Off The Wall: Pichforkのレビュー

1976年の夏、「The Jacksons」と題されたバラエティ・ショーがCBSでデビューした。この番組は、彼らショービジネス界のヒナ鳥たちにとっては比較的ゆとりがある時期に誕生した。ジャクソン・ファイヴが「ABC」や「I'll Be There」といったヒット曲で全米のフィーバーに火をつけ、しかし、マイケル・ジャクソンがソロとしてのスターダムを確立する前の時期である。彼らの将来の成功には疑問符がついていたように思う。きらきらの照明、ギンギラギンの衣装、そして安っぽさ全開のこの番組は、ラスベガス・スタイルのよくあるお楽しみ番組スタイルであった。「On the Wall」というコーナーではマイケルがさまざまなゲスト司会者を招いてフェイクのレンガ壁にサインをさせ、少しダンスを披露した後、決めポーズでしめる、ということを繰り返していた。「The Jacksons」ではマイケルは終始笑顔であったが、後に「隅から隅まで嫌いだった」と彼は言っている。この番組放映中の彼は、ひょろっとしたニキビ面のティーンエイジの真っただ中であった。悪名高い厳格な父親によってスポットライトの中で成長した彼は、あまりに内気であり、子供スターという壁を打ち破れないのではないかと心配していた。彼は、色あせていく家族の名前にすがりたいとは思っていなかった。

「Off The Wall」はそういったものからの解放のサウンドである。そして彼は自分がやっていることを正確に理解していた。1979年11月6日、まさに同アルバムが離陸しようとしている時、マイケルは自分自身に宛てて、ツアー日程が書かれた紙の裏にメモを書いた。自分に対する宣言だが、あまりに野心的であり、カニエでも赤面しそうである。「MJが僕の新しい名前になる。もうマイケル・ジャクソンじゃない。新しいキャラクター、新しい外見が欲しい。まったく違う人間になるべきだ。誰も僕のことを、『ABC』や『I Want You Back』を歌った子供とは考えないようになるべきだ」と彼はメモしている。「僕は世界に衝撃を与える新しいアクターになるべきだ。インタビューは受けない。僕はマジックになる。完璧主義者になる。研究者になる。指導者になる。達人になる・・・世界のエンタテイメントを研究し尽す。そしてパーフェクトに勝つ。偉人がたどり着いたその先へ歩みを進めるんだ」。

 これらの言葉はもちろん多くの意味で将来を予言したものであったのだが、マイケルの最も重要な二面性の一つをハイライトするものでもある。すなわち、彼は予想や現実を越えるマジックになりたいと思っていたが、そのようなスキルというものは薄い空気からは具現化しないということを彼は分かっていた。例外であるにはハードワークが必要だと彼は理解していた。モータウンのシステムの中で育つ中で、彼はセッションにしばしば入り込んでダイアナ・ロスやマーヴィン・ゲイ、テンプテーションズといった大物たちから吸収した。彼はジェームス・ブラウンやサミー・デイヴィス・Jr、フレッド・アステアの動きをステージや映画、テレビで研究した。彼は17歳で、アーヴィング・バーリンやジョージ・ガーシュイン、デューク・エリントンといった神聖化された達人たちをお気に入りのソングライターとして数えていた。彼は70年代初期にソロ・アルバムを4枚リリースしているが、21歳の時にリリースした「Off The Wall」に至ってついに、研究に費やした時間を彼自身のものへ投入することが許されたのである。

また、それは理想主義の瞬間でもあった。「Off The Wall」製作当時、マイケルの音楽面と物理的変化には、ブラック・アメリカンとしての経験が伸長していくことに対しての自然な喜びが感じられる。ディスコは圧倒的人気を誇り、人種差別やラジオの番組構成を解体し、ダンスフロアにはユートピアが実現していた。インディアナ州ゲーリーという隔絶された労働者階級の町の出身のジャクソンが成功し受けいれられたということはこの国の将来が明るいということを表わしていた。しかし1979年は、人種差別的反動「disco sucks(ディスコなんてクソ!)」が始まった年だ。マイケルは最初の鼻の整形を行い、小鼻を小さくした。80年代になってさらなる成功を収めても、その天文学的成功をもってしても、時として白人テイストに・・・外見とサウンドの両方で・・・迎合した。それはかなり無理をした、皮肉った、そして悲しいやり方であったように思われる。

