the respect? They worked through blood sweat and tears for ages to create such profound and remarkable legacies. Shameful portrayal.”

Michael’s nephew Taj added: “Unfortunately this is what my family has to deal with. No words could express the blatant disrespect.”

The series takes and dramatized a range of urban myths. This episode was centered around Elizabeth Taylor, Michael and Marlon Brando finding themselves stranded in New York, hiring a car and driving 500 miles to Ohio in the days after the 9/11 attacks. However, Brando soon began to irritate his fellow road trippers by insisting on stopping at every Burger King and KFC along the way. The story was originally spread by Taylor’s former personal assistant.

Please note that though the trailer and images of Fiennes as Michael are regularly available online, MJWN has chosen not to share these out of respect to his family and Michael himself.

Source: Yahoo! News & MJWN

AIDSの烙印と闘った青年、ライアン・ホワイトを偲ぶ

今日はエイズとの戦争のヒーローの一人を讃えよう。寡黙で謙虚、そして勇敢な若者、その名をライアン・ホワイトという。1990年4月8日にこの病気で亡くなった時、彼は18歳だった。

ライアンは生まれつきの血友病A患者であった。稀な遺伝性疾患で、主要なメカニズムをそのまま命名されたたんぱく質「凝固因子8」が作れないために血液が凝固しないというものだ。ささいな傷でも体に負うと皮下出血が頻繁に生じ、それが原因で臓器にダメージを受け、命にかかわることもある。特に危険なのは膝、足首、肘の関節内の内出血で、長い時間をかけて深刻なダメージとなる。

血友病に治療法はなく、医師は出血に対し、「凝固因子8」を注射して血液の凝固を補助するという治療を行う。しかしHIV/AIDSの脅威が広く理解されるようになる以前の長い間、この薬剤は、名前も記録せず検査もされなかったドナーの血液から分離されたものだった。当時は誰も知らなかったのだが、命を救うための薬剤を小児科医(私もその一人)が処方することが、HIVに汚染された薬物を使用してしまうという真の危険だったのだ。それゆえに、我々医師たちは知らずの内に自分の血友病患者たちにHIVウィルスを投与していたのである。私が80年代中ごろに治療した血友病患者は実質全員がAIDSで亡くなったのである。ライアン・ホワイトはこうして、70年代の終わり、あるいは80年代の初めころにHIVに感染した。

ライアンの歩んだ道のりは容易いものではなかった。84年の12月に診断を受け、彼は余命6カ月と診断された。最初の深刻な状態を克服した彼は、インディアナ州ロシアビルのウェスタン・ミドル・スクールへの復学を希望した。悲しいことに、ウェスタン・スクール・コーポレーション(彼が住んでいたインディアナ州ココモも管轄している)の責任者は復学を認めず、ライアンは7年生の授業を電話で受けることを余儀なくされた。学校関係者や教師、保護者、生徒らの中には、握手をしたりトイレを使ったり、あるいは彼が新聞配達で配達する新聞からHIVが感染するという誤った(そして残酷な)主張をする者もいた。

裁判によりクラスへの復帰を勝ち取った後も彼は級友から罵られ、そして仲間はずれにされた。ライアンの自宅の窓ガラスを割る者が現れ、スーパーマーケットではライアンの母親が小銭を作ろうとしたところレジ係がその手に触ることを拒否したということもあった。もちろん、ココモの住人全てが非難したわけではなく、学校へ通うというライアンの希望を手助けしようとした家も多くあった。

1987年、一家はインディアナ州シセロ近郊へ引っ越した。ライアンはハミルトン・ハイツ・ハイスクールへ入学した。校長は彼を握手で迎え、生徒たちにはHIV/AIDSに対する正確で役に立つ議論に実際に加わるよう奨励した。

