AEG裁判:ランディ・フィリップスはマイケルを叩いていた

カムバック・コンサートの公表前にマイケル・ジャクソンが「神経的に参っていた」ので彼を「叩き」、「怒鳴った」。AEGライブのCEOがこう語った。

マイケル・ジャクソン不法死亡訴訟で証言中のランディ・フィリップスは、「酔って落胆していた」マイケルがロンドンでのイベントに姿を見せたのは「奇跡」だったと語った。

月曜日に4日目の証言に臨んだフィリップスは、死の5日前にマイケル・ジャクソンが調子を崩しているのをショーの監督やプロダクション・マネージャー、専属医らが目撃した後の「緊迫した状況」について説明した。

2009年夏、「This Is It」ツアーのプレミアが迫る中、フィリップスとその他のAEGの幹部たちはマイケルとマーレー医師にリハーサルに出席するようプレッシャーをかけ、マイケルの健康状態が危険であることを警告していたはずの「危険な兆候」を無視していた。ジャクソン家側の弁護士らはこのように主張している。

フィリップスは月曜日、2009年6月20日にケニー・オルテガ監督、マーレー医師、そしてマイケルと会った時、彼が十分に眠れていないという懸念を認識していた初めて認めた。

マイケルの自宅リビングでのその会合は、マイケルが体調不良でパフォーマンスができず、オルテガが彼を自宅まで送り届けた後に召集された。

同会合でオルテガが懸念を表明したと、月曜日に陪審員に向けて提示された宣誓証言ビデオでフィリップスは語っている。「彼は、マイケルが集中していない、真剣に考えていないと心配していました。ちゃんと食べているのか、眠れているのか、そういうことを心配していました」。

その会合の後、フィリップスはAEGの他の幹部たちに、「大問題だ」という電子メールを送っている。

「ですが、その問題が何なのか、私は知りませんでした」。マーレーは「マイケル・ジャクソンは元気だと太鼓判を押していました」とフィリップスは語った。

この会合では、マイケルをリハーサルに出席させる責任はマーレーにあるという合意がなされた、とフィリップスは述べた。

「ケニー・オルテガの懸念に対処するにあたり、マーレー医師の適性については何も考えなかったのですか?」とジャクソン家側のブライアン・パニッシュ弁護士が尋ねた。

「マイケル・ジャクソンの専属医以外は考えませんでした」とフィリップスは答えた。

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2009年6月20日の朝、フィリップスがマーレーと25分間ほど話をした時、マイケルはリハーサルでパフォーマンスする「身体的準備は整っている」が、「制作をストップすれば、さらに体調を悪化させる」とマーレーは言った、とフィリップスは証言した。

「マーレー医師は正確にはそんな風には言わなかったと思います」とフィリップスは証言した。

「どうか落ち着いて」とフィリップスは心配するオルテガに書いている。「警報は十分に鳴っている。火を消す時だ。建物が全部燃えてしまわないように」。「建物が全部燃えてしまう」というのは、3週間後にスタートすることになっていたツアーから手を引くということだ、とフィリップスは語った。

「このように緊迫した状況で、話し合いをするまでの間、私はただ物事の落ち着きを保ちたかったのです」とフィリップスは証言した。

マーレー医師はマイケルが亡くなる前、ストリップ・クラブに頻繁に通っていた。

マイケルが亡くなった後にフィリップスがソニー・ピクチャーズのトップに電子メールを送付し、その中で亡くなる数日前にマーレーがストリップ・クラブに通っていたと言っている件について、判事は陪審員にはそれを聞かせず、その代わりにパニッシュは「社会的団体」への訪問と表現した。陪審員席からの笑い声は、陪審員たちがその意味を理解していたことを表している。

「マーレーはマイケルの家におらず、ケアをしていなかったと知っていましたか?」とパニッシュは尋ねた。

「亡くなった後に知りました」とフィリップスは答えた。

マイケルは1993年、大々的に報道されたアナウンスを行った。鎮痛剤中毒のために薬物乱用リハビリ・プログラムを受けるとして、「Dangerous」ツアーを終了すると発表したのである。

