元ボディーガードへのインタビュー(MJJC) その2

マイケルのために働くようになる以前の彼に対するお二人の意見は?彼と働くようになって変わりましたか?
私たちはこの仕事に就く前からマイケルの大ファンでした。ビルはジャクソン・ファイヴで育ち、古い45回転のシングルを全部持っています。ジャヴォンは、ミスター・ジャクソンのために働かないかと電話を受けた時、その着信音が「Smooth Criminal」でした。私たちは彼に対する疑惑やメディアで活字となったクレイジーなことを全く信じていませんでした。彼はいつもとても優しくやわらかな言葉づかいで、ハエも殺せないような感じでした。

残念ながら、タブロイドに歪曲されている多くのセレブと同じように、報道されていることを信じなくても、それを否定するだけの知識は普通持ち合わせていません。だから、彼のために働く機会を得た時、私たちは彼と彼の行動をよく見ていました。そして、信じたいと思っていたことを証明する出来事などをこの目で見ることができました。私たちは、彼がいかに父親として実際に面倒を見ていたか、恵まれない人々のことをどれほど気にかけているかということを見てきました。だから彼に対する私たちの考えは変わりませんでした。それどころか、一ファンとしてサポートしているマイケル・ジャクソンは、メディアで報じられているマイケル・ジャクソンとは違うということが分かったのは良いことでした。

マイケルは、車に乗っている時に好きなラジオ局や歌はありましたか?
ミスター・ジャクソンは車の中ではクラシックしか聴きませんでした。例えば私たちのうちのどちらかがR&Bの局を聴いていたということもありますけど、そういう時はそのままにしておくように言っていました。そういう場合でなければたいていクラシックの局でしたよ。一つの例外を除けば。ある時、偶然ある曲がラジオから流れてきました。それを聴くと彼はベストバイへ行くように私たちに指示し、それを買ってくるように言いました。それから彼は後ろの席で何度も何度もその曲を聴き、歌っていました。信念を持って歌ってましたよ。あれは彼に語りかけた歌でしたし、彼のチャレンジだったんです。でも詳しくは、本を読んでください。

マイケルはファンを家に招いて時間を過ごすというようなことがありましたか?
ミスター・ジャクソンはしばしばファンをネバーランドに招いていましたが、ラスベガスに借りていた家では同じというわけではありませんでした。どの家も、彼が人に見せたり、もてなしたいと思えるような家ではありませんでした。単に滞在するためだけのものだったのです。だから私たちもファンを中に入れたことはありません。ファンとしゃべったりするのはもっぱら車の中でしたよ。家に向かう、あるいは出かける途中ですね。いつも車を止めて、彼がハローといってちょっとの間おしゃべりするんです。

ラスベガスで暮らしている間、ミスター・ジャクソンは新しいリムジンを探していました。ある夏の晩、SUVを伸ばしたリムジンのテストドライブをする段取りを彼のために整えました。その車は16人乗りでした。ドライブウェイから車を出すと、5人のファンが門の外に座り込んでいました。ミスター・ジャクソンは車を止めるようドライバーに命じました。彼は窓を下げてドライブに行きたいかとファンに尋ねたのです。そしてドアを開けるとファンたちが飛び乗ってきました。私たちは45分間ほど車を走らせ、ミスター・ジャクソンとファンたちはカジュアルにおしゃべりをしていました。セキュリティとしてはハラハラしていましたが、問題はありませんでした。MJはそれが大好きでしたし、ファンたちもそうでした。

マイケルがファルセットを使わないで話をするのを聞いたことがありますか?
いいえ。ミスター・ジャクソンはいつも静かでした。公の前で使っている柔らかいしゃべり方でした。

マイケルは読書が大好きでした。ご存じの範囲で結構ですが、彼は小説が好きでしたか?それとも自伝物や実話が書かれた本を好んでいましたか?
ミスター・ジャクソンは手に入れられる本は何でも読んでましたよ。私たちはしょっちゅうBarnes&Nobleに出かけて行って、本を買って一晩に5千ドルとか1万ドルとか落としてきましたよ。仮に彼に好みがあっても言えませんけどね。私たちが見た中で彼が一番読んでいた本というのがあるとすれば、それは聖書です。

公のマイケルとプライベートのマイケルの違いを教えてもらえますか?
公のマイケル・ジャクソンはエンタテイナーです。プライベートのマイケル・ジャクソンは父親であり、息子です。公のマイケルはイメージをとても大事にしていました。出かける場所にカメラがたくさんあるとわかっている時は、彼は専属のスタイリストのところに飛び込んで、トップデザイナーが作った独特の衣装を着るんです。

カメラの前や街中に出かける時は、彼は準備に4、5時間は使っていましたね。プライベートのマイケルは子供といるのが大好きで、映画を観て、ポップコーンを食べて、気軽にパジャマで家の周りを散歩したりするのが大好きでしたよ。

マイケル・ジャクソンの普通の1日を教えてもらえますか?
ミスター・ジャクソンのビジネスの面は動き続けるマシンでしたよ。マネージャーや代理人がいて、毎日予定が入っていました。会議とか打ち合わせとか。どこに行く、誰と話す、と毎日日程が決められていました。