国として、同性愛嫌悪の問題、ウィルス感染経路に関する根拠のない恐怖感、増え続ける患者に対する数々の先入観などの対策に取り組んでいる間、ライアン・ホワイトの事例は国家的解毒剤のような効果をもたらしていた。この時期ライアンは、級友たちやジャーナリストらに、そしてテレビを通じて全国民に対してAIDSに関するスポークスマンのような役割を果たしていた。ライアンは、AIDSがゲイや薬物使用者ら(当時、この病気に罹患する2大グループだった)に対する天罰であるという偏見の大群に対し勇敢に戦った。そして彼は、すべての献血者にHIV検査を課すために国による輸血用血液供給が必要であるということを身をもって示した。AIDSは一つの伝染病でありそれ以上のものではない、不幸にして誰にでも伝染し傷つける力がある、ということを彼は宣言した。

「The Ryan White Story」というテレビ番組が製作され、1989年に全米で放映された。エルトン・ジョンやマイケル・ジャクソン、レーガン夫妻、ドナルド・トランプなどの多くの著名人が彼に敬意を表した。だがライアンはしばしば、有名になることで健康証明書が買えるなら喜んでそうする、「普通の子供」になることが希望だ、と語っていた。

1990年初頭、彼の健康状態は急変する。1990年3月、彼はロサンゼルスで開催されたアカデミー賞に出席した。しかしその数日後、彼は嚥下障害(飲み込むことが困難になる)を悪化させ、インディアナポリスのライリー小児病院へ搬送された。彼の呼吸状態は悪化し、4月8日に亡くなった。卒業まであとわずか1ヶ月であった。

1990年8月18日。ジョージ・H・W・ブッシュ大統領は重要かつ党派を超えた法案に署名した。「The Ryan White CARE Act」として知られている。この法律の制定により、特にHIV/AIDSと戦う貧困層のアメリカ人を対象とし、組織的包括的診断・診療・治療システムを構築・維持するために市や州、そして地域に根ざした諸団体を援助するために20億ドル以上が拠出された。

今日、患者が長く生産的な生活を送ることができる抗レトロウィルス剤の投与によって、HIV/AIDSの治療において現代医学は大きく進歩した。医師や研究者らは、よりよい診断方法や感染予防の手段の開発を行っている。それによると、アメリカでは120万人がHIVに感染しており、その8人に1人は自身のHIVの状態について知らないという。

世界で3600万人以上の人々がHIVとともに生きている。世界規模の流行が始まって以来、7900万人近くがHIVに感染し3400万人以上がAIDSによって死亡した。この問題の恐ろしい事実は、AIDSがいまだに世界の主要死亡原因の一つであるということであり、今現在も、多くのAIDS患者が非難されたり精神的に傷を負うほどの偏見を受けるという経験をしている。

しかし、少なくとも今日ばかりは、このような醜い行為を減らすことに貢献した、勇気ある若者を讃えるべきだ。血友病、そしてその治療のためにHIVに感染するという2つの不運にもかかわらず、ライアン・ホワイトは世界に永続的かつ高潔な変革をもたらしたのだ。

(原文) http://www.pbs.org/newshour/updates/remembering-ryan-white-the-teen-who-fought-against-the-stigma-of-aids/

フリードマン:独占情報、マイケル・ジャクソンのテレビ映画、監督はスザンヌ・ド・パッシー

マイケル・ジャクソンの最後の数年を、子供を溺愛する親として描くテレビ映画が製作中。プロデューサーはマイケル・ジャクソンをキャリア初期からよく知っている上に、今でも彼を尊敬しているというのは朗報だ。

ジャクソンのボディガードのビル・ホイットフィールドとジャヴォン・ベアードの著書を原作としたLifetimeの映画に関するキャスティング情報が公開されている。原作「Remember The Time: Protecting Michael Jackson In His Final Days」は2014年に出版されたもので、2006年の海外避難から戻った以降のジャクソンの生活について正確に記述されている。

今回のキャスティング情報に関して最も興味深いことは、プロデューサーが元モータウンのボス、スザンヌ・ド・パッシーであるということだ。彼女はベリー・ゴーディの下で60年代後半からモータウン売却まで働いていた。文字通り、ド・パッシーはモータウンについてあらゆることを知っている。ジャクソン・ファイヴが発掘された頃、彼女はその場におり、その後の40年間にわたりジャクソン・ファミリーやモータウンのタレントたちと極めて良好な関係を維持していた。テンプテーションズとジャクソンズの誕生から成功までを描き高評価を得た2本のミニ・シリーズなど、エミー賞を2度受賞し、ノミネートは3度ある。ジャクソンのレガシーはド・パッシーの手腕に任せておけば安心、確実だ。(偶然だが先週、私はテンプテーションズの方の映画をケーブルテレビで観た。これは本物だ!)

