ラビ・シュムリー:バシールは他にも謝るべきことがある

サラ・ペイリン(元アラスカ州知事)に対する中傷は、マイケル・ジャクソンへの不当な扱いとまったく同じである。

MSNBCのホスト、マーティン・バシールが、あるアメリカのTV番組で発せられた極めて侮辱的な論評の一つ、「『アメリカに住み着いた落第者』、『世界的バカ』であるサラ・ペインは排泄されるべきだ」に対して最近謝罪した。

ペイリン元知事を嫌っている者たちですら、バシールは反感を買ってしまい、彼の評判が回復することは決してないだろうと口をそろえている。

昨日、彼は謝罪した。私は許しを聞き入れることを信ずるものであり、それはミセス・ペイリンも同様で、この話はここまでとするだろうと私は信じている。

残念ながら、大変な面倒を起こすバシール氏の非倫理的振舞いはいつものことである。そして、いまだにダメージが続いている事件があり、彼はそれらに対して謝罪していない。最も有名なものはマイケル・ジャクソンに対するものである。

マイケルを知り、彼の生活が元に戻ることを祈っていた人々の間では、マーティン・バシールに言及することは物議をかもすものである。

バシール氏のプロデューサーが、マイケルの生活についてのドキュメンタリーを制作しようと最初に私に連絡をしてきたのは2000年ころのことであった。私はマイケルにそのことを話し、そして拒否するよう強く勧めた。「あなたの生活を世間に公にするのは時期尚早だ」。どんなに内容を選び、範囲を限定した公への露出だとしても、健康状態が身体的精神的に良好であることがマイケルにとって最低条件だと私は主張した。当時、マイケルはあまり気力がなく集中力を欠けていように思う。それに、彼はすでに十分に有名であり、このようなドキュメンタリーを必要とはしていなかった。

3年後、バシール氏のドキュメンタリー「Living With Michael Jackson」が登場した。バシール氏はマイケルの他の友人を通じて事を成し遂げたのだ。その友人が二人を引き合わせ、契約は成立した。このドキュメンタリーは、マイケルを、一人の少年と明らかに奇妙な関係を持ち過度な物欲を持つ者として描いた。バシール氏はマイケルのネバーランドを子供たちにとって「危険な場所」と呼んだ。バシール氏によるナレーションは、彼が子供たちへの明らかな執着と見たものに対する不安を表明し、バシールが不安に思った生活を送っているマイケルと対決すると誓った。

結構。マイケルがインタビューで語ったこと、そしてそれによるダメージはマイケル自身の失敗である。マイケルが生涯にわたって切望していた高い目的をバシール氏が理解するまで、マイケルは同意すべきではなかった。彼は確かに、自身の子供ではない子供とベッドを共にするということは許容されるものだと思う、などと言うべきではなかった。

それに、ジャーナリストとして、バシール氏にはマイケルが望んだ生活についてどのように判断しようとも、そうする権利があった。

絶対に間違っていたことは、マーティン・バシールの策略なのである。マイケルとバシール氏の会話を撮影したマイケル側のカメラマンによる映像によって出来上がったものは、マイケルの信用を得るために、その尋常ではないライフスタイルや他の子供たちへのケアを崇めるフリをしていた。しかし一方で明らかとなったのは、マイケルのイメージをよく見せない映像のみを使い、ニューヨーク・タイムズ紙をして「同情を装った無慈悲な利己主義者」と批評させたバシール氏の姿である。

マイケルに対する疑惑に関連する2005年の裁判の時、自身のドキュメンタリーのためにマイケルを欺き、あるいは操作したことに関する尋問に答えることを拒んだために、バシール氏はあわや法廷侮辱罪となるところであった。マイケルは弁護士同席で書類にサインしたのか、使われなかった映像はどのくらいあるのか、といった基本的質問についても証言することを拒否していたのである。

バシール氏が評判を得たのは1995年のダイアナ妃とのインタビューだ。チャールズ皇太子との結婚の失敗について話を聞いている。ここでも同様の騙しのテクニックをつかったのではないかという疑いがある。彼女の信を得るために彼女を支持しているフリをしたのではないか。もっともこの場合は、バシール氏が偽善的であるいうことを示す映像はない。

マーティン・バシールは、マイケルを説得して口を開かせるために味方のフリをしていたということについて一つも責任を取っていない。それどころか一貫して彼の意図は、マイケルの評価を生き埋めにすることで自身の評価を高めるということだったように思う。奇妙なマイケル・ジャクソンは、ノーマルであるよりもエキセントリックなパフォーマーである方が売り物になる。ドキュメンタリーに登場した少年に関してマイケルが直面し、重罪10、軽罪4の全てにおいて無罪となった裁判を私たちは決して忘れまい。

一つはっきりさせておきたいのは、サラ・ペイリンによる、国の負債と奴隷制度の比較については私は全く同意していないということだ。あれは誤解を招く不幸なコメントだった。しかし、マーティン・バシールから起きた激しい憎悪と同様のものを巻き起こしたことを考えると、出世のためには基本的な礼節を踏みにじることを厭わない人物については私たちは慎重になるはずである。

ソース : Rabbi Shmuley Boteach / observer / MJ-Upbeat.com
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