文字通りにスケジュールに従っている時もありましたが、スケジュールなんてうんざりだといって、好きなことをするということもありましたよ。

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マイケルを守るという点について、あなたが見た彼の行為の中で、最も危ないと思ったのは何ですか?
正直言うと、まず初めに最も困難だったのはあなたがたですよ。ファンの皆さんです。私が担当したどのセレブもそうですが、いつも、ファンや人だかりの手が届かないようにしておくのが難しいんです。誰でも危険となりうるんです。もちろん、ミスター・ジャクソンとファンの関係は違いました。彼は車のウィンドーを下げ、手を振っておしゃべりをしたり、身を乗り出したりするんですよ。セキュリティですから、間に割って入ってクッションの役割をするのは本能なのですが、ミスター・ジャクソンは私たちを払いのけて、「僕のファンには優しくしてくれよ。ファンのみんなは何もしないから」と言うんです。ファンは最大のサポーターであり、守ってくれるということを彼は知っていたんです。

子供たちの安全のためには、彼はセキュリティには万全を期していました。彼の人生は、それまでずっと地球上でもっとも有名な男だったのですから、個人を守りプライバシーを守るということについて知っておくべきことは何でも知っていたのです。だから、彼が危険な状況に身を置くというのは滅多にないことでした。彼は、ジョン・レノンを射殺したファンのことを気にとめていました。一部の人々が、あまりにも彼のことで頭がいっぱいだということが彼にはわかっていて、ファンであることを利用して彼に近づいて危害を加えることを恐れていました。だからミスター・ジャクソンは警戒を緩めてファンに近づいていたかもしれませんが、セキュリティ・チームとして、私たちは決して気を緩めるようなことはありませんでした。

マイケルは、自分について書かれたタブロイド話とどう付き合っていましたか?マイケルのパソコンの知識は?インターネットは使っていましたか?彼が訪れていたウェブサイトは?子供たちはテレビやインターネットを許されていましたか?
彼はタブロイドとは付き合っていませんでした。拒否していました。生活から完璧にシャットアウトしていたのです。彼は、子供たちにもタブロイドに触れさせたくないと思っていました。いろいろなトーク番組のホストたちはいまだ彼を笑い物にしたり冗談のタネにしていましたから、家の中にはテレビはありませんでした。ケーブルテレビもです。DVDで映画やショーを見ているだけでしたね。定期的に読んでいた唯一の新聞はウォール・ストリート・ジャーナルで、それからロブ・レポート誌ですね。タブロイドネタが一切ないからです。ニューススタンドや本屋に行く時はいつも、新聞や雑誌が彼についてネガティブなことを書いてないかどうか彼のマネージャーが私たちに知らせるんです。そういうものがあったら、私たちのうちのどちらかが、先に言って棚からどけるんです。同じ理由で、彼はインターネットは見ませんでしたし、監視なしでは子供たちにも許しませんでした。ただ、唯一、ビルがeBayでコレクター・アイテムを手に入れる方法を彼に教えてからは、何度かネット・サーフィンをしていました。

メディアをシャットアウトしていたので、ミスター・ジャクソンの「ニュース」ソースは皆さん、ファンの皆さんでした。彼は受け取った手紙はすべて読んでいました。私たちは彼をロング・ドライブに連れ出し、彼は後ろに座って手紙を読んでいました。個人的なことを書いた手紙を受け取っていたんですよ。中国とか中東とか、世界中から届いていました。そういう手紙が、何について歌うべきかの示唆を与えていたんです。手紙はインスピレーションの元であり、外の世界とのつながりでもあったのです。

マイケルと子供たちとの関係についてもう少し教えてください。マイケルは子供たちに罰を与える時にはどうしていたのですか?
ミスター・ジャクソンが優しくて愛情あふれる父親だったということは、MJJCommunityの皆さんには驚きではないでしょうね。知らないとすれば、しつけについてのどんなことにも彼がどれほど気を使い、一生懸命だったかということかもしれません。州が定めた自宅学習の必須要件をすべて知っていましたし、要求される目標を子供たちが達成し、越えるようにと毎週教師と話し合い、授業のプランに目を通していました。例えば私たちが外出していて、外が寒いのにブランケットが帽子や手袋をしていなかったら、「帰ってきて。ブランケットの手袋を忘れてるよ」という電話がかかってくるんです。当時ミスター・ジャクソンの中では、父親であるということが最も大事なことだったと言っても差し支えないでしょう。レコーディングとかパフォーマンスとかよりもです。たとえ何があろうと子供たちが最優先だったのです。

正直なところ、ミスター・ジャクソンには子供たちに罰を与える必要はあまりありませんでした。たいてい子供たちは行儀よくしていて礼儀正しく、何に対しても「お願いします」とか「ありがとう」というのを忘れませんでしたから。ブランケットは何をするかわからないところがあり、言う事を聞かないこともありました。子供たちが行儀が悪かったり、あるいは宿題をちゃんとやらなかったりしたら、彼は子供たちを座らせてお説教です。子供たちの特権を取り上げるということもありました。ムービー・ナイトを中止するとかそういうことです。でもそれすらも滅多にありませんでした。彼は素晴らしい父親で、子供たちを良い子に育てていました。子供たちが、彼が亡くなってから受けている多くのプレッシャーともうまくやっているのを見ればそれがわかりますよね。

(その3)へつづく
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