"Leaving Neverland"後のMJのレガシーを守るためにJ・ブランカが手を打っていること

ジョン・ブランカのビジネスに対する見識の物語は有り余るほどだ。彼がいかにして予算オーバーだったビデオ「Thriller」の制作を利益の出る舞台裏ドキュメンタリーに転換したか。彼がいかにして、誰もが欲しがるビートルズの出版カタログをジャクソンために確保したか。彼がいかにして、ジャクソンが提示価格以下の4000万ドルでネバーランドを購入する手助けをしたか。ジャクソンの死後10年で、彼ともう一人の遺言執行人ジョン・マクレーン(ジャクソン・ファミリーの子供のころからの友人で妹のジャネットのマネジメントを手掛け、インタースコープ・レコードの設立時の幹部となった)がいかにしてジャクソンのミュージック・カタログを5億7000万ドルの価値まで高めたか。

そして現在、ダン・リード制作の"Leaving Neverland"が、当人によるジャクソンの小児性愛の物議を醸す生々しい説明とともに3月にHBOでオンエアされたことを受け、ブランカ(68)は、新たな、そして間違いなく困難な挑戦に直面している。すなわち、ジャクソンのレガシーと成功を収めたビジネスを守ること、ドキュメンタリーで示される強力な証言を推進源とするというものだ。

ブランカ(法律事務所Ziffren Brittenhamの共同経営者)は以前にもこの立場にいた。すなわち、子供に性的虐待を加えたという最初の告発が90年代にあり、そしてウェイド・ロブソンとジェームズ・セイフチャック(Leaving Neverlandの中心人物)は、ジャクソンに性的虐待を受けたと2013年と2014年に続けて訴訟を起こしている(どちらの訴訟も棄却され、上訴中である)。今回異なるのは、Leaving Neverlandがロブソンとセイフチャックの告発を世論という法廷に直接持ち込んだ点である。ゲーム・オブ・スローンズを世界に届けたケーブル・ネットワークを通じて。エステートはいつものような攻撃的な弁護を開始するチャンスを与えられなかった(ニールセンによると、同番組は前半の視聴者数が130万人で、HBOとしては過去10年で3番目に高い数字だった)。

ブランカは本件に関してインタビューを拒んでいるが、二人の友人、ハワード・ワイツマンとジョエル・カッツ(敏腕弁護士であり、エステートの仕事もしている)がビルボードに対して語ってくれた。両人によると、ブランカとエステートにとって、Leaving Neverlandは不意打ちだったという。「この話が進んでいるということについては何も知りませんでした」、彼とブランカはサンダンス映画祭でプレミアになると”偶然”聞いて知ったのだと明かした。彼は、あれは「ソーシャル・メディアによる裁判」だったと語った。

カッツ(国際法律事務所Greenberg Traurigでメディア産業と芸能関係の責任者を創設時より務める)によると、この番組について話し合うために事務所に連絡すると、慌てたブランカがこう言ったという。「もし誰かが何かネガティブでダメージのあることを言ったら、これみたいに、それが亡くなった親友のことだったら、事実として受け取られたら、そしてそれについて自分が何もできなかったら、どう思う?」

ワイツマンとブランカ(二人は通常でも週に5、6日は会話をする)はすぐに、マクレーンの手助けも得て対策を練った。HBOがそのドキュメンタリーを3月に2夜連続で放送する計画だと発表したことを受け、ワイツマンは当時のHBOのCEOリチャード・プレプラー宛に10ページもの書簡を送付し、リード監督がエステートに問い合わせをしなかったことについての倫理性を質し、ロブソンとセイフチャックの信ぴょう性を問い、そしてLeaving Neverlandの放映は”HBOの歴史において最も恥ずべき出来事となるだろう”と予言した(ワイツマンによれば、プレプラーが退任するという2月末の発表は、同番組とは全く無関係という)。

1週間後、ジャクソンの生涯をテーマとしたミュージカル「Don’t Stop ‘Til You Get Enough」のシカゴでの試験興行は中止された。そしてその1週間後、ワイツマンはHBOを相手取り1億ドルの訴訟を提訴した。訴状は「マイケル・ジャクソンは無実である。以上」という一文で始まり、HBOは、ジャクソンのコンサートフィルム、Live in Bucharest: The Dangerous Tourを同ネットワークが放映するにあたり交わした1992年の合意事項に含まれていた、誹謗中傷を禁ずる条項に違反したと訴えている。

カッツによると、ブランカはLeaving Neverlandの騒動の渦中でも元気に過ごしているという。「彼の考え方は財産を守ることなのです」とカッツは言う。とは言え、この騒動はブランカのプライベートにも影響を与えている。3月、ブランカは34歳のモデル/女優のジェナ・ハートとロサンゼルスのベルエア・ホテルで結婚した。3度目の結婚だ。ワイツマンとカッツは司宰を務めたが、すぐに仕事に戻った。「彼はハネムーンには行っていません」とワイツマンは言う。

1980年にブランカがジャクソンに会った時、ジャクソンにはスキャンダルの匂いはなかった。UCLAのロースクールを最優秀の成績で卒業したブランカは29歳だった。当時最高の音楽業界弁護士であったデヴィッド・ブラウンのもとで働いていた。ブラウンはジャクソン・ファイヴとマイケルの代理人をしていた。当時21歳、Off The Wallでソロ・アルバムでの成功を収め、自立への準備が整っていた。彼は代理人にブランカを選んだ。若さにあふれていたことと音楽への情熱に惹かれたのだ。この若き代理人は自分自身がロック・スターになるという野心を一時抱いていた。16歳の時には友人とThe Pasternak Progressというバンドを結成している。彼らはレコーディング契約に漕ぎつけ、サンセット・ストリップでドアーズの前座を務めた。