「それを聞いたかどうか覚えていません」とフィリップスは証言した。

「最初に聞いたのはいつですか?」とパニッシュは尋ねた。

「たった今です」とフィリップスは返答した。

フィリップスは、マイケルの薬物中毒とリハビリに焦点を当てた2008年のニュースは聞いていなかったと述べたのであるが、「このニュースを聞いたことがあるか?この記者はずいぶん調査している」という内容の電子メールをマネージャーに送っていた。

「そのニュースを読んだ覚えはありません」とフィリップスは証言した。

AEGがプロモートし制作するという契約にマイケルが署名したちょうど1ヵ月後、そして世界へ向けて発表する1週間前の時点で、フィリップスはマイケルがコンサート・ツアーをやめてしまうのではないかと心配し始めた。

「面倒なことになる、彼のキャリアが終わってしまう、と私は心配しました。心配ごとがたくさんありました」とフィリップスは証言した。

だがAEGライブはコンサートから手を引く代わりに、そして数百万ドルが費やされる前に、マイケルに続行させるという選択をした。

「一度売り出してしまえば、私たちにはそうする権利がありますが、彼はがんじがらめです」とゴンガウェアはフィリップスに書いている。

マイケルと子供たち、そしてマネージャーのトーメ・トーメはプライベート・ジェットでロンドンの記者会見に向った。しかしフィリップスがO2アリーナへ案内すべく彼らが泊まるホテルのスイート・ルームへ行った時、マイケルは準備が出来ていなかった。

「MJは部屋に閉じこもっていて、酔って元気がない。トーメと私が、酔いを醒ましてメーキャップ・アーティストと一緒に記者会見へ連れて行くべく努力している」。フィリップスは親会社AEGのCEOティム・レイウェケに電子メールで言っている。

フィリップスはそれが「緊迫した状況」だった、「はっきり言うと、私がその緊張を作ったのです。OK、時間がなくなっていく、彼のキャリアが消えていく、私はとても苛立っていたのです」と証言した。

AEGライブは数千人のジャクソンファンと数百人の記者たちを前に待望の記者会見を開催しようとしていた。そしてそれは世界中に生中継されることになっていた。

「私は部屋の壁が震えるほどの声で彼にどなったよ」とフィリップスはレイウェケに書いている。「トーメと私が服を着せた。髪もセットし終わりそうだ。O2へ向う。こんな恐ろしいことにはお目にかかったことはないよ。彼は感情的にマヒして混乱している。自己嫌悪でいっぱいで、ショータイムだということを疑っている。彼は死ぬのを怖がっている。今はただ、なんとかこの記者会見をやり終えたい」。

フィリップスはホテルの外で車列とともに待っていた男に、マイケルに冷たいシャワーを浴びさせたこと、「彼を叩いて怒鳴った」ことを電子メールで知らせている。

法廷では、フィリップスは自身の言葉を「大げさな言い方」だったとして、大したものではなかったと述べた。

「私は彼の尻を叩いたんです」と彼は証言し、それをフットボールのコーチが選手にやるようなものになぞらえた。

ジャクソンは発表よりも2時間以上遅れてO2に到着した。「さあいよいよだ。本当にいよいよだ。これがファイナル・カーテンコールになる。OK、7月に会おう(This is it. This is really it. This is the
final curtain call. OK, I’ll see you in July)」。

「さあ、彼をステージに立たせないと。怖いよ!」フィリップスはもう一人のプロモーターに送った電子メールで書いている。

ジャクソン家側の弁護士は、この恐れこそが、2009年7月のロンドンでのツアーのお披露目に向けてロサンゼルスで準備をしていたマイケルの、その命をAEGの幹部たちにコントロールさせたと主張する。

ショーのプロデューサーたちは6月の半ば頃、マイケルの健康状態が悪化しているようだという警告を発していた。

共同プロデューサーのアリフ・サンキーは裁判開始早々に、「マイケルが死ぬのではという強い思いを抱いていた」と証言している。彼の弱々しい健康状態のためだ。

アリフ・サンキーは、あるリハーサルの後に監督のケニー・オルテガに電話をかけている。「私は『マイケルが死ぬ、マイケルが死ぬ、行ってしまう、入院が必要よ』と言い続けました」とサンキーは証言している。「『どうか、何か手を打って、どうか、どうか』と私は言い続けました。なぜ私に見えているものが他の人には見えていないの?と彼に尋ねました。彼はわからないと言いました」。

