フリードマン:マイケル・ジャクソンを死なせた裁判から10年

10年前の明日(現地時間)、カリフォルニア州サンタマリアの陪審団は、児童詩的虐待に問われたメガ・ポップスター、マイケル・ジャクソンに対し無罪の評決を下した。サンタバーバラ郡地方検事トム・スネドンがマイケルを、ギャヴィン・アルヴィーゾに性的虐待を加えた上ギャヴィンの家族(母、弟、姉)を誘拐したとして訴追していた。これに対しトーマス・メゼロウ弁護士が鮮やかな弁護を行い、4カ月後、マイケルは無罪を勝ち取った。

だがダメージを受けた。マイケルは狂気の証言と非難の数週間を最後まで耐えた。金の事、個人的な失敗、あらゆる交友関係、身体のことなど、彼の全てが公にされた。法廷の最前列、彼のすぐ後ろには彼の母親や、時には父親、兄弟姉妹たちが座っていた。彼らはすべてを聞いた。すべては子供たちが目にする機会のある記録に残された。

陪審団が無罪の判断を下すころにはジャクソンは破壊されていた。無罪にも歓喜はなかった。彼は終わった。彼は子供たちを連れてカリフォルニアを去った。メゼロウは「今すぐここを出ろ」とアドバイスした。なぜ?彼は知っていた。私も知っていた。2003年11月にジャクソンが逮捕されて以来の狂乱を見てきた者は誰もが知っていた。スネドンは彼に恨みを持っていると。スネドンは、どうにかしてマイケル・ジャクソンを刑務所送りにするまで止めないだろう。もしマイケルがネバーランド(サンタバーバラ郡)にとどまれば、彼は常にターゲットとされ続けるだろう。

ジャクソンに対するスネドンの抗争は、マイケルが別の少年ジョーダン・チャンドラーの家族と金銭的示談に合意して以来、10年にわたるものであった。マイケルの最悪の決断であった。彼には小児愛者の雰囲気が漂ってしまい、それから逃れることはできなかった。それは彼をさらなるゆすり・たかりのターゲットにしてしまった。彼を、明確な判断ができない薬物中毒としてしまった。結果として、それが彼を殺すことになるのだ。

チャンドラーとの示談で良かった点は?弁護士やアドバイザーの立場からすれば、1994年にマイケルを刑務所や裁判所に送らずに済んだということになる。スネドンはチャンドラー抜きではマイケルを起訴することはできなかったのである。スネドンは自分の主張をする前に敗れたのだ。スネドンは、ジャクソンがダンスをしていると感じた。おとなしくしているのではなく、歌を使って公にスネドンを嘲笑し、嘲ったのである。スネドンは復讐を誓った。

この裁判については知っておくべきことがいくつかある。ギャヴィン・アルヴィーゾの母親は狂っており、詐欺師であることが法廷で証明された。スネドンは彼女を完璧な協力者だと思っていた。彼女は何でもスネドンが言う通りにした。彼女の言う「誘拐犯たち」には、スパ・トリートメントや映画やファーストフード店や買い物に行った時のレシートなど、彼女とともにいた時の完全なる記録があったのだ。その誘拐犯たち、フランク・カシオとヴィニー・エイメンは2004年、一部始終の記録が詰まった大きな金属製のブリーフケースを持って私を訪ねてきた。私が彼らに言ったことで最初に思い出すのは、「アルヴィーゾが君たちを誘拐したのではないか?」だ。

それは冗談だったが、真相だったのだ。ギャヴィン・アルヴィーゾはガンを患っていた。彼の母親のジャネットは彼のガンを利用してマイケルの生活に入り込んだのだ。マイケル・ジャクソンは、大成功した「We are the World」プロジェクト以来、少し甘い考えを持っていた。自分には世界を救うことができる、マーヴィン・ゲイが歌ったように「死にゆく子供たちを救う」ことができると。マイケルは1億枚のレコードを売り、「キング・オブ・ポップ」の称号を得てから、自分自身を救済者であると見ていた。ギャヴィンを救うことは彼の使命だったのだ。

そしてそれが失敗だった。彼はマーティン・バシールが自宅に来ることを許し、アルヴィーゾ一家を受け入れていることを映したドキュメンタリーの制作を許したのだ。それは最低最悪のことであった。「Living with Michael Jackson」と題されたバシールの偏向映像で最悪なのは、ギャヴィン(自分が救済者であることを示すためにドキュメンタリーの撮影時にネバーランドへ連れて来ていた)がマイケルのベッドで寝ていると言ったシーンだ。2003年1月末にABCでこのドキュメンタリーが放映された時に警鐘は鳴った。当時私は、マイケルが刑務所へ送られるかもしれないと書いた。インターネットは騒然となった。