私はこの映画に大変興味を持っている。ジャクソン・ファンもそうだろう。(ド・パッシーの事務所は電話取材に対し昨日の時点では返答していない。)だが、元ボディガードの本は、ネバーランド後の住処を見つけて苦闘し、金銭問題を処理し、3人の子供たちを育てるジャクソンの最後の数年を描くには良質の根拠だ。ジャクソンが素晴らしい父親だったことは疑いようがない。彼の死後の3人の子供たちの様子を見て欲しい。子供たちはよく育っている。彼が良いことをしていたことは疑いようがないことだ。

続報を待たれたい。「Remember The Time」は映画を通じたジャクソンの復興の第一歩となるかもしれない。エステートも喜ぶだろう。

■Exclusive: Michael Jackson TV Movie Coming from Emmy Winning Motown Veteran Who Knew King of Pop Well

EXCLUSIVE A Michael Jackson movie that will show him as a doting parent in the final years of his life is coming to TV. And the good news is, the producer is someone who knew Jackson well from the beginning of his career, and still reveres him.

Casting notices have gone out for a Lifetime movie based on the book by Jackson’s bodyguards, Bill Whitfield and Javon Beard. “Remember The Time: Protecting Michael Jackson In His Final Days,” was published in 2014 and was pretty much on track about Jackson’s life after he returned from his self imposed exile abroad in 2006.

The most interesting thing about the casting notice is that the producer of the film is former Motown chief Suzanne DePasse, who worked for Berry Gordy from the late 60s until the company was sold. DePasse literally knows everything about Motown. She was there when the Jackson 5 was discovered, and has maintained excellent relations with the Jackson family and all the Motown acts over the last four decades. She has two Emmy Awards, and three other nominations– including nods for two highly regarded mini-series about the Temptations and the Jacksons’ rise to fame. The Jackson legacy should be in good hands with DePasse, that’s for certain. (By coincidence, I just caught that Temps movie on cable last week, and it really holds up!)

I’m obviously curious about the movie, and Jackson fans will be, too. (DePasse’s office didn’t return phone calls yesterday.) But the bodyguards’ book is a good resource for the last couple of years of Jackson’s life as it shows his struggles to find a new place to live after leaving Neverland, dealing with his mounting financial crisis, and parenting his three young children. There’s no doubt that Jackson was an excellent father– just look at those kids seven years after his death. They’re thriving. He was doing something right without a doubt.

So stay tuned. “Remember The Time” sounds like it might be the first step in rehabilitating Jackson’s legacy via film. Jackson’s estate should be happy about that.

Source: showbiz411.com

ガーナ大統領、国連でMJの曲について触れる

ガーナのジョン・マハマ大統領が水曜日、世界のリーダーたちに対し、キング・オブ・ポップから学び、そして彼の歌「Heal The World」を実現すべきであると述べた。

年末に再選を目指しているマハマ大統領は、アフリカ人出稼ぎ者たちの窮状から、世界で広がる外国人排斥の動き、権力にしがみつく指導者らといった、アフリカ大陸が抱える深刻な諸問題について言及した。

しかし、故マイケル・ジャクソンと同年代(1958年生まれ)のマハマ大統領としては、年一回の集まりで様々な難局を次から次へと議論してこの一週間を過ごしてきた世界のリーダーたちを前に歌詞で訴えたいという思いを抑えることはできなかった。

「彼の1991年のヒット曲『Heal The World』の言葉は、彼の墓から響き続けています。マイケル・ジャクソンの歌、『Heal The World』の"make the world a better place for you and me, and the entire human race"が現実になったと、ここ、この会場において私たちの時代が歴史に刻まれることを、私は希望しています」。

マハマ大統領は、ベルリンの壁の崩壊がグローバル化と交易、相互作用という新たな時代を開いたとした上で、よりよい生活を求めてもがいている難民たちがスケープゴートにされていると不満を表明した。

