マイケル・ジャクソンにはかつてないほどに価値があり、役所はその分け前にありつきたい(その2)

3年後、ブランカは、ジャクソンが6000万ドルで売り出されていたネバーランドを1750万ドルで購入する手助けをした。ジャクソンは上機嫌でブランカにロールスロイスをもう一台プレゼントした。同じころ、ジャクソンはブランカの最初の結婚の時にベストマン(花婿介添人)を務めた。ジャクソンはおそろいのタキシードでチンパンジーのバブルスを連れてきていた。「バブルスと(前の)妻、そして式場の皆さんが写った楽しい写真を撮りましたよ」とブランカは懐かしそうに語った。リトル・リチャードが司祭を務めたことも付け加えておく。

ジャクソンにとって状況が厳しくなるにつれて、ブランカとの関係も悪化した。さまざまな人々がジャクソンに話を聞いてもらおうと競い、そしてブランカは解雇された。そして1993年の最初の児童虐待疑惑の時(これらは民事訴訟で示談となり、示談金は2000万ドルと広く報じられた)に再び雇用された。ブランカは着任するや、裁判費用をカバーするためにATVの半分をソニーへ7500万ドルで売るべきという他のアドバイザーたちを封じた。1995年には、ブランカの交渉により、1億1500万ドルの一時金と1000万ドルからスタートした年払い金と引き換えにATVとソニーの版権子会社を合併する契約がまとまった。

その年、ジャクソンは最初の遺言を書き始め、執行人にブランカとマクレーンを指名した。ジャクソンに子供ができた段階でこれまで二度改定されたが、基本的なことは変更されなかった。

だがブランカにとって、ジャクソンを守ることが徐々に困難になってきた。ジャクソンが処方薬の中毒に陥り、おかしな行動が目に付くようになる。彼の最後のスタジオ・アルバム「Invincible」(2001年リリース)のレコーディングには破格の3000万ドルを費やした。ジャクソンは8万枚という売り上げ(他のアーティストならヒットである)の責任をソニーに帰した。2002年7月、ジャクソン(顔色が悪く歌舞伎のような外見だった)は、ニューヨークで記者会見を立て続けに行い、自分は人種差別的な音楽業界による黒人アーティストの搾取の歴史の被害者の一人であると述べた。その年のドイツでジャクソンは、ファンが見えるようにと幼いブランケットをホテルの窓の手すり越しにぶら下げるという行為によって自ら新聞の見出しを飾ってしまった。

2003年に放映されたテレビ番組「Living With Michael Jackson」では、ジャクソンのインタビューの使い方についてプロデューサーのマーティン・バシールをコントロールしようとしたブランカの試みはジャクソンによって無にされた。ジャクソンは、時にはネバーランドを訪れていた子供たちと一緒にベッドに入っていたと明かしたのだ。その中にはガンを克服した子供も含まれており、その子供はカメラの前でジャクソンの隣に座り、それは異常なことではないと屈託なく主張していた。その後まもなく、その少年の家族が性的虐待を受けたと告発し、刑事裁判へとつながった。2005年、彼はサンタマリアの陪審団によって無罪とされた。そのころまでに、ブランカは再び解雇されているが、その後もジャクソンのアドバイザーらからは手助けを求める連絡が入っていた。結局、ジャクソンの混乱状態はあまりに激しくなり、そしてブランカはジャクソンの元を去った。

ブランカ不在でジャクソンは低迷した。もはやレコード・リリースもツアーもなく、彼のライフスタイルをまかなうのは基本的にはソニー/ATVの半分の権利を担保とした借金であった。ソニー/ATVを担保とした負債は2008年までに3億ドルにまで膨らんだ。ニューヨークのヘッジファンド運用会社、フォートレス・インベストメントがネバーランドの抵当権を買い取り、全額返済しなければ抵当権を行使すると迫った。

そしてドクター・トーメ・R・トーメが登場する。経歴や学位に関する詳細を述べることを拒んでいることからしばしば謎の人物と評される男だ。「私は自営業です」とトーメは言う。「私はたくさんの人々に助言をしています。世界中のトップの人々です。投資に関することです」。

トーメがジャクソンに最初に会ったのはラスベガスだ。ジャクソンは車椅子で互い違いのソックスを履いていた。兄ジャーメインの仲介によるものだ。トーメはジャクソンにコロニー・キャピタルを紹介した。コロニー・キャピタルは不動産投資会社でトム・バラックによって設立された(ジャクソンの大ファンであり、現在はトランプの友人である)。コロニーは抵当権が行使されるのを防ぐため、ネバーランドの負債を買い取った。「裁判所で競売にかけられる10日前のことです」とトーメは語る。その後、トーメはジャクソンのマネージャーとなり、負債の返済のための資金を得るためにジャクソンにステージへの復帰を促した。

