Are You Scared Yet? (その1)

ウィラ:ニューヨーク・レビュー・オブ・ブックスの最近の記事「Who Is Peter Pan」で、マイケル・ジャクソンとピーター・パンを同一視することについて触れられていますが、同記事はこのような爆弾を投下しています。

少年たちがジャクソンの自宅に宿泊することがあった。彼は二度、少年たちに性的虐待を加えたとして起訴された。だが、有罪にはならなかった。今日、彼は無実であったことがコンセンサスであるように思われる。

ジョイエ、人々が落ち着きを取り戻し、そして私も正気を取り戻したことを喜ぶべきでしょう。でも、この記事を読んで、私は荒れてしまいました。人々の意見の変わり様に、だれかれ構わず文句を言っていました。彼が亡くなった時、当時の圧倒的「コンセンサス」は、彼が有罪だということでした。多くの人々が、彼が有罪だと考えていましたし、百歩譲って性的虐待では有罪でないとしても、彼は変人であり何らかの罪があることは間違いない、という状況でした。そして3年後(註:本記事の原文が執筆されたのは2012年)、「彼は無実であったことがコンセンサス」なのです。なぜ変わったのか?新たな証拠など何一つ明らかになっていないのです。人々の考えが変わったことに対して論理的理由などないのです。でも変わりました。多くの人の考えが変わった。なぜ?

ジョイエ:わかりませんね、ウィラ。でもあなたが怒る理由はわかります。この美しい人が、人間を心から愛し慈悲の心を持っていた人が、生きている間にあれほど苦しみ、嘲笑され、誤って起訴されたということが大変苦痛なのです。でも彼が亡くなって今は、中傷していた多くの人たちのトーンが変わりました。今となっては遅すぎますけど。

ウィラ:そうですよね。彼が生きている間にこうならなかったことが大変残念という気持ちはずっと変わりません。彼が生きているうちに変わらなかったことが一番腹が立つんです。だって彼の死が何らかのきっかけになったのですから。人々の考えが変わったことに論理的理由はありません。新しい証拠を見て考えを変えたのではないのです。3年前と今の違いは、彼が亡くなったということだけです。人々の感情が変わるために彼は死ななければならなかった。そして私にとってもっともつらいのは、彼がそのことを知っていたということ、つまり、彼は、人々の態度が変わるには自分が死ぬしかないということを知っていたのです。彼は「Ghosts」で私たちに語りかけていました。 

picture1011.jpg

「Ghosts」はいろいろな意味で魅力的なショートフィルムです。「M Poetica」で触れましたけど、これはまるでアートの原理についての基礎講座のようなものだったのです。今でもそうです。これは、ある大変興味深い理論を理解するためのきっかけになるかと思います。例えば、ルイス・ハイドのトリックスター論、エレン・スカリーの身体論、ジュリア・クリステヴァの人間の卑劣さ論、ミハイル・バフチンのカーニバル論および権威主義者の力の構造を破壊し楯突くための奇異なるもののパワー論のようなものです。それは、「Ghosts」の核となるものの一つです。このショートフィルム一本だけでも討論すれば数ヶ月はかかるかもしれません。

でも、「Ghosts」については、1993年の疑惑やスキャンダルに対する芸術的反応と見ることも可能です。そして今回はこのアプローチで迫ってみたいと思っています。1993年の出来事と、それにつづくメディアの猛反発に直結することが、「Ghosts」にはたくさんあります。
その2に続く)
関連記事
Google検索

Google

WWW検索 ブログ内検索

プロフィール

MJJFANCLUB.JP

Author:MJJFANCLUB.JP
* このブログはマイケル・ジャクソンのNewsブログです。
EmailAddress:
info.mjjfanclub.jp*gmail.com
の*を@に変えてください。

お知らせ

マイケル・ジャクソン「ONE」、チケット ON SALE NOW!!!
Man in the Music-スパイク・リー監督推薦図書
MJJFC.JPフェイスブック (TV情報 etc.)
カレンダー
最新記事
カテゴリ
リンク
文字サイズ変更ボタン
文字を大きくする 文字を規定のサイズに戻す 文字を小さくする
モバイルはこちらから
QR
カウンター
WHAT ABOUT US
月別アーカイブ