6月にマイケルが数回リハーサルを欠席し、または参加してもパフォーマンスができなかったということを受け、ゴンガウェアはフィリップスに電子メールを送付しているが、これはジャクソン家側の弁護士が「決定的証拠」と言っているものである。

その電子メールは、マイケルの専属医としての金になる仕事を失うというマーレーの恐怖を幹部たちが利用して、衰弱していたマイケルにリハーサルの準備をさせるようマーレーに圧力をかけたということを示すものだ、とジャクソン家側の弁護士は主張している。「給料を払っているのはMJではなくAEGだということを(マーレーに)思い出してもらいたい。期待されていることが何なのか、思い出してもらいたい」とゴンガウェアは書いている。

ゴンガウェアはその電子メールを書いたことを覚えていないと証言し、フィリップスも先週、それを読んだ覚えはないと証言している。

しかし、フィリップスは、マーレー、マイケル、オルテガ出席のもと彼が言うところの「介入」をマイケルの自宅で召集している。

ロサンゼルス市警察の刑事は、その会合についてフィリップスが捜査員に話したことをこうまとめている。「ケニー(・オルテガ)がマイケルの前に姿を現し、その時マーレー医師はランディ(・フィリップス)を諌めて『君は医師じゃない、口出ししないでくれ』と言っていた、とランディは語った」。

法廷でこのことを尋ねられ、この刑事の要約は間違っている、『私はそうは言っていない』とフィリップスは証言し、「全く違うことを彼らには話しました。彼らは発言者と発言をごちゃごちゃにしてしまっている」と述べた。

実際にはマーレーが「入ってきて、ケニー・オルテガを注意したのです。アマチュア医師になるな、マイケルを分析するなと」とフィリップスは述べた。

この会合の後、フィリップスは、マーレーを信頼している、「彼と仕事をするにつれて、尊敬を得つつある」と書いた電子メールを送っている。

「この医師は大変な成功を収めている(我々は全ての人を調査する)。そしてこの仕事を必要としているわけではない。だから彼は全く公平で倫理的だ」とこの電子メールには書かれている。

フィリップスは、AEGライブはマーレーの背景調査はしていないと法廷で認めている。ジャクソン家の弁護士らは、もし調査していれば、マーレーには莫大な負債があり、専属医という実入りのいい仕事に依存していたことに気がついただろうと主張している。

ゴンガウェアの証言、すなわちジャクソンはリハーサル出席の義務を契約上負っていなかったということをフィリップスは否定した。フィリップスは、マイケルがリハーサルを欠席したことが「履行前の契約違反」だと考え、マイケルが自分のスタッフに報酬を支払うための前払い金の支払いを彼が亡くなる数日前に拒否したと証言している。

フィリップスは、彼と弁護士がマイケルの元マネージャーのトーメ(もう一人のカギとなる証人)と先月会っていたことを認めた。

そのミーティングはビバリーヒルズ・ホテルのポロ・ラウンジで行われた。5月4日、証言第一週が終わった後のことだ。

パニッシュにこのことを質され、「それがこの裁判の証言のことだったのかどうか、そのランチが何のことについてだったのかは覚えていません。でも、マーヴィン・プットナム(本裁判におけるAEG側の主任弁護士)はランチで一緒でした」とフィリップスは答えた。

「100%」ではないが、エステートから報酬を得ようとするトーメの法的闘争について議論したのかもしれない、とフィリップスは述べた。

「その日何を食べたのかも覚えていません」とフィリップスは述べた。

「何を食べたのかとは聞いていません。何のことについて話をしたのか聞いているんです」とパニッシュはそれに応じた。

パニッシュとフィリップス(ロースクール中退の音楽業界の大物)の怒気を含んだやり取りに、イヴェット・パラスエロス判事は思わず口を挟んだ。

フィリップスがごまかしているとパニッシュが訴え、「質問に答えないという理由で人を刑務所に送ることはできません。私ができることは限られているんです」とパラスエロス判事は述べた。

パラスエロス判事は、陪審員が見ているとフィリップスに注意した。

「質問を受ける、そしてその質問に答えない。陪審員は、あなたがごまかしているという印象を持ちますよ」

「わかっています」とフィリップスは述べた。

原文 ■ Randy Phillips Slapped Michael
Source cnn.com & MJWN
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