BADを称える:音楽を視覚的に表現する(その2)

ウィラ:そして「Bad」は、「できるだけ視覚的に」音楽を提示するというゴールに到達したんです。彼は、デュエットの2曲を除いたすべての曲でビデオを制作しました。「全ての曲が傑作」とあなたが仰る感覚の一因はここにあるのではと思います。どの曲にもビデオがあり、どれもが完全に意図して作られた、視覚と聴覚のアート作品のように感じます。

私はビデオ自体を見ていなくても、たとえば車で「Bad」を聴いているような時でも、曲のイメージを思い浮かべていますよ。私にとってはビデオと歌は切っても切れない関係になっています。

ジョイエ:私もそう思います。ビデオと「歌は切っても切れない関係」のように思えます。歌を聴いてそれぞれのショート・フィルムのことを思い浮かべないなんてほとんど不可能です。あなたが「Moonwalk」から引用した部分で言われているように、彼にしてみれば、おそらくかなり意図していたというのは間違いないと思います。それから、「Bad」以降のアルバムでも、「Dangerous」で9本、「HIStory」で8本のビデオを作っていますから、音楽を「できるだけ視覚的に」提示するというのは彼にとってとても重要なこと、彼が全力で取り組んでいたことだと思います。

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ウィラ:そうですね。ビデオを通じて、自分のアートの完全なる表現を成し遂げた、というように私には思えます。音楽とダンス、素晴らしい声、視覚への刺激、背景となっているストーリー、そして物語というものが一体となっているんです。あるいは彼がビデオの構成を説明しているように、伝えようとしているものが序章、中盤、エンディングと言う形になっている、ということでしょうか。

ジョイエ:そう思います。それから、彼の映画への愛着というものも考えさせられますね。映画への愛が彼のビデオをこれほど素晴らしいのものにしていると思うことがあります。映画の力について、観客をどこへでも好きな場所へ連れて行くことができる力について、彼がどれほど語っていたか。そして、それは彼のビデオがやっていることなんです。彼のビデオは一瞬のうちに違う場所へ連れて行ってくれるんです。彼が選んだ場所へね。ビデオではなく「ショートフィルム」と呼ばれることを望んでいたのも不思議ではありません。

こう考えると、「Invincible」で同じことをしようとして妨害されたということに本当に腹が立ちますよね。彼がその目的のためにどんなことを思いついたか、いろいろ発見することを楽しんでいたでしょう。話がそれましたけど、あなたの言う通りだと思います。「Bad」は、音楽を可能な限り視覚的に提示するというゴールに到達した最初のアルバムです。そしてそのお陰で、彼といえばミュージック・ビデオ、というようになったのです。

当時、他に誰もやっていなかった興味深いコンセプトです。ほとんどのアーティストはミュージック・ビデオをプロモーション・ツールとして使っているだけでした。その結果、ビデオは曲自体とはあまり関係ないということになっていました。でもマイケルはそれを全て変えたのです。つまり彼は、俗に言う「脚本をひっくり返した(状況を一変させた)」のです。突如として、ビデオは要約的な付加物ではなく、曲に命を吹き込む手段となったのです。

その3に続く)
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