ブラッド・サンドバーグとの会話(その3)

リーシャ:ブラッド、セミナーを始めたいきさつを聞かせてもらえませんか?参加したらどんなお話が聞けるかということも。

ブラッド:素晴らしい質問です。話せば長くなりますが、かいつまんで言うと、2年ぐらい前、フランスのMJファンの皆さんから、話を聞かせてくれと連絡があったのです。2012年の夏、私はパリへ飛びました。スタジオには12人のグループがいました。私はいろいろなテープを持ち込みました。段取りはよくありませんでしたがとても楽しいものでした。古いミックスのテープを選んで再生し、それについての思い出をお話したのです。

ウィラ:素晴らしいですね!なんてすごいんでしょう。

ブラッド:皆さん楽しんでいましたよ。そして次の春にニューヨークでやろうと思ったのです。ニューヨークでは2回セミナーを開きました。この時はビデオも追加して、マイケルとの仕事については時系列でお話しました。このセミナーはとても好評で、すぐにオーランド、パリ、ストックホルム、トロントと続き、2月8日には再びオーランドに戻ります。

マイケルはたくさんの人々とそれぞれのつながりがありました。音楽を通じて、ダンスを通じて、慈善事業を通じて、ユーモアを通じて。痛みを通じてというのもあるかもしれません。私は彼と同じ体験をしたわけではないし、親友だったわけでもありません。でも、彼と仕事をするのは大好きでしたし、彼を友達と呼べることを誇りに思っています。私には彼の笑い声がまだ聞こえるし、スタジオ内でミックスの素晴らしい出来に、あるいはネバーランドの新しい乗り物に興奮している彼が見えるんです。彼は今まで会った誰とも違う。彼はマイケルなんです。もし私が、彼のそばにいた時の様子を皆さんにお伝えすることができるなら、私にとっては幸せなことです。

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ウィラ:素晴らしいですね。あなたのセミナーに参加した人はみんな激賞していますよ、ブラッド。スティーヴンソンというファンはニューヨークのセミナーに参加して、そのことを電子メールで私たちに教えてくれたんです。細かいところまでたくさん、それにコメントもつけて。こんな感じです。

彼はGive In to Meを創り出すMJとビル・ボットレルの2時間にわたるレコーディングの一部を再生しました。それは本当に驚くべきものでした。なぜならこの歌・・・曲と歌詞・・・が、ビルのギターとMJの歌による実験サウンドからゆっくりと浮かび上がって来たのです。一つ一つ形になっていく様子が聞けるんですよ。素晴らしい!!!

あなたのセミナーのサウンドはすべてが素晴らしいクォリティです・・・・彼の音楽を聞いているような感じだ、と私は聞かされています。つまり、初めてその曲を聞いているようだという意味です。セミナーに引き続いてエプコット・センターでCaptain EOを観る、完全なる感じる体験をする(これが元々の狙い)というのはボーナスですね。

ブラッド:ディズニーが特別上映をしてCaptain EOをクローズするという噂があります。だから、マット・フォージャーに連絡して、Captain EOとThrillerの特別編付きのセミナーに参加してくれないかと頼んだのです。彼は承諾してくれました。特別な一日になるでしょう。

どんなものをご期待いただきたいかと言うと、みっちりやるということです。どのセミナーも基本となる部分だけを用意していきます。それで話の進んでいく方向を見ています。あるときはBadに時間を割き、あるいはDangerousを深く掘り下げる。ゆるくしておく、組み立てすぎないようにしておくというのが好きなのです。これまでも書かれたことがあり、参加者が聞きたがるであろうエピソードというものも確かにありますが、どんな話が聞けるのか想像できない、というのが私は好きなんですよ。あるゲストは旦那さんを連れてきました。その方は大ファンとは言えない人でした。とてもクールな人でしたが、その人がとても楽しんだと言ってくれたことが私にとっては意味があるんです。マイケルの製作スタイルや、スタジオでの素晴らしい人々について学ぶことは、自分のことをMJファンとは思わないたくさんの人々の興味を引くことになると考えたいですね。とは言うものの、ファンの方の中にも、私がやっていることに感謝してくれている方も確かにいますけどね。