だから、「Off The Wall」が、戻るには余りにも臆面もなく楽しいままでいるという理由には、因習にとらわれていないということもある。41分の間、私たちは永遠に若いネバーランドに、マイケルが熱望した、考える必要も死の心配もない宇宙に浸ることができるのだ。このように、絶えることのない愛情というものが、スパイク・リーのドキュメンタリー「Michael Jackson's Journey from Motown to Off the Wall」では繰り返される。このドキュメンタリーは再発売されたCD/DVDに収録されるが、この中で、ジャクソン・ファミリーのメンバーや、ウィークエンドのエイベル・テスファイ、クェストラブ、ファレルらがマイケルの最初の化身である本作を讃えている。「『Off The Wall』は僕でも歌えると思わせてくれたアルバムであることは間違いないよ」とテスファイはドキュメンタリーの中で語っている。本ドキュメンタリーの制作にはエステートの執行人らも関わっているが、『Off The Wall』後のジャクソンの私生活についてはほとんど触れられていない。

このアルバムはディスコの時代が終わりを迎えようとしていたころにリリースされた。そのスタイルの伝染性を網羅しようとした一方で、鋭さは取り除いていた。「私たちの基本的なプランはディスコを排除することでした。それが大事なことでした」と、プロデューサーのクインシー・ジョーンズは語ったことがある。「誤解しないで下さいよ、私はディスコというものを敬服していました。ただ、時代はもう去ったと思ったのです」。落ち着いた雰囲気のジャズの大家であるクインシーは、ディジー・ガレスピーやフランク・シナトラ、カウント・ベイシーらとも仕事をしたこともある。彼はマイケルが自作曲や他作曲を仕上げていくのを手伝い、美しくシンプルでありながら実は複雑なレコードを製作した。

大半の曲はディスコの基本に忠実だ。いろいろ考えるな、ただダンスしろ。マイケルはこのような恍惚感に加わっていた。一方でこの間、映画「Wiz」をニューヨークで撮影しており、ダウンタウンで過ごす間にウッディ・アレンやライザ・ミネリ、スティーヴン・タイラー、ジェーン・フォンダらとスタジオ54で出会っていた。話を総合すると、マイケルはクラブの悪名高いセックスとドラッグの乱痴気騒ぎには加わらず、DJブースに立ってそれを観察していた。どんな曲が反応がよいかを見出していたのだという。そして彼はダンスを始め、回りの音楽やムーヴメントを抜け出してハイになっていった。

マイケルはジョーンズと一緒にディスコ・アンセムを作っていったが、単に従来のものをコピーするのではなく、洗練されたストリングス、ホーン、そしてシンコペーションの層を成す濃密なオーケストラ・アレンジを用いてその形式を発展させていく一方で、基礎となるファンクの色は決して失うことはなかった。これは、象徴的なオープニング曲「Don’t Stop ‘Til You Get Enough」で聴くことができる。この曲はマイケル初の自作曲であり、現在では世界で3000万枚を売り上げたこのアルバムから生まれた4曲のトップ10ヒットの先陣を切った曲だ。ロマンティックな恋愛への頌歌であり、当時のマイケルには経験がなかったものである。だが、この曲の複雑さと、苦も無く発する高音、そして歌い回しは深い理解を示唆しており、言葉では言い表わすことができな。もう一つのマイケル作の曲「Working Day and Night」は、幼少期の働き過ぎと悪化した被害妄想の有害作用を言外にほのめかしているが、その一方で躍動するギター・ラインと豊かなホーンがグルーヴを動かし続けている。

明らかに実験的試みと見られるものもある。「Off The Wall」は15秒間の不気味な笑い声とぼんやりとした伴奏でスタートする。「Thriller」のとてつもない奇怪さの前触れである。スティーヴィー・ワンダーとの共作で元々はスティーヴィーのアルバム「Songs in the Key of Life」用に書かれた「I Can't Help It」はスムーズなジャズとキラキラのシンセサイザの合体である。ファレルの独特のファンクにその影響が見られるといっても言い過ぎではないだろう。バラードの「She's Out of My Life」は、ビートのないメロドラマでアルバムを凍らせてしまうというリスクを負うが、古典的な形式で締めくくっている。曲の終わり、マイケルはそれとわかるほどに感極まり、声はかすれているのだ。有名な完璧主義者としては不完全な瞬間であり、そしてジョーンズのプロデュースは抑制された美しさで感情を表現している。「腕の悪いプロデューサーならあらゆる演出を利用していただろうね」とクェストラブはドキュメンタリーで笑いながら語っている。「信じてくれよ、もしPuffyが『She's Out of My Life』をプロデュースしていたら、彼はきっと・・・ツアーのスポンサーにクリネックスを頼んでいただろうよ」。

