BADを称える:音楽を視覚的に表現する(その3)

ウィラ:それも思いもよらないやり方でね。「Liberian Girl」を聴いて、彼がこの曲用に作ったビデオをイメージできる人がいるでしょうか?「The Way You Make Me Feel」、「Speed Demon」、「Bad」、「Smooth Criminal」、それに「Dirty Diana」もそうです。実は、おそらく「Dirty Diana」のビデオが、この中では一番歌詞に近いのです。彼はグルーピーにつきまとわれているパフォーマーについて歌ってますが、彼こそがグルーピーにつきまとわれているパフォーマーだということはわかりますよね。

でも、これによって「Dirty Diana」の歌詞は高められ、複雑になっているんです。実際、「Dirty Diana」には興味深いことが細部にわたってたくさんあるんですよ。例えば、彼は、彼自身と「My Baby」、そしてDianaとの三角関係について歌っています。Dianaはただ単に彼が欲しい、あるいは有名なロックスターとしての彼が欲しい。彼女は彼や「My Baby」を傷つけているかどうかなんてお構いなしなんです。こういう場面があります。彼が「My Baby」と電話で話している時、Dianaが電話に向って、「彼は戻らないわよ、私と寝てるんだから」って言うんです。裏切りの瞬間です・・・彼と「My Baby」にとってどれほどつらいか想像してみてください・・・でもコンサート会場で彼がそう歌う時、オーディエンスは一層大声でわめくんです。オーディエンスはおかしくなってるんですよ。そしてそれが興味深い。あの瞬間のオーディエンスのわめき声はアルバムには収録されていません。ビデオだけなのです。

オーディエンスは「My Baby」の視点、あるいは彼の視点であの歌を聴いていない、Dianaの視点で聴いているということを、あの反応は明確に物語っています。そして、これが説得力があるんです。つまり、オーディエンスがDianaみたいなものだからです。オーディエンスも彼が欲しい、Dianaがやっているように。彼がシャツを破る時にそれがわかります。オーディエンスは本当にワイルドになるんです。彼は欲望の目的なのです。そして空想にふけるんです。欲望を満たしている空想に。彼や彼のプライベートへの影響などお構いなしなんですよ。

そして実際には、それは彼が望んでいるオーディエンスのポジションではないかと思えるのです。彼はステージではオーディエンスに自分を求めて欲しい、Dianaになって欲しいと思っているんです。歌詞を見てもわかります。彼は、彼女に共感するよう私たちに促し、彼女の視点から見るように促しています。だからオーディエンスは彼女の立ち位置になるんです。当然ですね。ビデオの終わりで、彼は、私たちが何度となく見てきた古典的マイケル・ジャクソン・ムーヴを次々に繰り出し、突然視点を変えるんです。そして彼はステージを離れ、車のドアを開けます。彼が中で待っている一人の女性を見た瞬間、とても不安定なパワーコードが鳴り響くんです。

ジョイエ:鋭い観察ですね。このビデオで、観客の叫び声と視点の関係について結びつけたことはなかったです。面白いですね。

ウィラ:面白いですよ。視点というものを使って彼がやったことはとても魅力的です。彼は絶えずそうしているのです。込み入ったやり方でね。「Dirty Diana」で突然視点を変えた時のように、突然全てが違った性質を帯びるんです。これは、多くのミュージック・ビデオで私たちが見ているような、典型的ロック・スターとグルーピーのファンタジーとは違うものです。これはリアリズムへと変化したファンタジーなのです。そして私たちの視点は突然移動し、彼の視点からの状況を考えさせられるのです。彼の視点というのは本当に複雑です。いつも複雑なのです。彼は決して私たちに簡単な答えを許してくれません。

つまり、車の中で座っている、彼とセックスをしたがっている美しい若い女性が登場しますが、一方でそれは、考えるべき良い問題なのです。つまりですね、悪くはない状況なんですよ。だけど一方で彼はその女性のことは知らない。彼女については何も知らない・・・彼女が優しいのか、冷たいのか、奇人なのかどうか知らない・・・・そして彼は、このような女性が彼と「My Baby」を傷つけるかもしれないという可能性を持っていると歌詞の中で描いています。とても複雑なのです。

ジョイエ:複雑な問題です。そして、昨年夏の「My Baby」シリーズ(註:未訳)で話したように、「Dirty Diana」はセレブと名声の問題についての複雑さ、時には奇妙さというものを強調しています。そして、音楽を「可能な限り視覚的に」提示するということの完璧な例でもあります。さっき仰っていたように、多くのショート・フィルムは、音だけを聴いたときに想像したものとは違ったストーリーを語っています。でも「Dirty Diana」はそうではありません。このショート・フィルムは歌自体を正確に描写しています。だから、この曲は私たちのまさに目の前で生き生きとしているのです。もし、視覚的に提示されていなかったら、何のことなのか私には分かりませんよ!



(終わり)

原文:http://dancingwiththeelephant.wordpress.com/2012/09/12/celebrating-bad-presenting-the-music-visually/
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