歴史を語り継ぐ:ビデオ「Jam」、MJ vs MJ (その1)

1992年、地上最大のアスリートの一人マイケル・ジョーダンが、地上最大のアーティスト、マイケル・ジャクソンとコラボレーションを行った。「Jam」のビデオ制作だ。21年後、ESPN Playbookが、今まで決して明かされることがなかった舞台裏の様子を捉えている。「Jam」の監督デビッド・ケロッグとプロデューサーのフィル・ローズが語っているのである。二人は現在もコマーシャルで共に仕事をしている。またとない撮影の鮮やかな思い出を二人は語っている。



計画立案

ケロッグ: マイケル・ジャクソンがジョーダンを呼んだんだ。だから私たちは彼が加わることを既に知っていた。マイケルが最初にジョーダンに話しかけたんだと思う。ジョーダンは捕まえるのが難しい人だった。マイケル・ジャクソンは自分の音楽についてやっているんだからね、彼は、まあいつでもOKだった。彼は本当にビデオに集中していた。彼が別件でいくつか用事があった時は、ジョーダンが一番厳しかった。僕たちはただ彼のためにシカゴで撮影をしたんだよ。

ローズ: (ジャクソンの)当時のマネージャーのサンディ・ガリンがそのマネージングに関わっていたね。マイケルはマイケル・ジョーダンの大ファンだった。あれくらいのレベルなら、好きな人と仕事をしたいと思ったら、そうするのは簡単だよ。

ローズ: 元々(Jamを)監督する予定だったのはマイケルの振付師(トラヴィス・ペイン)だったと思う。だけどマイケルはワールド・ツアーの準備中で、(ペインは)てんてこ舞いだったんだ。そしてデビッドがミキシングにやって来たんだね。僕たちが交わした最初の会話は空港へ行く途中で、シカゴでやることについて議論するためだった。「Jam」は二人でやった最初のプロジェクトだ。だけど僕はマイケルの他のプロジェクトにすでに参加していたんだ。「2300 Jackson Street」っていう曲をやったんだよ。ジャクソン家全員参加だった。興味深かったよ。それから「Jam」の後、ドイツで彼とスラッシュとで一つやった。

ケロッグ: 僕にとっては最初のマイケル・ジャクソンの曲だった。当時、僕はライオネル・リッチーやデイヴ・マシューズ、クインシー・ジョーンズとは多数、そしてデヴィッド・クロスビーのビデオをやっていたんだ。

ローズ: (「Jam」の)コンセプトが固まると、彼らは私を起用し、最初の監督に会わせた。それから予算を組み、スケジュールを立て、どこで撮影するか、音響スタジオはLAのどこにするかというプロセスが始まった。予算は当時としては相当なものだったよ。マイケルのいつもの予算よりは少なかったけど、それでも相当な額だった・・・100万ドルは超えていた。当時僕はPropaganda Filmsで働いていた。それから間髪いれずにデビッドとの仕事に取り掛かった。そして僕たちは考えていたことをシカゴに移したんだ。ジョーダンのスケジュールのためにね。彼は当時現役だった。(4月下旬から5月上旬にかけて)LA暴動が起こっていたよ。

ローズ: それは、自分で見つけ出して、そうすること自体が自分の道を磨くようなものだったよ。つまり、僕たちにはこれといった場所がなかったんだ。文字通り、僕たちは木曜日に着いて次の木曜日には撮影を開始するという計画に組み入れられていたと思う。それで当時、僕たちは場所を見つけて確保し、そしてもちろんバスケットボールのフロアやコートを作らなければならなかった。そして差し込む大量の映像用のキャスティングも。だから文字通り(バスケの)速攻だったね。

その町で何が出来るか調査を始めた。当時ブルズが試合をしていた場所に近いということがあったね。シカゴのサウスサイドだったと思う。とてもがっかりしたよ。十分に天井が高い倉庫のようなものがあまりなかったんだ。すると、この破壊された古い武器庫があることに気がついた。すぐに中に入って見渡したよ。パーフェクトだった。大きなオープン・スペースがあったんだよ。訓練に使っていたこともあると思う。武器弾薬を置く場所だった。そしてプロダクション・デザイナーのロブ・ピアーソンがフルサイズのバスケットボールのコートを作ったんだ。徹底的に古い建物の中であったこと、そしてそこにこのゴージャスなバスケット・ボールのフロアを作ってもらえたということは夢のようなことだったね。

ケロッグ: お金はエンドレスだったね。必要なものは何でもって感じだ。僕たちが作ったものはとても大きかった。僕たちは空の倉庫、古い工場に足を踏み入れたんだから。状態は悪かった。近所もあまり良くはなかったね。本当にめちゃくちゃだったよ。何がなんだか分からなかった。とにかく散らかっていたよ。フロアは最悪だったし本当に汚かった。

ローズ: 地元の警察署長とかに、誰がビデオに出るのかを内緒で会わなければならなかった。だから僕らはヘルマン・マヨネーズのコマーシャルだと説明していたんだ。誰にも注目されないようにね。進行予定表は、(実際のビデオの詳細を)載せていなかった。クルー・リストからも外しておいたんだよ。印刷物という印刷物にリストアップされているのは基本的にマヨネーズのコマーシャルとしてのものだった。どんなに典型的な撮影というか、コマーシャル作りをやってても、本当は宣伝はしていないんだけど、道路標識は掲げておくんだ。機材とクルーへの指示のためにね。
その2に続く)
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