そんなジョークが心に響く。「Off The Wall」は、商品になるべく父親に養育された少年によって作られた商品なのだ。彼のアイドルたちはしばしばテレビの画面に登場していたし、彼はそれを拒絶しようとするには十分すぎるほどに自分が商品化されているということを理解していた。その一方で、彼はアルバムを何千枚も売ることを狙い、世界を束ね、そして究極のエンタテイナーになった。彼の冒険には多くの矛盾があったし、今にして思えば、その後マイケルを待ちうけていた落とし穴は避けることは不可能だったように思える。だが、「Off The Wall」はあのようにあり得ないくらいのバランスの瞬間だ。マイケル・ジャクソンの純粋さと無垢さが、未熟とかいびつなものではなく、神聖なものになっている瞬間。彼がレコードで泣く時、彼は自分のアートの中に生きている。そして私たちに天才のパフォーマンスを見せてくれるのだ。

(原文)In the summer of 1976, a variety show called "The Jacksons" debuted on CBS. The program came about during a relatively fallow period for the showbiz brood, after the Jackson 5 ignited nationwide fervor with hits like "ABC" and "I’ll Be There" but before Michael Jackson set out for solo superstardom. Their future success seemed in doubt, and the show—with its glaring lights, sparkling costumes, and rampant cheesiness—was a Vegas-style extravaganza that played to well-worn pleasures. One recurring segment called "On the Wall" saw Michael inviting various guest hosts to sign a fake brick facade and do a little dance before everyone eventually ended up in a frozen ta-dah! pose. Though Michael was all smiles on "The Jacksons," he later claimed that he "hated every minute" of it. During the show’s year-long run, he was smack in the middle of gangly teenagedom, acne and all. Raised in the limelight by an infamously strict father, Michael was painfully self-conscious, worried that he might never be able to shake his child stardom. He didn’t want to merely cling to his family’s fading notoriety. He wanted to break away from it completely.

Off the Wall is the sound of that liberation. And he knew exactly what he was doing. On November 6, 1979, just as the album was starting to take off, Michael wrote a note to himself on the back of a tour itinerary, a proclamation of self so ambitious it could make Kanye blush. "MJ will be my new name, no more Michael Jackson. I want a whole new character, a whole new look, I should be a totally different person. People should never think of me as the kid who sang ‘ABC’ [and] ‘I Want You Back,’" he jotted down. "I should be a new incredible actor singer dancer that will shock the world. I will do no interviews. I will be magic. I will be a perfectionist, a researcher, a trainer, a masterer… I will study and look back on the whole world of entertainment and perfect it. Take it steps further from where the greats left off."

Those words were eerily prescient in many ways, of course, but they also highlight one of Michael’s most important dualities: He wanted to be magical—to defy expectation and reality—but he knew that such skills could not materialize from thin air. He understood that exceptionalism took hard work. Growing up in the Motown system, he would often sit in on sessions, soaking up lessons from the greats: Diana Ross, Marvin Gaye, the Temptations. He studied the way James Brown, Sammy Davis Jr., and Fred Astaire moved their feet onstage, in movies, and on TV. At 17, he counted hallowed masters like Irving Berlin, George Gershwin, and Duke Ellington among his favorite songwriters. He had released four solo albums in the early ’70s, but Off the Wall, which came out when he was 21, finally allowed him to flex all those hours of research into something that was his.

It also marked a moment of idealism. Around the time of Off the Wall, Michael’s musical and physical changes felt natural—joyous extensions of the black American experience. Disco was overwhelmingly popular, breaking down color lines and radio formats while offering utopia on the dancefloor. Coming from the segregated, working-class city of Gary, Ind., Jackson's achievements and acceptance represented a rosy view of the country’s future. But 1979 was scarred by the beginning of the quasi-racist "disco sucks" backlash; Michael also got his first nose job that year, narrowing his nostrils. And though he would become even more successful in the '80s, those astronomical heights sometimes catered to white tastes—in both appearance and sound—in a way that could seem effortful, cynical, and sad.