砂漠と戦争地帯を横断するという「死の行程」を経てより良い暮らしを得ようとする若者たち。定員オーバーのボートでヨーロッパを目指し、拘置所に拘留される若者たち。大統領はアフリカ西部の若者たちの悲惨な旅について語った。

「レーガン氏(ロナルド・レーガン元大統領)がベルリンの壁は破壊すべきと述べてから30年後、新たな壁がいたるところに出来上がってしまったということは、私たちの世界の矛盾です」。

ガーナはアフリカで最も安定した民主国家の一つであり、ガーナの有権者は選挙で二度、政権交代を成功させたこともある。

大きな権力者にとっては民主化を変節させることはいとも簡単ではあるが、アフリカ大陸のベテラン指導者の中には、新たな対立を避けるため、権力にしがみつく者たちに対しその座を降りるよう説得できる者もいるとマハマ大統領は述べた。

「適切に機能する監視し合うシステムであれば、私たちがアフリカで直面している、いつまでも執務室に居たいという欲望が引き起こすある種のメルトダウンを防ぎうるのです」とマハマ大統領は述べた。

■Ghana leader tells UN to dance to tune of Michael Jackson

UNITED NATIONS: Ghana's President John Mahama told global leaders on Wednesday they should learn a thing or two from the King of Pop Michael Jackson and finally turn his song "Heal the World" into reality.

Mahama, who is to seek re-election later this year, touched on some of the more serious issues affecting his continent ranging from the plight of African migrants to growing xenophobia across the world and regional leaders clinging to power.

But having been born the same year as the deceased Jackson, in 1957, Mahama could not resist a lyrical appeal to the annual gathering of world leaders who have spent the week shuffling from one crisis to the next.

"The words of his 1991 hit song 'Heal the World' continue to echo from his grave. It is my wish that history will record our time here in this hall as one that gave reality to Michael Jackson's song, heal the world, make the world a better place for you and me, and the entire human race."

Reminding the world that the fall of the Berlin Wall had opened a new era of globalisation, trade and interaction, Mahama bemoaned that refugees trying to make a better life for themselves were being made the scapegoats.

He described the harrowing trip for young West Africans seeking a better life after taking the "trek of death" across the deserts and war zones of the continent and embarking on overloaded boats to Europe only to be held in detention centres.

"Hate speech is becoming common. People complain of being tired of being politically correct. In many places xenophobia has taken over rational thinking.

"It's a paradox of our world that nearly 30 years after (President Ronald) Reagan called for the Berlin Wall to be torn down, new walls are springing up everywhere."

Ghana is one of Africa's most stable democracies and voters have twice turfed the government of the day out of power at elections.

Mahama said it was too easy for bigger powers to proselytize democracy, but that some of the continent's older leaders could work to convince those clinging to power to step down to avoid new conflicts.

"A properly functioning peer system can avoid some of the meltdowns we are experiencing in some African countries due to the desire to remain in office interminably," he said.

(Reporting By John Irish; editing by Stuart Grudgings)

- Reuters

Source: channelnewsasia.com

フォーブス長者番付にはソニー/ATV売却が貢献

マイケル・ジャクソンの「Thriller」は、よく知られているように、墓場から這い出た悪霊たちが描かれ、そしてまもなく訪れる主人公の末路が決定づけられている。同様に、本物のキング・オブ・ポップも墓場から起き上がり、そして今回は8億2500万ドルの収入という記録を打ち立てた。

この額は、今年の故人長者番付のトップにジャクソンを押し上げるもので、単年度の収入としては生存者、故人を合わせたフォーブス史上最高額でもある。今年のジャクソンの収入の大部分は、ビートルズやテイラー・スウィフト、エミネムらの著作権を保持するソニー/ATVの音楽カタログの半分の権利の売却によるものである。この売却は3月に発表され先月末に完了している。

「この取引によって、マイケルの子供たちのためにマイケルの遺産の価値を最大限に高めるという私たちの努力をこれまで以上に続けるということが可能となります」と、声明の中で遺言執行人のジョン・ブランカとジョン・マクレーンは述べている。「今回の買収によって、ソニーとしては音楽出版ビジネスの変化にすばやく対応することが可能となります」とソニーの重役マイケル・リントンが付け加えている。

