Happy Birthday, Michael Jackson:ワシントンポスト紙の記事より

生きていれば55歳の誕生日を迎えたはずのマイケル・ジャクソン。キング・オブ・ポップは4年前に亡くなったが、彼の音楽と彼が遺したものは生き続けている。ここに、本紙の過去の記事から選りすぐったものを掲載する。まずは、1988年のキャピタル・センターでのジャクソンのパフォーマンスのレビューから。

躍動するマイケル:ジャクソンはキャピタル・センターを圧倒し、驚かせた(1988年10月14日)

マイケル・ジャクソンは、体から電気を発する。

昨晩のキャピタル・センター。タイニー・ティムのように歌おうと思ったらそうできたし、やっても誰も、そう、ほとんど誰も、それに不平は言わなかっただろうということを見て、彼が大変興味深いということがわかった。そして彼がマイケル・ジャクソンそのものに聞こえたからこそ、結局はすべてうまく行ったのである。

歌は確かに良かった・・・良い歌はたくさんあった・・・しかし、常に、それはジャクソンのムーヴメントとエモーションに帰結しているように思えるのだ。彼は比較というものを越えたダンサーだ。絶え間なく動くという本質の権化だ。骨がないように見える。彼の血管には潤滑オイルが入っているのではないか。アメリカ中の一年間分を一晩で動く男だ。彼が嫌いでも、彼から目をそらすことはできないだろう。

マイケル・ジャクソンの音楽的遺産は永遠だ(2009年6月26日)

少しの間でいい。アーティストからそのアートを分けてみよう。ほかに何もない真空の空間の中で、マイケル・ジャクソンのエンタテイメントを考えてみよう。

その、バブルスやちょっと変わったことや整形手術のことなど何もない泡の中に、一人の男を・・・そして、アーカイブをたどっていけば、一人の子供を見出すだろう。ポピュラー音楽史上で最もずば抜けたパフォーマーの一人であることは疑いない。

彼は、中性的なテノールを持つエルヴィスだった。彼は、ムーンウォークができてとびきりのポップの才能を持ったシナトラだった。彼は、大衆への訴求力があるプリンスだった。彼は、ハイウォーター・パンツや白いソックスをはき、片方だけのきらめくグローブをはめたジョン、ポール、ジョージ、リンゴだった。

ジャクソンは、時に模倣的であったが、並外れた才能を持っていた。彼は、フランキー・ライモンのように、スモーキー・ロビンソンやダイアナ・ロスをお手本として歌った。しかし、彼のソウルフルで魅惑的な声はオリジナルかつ独特の響きを持っていた。すなわち彼の声は、現在世界で、誰が聞いてもすぐに彼のそれであると分かる声なのである。

「Thriller」の遥か以前に、ジャクソンは黒人アメリカ人のためにバリアを破壊した(2009年6月26日)

1972年、彼はほんの14歳の子供だった。そしてアメリカの黒人居住区の母親たちを初めとする女たちはその子を胸に抱いているかのようだった。彼は末っ子だった。彼は可愛い男の子だった。彼はそれぞれの教会の神童という風であった。彼は「American Bandstand」や「Soul Train」に出演していた。アメリカにおいては、70年代初頭は、実はある種の美しい時代を象徴していた・・・自由の隆盛、人種の融合、そしてかわいいマイケルが携帯ラジオで歌っていた。国中でもっともかわいらしくふわっとしたアフロのリトル・マイケルだ。

何年にもわたって、彼はエボニー誌やジェット誌の表紙を飾った。そして彼の生活が華やかになり始めた時でさえ、黒人アメリカ人たちは彼を手放すことを拒んだ。それはまるで、黒人白人を問わず、多くの子供パフォーマーたちを迎える痛みというものを彼らが知っているかのようであった。

ソース:Washington Post & MJWN
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