「Just Another Part of Me」:ブラッド・サンドバーグとCaptain EO (その9)

リーシャ:それは痛々しい話ですね。でも音楽的な観点から言うと、「Dangerous」というタイトルの曲に、スタジオでのアクシデントの音を入れることを選んだというのは面白いと思います!自分が聴いている音が何の音なのか知らないままにずいぶん長い間この曲を聴いていたんですね。エンジニアが、物が落ちる音といった日常の音を採用して音楽でジョークを言う、というのは私にとってはとても魅力的です。創造プロセスというのは際限がありません・・・身の回りのどこにでも役に立つものが転がっているのです。

シルヴィア:創ったのは誰なのかはっきりしないという問題は、このセミナーが、MJファンとMJの音楽ファン向けになっているとはいえ、音楽やパフォーマンス、レコーディング技術、それにレコード産業に広く興味を持っている人であれば誰にとっても魅力的になりうる理由の一つです。この手のセミナーには幅広いオーディエンスが絶対にいます。ブラッドとマットの記憶や見解は、80年代から90年代のアメリカのポピュラー音楽におけるスタジオ技術の可能性と革新を証明するものです。当時、これほどの人材や機材を使っていたソロアーティストがいたでしょうか?

リーシャ:それはたぶん、今現在の私の中で最大の疑問です。数百万ドルという巨大な予算を使ってこれほどの音楽作品を創りだしたアーティストが歴史上ほかにいたでしょうか?私には思いつきません。これらのレコーディングについて学ぶことは、録音されたアートとしての音楽に興味がある人にとっては興味深いものになるということはその通りだと思います。

エリナー:そう、シルヴィアが言うように、マイケルがマットとブラッドに用意した予算や人員などが、限界を押し広げることを可能としたのだと思います。だから私たちは、最高のことを最高の人たちから学んだのですよ!

リーシャ:マットとブラッドが雇い主であるマイケル・ジャクソンの信頼を得るのは、上司にあたる人々、とりわけ、ブルース・スウェディーンやクインシー・ジョーンズと変わらないくらい早かったのです。二人は、関係者全員に最大限の敬意を表し、賞賛を惜しみませんでした。結局はグループとしての努力であったと感じていたようです。まさに、一つのチームだったのですね。

ヴェロニカ:Captain EOのような巨大で画期的なプロジェクトを実現するためにはいろいろなものを組み合わせたチームワークが必要だった。その通りですよ。Captain EOに、プロジェクト開始からスター勢揃いのオープニングまで終始従事したマット・フォージャーは、このことを知るための大きな窓口なのです。彼は投入された技術を強調していましたね。24トラックのテープ、これはその後レーザーディスクに移されました。それにデジタル録音。そして映像では、コンピュータやCGが使い物になる以前に、ああいう特殊効果を生み出すための方法を見出しました。マットが言う「ストップ・アンド・ゴー」方式の特殊効果やミニチュアの制作とか。

ブラッドやマットが強調していましたけど、マイケルは「チーム・プレーヤー」で、他者と協力して仕事をしていたそうです。ブラッドによれば、スタジオ内でのモットーは、「仕事は本気で、自分は二の次で」ということだったそうです。クインシーも似たようなことを何度も言ってますね。「エゴは入口で預けるように」って。マットはMJの「仕事の倫理観は誰にも負けない」と何度も言っていました。そして、彼自身やブラッドを含むほかの人々は、一日16時間働いていて、時にはMJやブルース・スウェディーンはスタジオで寝ることもあったとか。

リーシャ:そう、そして、これが毎日毎日、何週間も、何年も続いたのです。これらのアルバムを創るためにマイケル・ジャクソンと彼のチームがどれほど長く、そしてハードに仕事をしていたか、一般には理解されていないと思います。公式なレコーディング・セッションが始まる前の段階でも、マイケル・ジャクソンは1年以上前からヘイヴェンハーストでチームで仕事をしていました。公式なレコーディングが1日たりとも始まっていないのに。マイケルが一曲にどれほど時間をかけていたか、これまで誰が知っていたでしょうか?

ヴェロニカ:マットは、MJのプロジェクトすべてにおいて、「クリエイティブであることが最優先」と指摘しています。そしてクリエイティブであることは、最大限に「魂でのつながりを最高に」を得ようとするよう努力することだったそうです。リスナーが音楽を魂で感じられるようにということです。音楽は時として、何年もかけて、時には数十年かけて、ゆっくりと試行錯誤を経て完成します。アルバム制作には数年はかかる、とマットは言っていました。

エリナー:そう、それがとても印象的でしたよ、ヴェロニカ!多くに人がアートとテクノロジーを、アートとポップ音楽を見るのと同じように全くの別物だと考える中、マイケルはテクノロジーとポピュラー音楽を、「魂でのつながりを最高に」し、アーティストとして自分自身を表現するための強力な手段であると見ていました。

ヴェロニカ:マットはこうも言っていました。Captain EOのサラウンド・システムは特異な高音と低音の基準に合わせてあるそうです。THX承認のシステムが指定した基準です。上映されていた4か所、アナハイム、エプコット、パリ、東京はサウンドのクォリティをイコライザーでチェックしていました。

Captain EOは、これらの4か所で比較的短期間の上映でした。1986年から、あの疑惑が上映終了を引き起こした90年代中盤までです。そしてMJが亡くなった後の2010年になってやっと再開されました。これは、ふさわしい注目を受けないまま長い間消えていた、そういう作品です。MJのアフロフューチャーリズムの重要な部分を占めている作品です。デリック・アダムスがアフロフューチャーリズムの基礎となったとみている初期の作品、The Wizと同様ですね、シルヴィア。(リンク)私はリーシャがEO(彼が着ているシャツの虹やEOという名前は「夜明け」を意味しています)やMJのアート一般の「神話」のクォリティについて引き合いに出してくれたことが良かったです(そしてリーシャ、「HIStory: Past, Present, and Future 」というタイトルは謎めいていて興味をそそられるタイトルですね。確かに、いろいろな意味にとれる複雑な「HIS story(彼の言い分)」です!)

HIStory_1.jpg


私としては、このフィルムが普通に観られるように作られればと思っています。そして、マイケルの「創造的意図」を実現するための多大なる努力と献身に対する理解を深めてくれたマットとブラッドには大変感謝しています。マットが言うように、「(ロジスティクス(人や物や金の手配や管理)は巨大だった」んです。ところで、最近Damien Shieldsのブログにマットのインタビューが載っていますし、Captain EOの貴重なメイキング・ビデオからは、仕事がいかに細部にまで息届いていたかわかりますよね。

リーシャ:そう、私も一緒に見ましたね、ヴェロニカ。私は、Captain EOが何らかの形式で一般的に観られるように是非なってほしいと思います。もっと注目される価値はありますよ。そんなCaptain EOを学び、その他たくさんのマイケル・ジャクソン・プロジェクトについて知ることができた素晴らしい週末でした。ブラッドとマットは今後もセミナーを予定しています。私たちももう一度チャンスがあることを願っています!

(おわり)

ソース: Dancing with the Elephant / MJJFANCLUB.JP
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