クインシー・ジョーンズ、「Thriller」について語る(その2)

ほとんどの人々が、あの「Thriller」のブームを直に経験していると言ってもいいだろう。デンバーの元女優マーフィー・ファンクハウサー・キャップスは、軍人だった父親が本土に転属となった7歳の時まで海外に住んでいた。

「私は1982年に帰ってきました。そしてテレビで最初に見たのがマイケル・ジャクソンのビデオだったんです」と彼女は言う。「最初に思ったのは、『わあ、これアメリカ?すごい』でしたよ」

退役軍人のジョン・ポール・ロハスは当時9歳で、あのフィーバーにはまったときはネブラスカ州シドニーに住んでいた。

「家のピカピカのリノリウムの床で、ワンジーズのPJsを着て滑っていたのを覚えていますよ。あのアルバムをかけてね。両親は友人たちを楽しませていたんです」と彼は言う。翌年、彼の両親はクリスマスに赤いMJジャケットと輝くグローブを買い与えた。そしてブロンコス(※NFLのデンバー・ブロンコス)のコートも。「僕はMJのジャケットよりもブロンコスのコートのことでからかわれました」と彼は語った。

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クインシー・ジョーンズに話を戻そう。彼によれば、マイケル・ジャクソンが亡くなっているために「Thriller」の30周年は質素なものになりそうだという。彼はマイケル・ジャクソンの死に折り合いをつける良い方法が見つからないでいる。

「誰かが50歳で亡くならなければならないなんてまさに悲劇だよ」と彼は言う。ジャクソンが亡くなった時、彼はルクセンブルグにいた。「公爵夫妻のお招きでルクセンブルグにいたんだ。空港では素晴らしいバンドが出迎えてくれた。そして町へ向かう途中、公爵が言ったんだ、『ああ、ところで、ファラ・フォーセットとエド・マクマホンとマイケル・ジャクソンが亡くなったよ』って。とても驚いたよ・・・マイケルは全て兼ね備えていた。才能、優雅さ、プロフェッショナリズム、献身的努力。彼は完璧なエンタテイナーだった。そして彼の貢献とレガシーは永遠に感じられるだろう」。

クインシー・ジョーンズのインタビュー映像はこちら
(終わり)

原文: ■ Quincy Jones Talks About 'Thriller'
Source: MJFC / The Denver Post
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