クリス・ケリー死去

90年代のラップ・デュオ、クリス・クロスのクリス・ケリーがアトランタの病院で亡くなった。34歳だった。ケリーは水曜日に自宅で「呼びかけに応じない状態」で発見されたと地元のメディアは伝えている。

クリス・クロスは、「マック・ダディー」ことケリーと、クリス・"ダディー・マック"・スミスから成っていた。彼らは1992年のヒット「Jump」で最も広く記憶されている。

彼らが契約していたレーベル「So So Def」の20周年を祝うために2月にパフォーマンスを行っていた。ズボンを前後さかさまにはき、大きなバギーを着ることで有名だったこのデュオは、13歳の時にアトランタのモールで見出された。

「So So Def」とケリーの母親ドナ・ケリー・プラッテによる共同声明では、彼を「優しく、寛大で、楽しいことが好きであった」としている。「私達が愛したクリス・ケリーが5月1日に亡くなった事を、深い悲しみとともにお知らせいたします」とこの声明では書かれている。

「世界中のたくさんのファンの皆さんにとっては、彼はトレンドを作り、ズボンを前後反対に穿き、音楽を作ることを愛したクリス・クロスの片方です。でも私達にとっては、彼はただのクリスでした。優しく寛大で、楽しいことが大好きで、場を盛り上げる子でした。彼は短い時間しか私達のそばにはいませんでしたが、彼と素晴らしい時を共にできたことは私達にとって幸せでした。彼が遺したものは彼の音楽を通じて生き続けるでしょう」

水曜日の午後4時半ころ、警察がケリーの自宅から通報を受け、彼はアトランタ・メディカル・センターに搬送された。その後17時に死亡宣告を受けた。死因についての公式に確認されたものはない。検視解剖が木曜日に行われることになっている。

「薬物の過剰服用の可能性もあるかもしれない」と、フルトン郡警察の広報ケイ・レスター巡査長はAP通信に対して話している。

kris-kross.jpg

デビュー曲「Jump」はクリス・クロスの最初にして最大の成功で、ティーンのデュオを瞬く間に有名にした。グラミー賞プロデューサーのジャーメイン・デュプリが書いたこのシングルは1992年5月にアメリカのチャートでトップとなり、イギリスでは2位を記録した。アメリカでは首位の座に8週間とどまり、400万枚を売り上げている。

ビルボードのウェブサイトに転載されたインタビューでデュプリは、最初に出会った時に彼らが「本物のフレッシュ」だったということを思い起こしている。「みんなが注目していた。僕は言ったよ、『もし君達が今みんなを魅了しているのだとすると、レコードを出していればとんでもないことになってるよ』ってね」

クリス・クロスはマルチ・プラチナのデビューアルバム「Totally Krossed Out」をリリースし、続いてマイケル・ジャクソンとツアーに出た。彼らはマイケルの「盛り上げ」セットの一部で、ウェンブリー・スタジアム全体をジャンプさせたのだった。

しかし、「Warm It Up」や「Tonite's Tha Night」といったヒットに成功したものの、最初の曲の大ヒットに匹敵することはできなかった。クリス・クロスは90年代、ケリーとスミスが別々の道を進むようになるまでにさらに2枚のアルバムをリリースした。

2009年にケリーがガンを患っていると報じられたが、ケリーは病気であることを否定し、脱毛症で頭髪を失ったと主張していた。

「健康状態は良好だよ」と当時テレビのインタビューで彼は語っていた。

彼のご家族と友人に対し、心よりお悔やみ申し上げます。

原文: ■ Chris Kelly Has Died
Source: bbc.co.uk & MJWN
関連記事
Google検索

Google

WWW検索 ブログ内検索

プロフィール

MJJFANCLUB.JP

Author:MJJFANCLUB.JP
* このブログはマイケル・ジャクソンのNewsブログです。
EmailAddress:
info.mjjfanclub.jp*gmail.com
の*を@に変えてください。

お知らせ

マイケル・ジャクソン「ONE」、チケット ON SALE NOW!!!
Man in the Music-スパイク・リー監督推薦図書
MJJFC.JPフェイスブック (TV情報 etc.)
カレンダー
最新記事
カテゴリ
リンク
文字サイズ変更ボタン
文字を大きくする 文字を規定のサイズに戻す 文字を小さくする
モバイルはこちらから
QR
カウンター
月別アーカイブ