So part of the reason why Off the Wall remains so unabashedly fun to return to involves that lack of baggage. For 41 minutes, we can live in the eternally young Neverland Michael longed for, a universe largely without consequence or death. This lasting affection is reiterated by a new Spike Lee documentary, Michael Jackson's Journey from Motown to Off the Wall, which is included in this CD/DVD reissue and finds Jackson family members and associates, along with more modern stars like the Weeknd’s Abel Tesfaye, ?uestlove, and Pharrell, paying tribute to Michael’s earliest incarnations. "Off the Wall was definitely the one that made me feel like I could sing," says Tesfaye in the doc, which was in part produced by executors of Michael’s estate and barely mentions anything about the artist’s life after Off the Wall.

The album was released toward the tail end of the disco era and it managed to encompass much of what made that style so infectious while also pushing out its edges. "Our underlying plan was to take disco out. That was the bottom line," the record’s producer, Quincy Jones, once said. "I admired disco, don’t get me wrong. I just thought it had gone far enough." Jones, a calm, jazzy Zen master who had worked with Dizzy Gillespie, Frank Sinatra, and Count Basie, helped Michael flesh out his own songs as well as tracks written by others, putting forth a record that is at once beautifully simple and sneakily complex.

Most of these songs follow the most basic disco tenet: Put all of your worries behind you and just dance. Michael took part in this type of ecstasy while filming 1978’s The Wiz in New York City, when he would spend his downtime brushing shoulders with the likes of Woody Allen, Liza Minelli, Steven Tyler, and Jane Fonda at Studio 54. By all accounts, Michael didn’t take part in the club’s notorious orgies of sex and drugs, but he observed it, standing by the DJ booth and noticing which songs drew the biggest reactions. And he would dance, getting high off of the music and movement around him.

Alongside Jones, Michael made his own disco anthems, but rather than merely copying what came before, he expanded the form with dense, orchestral arrangements that mixed in sophisticated layers of strings, horns, and syncopation while never never losing their underlying funk. This is heard on iconic opener "Don’t Stop ‘Til You Get Enough," the first song Michael ever wrote by himself and the first of four record-breaking Top 10 hits from the album, which has now sold 30 million copies worldwide. It's an ode to the power of romantic love, something Michael had little experience with at that point. But the track’s intricacies, as well as the singer’s effortlessly rhythmic yelps and phrasing, suggest a deeper understanding, one that goes beyond words. Another Michael-penned track, "Working Day and Night," hints at the detrimental effects of his workaholic upbringing and an encroaching paranoia, though ricocheting guitar lines and exuberant horns keep the groove moving along smoothly.

There are more overt experiments here, too. "Off the Wall" begins with 15 seconds of sinister-sounding laughter and spaced-out instrumentation—a precursor to the high-wattage oddities of "Thriller"; co-written by Stevie Wonder and originally intended for Songs in the Key of Life, "I Can’t Help It" incorporates smooth jazz and twinkling synths—its influence on Pharrell’s off-kilter funk cannot be overstated. The ballad "She’s Out of My Life" risks stopping the album cold with its beat-less melodrama but ends up being a classic of the form, with Michael audibly moved to tears at the end of the song, his voice cracking. It’s an imperfect moment from a noted perfectionist, and Jones’ production handles the emotion with understated grace. "A lesser producer would have milked all that drama for all it’s worth," says ?uestlove in the doc, laughing. "Trust me, if Puffy was producing ‘She’s Out of My Life’ he would have had… Kleenex sponsor the tour."

The joke resonates. Off the Wall is the product of a boy who was reared by his father to be a product, whose idols were often found on his TV screen, who understood his own commodification enough to want to reject it—while also aiming to sell a gazillion albums and unite the world and become the ultimate entertainer. There are many contradictions in that quest and, in hindsight, Michael’s subsequent pitfalls almost seem inevitable. But Off the Wall was that unlikely moment of balance, when Michael Jackson’s purity and innocence still seemed holy, not stunted or distorted. When he cried on record, he was living his art, giving us a genuine performance.

Source: pichfork.com
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