2008年の暮れ、ジャクソンは翌年夏にロンドン・O2アリーナでの50回のコンサートでパフォーマンスすることに同意した。コンサートのチケットは即日完売し、チケット・セールスだけで5000万ドルの収入になると見られていた。トーメは、死の数ヶ月前のジャクソンはブランカと仕事をする気などなく、悪し様にさえ言っていたと主張している。しかしその死の8日前、ジャクソンは、リハーサルをしていたカリフォルニア州イングルウッドのフォーラムでのミーティングにブランカを呼び出した。二人は抱擁し、そしてブランカによれば、ジャクソンはこう言ったという。「ブランカ、おかえり」。

ここでブランカはインタビューを中座し、クローゼットから額に入ったジャクソンの署名入りの手紙を持って戻ってきた。「これがそのミーティングで彼が署名した手紙です。私が再び専属弁護士となることが確認されています。疑うファミリー全員へ向けたものです」。

ブランカによれば、ミーティング中のジャクソンは眠そうだったが、リハーサルのためにエネルギーを控えているのだと思ったという。その8日後、ジャクソンは専属医コンラッド・マーレー(後に過失致死罪で有罪確定)が処方した鎮静剤を混ぜ合わせたものを過剰に投与された。ジャクソンに対する圧倒的な同情が寄せられた。「彼の類まれなる才能と音楽に匹敵するほどに、彼のプライベートは悲劇と困難に見舞われていた。私たちはそれを無視することはできない。しかし、彼の一番の部分を認めることが重要だと私は思う」と当時の大統領バラク・オバマはCNNに対して語っている。オバマの後継者は自分を絡めた言葉を送っている。曰く、「私はマイケル・ジャクソンをよく知っていた。彼は特別なヤツだった。彼はパームビーチのマー・ア・ラゴ(トランプの別荘)に何度も滞在したんだよ」(昨年の選挙戦の共和党大会でトランプはジャクソンの悲劇について予想通りの分析を披露した。すなわち、「彼はとんでもなく自信を失った。それは、正直言って、最悪の整形手術のだめだ」。ジャーメイン・ジャクソンは、弟を壊したのは過度のストレスだったとしてツイッターでこう反論している。「愚かなトランプは座ってろ」)。

ジャクソンの死の直後、ブランカは、2002年7月7日付けのジャクソンの最後の遺言を読んだという。ロサンゼルスで署名された、ジャーメインの家にいたファミリーに宛てたものだ。ブランカの回想によれば、彼らは拍手を送ったという。しかし一家の長、ジョセフ・ジャクソンは、その文書は偽造だとしてブランカとマクレーンを非難した。その日、ジャクソンはソニーに抗議してニューヨークに滞在していたというのである。裁判所の文書によれば、ジョセフは、息子から月額6万ドルの仕送りを受けていたことを明らかにしたという。ロサンゼルス上級裁判所のミッチェル・ベックロフ判事が遺言を認めれば、ジョセフはその仕送りを受けられなくなるということであったが、結局判事は遺言を認めた。さらにジャクソンは、遺産管理の権限をブランカとマクレーンに与えていた。

ブランカが担当することとなり、彼はコンサート・プロモーターのAEGがO2でのコンサートに向けたリハーサル映像を所持していることを知った。それはジャクソンのリクエストで撮影されていたものだった。いくつかの映画スタジオがこの素材を編集したドキュメンタリーの配給を希望した。ブランカはこの入札競争の調整を行い、勝者となったソニーは6000万ドルの支払いを保障し、加えて利益の90%を支払うことに合意した。ソニーは2009年11月に「This Is It」を公開、全世界で2億9000万ドルの収益を上げ、最も成功したドキュメンタリーの一つとなった。「This Is It」から得られた資金によってエステートは負債の借り換えに成功する。ジャクソンの楽曲を担保とした7500万ドルのローンの利率を17%から6%に下げ、ソニー/ATVの持分を担保とした3億ドルのローンについては5.8%から2.9%まで下げたことにより、毎月の支払額を数百万ドル圧縮した。

「This Is It」はブランカの中にあったもう一つの懸案事項の解決策でもあった。すなわち、ブランカはジャクソンの傷ついた遺産(レガシー)を回復したいと考えたのだ。映像中のジャクソンは生気がないように見えたが、彼はバンドメンバーらと音楽について気さくに話し、フットワークについて振付師らと語っていた。「私は11回か12回は観ましたよ」というのはマックマスター大教授(文化学)のスーザン・ファーストである。彼女はジャクソンの8枚目のスタジオ・アルバム「Dangerous」を考察した著名な本の著者である。「あれはすばらしい仕事でしたよ。彼の人間味あふれる姿を映し、傷つきやすい人物像を描き、そして彼の創造の過程の一端を私たちに見せてくれたのです」。一方で彼女は、生気を失った姿を公にすることは「搾取的」であるとも考えていた。

(その3へつづく)
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