BADを称える:You Wanna Be a Man(その4)

ジョイエ:とても興味深い共通点ですね、ウィラ。アーティストとギャングがある意味似ているなんて考えてもみませんでしたよ。重要なポイントですね。

ウィラ:彼らは同じものの両極端に位置していると思いませんか?社会の許容範囲を押し広げているんですよ。変えさせることもあります。ギャングは悪い方向へ変えますね。より暴力的であり、警察沙汰を増やし、抑圧的、そして監獄行きです。一方でアーティストはポジティブな変化をもたらします。そしてその違いというのは、暴力が人々を恐れさせ後ろ向きにさせるので心を閉ざしてしまうのに対し、アートは人々の心を開き、世界の見方について新しい道を開く、ということだと私は思います。

ジョイエ:本当に興味深い比較ですね。ところでギャングということですが・・・このビデオには私がいつも素敵だなと思っていることがあるんです。それは、このビデオは全体的に白黒で撮影されていますが、ギャング・メンバーとのダンス・シークエンスでは鮮やかなカラーで撮影されているということです。

ここで立ち止まって、この注目すべきショートフィルムでは誰が「ギャング・メンバー」なのかということについて前に話し合ったことについて言うべきかもしれません。私は、ダリルの3人のいわゆる友人たちはギャング・メンバーとは思わないと言いました。そうではなくギャングを気取っているワルだと。だから私が「ギャング・メンバー」と言うときにはそれはダンサーたちであって、あの友人たちではないです。

ウィラ:彼らは変わったギャングですけどね・・・ダンスの「ギャング」、アーティストの「ギャング」。私たちが今ちょうど話していた、アーティストとギャングのつながりに話が戻るんです。今の今まで、「Bad」のダンサーたちをそんな風に考えたことはなかったですが、彼らはある種、ギャングとアーティストという二つのカテゴリーの合体を具現化したようなものです。彼らはアーティストの「ギャング」・・・アウトローのアーティスト・・・なんです。だから二重に慣習に逆らっているんです。

ジョイエ:仰ることは正しいと思います。そんな風に考えたことはありませんでした。鮮やかなカラーによってあの部分を他とは分けるというその手法がただ大好きなんです。そして、マイケル(またはスコセッシ)がこう区別することで伝えようとしているのは何なのか、いつも不思議に思うんです。悪ぶっている3人の生活の惨めさを荒涼とした暗いモノクロ映像に反映し、もし彼らが暴力と悲惨な世界から足を洗えばどれほど輝き生き生きとするかをダンス・シークエンスを通じて見せている、ということでしょうか?それとも、もっと単純で私が深読みしすぎているんでしょうかね?

ウィラ:そんなことありませんよ。深読みしすぎているなんて思いません。そんなことは全くないです。重要なことに違いありません。「Ghosts」でも繰り返されている手法ですからね。

ジョイエ:そうでした。「Ghosts」でもやってますね。

ウィラ:そうです。おびえる村人と復讐心に燃えた村長がマエストロの城にゆっくり近づく様子がモノクロ映像で描かれています。彼らがドアを開けると、彩り鮮やかな部屋があって、そこはマエストロの居場所なんです。あなたが仰る「Bad」での色彩の変化の解釈は、「Ghosts」でも成り立つと思います。仰るように、「悪ぶっている3人の生活の惨めさ」と、「Ghosts」の村人たちが、「荒涼とした暗いモノクロ映像に反映」されています。マイケルは「もし彼らが暴力と悲惨な世界から足を洗えばどれほど輝き生き生きとするかをダンス・シークエンスを通じて見せて」いるんです。「Bad」と「Ghosts」の二つの解釈としては見事だと思います。

これについては、カラーとモノクロの変化ということについて一番有名な例を見るというのがもう一つのアプローチとしてあると思うんです。それは「オズの魔法使い」です。カンザスはモノクロで、オズはカラーで撮影されてますよね。マイケル・ジャクソンはこのことをよく知っていました。ボーテアック師とそういう話しをしています。ネバーランドまでの道をどうデザインしたかを説明している時です。質素で簡単なゲートから始まるのだと言っていだます。

「ゲートを開けた時、質素でオンボロだなと思ってほしかったんです。牧場に来たのだなと心理的に感じてもらって、曲がりくねった道を行くにつれてカラフルになるように。ちょうど『オズの魔法使い』がやっているようにね」。

「オズの魔法使い」では、カンザスというドロシーにとっての「現実」の世界はモノクロなんです。でも想像の世界では・・・オズの世界では・・・カラーなんです。「Bad」でも同じですね。モノクロのシーンは「現実」、カラーのシーンはダリルの「想像」なのです。

ジョイエ:ウィラ、それはいいですね。思ってもみませんでしたよ。カラーのシーンはダリルの想像、だからカラーなんですね!ものすごく納得できます。

ウィラ:そう。でも「Ghosts」ではそうはいきません。カラーのシーンもモノクロのシーンも「現実」なんです。この変化は何か違うことを意味しています。カラーのシーンは「現実」です。でも、力強いアーティストの創造力によって高められ鮮やかになった現実です。あなたの解釈に近いですよ、ジョイエ。でも、それがマイケル・ジャクソンが「Bad」について思い描いていたものに近いかどうかはわかりません。「Ghosts」のように、カラーのシーンでは、私たちは一人の素晴らしいアーティストの存在感の中にいるということだけはわかるんですが。

だから、彼の作品の多くでそうであるように、「Bad」もアートの例・・・アートの重要性やアーティストの役割もひっくるめた、アートについて語るアートの一例のように思えるんです。アートというものは社会の変革と同時に個人で何かを実現することも可能なのだと彼は言っているように思います。アートを通じて、ありふれた灰色の、白と黒のモノトーンの世界から、輝かしい彩りの世界へと変化できるのだと。

ジョイエ:それは素晴らしい考えですね、ウィラ。
(おわり)

原文:http://dancingwiththeelephant.wordpress.com/2012/09/05/celebrating-bad-you-wanna-be-a-man/
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