AIDSの烙印と闘った青年、ライアン・ホワイトを偲ぶ

今日はエイズとの戦争のヒーローの一人を讃えよう。寡黙で謙虚、そして勇敢な若者、その名をライアン・ホワイトという。1990年4月8日にこの病気で亡くなった時、彼は18歳だった。

ライアンは生まれつきの血友病A患者であった。稀な遺伝性疾患で、主要なメカニズムをそのまま命名されたたんぱく質「凝固因子8」が作れないために血液が凝固しないというものだ。ささいな傷でも体に負うと皮下出血が頻繁に生じ、それが原因で臓器にダメージを受け、命にかかわることもある。特に危険なのは膝、足首、肘の関節内の内出血で、長い時間をかけて深刻なダメージとなる。

血友病に治療法はなく、医師は出血に対し、「凝固因子8」を注射して血液の凝固を補助するという治療を行う。しかしHIV/AIDSの脅威が広く理解されるようになる以前の長い間、この薬剤は、名前も記録せず検査もされなかったドナーの血液から分離されたものだった。当時は誰も知らなかったのだが、命を救うための薬剤を小児科医(私もその一人)が処方することが、HIVに汚染された薬物を使用してしまうという真の危険だったのだ。それゆえに、我々医師たちは知らずの内に自分の血友病患者たちにHIVウィルスを投与していたのである。私が80年代中ごろに治療した血友病患者は実質全員がAIDSで亡くなったのである。ライアン・ホワイトはこうして、70年代の終わり、あるいは80年代の初めころにHIVに感染した。

ライアンの歩んだ道のりは容易いものではなかった。84年の12月に診断を受け、彼は余命6カ月と診断された。最初の深刻な状態を克服した彼は、インディアナ州ロシアビルのウェスタン・ミドル・スクールへの復学を希望した。悲しいことに、ウェスタン・スクール・コーポレーション(彼が住んでいたインディアナ州ココモも管轄している)の責任者は復学を認めず、ライアンは7年生の授業を電話で受けることを余儀なくされた。学校関係者や教師、保護者、生徒らの中には、握手をしたりトイレを使ったり、あるいは彼が新聞配達で配達する新聞からHIVが感染するという誤った(そして残酷な)主張をする者もいた。

裁判によりクラスへの復帰を勝ち取った後も彼は級友から罵られ、そして仲間はずれにされた。ライアンの自宅の窓ガラスを割る者が現れ、スーパーマーケットではライアンの母親が小銭を作ろうとしたところレジ係がその手に触ることを拒否したということもあった。もちろん、ココモの住人全てが非難したわけではなく、学校へ通うというライアンの希望を手助けしようとした家も多くあった。

1987年、一家はインディアナ州シセロ近郊へ引っ越した。ライアンはハミルトン・ハイツ・ハイスクールへ入学した。校長は彼を握手で迎え、生徒たちにはHIV/AIDSに対する正確で役に立つ議論に実際に加わるよう奨励した。

国として、同性愛嫌悪の問題、ウィルス感染経路に関する根拠のない恐怖感、増え続ける患者に対する数々の先入観などの対策に取り組んでいる間、ライアン・ホワイトの事例は国家的解毒剤のような効果をもたらしていた。この時期ライアンは、級友たちやジャーナリストらに、そしてテレビを通じて全国民に対してAIDSに関するスポークスマンのような役割を果たしていた。ライアンは、AIDSがゲイや薬物使用者ら(当時、この病気に罹患する2大グループだった)に対する天罰であるという偏見の大群に対し勇敢に戦った。そして彼は、すべての献血者にHIV検査を課すために国による輸血用血液供給が必要であるということを身をもって示した。AIDSは一つの伝染病でありそれ以上のものではない、不幸にして誰にでも伝染し傷つける力がある、ということを彼は宣言した。

「The Ryan White Story」というテレビ番組が製作され、1989年に全米で放映された。エルトン・ジョンやマイケル・ジャクソン、レーガン夫妻、ドナルド・トランプなどの多くの著名人が彼に敬意を表した。だがライアンはしばしば、有名になることで健康証明書が買えるなら喜んでそうする、「普通の子供」になることが希望だ、と語っていた。

1990年初頭、彼の健康状態は急変する。1990年3月、彼はロサンゼルスで開催されたアカデミー賞に出席した。しかしその数日後、彼は嚥下障害(飲み込むことが困難になる)を悪化させ、インディアナポリスのライリー小児病院へ搬送された。彼の呼吸状態は悪化し、4月8日に亡くなった。卒業まであとわずか1ヶ月であった。

1990年8月18日。ジョージ・H・W・ブッシュ大統領は重要かつ党派を超えた法案に署名した。「The Ryan White CARE Act」として知られている。この法律の制定により、特にHIV/AIDSと戦う貧困層のアメリカ人を対象とし、組織的包括的診断・診療・治療システムを構築・維持するために市や州、そして地域に根ざした諸団体を援助するために20億ドル以上が拠出された。

今日、患者が長く生産的な生活を送ることができる抗レトロウィルス剤の投与によって、HIV/AIDSの治療において現代医学は大きく進歩した。医師や研究者らは、よりよい診断方法や感染予防の手段の開発を行っている。それによると、アメリカでは120万人がHIVに感染しており、その8人に1人は自身のHIVの状態について知らないという。

世界で3600万人以上の人々がHIVとともに生きている。世界規模の流行が始まって以来、7900万人近くがHIVに感染し3400万人以上がAIDSによって死亡した。この問題の恐ろしい事実は、AIDSがいまだに世界の主要死亡原因の一つであるということであり、今現在も、多くのAIDS患者が非難されたり精神的に傷を負うほどの偏見を受けるという経験をしている。

しかし、少なくとも今日ばかりは、このような醜い行為を減らすことに貢献した、勇気ある若者を讃えるべきだ。血友病、そしてその治療のためにHIVに感染するという2つの不運にもかかわらず、ライアン・ホワイトは世界に永続的かつ高潔な変革をもたらしたのだ。

(原文) http://www.pbs.org/newshour/updates/remembering-ryan-white-the-teen-who-fought-against-the-stigma-of-aids/
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