エリザベス・テイラーとマイケル、レア写真

それは彼女の8度目の、そして最後となる結婚であった。

エリザベス・テイラー・エイズ基金は、1991年にマイケル・ジャクソンのネバーランドで執り行われた彼女とラリー・フォーテンスキーの豪華な結婚式の写真をPEOPLE誌に独占公開した。

結婚式の模様を写したこれらの写真は、ハリウッド史上最大かつ最もメディアが集まった結婚式についてのカバーストーリーを掲載したPEOPLE誌1991年10月21日号を思い出させてくれる(この結婚式が、ジョージ・クルーニー夫妻やブラッド・ピット、アンジェリーナ・ジョリー夫妻の結婚式よりも前であることに留意)。

写真の中で、赤く日焼けした花嫁は、ヴァレンティノの淡黄色の2万5000ドルのガウン(ヴァレンティノからのプレゼント)を身にまとっている。彼女は新郎(7番目の夫。彼女はリチャード・バートンとは2度結婚している)と、親友のマイケル・ジャクソンと一緒にいる。ジャクソンは、カリフォルニア州サンタイネスの2700エーカーの彼の邸宅で執り行われた、160人もの有名人のゲストを集めたこの結婚式のホストを務めた。

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10数機のヘリコプターが舞い、一人の図々しいパパラッチがパラシュートで降下して新郎新婦から20フィートのところに着地するという一幕もあった(元イスラエル軍将校とセキュリティ100人による警備体制だったのだが)。

当時59歳だったテイラーは、正式に夫婦となったクチナシの花で飾られた見晴らし小屋でジャクソンと笑みを交わし、そして39歳の新しい夫と立っていた。

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テイラーの元夫エディ・フィッシャーは、フォーテンスキーとの結婚は続くだろうと予想していた。「リズが普通の男と結婚したのは初めてだから」だ。だがそうはならなかった。彼女は5年後に離婚した。

テイラーは2011年3月23日に亡くなった。鬱血性心不全。79歳だった。ジャクソンは2009年6月25日に亡くなった。62歳になったフォーテンスキーはカリフォルニアで存命で、離婚後も元妻とは親しくしていた。月に数回は何時間も電話で話していたという。

「エリザベスとの素晴らしい時間の思い出がたくさんあります。彼女の思い出はずっと宝物です」と彼は2011年のテイラーの死後に行われた珍しいインタビューで語っている。

2度の離婚歴があるいかつい風貌の建設労働者のフォーテンスキーとテイラーは、カリフォルニア州ランチョ・ミラージュのベティ・フォード・センターで薬物・アルコール依存と闘っていた1988年に出会った。

待ちに待った結婚式では、二人は最高に幸せだった。ライザ・ミネリ、エディ・マーフィー、ナンシー・レーガン(ロナルド・レーガン元大統領のためにテイラーは結婚式の日を変更したが、それでも出席はかなわなかった)、20世紀フォックスの社長バリー・ディラーと恋人、デザイナーのダイアン・フォン・ファステンバーグ、アーセニオ・ホール、ジョージ・ハミルトン、マーヴ・グリフィン、クインシー・ジョーンズ、マコーレー・カルキンといった有名人が顔をそろえる中、テイラーはジャクソンと彼女の長男マイケル・ワイルディング・ジュニア(当時38歳)にエスコートされてバージンロードを歩いた。

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フォーテンスキーの介添人はテイラーのヘアドレッサーのジョゼ・エイバーが務めた(写真にも映っている)。テイラーの長年の友人ノルマ・ヘイマンがテイラーの付添人を務めた。

ハリウッドの自己啓発の第一人者マリアン・ウィリアムソンが、無宗教で行われた結婚式を取り仕切り(テイラーはユダヤ教徒、フォーテンスキーはプロテスタント)、誓いと指輪の交換が滞りなく進められた。ダイヤモンドがちりばめられたウェディング・リングを初めてつけた彼女は、新しい夫の頬に手あて、夫婦として初めてのキスを交わした。

「二人の目を見れば、リズは幸せだとわかるよ」と当時フォン・ファステンバーグは語っていた。

華やかなレセプションが行われていた巨大なテントの下で、新郎新婦は、お互いと、そしてホストであるジャクソン(推定150万ドルの結婚式費用を支払ったと伝えられていた)にミネラル・ウォーターで乾杯した。

「あなたはずっと寛大で、涙が出てきます」とテイラーはジャクソンに言った。「死ぬまでこのことは忘れません」。

ゲストたちがドン・ペリニヨンや近所のワイナリーのシャルドネを飲み、ロール・サーモンの大皿と5段のチョコレート・ムース・ケーキに舌鼓をうっている中、夫婦としての初めてのダンスにジャクソンと恋人のブルック・シールズが割って入った。

午後10:30、新郎新婦はおやすみのあいさつを述べ、ジャクソンの自宅へ下がっていった。そこで二人は数日を過ごした後、テイラーの香水White Diamondsのプロモーションのための2日間のツアーを行い、そしてハネムーンに出発した。コラムニストのリズ・スミスは、テイラーのフォーテンスキーとの結婚は「彼女にとって楽しいものになるだろう。光り輝く外見の下で、彼女は普通でない生涯を送ってきたが、本当は普通の女性なのだ」と予期していた。

テイラーがHIV/AIDSとの休むことなき戦いに従事し始めた時から、その人生は普通とは違うものになった。テイラーは結婚式の独占写真から得られる収入をエリザベス・テイラー・エイズ基金創設のために使い、HIV/AIDS拡大との戦いの資金を集め、認知度を高め、そしてウィルス感染者の支援を行ったのである。

Source: PEOPLE / K.C. BAKER @KCBAKER77777 / MJ-Upbeat.com
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