「Just Another Part of Me」:ブラッド・サンドバーグとCaptain EO (その6)

ウィラ:興味深い見方ですね、シルヴィア。ビジネスマンとして、業界の第一人者として、そしてアーティストとして、マイケル・ジャクソンはスクリーンの上で描いているヒーローの旅を自分の作品の中でも、つまりスクリーン外で上演しているんです。

シルヴィア:そうです、ウィラ。私もそう思います。

ヴェロニカ:シルヴィア、アフロフューチャーリズムのファッションについて言えば、EOの宇宙服は素晴らしいものでしたね。宇宙船から出てきた時に来ていたステージ衣装と同じくらいに!アルバム「Invincible」のカバー用に作られたアルノ・バニによる彼の肖像もそんな感じに見えます。

リーシャ:こうした神話的な筋書きはエンタテイメントだし面白いので、人間の精神にとってどれほど深く有益かということを見落としがちです。アフリカ系アメリカ人の業績の世界的な影響を考える時、これが単にファンタジーな空想というだけでなく、ディズニーの言葉を借りるなら、この惑星の未来とその先を「想像する」という点において強力な要素となっているのを見出すのは簡単です。

シルヴィア:EOの上演が今でも続き、私たちがセミナーで集まったディズニー・ファンタジーランドのホストを務めるアメリカの州の一つ、フロリダ。ここでこれまでに起きたことを考えると、アフロフューチャーリズムについてのこのような会話をすることは身が引き締まる思いがします。白人男性の若い黒人男性に対する恐れ、暴力・・・そしてその制裁・・・は、いわゆる「人種問題を超えた」世界においても、そして実は、黒人未来主義者のビジョンが上映され称えられ続けている場所(フロリダ)それほど遠くないところでも存在し続けているのです。

リーシャ:同意です、シルヴィア。未来のビジョンに反する例ばかりが目につくというのが現実であり、当然ながらそれは深く失望するものです。

シルヴィア:In the Studio with Michael Jacksonのためにフロリダの空港に着陸してすぐに思ったことは、「ここはジョージ・ジマーマンに無罪評決を下した州だ」ということでした。それに、この一週間、別件の陪審団が、黒人男性ジョーダン・デイヴィスを殺害した容疑の白人男性に対して無罪評決を下しました。Captain EOが、音楽を通じて意識を転換しようと奮闘してきた一方で、被害者ジョーダンと友人たちが演奏していた大音量の「残酷な音楽」に対する容疑者マイケル・ダンの怒りというものを私たちは知りました。そしてこの事例では、私たちを一体にする自信満々だった音楽の力が完璧に破壊されたことを知りました。今までと同じ、根深い人種的偏見、銃による暴力、無知、そして傲慢によって崩壊したのです。過去、現在、未来の間にある緊張感は、この土地で顕在化しました。

ヴェロニカ:素晴らしいポイントですよ、シルヴィア。私たちがエプコットで見た、Captain EOの中で思い描かれたハーモニーとは対照的な、白人とヒスパニックの2人の手による若い黒人男性の死という観点でね。あなたが挙げた事件では、衝突と死の原因が音楽であり、団結という結果にはならなかったのは事実です。でも、だからといってそれが、音楽は団結させることなどできない、人々を転換させてはいなかった、ということを意味するでしょうか?近年の研究では、音楽の癒しの力が示されています。例えば、音楽セラピーは多くの人々を救っています。銃撃被害者の上院議員ガブリエル・ギフォーズもこの中に含まれています。

マイケルは音楽の力と言うものを信じていました。個人レベルだけでなくもっと大きな社会のレベルでの変革と向上のための力として。それが正しかろうと間違いだろうと、あるいは絵空事だとしても、彼は音楽とアートを通じて癒そうと努力しました。これは夢に過ぎない、と考えることは悲しいですが、おそらく現実的なのでしょう。彼が「Earth Song」で歌っているように。

かつて僕は夢を見ていた
星々の向こう側さえも見えていた
今では、僕らがどこにいるのかわからない
どこか遠く流されてしまったようだ


Captain EOでは楽観主義が示されていますが、MJは後に、最初の疑惑の後にリリースされたアルバム「HIStory」で、痛烈な社会・政治批判をもってこれに反対の立場をとっています。

シルヴィア:ありがとう、ヴェロニカ。おっしゃることは正しいと思います。音楽は人々を団結させ、そして世界中のコミュニティを集結させることができるし、そうしているでしょう・・・何世紀にもわたって。でも、ジョーダン・デイヴィス事件が起きてしまったように、ある意味においては音楽は人種差別を引き起こすし、攻撃的態度をとる口実として使われるという程度においては犯罪とさえされるようになりました。でもこれが、アフロフューチャーリズムが人々の心に響く一つの理由だと思うんです。つまり、あまり縛られないあり様というものを想像することを許してくれるんです。そして、マイケルは、音楽やアートを通じてそれを確かに実行していた。あなたのおっしゃるようにね。

ウィラ:そう、彼は実行していた。私にとっては、ジョーダン・デイヴィス事件ですら、恐ろしい出来事ではあるけれど、音楽の力を示してはいると思えますね。音楽は私たちを団結させる。ポジティブな場合もあるし、非人道的あるいは独裁主義的な場合もあるということです。ナチスがワーグナーを使ったのが極端な例です。でも音楽は破壊力があり超越する力があるんです。アメリカの公民権運動やベトナム反戦運動は音楽によって盛り上がりました。最近の例では、プッシー・ライオットがロシアで高まるフェミニスト運動や反・反同性愛運動の最前線に立っています。

音楽は、権力を奪われた人々に、団結し抑圧的な多数派に抵抗する力を与えてくれるんです。このような音楽の破壊的な力はヒップホップの根幹です。これが、ジョーダン・デイヴィスと友人たちが「残酷な音楽」でやっていたことなのです。私が思うに、彼らは支配的多数派を批判し破壊するアイデンティティーを主張するために音楽を使っていたのです。マイケル・ダンは、それを恐れていた・・・音楽の破壊力を・・・だから彼は彼らの車に向けて発砲を始めたのです。

エリナー:そうですね。シルヴィアが言うように、「根深い人種的偏見、銃による暴力、無知、そして傲慢」はフロリダではまだ残っています。彼らはこの国の多数派に属しています。そして音楽は怒りの反応を呼び覚ますことができるのです。マイケルが理解していたようにね。「Black Or White」でマコーレー・カルキンがボリュームを上げた時の父親の反応を考えてみてください。でも私は、世界を変えるために音楽を使うというマイケルの夢をあきらめてはいません。そして彼があきらめていたとも思いません。彼が経験してきたことを考えると、彼があきらめなかったということは大変な驚きです。

ヴェロニカ:そうです、エリナー。夢を持ち続けるという決断と勇気は揺るいだことはなく、他者へもそうするように力を与えようとしていました。「Another Part of Me」で彼は歌います。「これは僕らの使命/やり通すための」。そして彼は、生涯を通じてやり通しました。「This Is It」でもそれがわかりますし、一人一人の責任としての自然環境への愛と保護のメッセージでもわかります。「誰かが?誰かとは?それは僕たちだ。僕たちがやらなければ何も起こらない」。

(その7)につづく
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