ウィラ:素晴らしいですね。私も、彼の製作スタイルや創造過程をもっと知りたいです!私の理解では、彼は大部分の曲で、テープレコーダーにアイディアを吹き込むことで作曲していたということなのですが、合ってますか?彼はメロディーを歌い、ハーモニーを歌い、時にはドラムやストリングス、ホーン、ギターをまねた音さえ歌いました。楽器にどんな音を出してもらいたいかを示すためです。彼はそれをスタジオに持ち込み、それからどうするんですか?テーレコーダーに吹きこんだアイディアを曲やアルバムに落とし込むプロセスはどのようなものだったのでしょうか?

ブラッド:マイケルにテープレコーダーを渡すこともありましたけど、これは覚えておいてください。つまり、マイケルは、何かを渡しても45秒以内になくしてしまうことがよくあったんです。だからマット(またはチームの誰か)に電話をしてスタジオでミーティングというのが普通でした。曲を組み立てる手伝いにジョン・バーンズやマイケル・ボディッカーを連れてくるということもありました。マイケルはメロディーライン、それからリズムのパートを歌います。それをシーケンサーで組み立てるという具合です。テープに直に歌うということもありました。後で彼の声を楽器で置き換えるんです。

ウィラ:面白いですね!リーシャはたぶんそうしていたと推測していました。彼が歌ったパートで後で楽器に置き換えられた部分があると。数週間前の記事です。リーシャ、言う通りでしたね!

リーシャ:私はそのやり方にとても魅力を感じています!

ブラッド:彼は他のソングライターとのコラボレーションも好きでした。サイーダ・ギャレットとかビル・ボットレルなんかがそうです。デモ段階をパスすると、新たなレベルに引き上げるためにさらなるミュージシャンを呼びます。私がマイケルと仕事をしていた間で言えば、彼の声のピッチをデジタル的に修正するということは決してありませんでした。彼はすべての音、すべてのライン、すべてのパートを歌いました。セミナーではそのプロセスの詳細についてお話します。

リーシャ:トロントのセミナーでは、素晴らしいリード・ボーカルを得るためのブルース・スウェディーンの秘訣は、単によいマイクを選び、最初に適切に録音する!ということだと仰っていましたね。ブルース・スウェディーンとどの程度あなたが密接に仕事をしていたのか一般には知られていないと思うのですが。

ブラッド:そうですか。ブルースはよき友人であり、師でもあります。ブルースがいなければマイケルとの仕事はなかったでしょうね。1986年、私はウェストレイクのセッションで仕事をしていました。ブルースと私は友人となりました。彼は私を有望と見たのでしょうね、マイケルのニューアルバムのレコーディングに参加したいかどうか尋ねてきました。想像できますか?私はこのチャンスに飛びつきましたよ。

リーシャ:想像すらできない!

ブラッド:タコベルのコマーシャル(「Run for the Border!」)の仕事をしている頃、夜にはマイケルが「Man in the Mirror」や「Smooth Criminal」を歌うのを見ていたんですよ。

ウィラ:落差大きいですね!

ブラッド:驚くほかありません。アルバムがリリースされると、ブルースのアシスタントのクレイグは別の道に進み、その後の約10年間、私がブルースのアシスタントになりました(「テクニカル・ディレクター」)。次の仕事はクインシーの「Back on the Block」、そしてマイケルの「Dangerous」と「HIStory」です。尋常ではなかったのは、すべての制作時間、リミックスやダンス・ミックス、ビデオ・ミックスなどなどに分けていくと、どのアルバム・プロジェクトも2年かそれ以上かかっていたということです。ブルースは極めた人です。自分の技能を極めた人です。彼のユーモアはみんなをリラックスさせます。彼のレコーディングやミキシング、音風景を作り出す能力は他の人と比べようがありません。ブルースのような人はいません。彼が私に教えてくれたことすべてに、私は感謝しています。

その4)につづく
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