AEG裁判:医学的な利益相反か?

スタンフォード大のスポーツ医学部門の責任者ゴードン・マシソン博士が、医学的利益相反の専門家として月曜日に証言した。

本裁判の証言や証拠の検討を行った結果、マシソンは、AEGライブが利益相反を生み出していたと結論づけた。マイケル・ジャクソンの専属医として月15万ドルで働く契約についてAEGライブがマーレーと交渉していた契約は「劣悪な医学的決断を導く恐れがあった」というのがその理由である。

スタンフォード大の運動部門のチームドクターであるマシソンは、医学的利益相反について、ビッグゲームの第4クォーターで、脳震とうが疑われるスター・クォーターバックをゲームにもどさなければならないとサイドライン上にいるチームドクターに対して話すフットボールチームの監督になぞらえた。

この仕事を得るために自分のクリニックを閉鎖し、100万ドルの負債を抱えていたマーレーは、健康状態が悪化している兆候が見られたにもかかわらず、マイケルをリハーサルさせろというAEGライブの幹部らの圧力に抵抗できなかっただろうとマシソンは証言した。

マーレー自身も矛盾していた。というのも、交渉中だった契約は、彼がAEGに責任を負うような仕組みとなっていた。しかし、もしツアーがキャンセルされれば契約自体もキャンセルされる可能性があったからだ、とマシソンは述べた。「マイケルの健康状態が悪化し始めたので、利害の衝突が生じたのだと私は思います」。

ショーの監督ケニー・オルテガやプロダクション・マネージャーのジョン・"バグジー"・ホーダールからの電子メールは、2009年6月のマイケルの健康状態悪化をAEGの幹部たちに警告していた。彼のトレードマークであるダンスができない、これまで数十年間に彼が歌ってきた曲の歌詞が思い出せないといったこともこれらの警告には含まれていた。

マイケルのメーキャップ・アーティストや振付師らは、自分自身に話しかける、声を聞くといった妄想的症状や体重低下が深刻だったことなどを証言している。

共同プロデューサーのアリフ・サンキーは、亡くなる11日前のリハーサルの後、「マイケルが死ぬのではないかと強く思った」と証言している。「その時電話に向って叫んでいました。彼は今すぐ入院する必要があると言いました」とサンキーは証言している。

眠る戦いに負けた

ハーバード大の睡眠の専門家は先週、毎晩のプロポフォールの投与はマイケルの睡眠のサイクルを止め、レム睡眠を奪っていた恐れがあると証言した。レム睡眠は脳と体を維持するために必要なものだ。

「ミスター・ジャクソンが示していた症状は、慢性的に睡眠不足を患っている患者に見られるものと一致している」と、ハーバード大医学部のチャールズ・ツァイスラー博士は金曜日に証言している。

ツァイスラーの金曜日の証言によれば、もし2009年6月25日にプロポフォールの過剰投与でマイケルが亡くなることがなかったとしても、レム睡眠の不足は数日のうちに彼の命を奪っていたかもしれないという。

動物実験のネズミは5日間睡眠なしで死んだ。

マーレーがマイケルに毎晩プロポフォールを2ヶ月間にわたって投与するまで、それは人間に対し試されることはなかった。

プリンスが証言へ

プリンスは、マイケルの3人の子供のうち裁判に登場するただ一人となるだろう。もっとも、3月に2日間にわたって撮影されたパリスの宣誓証言ビデオは、AEGライブの弁護団が今後使うことがあるだろうが。AEGは、彼女の父とマーレーとの付き合い、そして彼女自身と父との関係についての鍵となる証人だとして、パリスに証言をさせていた。

ジャクソン家側の弁護士は先週、パリス(15)は本人が証言することはできないだろうと告げた。今月初めに自殺を図り、その精神的治療のために入院しているからだ。

先週の証言で、シェフのカイ・チェイスが、自宅で父親によくないことが起きたと最初に認識した時にパリスがどれほど衝撃を受けたかを振り返っている。

「彼女が『ダディ!ダディ!ダディ!』と叫んで階段を戻ろうとした時、私たちは文字通り、彼女の足首を掴んで階段から引きずり下しました」とチェイスは証言している。

その2週間後、マイケルの追悼式典で話をした時、パリスは号泣していた。

「生まれてからずっと、ダディは最高の父親でした。今はただ、ダディをとても愛してる、とだけ言いたいです」とパリスは語っている。

マイケルはプリンスが幼い時からビジネスについて話をしていた。彼の証言では、死の直前に信じていた人、信じていなかった人についてマイケルが語っていたことが明らかになるものと見られている。

「プリンスはずっと、12歳の時でも、可愛い息子でした。ダディの可愛い息子です。プリンスはお父さんが自分を誇らしく思って欲しいと思っていました。マイケルはそう思っていました」とチェイスは証言している。

「彼は重大な責務を負っています。長男として、兄として、そしてきょうだいたちの父代わりとしての。成長しても女の子を好きになっても、そのことが彼にとって大きなことなのです。彼はお父さんがアドバイスをしてくれたらと思っています。彼にとって計り知れない影響を与えています」とチェイスは証言している。

マイケルの死後

10ヶ月にわたって計画されていた50公演が行われる予定だったロンドンにプリンス、パリス、ブランケットとともに向う予定だったちょうど2週間前にマイケルは亡くなった。ロンドンのショーの後、長い世界ツアーに行くと父は子供たちに話していた。子供たちはワクワクしていた。パリスは宣誓証言でこう話している。

ツアーの後、映画製作に集中するための拠点としてラスベガスに家を買おうとマイケルは思っていた、と子供たちは述べた。その準備のため、家で子供たちに映画製作の技術を学ばせるためにマイケルは南カリフォルニア大の映画の教授を雇った。

父親がいなくなった後、子供たちはマイケルが10代のころに住んでいた家で祖母と暮らすために引っ越した。すぐに、秘密のベール(父とともに公の場に出る時はマスクをつけていたということも含む)の代わりに、父を称えるために公の場へ時々姿を見せることになった。

子供たちはグラミー賞や、ハリウッド大通の落成式、トリビュート・コンサート、そしてオプラ・フィンフリー・ショーなどでスピーチをした。どのイベントでも子供たちは年齢よりも落ち着いているように見えた。

上二人は私立学校に入学した。父親が用意した家庭での学習からは大きな変化である。

プリンスとパリスはショービジネス界でのキャリアに乗り出した。

プリンスは「エンターテイメント・トゥナイト」の「スペシャル・レポーター」として数日間仕事をし、テレビ番組「90210」のあるエピソードでは演技もした。

パリスはハリウッドの大物マネージャーと契約し、今年に入ってからの女優としてのキャリアの手助けとしている。しかしこれは治療中は保留となっている。

ブランケットはいまでも自宅で学んでいる。カリフォルニア州カラバサスの丘の上の大きな家だ。

昨年子供たちのシェフとして再び雇われたチェイスによると、「彼はお父さんのようなダンス・ムーヴをする」という。

11歳のブランケットは「パパのことをたくさん思い出します。彼とお父さんのとのことについて話し出すと止まりません」とチェイスは先週証言している。彼はしばしば、父親の音楽を元にしたシルク・ドゥ・ソレイユのショー「Immortal」のTシャツを着ているという。「いつも着ていますよ」。

裁判は9週目に入った。双方の弁護士らによると、8月まで続く見込みだという。

原文 ■ Medical Conflict Of Interest?
ソース:CNN & MJWN
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