スネドンはすぐに部下をロサンゼルスのアルヴィーゾのアパートへ派遣した。部下たちはスネドンの名刺をドアに残した。マイケルが事態に気がついた時、彼は居候のアルヴィーゾをネバーランドから追い出した。彼らは現実に戻らざるを得なかった。スパ・トリートメントも贈り物ない。スネドンがジャネット・アルヴィーゾを協力者と見たのはその時だ。彼が唯一しなかったことは、適正な調査だった。マイケル・ジャクソンを刑務所に送るという目標を達成する手助けになる人物を得たと興奮するあまり、彼はジャネット・アルヴィーゾの素行を調査することはなかったのである。

サンタマリアの法廷に座っていて一番良かった瞬間。それは、トーマス・メゼロウがジャネット・アルヴィーゾに、マイケル・ジャクソンが気球を使って彼女の子供たちを連れ去ろうとしていたと証言させた瞬間だ。法廷は爆笑だった。メルヴィル判事が小槌を叩く。メゼロウが巧妙に仕向けた決定的証言の頂点だった。この時点で誰もが、陪審員はスネドンの起訴を賛成しないだろう理解した。誰もが、そう、スネドン以外の誰もが。

スネドンのチームにはよい検事たちがいた。ロン・ゾーネンはその一人であり、今でも評価は高い。ゴードン・オーキンクロスもそうだ。彼らは法廷で劇的な瞬間に立ち会ってきた。しかしスネドンを突き動かしているものに疑義は唱えなかった。彼らは海に向かう橋を、何も考えずにスネドンに従ったのだ。

検事たちは評決の前の晩、これから起ころうとしていることがわかっていなかった。祝勝会を開いていた。一般のレストランで、だ。私の知人の女性がそこに偶然居合わせてすぐに電話をしてくれたのだ。

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これは2005年の6月10日に私が書いた記事だ。

マイケル・ジャクソン児童性的虐待裁判の検事たちは、裁判に勝ったと思っている。

水曜日の晩(6月8日)、彼ら全員(トム・スネドン、ロン・ゾーネン、ゴードン・オーキンクロス、そして彼らの家族)はカスマリアのレストラン、ヒッチング・ポストで祝勝会を開いていた。

映画「サイドウェイ」に登場するブエルトンのレストラン、ヒッチング・ポストはサンタマリア地区では最高のレストランと思われている。

スネドンは満足していた。セレブの犯罪レポーター、アフロダイテ・ジョーンズと抱き合ったほどだ。彼は狂喜乱舞で、その場にいた誰よりも社交的だったと彼女は私に言った。

ある目撃者はこう言っている。「このグループは浮かれていました。絶対にお祝いのムードでしたよ」。

この検事のチームは最初はバーでお祝いしているところを目撃され、その後、ドアのない私用のダイニング・ルームへ案内された。

「笑い声や騒いでいる様子は聞かれていたと思いますよ」とその目撃者は言っている。

パーティーとも呼べるその場にいた者の中には、裁判に関わった警察官も数名含まれていた。巡査部長スティーヴ・ロベルとジェフ・クラパキスもその中にいた。

対象的に、弁護側のトーマス・メゼロウは町ではほとんど目撃されなかった。彼は1週間前に陪審団が審議に入って以来、控え目な態度をとっていた。


弁護側が尋問を終えて2週間が経っていた。スネドンを非難する素晴らしい無罪評決とともに陪審団が戻ってくるまであと5日はかかると思われていた。だがスネドンらはそこにいた。自分たちは勝っただろうと傲慢にも確信していた。

そのやり方で、トム・スネドンは本質的にマイケル・ジャクソンを死なせた。スネドンが客観的視点を持ち、アルヴィーゾの素性を調査していれば、この事件は裁判とはならなかったのだ。だが彼は、初日からこの事件を騒乱としてしまった。ネバーランドの家宅捜索を行って世間を驚かし、タブロイド記者ダイアン・ダイモンド(彼女の全キャリアはジャクソンの天敵となることへの執着の上に構築されていた)と共謀して、この件をマスコミに大々的に宣伝したのである。規則通りに行われたことは何一つなかった。すべてはマイケル・ジャクソンを破滅させるために行われ、そしてその通りに機能した。