今回の動きが画期的な合意であることを感じているのはエステートとソニーの関係者だけではない。

「歴史に残る取引になると思います」と語るのは、ジム・モリソンやジャニス・ジョプリンの遺産を管理するジェフ・ジャンポールだ。「このような大金を得る・・・所有物を処分していく、そして他の投資にまわしていくことが可能になる。これは賢いやり方だと私は思います」。

過小評価されたジャクソンのビジネスセンスであるが、これがなければこのような売却劇は決して起こらなかっただろう。彼は1985年に4750万ドルでATVカタログを購入した。当時、ジャクソンが信頼するアドバイザーたち・・・ウォルター・イェットニコフやデヴィッド・ゲフィンら・・・は疑問を呈し、大多数が酷評した判断だった。

しかしATVの価値は急上昇、ビートルズの著作権カタログによって高められ、10年後にソニーはジャクソンに1億1500万ドルを支払ってソニー/ATVのパートナーとなったのだ。その後、ソニー/ATVは数十億ドルを稼ぐ巨大企業となり、200万以上の楽曲の著作権を擁するまでになった。

「とても儲かる投資だったことがわかりました」とイェットニコフは拙著「Michael Jackson, Inc」のインタビューで語っている。「彼のビジネスに対する判断力は私以上と言ってもいいでしょうね」。

ソニー/ATVを売却してもなお、ジャクソンは死後の王国から音楽出版界の大物であり続けている。すなわち、彼自身の楽曲の著作権を管理するMijac Musicはエステートが保持しているのだ。Mijac Musicのカタログには、ソニー/ATVとは別に手に入れた彼のお気に入りのアーティストが含まれている。

「彼は子供の心を持っていましたが、精神は天才でした」とモータウンの創設者のベリー・ゴーディは言う。「彼は何でもやりたがり、そしてその能力がありました。普通は一生かけてもそれほど多くのことはできませんよ」。

天国でも新しい記録を打ち立てる道筋を発見していたことは、キング・オブ・ポップにとって幸運であった。

■Michael Jackson's Sony/ATV Sale Gives Him Largest Celeb Payday Ever

Michael Jackson’s “Thriller” famously depicts grisly ghouls from various tombs closing in to seal the doom of the song’s protagonists. Similarly, the real-life King of Pop has risen from the grave, this time to clock a record $825 million payday.

The figure places Jackson atop this year’s Highest-Paid Dead Celebrities list—and also gives him the largest single-year payday by any entertainer, living or dead, ever recorded by FORBES. Most of that cash came from this year’s sale of Jackson’s half of the Sony/ATV music publishing catalogue, home to valuable copyrights of the Beatles, Taylor Swift, Eminem and others. The sale was announced in March and closed late last month.

“This transaction further allows us to continue our efforts of maximizing the value of Michael’s Estate for the benefit of his children,” said estate co-executors John Branca and John McClain in a statement. Added Sony Entertainment chief Michael Lynton: “This acquisition will enable Sony to more quickly adapt to changes in the music publishing business.”

Those in charge of Jackson’s estate and Sony weren’t the only ones who felt the move was a landmark agreement.

“It was certainly a deal that will go down in history,” says Jeff Jampol, who manages the estates of Jim Morrison, Janis Joplin and others. “I think to take a big payday like that … and divest their holdings, and be able to spread it out across other investments, is smart.”

The acquisition wouldn’t have happened if it weren’t for Jackson’s own underrated business savvy. He purchased the original ATV catalogue for $47.5 million in 1985, a move questioned at the time by some of Jackson’s most trusted advisers—including music executives Walter Yetnikoff and David Geffen—and initially lambasted by many observers.

But ATV’s value burgeoned rapidly, strengthened by the enduring value of the catalogue’s Beatles copyrights, and a decade later Sony paid Jackson $115 million to become partners on Sony/ATV. In the years that followed, the publisher turned into a multibillion-dollar behemoth, accumulating north of 2 million copyrights in total.

“Turns out that it was a very lucrative investment,” Yetnikoff told me in an interview for my book, Michael Jackson, Inc. “So I would have to say that his business acumen is better than mine.”