ジャクソンとブランカは親密になった(ブランカの最初の結婚ではジャクソンが介添人を務めた。ちなみに司祭はリトル・リチャードが務めている)。しかし、1982年のアルバム「Thriller」の大成功でジャクソンの名声が高まるにつれて、彼は周囲に他の代理人たちを置き始めた。1990年ころ、「ジョンはフェードアウトしたんです。彼はそのことに触れたがりません」とワイツマンは言う。

ブランカのクライアント名簿はどんどん大きくなり、ドクター・ドレーやジャスティン・ティンバーレイク、エアロスミス、マライア・キャリー、エルトン・ジョン、ミック・ジャガー、そしてビヨンセが含まれるまでになった。アルマーニのスーツにレザーのジャケットを好むという彼のスタイルにアーティストたちは惹かれ、そして彼はクライアントと贅沢な嗜好をシェアした。ジャクソンから贈られたロールス・ロイス、フェラーリ488スパイダー、それにベネチアン・アンティークなどだ。LAドジャースの伝説投手ラルフ・ブランカの甥でもある彼は、博物館レベルの野球メモラビアのコレクションを保有している。

袂を分かったとはいえ(ジャクソンは「隣の芝が青く見える」傾向があったとワイツマンは言う)、ジャクソンはブランカの鋭い交渉術を2006年の再度の別離まではたびたび求めていた。その別れの理由は明らかとなっていない。そして2009年、ジャクソンがThis Is Itツアーの立ち上げの準備を始め、ロンドン・O2アリーナでの50公演を計画する中、ブランカは古巣への復帰を要請された。

AEGの当時のCEOランディ・フィリップス(現LivestyleCEO、This Is Itツアーを率いていた)によれば、再び起用されたフランク・ディレオと彼がツアーの前にブランカと組むことをジャクソンに勧めたという(ディレオはジャクソンの全盛期に仕えていた)。

「マイケルにはやりたいと思っている映画のプロジェクトがありました。ツタンカーメンのミニシリーズのプロデュースなどのアイディアがあったのです。ジョン以上にマイケルのビジネスや権利関係を知っているものなどいませんよ」とフィリップスは言う。フィリップスは2009年6月17日にLAのフォーラム・アリーナでのブランカとジャクソンの楽屋ミーティングのお膳立てをしていた。

ブランカはその夜にチームに合流したが、その8日後、ジャクソンは専属医が睡眠補助で処方した薬物の複合投与で死亡した。その直後、2002年の日付のジャクソンの唯一の有効な遺言書がロサンゼルス上級裁判所に提出され、ブランカとマクレーン、そして会計担当のバリー・シーゲル(辞退)が共同遺言執行人に指名された。遺産はファミリー・トラストという形になっており、20%は慈善団体へ渡されている。残りの半分が母親のキャサリンへ、もう半分は3人の子供たち、パリス、プリンス、マイケル(ブランケット)へ等分される。この取り決めは当初、ジャクソン・ファミリーにとって衝撃であった。ワイツマンによれば、ブランカにとっても衝撃だったという。「彼は遺言書によって共同執行人に指名されるとは思っていなかったのです」。

死去直前、ジャクソンは報じられていた通り4億ドルの負債に苦しんでいた。ブランカとマクレーン、フィリップスはソニーと協力して、撮影されていたロンドン公演のリハーサルやインタビューの映像を編集するというアイディアを考え出した。これは映画「This Is It」としてリリースされた。Box Office Mojoによると、この作品は世界で2億6100万ドル以上の興行収入となった。

過去10年間、ブランカのリーダーシップのもと、エステートの富は指数関数的に増えていった。彼はシルク・ドゥ・ソレイユと2つのショー、ImmortalとONEを制作し、2018年にはEMIパブリッシングのジャクソンの持ち分を売り、最終的に2億8700万ドルを受け取った。そして同じ年にはジャクソンの音源に関するソニーとの契約を2億5000万ドルで延長し、期間は7年間延長された。ビルボードの試算では、ジャクソンの音楽カタログだけでお5億7000万ドル以上である。

Leaving Neverlandの放映を受け、ブランカとマクレーン(エステートへの芸能関連の収入の10%を手数料として受け取っている)は成長の勢いを維持すべく戦っている。そしてその戦略の効果があったかどうかにかかわらず、ジャクソンのファンは忠実である。ラジオでの彼の音楽の放送は減っているが、同輩のプリンスやマドンナよりは多いし、オンデマンド・ストリーミングにおいて彼の曲は増加している。

ワイツマンによると、「Don’t Stop ’Til You Get Enough」は2020年の夏という計画通りでブロードウェイでヒットするであろうし、現時点ではショーについて変更点はないという。

ニュースのサイクルが一週間や二週間続くことがまれである世界で、ジャクソンによる性的虐待の告発が、「Don’t Stop ’Til You Get Enough」が開幕するかどうか、するとすればいつかという問題に発展するかどうか興味深い。

カッツとワイツマンは、ブランカがジャクソンのレガシーを守り切るということに疑いの余地はないと言う。ジャクソン・ファミリーのあるメンバーも称賛している。マイケルの甥のタジ・ジャクソン(ティト・ジャクソンの息子、「Leaving Neverlan」に対し声を上げている)は、たとえ「僕たち家族はエステートと最善の関係ではない」が、「彼らを過少評価してはならない、というのが僕が学んだことだ」と語っている。

Source: billboard.com
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