アルヴィーゾ一家・・・その後2度とその名を聞いていないし目撃もされていない(ダイアン・ダイモンドが報じた2013年の彼の結婚式以外は。信じられないことに、その場ではDJがマイケル・ジャクソンの曲を少なくとも1曲は流していた)。ジョーダン・チャンドラー?彼の父親(エヴァン・チャンドラー)は息子を世捨て人にしてジャクソンの評価を貶めた揚句、コンラッド・マーレーの手でマイケルが亡くなった5カ月後に自殺した。1996年、メアリー・フィッシャーというジャーナリストがGQ誌に影響力のある一編を寄稿し、エヴァン・チャンドラーと元妻の新しい夫がジョーディーを洗脳し、性的虐待を受けたと思わされたことを証明したのだ。彼らはその報酬で2000万ドルを受け取った。13年後、マイケル・ジャクソンは亡くなった。

陪審団は、マイケルに無罪評決を出せば、ネバーランドへの純金のゲートが開き、ジャクソンが彼ら一人一人に感謝するだろうと思った。だがそれは違っていた。ゲートは固く閉じられ、ジャクソンはロス・オリヴィオスの街で二度と目撃されることはなかった。2週間後、彼と子供たちは立ち去り、4年間のホームレス生活が始まった。それは彼の死で終わりとなった。ネバーランドは沈黙した。あの検事たちとは違い、この苦い勝利にはお祝いはなかったのだ。

■Michael Jackson: 10 Years Since The Court Acquittal That Eventually Killed Him

Ten years ago tomorrow a jury in Santa Maria, California acquitted mega pop star Michael Jackson of child molestation and conspiracy. Santa Barbara District Attorney Tom Sneddon charged Michael with molesting Garvin Arvizo and then kidnapping Gavin’s family– his mother, brother, and sister. Attorney Thomas Mesereau mounted a brilliant defense and Michael, after four months, was acquitted.

But the damage was done. Michael had sat through weeks and weeks of crazy testimony and accusations. His entire life was laid open– his finances, his personal peccadilloes, relationships with every single person he ever knew, descriptions of his body parts. His mother and sometimes his father, or a sibling, sat in the row behind him. They heard it all. Everything was on the record for his child one day to read.

By the time the jury reached their verdict, Jackson was destroyed. There was no jubilant celebration. He was done. He took his kids and left California. Mesereau advised him, “Leave here now.” Why? He knew, as did I, and every reasonable person who’d watched this circus since Jackson’s arrest in November 2003, that Sneddon had it in for him. Sneddon was not going to stop until he somehow put Michael Jackson in jail. If Michael stayed at Neverland, in Santa Barbara County, he would always be a target.

Sneddon’s vendetta against Jackson reached back a decade, to when Michael agreed to a financial settlement with the family of another boy, Jordan Chandler. It was the worst decision that Michael ever made. It created an aura around him of a pedophile, one that he couldn’t shake. It made him a target for more extortion. It turned him into a real drug addict who couldn’t always make other, clear decisions. Eventually, it would kill him.

What was the upside of the Chandler settlement? To the lawyers and advisers, it kept Michael out of jail and court in 1994. Sneddon couldn’t prosecute Michael without the Chandlers. Sneddon was defeated before he could make his case. Jackson, Sneddon felt, danced away. Instead of leaving it alone, Jackson mocked Sneddon publicly in song, taunted him. And Sneddon vowed revenge.

There are just a couple of things you need to know about that trial. Gavin Arvizo’s mother, proved in court to be a scammer and a schemer, was crazy. Sneddon found in her a perfect collaborator. She said and did whatever he wanted. It didn’t matter that her so called “kidnappers” had a full record of their time with her including receipts for spa treatments, movie dates, fast food restaurant meals and shopping safaris. When those guys — Frank Cascio and Vinnie Amen– came to me in 2004 with a huge metal briefcase filled with records of what had gone on, the first thing I remember saying to them was, “Are you sure the Arvizos didn’t kidnap you?”

I was joking, but that’s really what had happened. Gavin Arvizo had cancer. His mother, Janet, used the cancer as leverage to worm her way into Michael’s life. Michael Jackson was naive about one thing since his “We are the World” hit project– that he could save the world, and “save the children who are destined to die,” as Marvin Gaye once sang. Michael, after selling 100 million records, and being dubbed the “King of Pop,” saw himself as a savior. Saving Gavin was just part of his duties.