Even after the Sony/ATV sale, Jackson will continue to be a publishing mogul from beyond the mortal realm: his estate retains control of Mijac Music, the entity that contains his own copyrights. That catalogue also includes some of his favorite songs by other artists, acquired over the years separately from Sony/ATV.

“He had a kid’s heart, but a mind of a genius,” Motown founder Berry Gordy once explained to me. “He wanted to do everything, and he was capable. You can only do so much in a lifetime.”

Fortunately for the King of Pop, he’s found a way to keep setting new records, even in the afterlife.

Source: forbes.com

ロッド・テンパートン死去(MJWN)

マイケル・ジャクソンの「Thriller」で有名な英国人ソングライターのロッド・テンパートンがガンとの闘病の末に亡くなった。66歳だった。

マイケルへの楽曲提供は全部で8曲(下記)で、そのうち7曲が発売されている。

Rock with You
Off the Wall
Burn This Disco Out
Baby Be Mine
Thriller
The Lady in My Life
Someone in the Dark
Hot Street

テンパートンは70年代に活躍したバンド「Heatwave」のメンバーとしても知られ、「Boogie Nights」や「Always and Forever」というヒット曲を生み出している。

バンドを脱退した1978年までには彼はクインシー・ジョーンズの目に留まり、マイケル・ジャクソンのソロ・アルバム「Off The Wall」用の楽曲製作に起用された。彼の類まれなるソングライティングの才能は、「Thriller」の史上最大の売り上げ枚数世界総計1億枚の達成に貢献している。



「Thriller」の着想についてテンパートンはこう語っている。

「『Thriller』のデモを作ったとき、もともと僕はそれを『Starlight』と呼んでいたんです。クインシーがこう言いました。『最新作のタイトルがどうにか出来上がったね。このアルバムに向けてがんばってくれよ
』。私は『それはすばらしい』と返事をしてホテルに戻り、200か300くらいのタイトルを紙に書いてみました。そして、『Midnight Man』というタイトルを思いついたのです。ところが次の朝目覚めると、あの単語が口をついて出たのです・・・私の頭の中の何かがそう言ったのです。これがタイトルだと。ビルボード・チャートのトップにこの単語があるのが見えた。すごい売り上げ記録とともにこの単語が見えたのです。目に飛び込んできたその単語が『Thriller』だったんですよ」。

自身の曲作りについてはこうまとめている。

「まずは自分が好きなものを書くこと。手の甲に鳥肌が立つような感覚があれば、世界に通用するんです」。

■‘Thriller’ Songwriter Rod Temperton Dies
The British songwriter Rod Temperton, who is probably best known as the writer for Michael’s ‘Thriller’ song has died, aged 66 after a short battle with cancer.

In total he wrote eight songs for Michael Jackson, seven of which have been commercially released. They are:

Rock with You
Off the Wall
Burn This Disco Out
Baby Be Mine
Thriller
The Lady in My Life
Someone in the Dark
Hot Street
Temperton is also well known for being part of the 1970s band Heatwave, which produced hits like ‘Boogie Nights’ and ‘Always and Forever’.

By the time he left the band in 1978 he had caught the attention of Quincy Jones who brought him on board to write tracks for Michael’s 1979 solo album ‘Off The Wall’. His huge songwriting talents helped make ‘Thriller’ become the best-selling album of all time with over 100 million copies sold worldwide.

On coming up with the title track for ‘Thriller’, Temperton said:

“Originally, when I did my Thriller demo, I called it Starlight. Quincy said to me, ‘You managed to come up with a title for the last album, see what you can do for this album.’ I said, ‘Oh great,’ so I went back to the hotel, wrote two or three hundred titles, and came up with the title ‘Midnight Man’. The next morning, I woke up, and I just said this word… Something in my head just said, this is the title. You could visualize it on the top of the Billboard charts. You could see the merchandising for this one word, how it jumped off the page as ‘Thriller'”

He once summed up his approach to songwriting:

“The first criteria is write something you love first, and once you feel those hairs standing up on the back of your hand, you can go to the world.”

Source: BBC News & MJWN
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