「Just Another Part of Me」:ブラッド・サンドバーグとCaptain EO (その7)

リーシャ:音楽には大きな力があります。宗教、政治家、反体制派は音楽を使い、体制側や現状維持派はそれを恐れます。マイケル・ジャクソンがこのことを見失うことはなかったと私は確信しています。ものすごく大勢の人々が、Captain EOのようなマイケル・ジャクソンの作品を見て、程度の差はあるにせよ、影響を受けている。こんなことを考えると畏敬の念を抱かざるを得ません。

マットは言っていましたが、Capttain EOはオープン時にはディズニーの一番人気のアトラクションだったそうです。人々(たとえばウィラ!)はCaptain EOを見るために何時間も並ばなければならなかった。私たちは信じられないほど幸運でしたよ。録音し、ミックスし、サウンドを設計したブラッド・サンドバーグと一緒に観覧し、マット・フォージャーから制作時の話を直接聞けたのですから。

シルヴィア:MJと仕事をするというマッハの経験を知る機会を彼ら2人が提供してくれた、ということですね。ブラッドもマットも(そしてブラッドの娘さんのアマンダも)とても魅力的で寛大で、そして大きな人たちでした。質問攻めにしてしまいましたものね!

リーシャ:そうです。マイケル・ジャクソンがなぜ彼らを評価し信頼していたかわかったような気がしました。スタジオで長い時間、何か月も過ごすのですから、一緒にいて楽しい人、それに加えて才能ある人、有能な人、仕事に傾倒できる人を必要としていたんですよ、彼は。それがよくわかります。ブラッドとマットはまさにそんな感じだったと私は自分の目で確かめました。二人がマイケル・ジャクソンに対して同じように感じていたというのも疑いないことです。

シルヴィア:2人はマイケルに温かみを与えていたんです。もちろん、二人はとてもプロフェッショナルで才能あふれていますけれど。それからありふれているかもしれませんが、ブラッドとマットが、レコーディングやミキシング、仕上げといった制作プロセスに必要な多くの段取り作業や調整作業について指摘してくれたことも私はよかったと思っています。マットは言っていましたが、創作面や技術面のほかに、巨大な商業アルバムでは、物流や、はたまた曲の番号ふりやネーミングといった作業が必要になってきます。彼が言っていたように、収録曲やテープ・リールの段取りは退屈な仕事ですが、このくらいの規模の製品をレコード会社に納入するには必要な仕事なのです。私自身の編集の仕事の経験からも良く理解できます。ブルース・スウェディーンは、アルバムの制作に必要な段取りや効率を監督する手腕という点においては右に出る者はいません。特にアナログ時代では。

マットの言っていることは、商業アーティストとしてのマイケルの立場をよく表わしています。つまり、実体のない才能といったもの・・・この場合は歌ですが・・・であっても、仕事を進めるために必要な労働力や材料を手配するための効率的なシステムを伴う、資本主義マーケットの合理化プロセスを受け入れざるを得ないのです。そしてそれはいろいろな意味で、いろいろなものが関係しあっています。いずれにせよ、あのすばらしいアルバムたち(そしてショートフィルムも)が私たちに届けられるには、多くの人々が小さな分担を受け持っているんですよ!

エリナー:そうですね、シルヴィア。私たち届けられる過程だけではなく、創作過程そのものも同じです。音楽制作において、サウンド・エンジニアがどれほど大きな役割を担っているかなんて想像もつきませんでしたが、今回多くを学びました。自分の無知を知られたくはありませんが、私はレコーディングのプロセスを、単に演奏や歌を録音し、可能な限り完璧にそのサウンドを再現するということだと考えていました。パフォーマンスはアートだけれど、レコーディングは単にレコーディングだと。

でも彼らの言う事を聞いて、全体プロセスはまったく違っているという一端を知りました。アルバム制作に要するとてつもない仕事の量もね。でもわたしにとってもっとも大きかったのは、多くの場合、彼らは最初からパフォーマンスに関わっていたということです。マイケルのすぐそばにひかえ、彼の音楽誕生にか関わっていたのです。マイケルのアートのビジョンを作り上げることに彼らが献身し、深く関わっていたということに私はとても感動しました。たとえ音のビジョンというものを人が持ち得たとしてもね。彼らとマイケルのつながりはとても深くかつ個人的だったため、マイケルの音楽的なイマジネーションの延長線上に彼らはいたのです。

ウィラ:とても興味深いですね、エリナー。私はポピュラー音楽の歴史について少し調べたことがありますが、レコーディング・プロセスに対するアーティストの考え方は60年代に劇的に変わりました。それ以前はレコーディングのゴールは単にパフォーマンスのスナップショットを捉えるというものでした。エリナーが言うように、「できるだけ完璧に音を再現する」ためです。

でも60年代半ばごろになると、ビーチボーイズの「Pet Sounds」やビートルズの「Revolver」、「Sgt. Pepper's Lonely Hearts Club Band」のような実験的アルバムがリリースされ、事態はひっくり返りました。バンドは音の実験を始め、ツアーで再現不能な音を創り始めたのです。だから、創作活動の中心がステージからスタジオへ、ライヴ・パフォーマンスからスタジオでの新しいサウンドを生み出すことへとシフトしていきました。こうしたことから、ブラッドやマット、ブルース・スウェディーン、クインシー・ジョーンズといった人々の仕事がとても重要になったのです。彼らは単に、オーディエンスがマイケル・ジャクソンのコンサートで聴くものを再現しようとするのではないんです。エリナーがすごくきれいに言ってくれたように、「音楽的イマジネーションの延長線上」に彼らはいたのです。だから、マイケルのアルバムがスタジオでいかに進化し出来上がったのかをブラッドやマットから詳細に聞けるというのは本当に興味深いことなのです。

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エリナー:そうですね、ウィラ。本当に「ひっくり返り」ましたね。「This Is It」でマイケルが、パフォーマンスは可能な限り、スタジオで作ったものに近づけるようにしたい、アルバムで聴けるものに近づけたいと言っていたのを思い出します。それがファンが聴きたいもの、彼がファンに与えたいもの、と彼は言っていました。

ウィラ:すばらしい例ですよ、エリナー!完璧です。彼は、コンサートでは、ステージでの様子を捉えるよう努めたスタジオ・レコーディングではなく、スタジオで作ったものを再現しようとしていたのです。

エリナー:でも実は、マイケル・ジャクソンの音楽は、レコーディング通りに正確にツアーで再現するのが不可能だった。まず第一に、リードボーカルとバックアップ・ボーカルを同時に歌うことはできませんからね!ウィラの言うように、難題でした。

その8)につづく
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