And that’s what blew him up. He allowed Martin Bashir to come to his house and make a documentary that showed Michael embracing the Arvizos. It was appalling. The worst part of Bashir’ heavily slanted film, called “Living with Michael Jackson,” was a segment in which Gavin– who Michael had brought to Neverland for the filming to show that he was a savior– talked about sleeping in Michael’s bed. When the documentary ran on ABC at the end of January 2003, this moment set off alarms. I wrote at the time that it was possible Michael would wind up in jail. The internet blew up.

Sneddon immediately sent his people to the Arvizos’ apartment in Los Angeles. They left his card under their door. And when Michael realized what had happened, he kicked the freeloading Arvizo’s out of Neverland. They had to return to their real life– no more spa treatments and gifts. And that’s when Sneddon found a conspirator in Janet Arvizo. The only thing was, he didn’t do due diligence. He was so excited to have someone who could help him realize his goal of putting Michael Jackson in jail, he never investigated Janet Arvizo’s background.

My favorite moment sitting in that Santa Maria courthouse? When Tom Mesereau got Janet Arvizo to testify she thought Michael Jackson was going to steal her children by taking them away in a hot air balloon. The courtroom howled. Judge Melville banged his gavel. It was the culmination of a devastating testimony skillfully delived by Mesereau. Everyone knew at that moment the jury was not going to buy Sneddon’s prosecution. Everyone, that is, except Sneddon.

There were good prosecutors on Sneddon’s team. Ron Zonen was and is respected. So is Gordon Auchincloss. They had some great dramatic moments in court. But they never questioned Sneddon’s motives. They followed him right off the bridge into the ocean.

The prosecutors were so out of touch with what was happening that on the eve of the verdict, they threw themselves a congratulatory party. In a public restaurant. A woman I knew stumbled upon them and called me immediately.

This is what I wrote on June 10, 2005:
The prosecutors in Michael Jackson’s child molestation and conspiracy trial apparently feel they’ve already won their case.

On Wednesday night [June 8], the whole lot of them — DA Tom Sneddon, Ron Zonen, Gordon Auchincloss, their wives and families — all celebrated at the Hitching Post restaurant in Casmalia.

The Hitching Post, cousin of the Buellton restaurant featured in the movie “Sideways,” is considered the best restaurant in the greater Santa Maria area.

Sneddon was so happy that he actually embraced celebrity crime reporter Aphrodite Jones. She told me he was in a jubilant mood, and the most outgoing of all the people on hand.

Said one observer, “This group was happy. There was definitely a celebratory mood.”

The prosecutor’s team was first spotted making merry at the bar, and then retreated to a private dining room behind the bar that has no door.

“They could be heard laughing and carrying on,” said a source.

Also present at what could only be termed a party were several of the police investigators involved in the case, including Sgts. Steve Robel and Jeff Klapakis.

By contrast, little has been seen around town of defense attorney Tom Mesereau, who’s kept a low profile since the jury began deliberations a week ago.


It was two weeks since the defense had rested. It would be five more days before the jury would come back with their stunning verdict that rebuked Sneddon’s entire case. But there they were, so full of hubris, certain that they’d prevailed.

In a way they had. Tom Sneddon essentially killed Michael Jackson. If Sneddon had really been objective and had investigated the Arvizo’s properly, the case would not have come to trial. But he turned it into a circus from day 1–staging a surprise raid of Neverland, conspiring with tabloid reporter Diane Dimond (whose entire career is built on her obsession with being Jackson’s snarling enemy)– to make it a big media splash. Nothing was done by the book. It was all done to ruin Michael Jackson and it worked.

The Arvizos– we’ve never heard from them again, not a peep (except for Diane Dimond’s report about his 2013 wedding where — unbelievably– at least one Michael Jackson was played by the deejay). Jordan Chandler? His father, after turning his son into a recluse and destroying Jackson’s reputation, committed suicide five months after Michael’s death at the hands of Dr. Conrad Murray. In 1996, a journalist named Mary Fisher wrote a seminal piece in GQ proving Evan Chandler and his ex-wife’s new husband had brainwashed Jordy into thinking he’d been molested. They got $20 million for their hard work. Thirteen years later Michael Jackson was dead.

The jury in the trial thought that once they’d acquitted Michael, the solid gold gates to Neverland would swing open and Jackson would thank each of them individually. They were so wrong. The gates snapped shut. Jackson was never seen again in the town of Los Olivos. Two weeks later he and his children were gone, kicking off four years of homelessness that would end in death. Neverland fell silent. Unlike with the prosecutors, there was no celebration of this bitter victory.

Source: Showbiz411.com
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