Thriller30周年:アダムはいかにしてマイケルと出会ったか

ハフィントン・ポストのアダム・ゴールドバーグが、マイケルの音楽との出会いについての素晴らしく心温まる記事を書いている。若き日の彼の経験は読んでいて楽しく、そして、「Thriller」を聴くという機会に恵まれ、それまで聴いたこともない素晴らしいサウンドを自分たちが聴いているのだということがすぐにわかったと、同じ気持ちを証言したたくさんのファンたちの経験と結果的に同じものになっている。

以下はその記事である。

遅ればせながら、「Thriller」について書きたい事がある

「Thriller」は数日前に30歳を迎えた。
私は8月に30歳になる。
マイケル・ジャクソンの誕生日は8月29日。
私の誕生日は8月30日。

自分の最初のアルバムは「BAD」。CDだった。長いボール紙のケースに入っていた。初期のCDのパッケージだいたいそんな風であった。私はなんとなく覚えている。CDを何度も何度も再生した後、母が私に説明した。この音楽の神は、私が知らなかったもう一枚のアルバムを制作していると。だから私は「Thriller」を手に入れた。

私は今、ハフィントン・ポストの会議室に腰掛けている。「Thriller」を聴いている。このアルバムについて書きながら聴く、ということは私にとって当然のことだった。「Wanna Be Startin' Somethin'」はこのアルバムのオープニング・トラックだ。アルバムの中のアルバム。レコード音楽史上最大の売り上げのアルバム。みんなが持っている。しかし、私が今経験していること、そして何千回も経験してきたことは私のものである。

thriller2x150.jpg

「Wanna Be Startin' Somethin'」は「Thriller」の中で私が一番好きな曲だ。今はそうだが、いつもそうだというわけではない。時間が流れる中で、「Thriller」のお気に入り曲は変わってきた。ある年は「P.Y.T. (Pretty Young Thing)」だったし、またある年はタイトル曲だった。そして今は「Wanna Be Startin' Somethin'」である。この音楽作品の陶酔感。熱狂。すさまじいパーカッション。3分25秒のギターは別世界だ。これを聴いている今、私の心の愛、喜び、そして興奮という特別な感覚を感じている。シンセ・キーボードと鳴り響くホーン。マイケルの情熱的ボーカル。衝撃的なオープニング曲だ。このアルバムは1982年に出来たのかもしれないが、私に言わせれば、針が「Thriller」のレコードに最初に降りた時、80年代が始まったのだ。確かに何かが始まった。

"Mama-say mama-sah ma-ma-coo-sah."

私は「Making Michael Jackson's Thriller」のVHSテープをしつこいほど見たものだ。これはジョン・ランディス監督による伝説的ミュージック・ビデオにメイキングのドキュメンタリーがついていた。このビデオは怖かった。そして大好きだった。ドキュメンタリーでは、モータウン25スペシャルのマイケルがいた。「Billie Jean」を踊っていた。ムーンウォークを初めてステージでやったやつだ。全く信じがたいパフォーマンス。マイケル・ジャクソンのエッセンスと天才さを示す例としては、これ以上のものは思いつかない。まだ見たことないなら是非見て欲しいと思う。そしてもし見ているなら、もう一度見た方がいいかもしれない。ピュアなアートと魔法のようなエンタテイメントを是非目撃していただきたい。

私は「Billie Jean」のパフォーマンスをテレビの前で真似をした(肝心のムーヴ、ムーンウォークは除いて。あの部分は絶対できなかった)。正確に真似ていたわけではない。あまりに音楽と魂とに一体化していて、そのダンスが簡単そうに見えてしかも魅力的であった一人のアーティストのムーヴの、それはあまりに大雑把な偽モノだった。

3年生のCountryside Elementary School Talent Showで私が踊ったのを見た時、私の両親は、私がそれをどこで練習していたのか知らなかった。私が踊るのを見たこともなかった。それから私は地元の昼間のテレビ番組Good Companyで踊った。その番組でカラオケ・コンテストをやっていて、そういう機会が好きなことを知っていた母親が、私の名前をそのコンテストにエントリーしたのだ。オーディションを受けて数日後、私が出演するということを知らせる電話がかかってきた。

私はベストを尽くして歌い、集められるだけの演出で踊った。これはすべて、モール・オブ・アメリカで行われた。ジェットコースター「Camp Snoopy」の下だ。審査員の一人は目が不自由だった。だから私のダンスは、審査員の1/3には訴えなかった。私はコンテストで勝てなかった。でもあの歌だ。今でも私と共にある。いつでもそばにあるだろう。アメリカ史上でおそらく最も有名な黒人エンタテイナーが書いた曲に合わせて踊った、ミネソタの郊外からやってきた4年生の白人の子供。あなたが父親だという誤った主張。私にはよくわからなかった。そんなことはどうでもよかった。あの強烈なドラム。あのベースライン。それは心の中の何かを動かす。ファンキーで、危険であり、少し辛くすらある。そしてそれはマイケルの心の中から出てきたものだ。彼の心と魂から私の耳に届く。彼の心と魂から世界中の耳に届く。

私は「Thriller」をカセット・テープ、CD(しかも何枚も)、そしてLPレコードという形で所有してきた。今私はSpotifyで聴いている。

このアルバムは信心深い人々ならば「神の恵み」と表現するようなものだ。私は信心深くはないが、でももし神がいれば、マイケルの音楽というのはそのような存在からの贈り物である。

このアルバムは何かと比較するようなものではない。これはポップ・ミュージックではない。マイケルの音楽なのだ。このアルバムは迎合しない、喜びをもたらしてくれる。ピュアでシンプルだ。

私は「Thriller」を聴くことをやめない。「Bad」も「Off The Wall」も。これらは私の一部だ。

突き詰めて言えば、私たちはみな、この巨大で神秘的な宇宙でつながっている。だが最近私はそれを思い出すのに苦労する。私は疎外感を感じている。メディアの刺激がとても多い。要望に応じた選択が多すぎる。簡単すぎるのだ。でもこの記事を読んだら、自分のためにやろう。「Wanna Be Startin' Somethin'」のプレイ・ボタンを押す。初めから終りまで切らずに聴いてみよう。そしてその音楽にフォーカスしてみよう。チャートを破壊したという数字は忘れよう。このアルバムが音楽業界に与えたインパクトは忘れよう。このアルバムに関係することは何もかも忘れよう。ただ聴くのみ。そしてあなたの前に現れた無数の人々とのつながりを感じよう。音楽を感じよう。喜びを感じよう。リズムを感じよう。

この記事があなたを解放しますように。

安らかに眠れ、マイケル・ジョセフ・ジャクソン。あなたの音楽に感謝します。

P.S.
記事の投稿が遅れたことをお詫びする(「Thriller」の発売30周年記念は2012年11月30日)。でも、やらないよりはやった方がマシだ。そして、このアルバムをこのアルバムたらしめるために手助けをした他の天才たちに言及することにも価値はある。特にプロデューサーのクインシー・ジョーンズとレコーディング・エンジニア/ミキサーのブルース・スウェディンだ。他にもこの傑作に貢献した人々は数え切れないくらいいる。だから、その全員の名前をここに挙げなかったことについて、ご容赦いただきたい。

原文: ■ How Adam Found Michael!
http://www.huffingtonpost.com/adam-goldberg/michael-jackson-thriller-a-few-words_b_2245434.html
Source: Daily Mail & MJWN
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