マイケル・ブッシュはすぐにMJとの強いつながりを感じた(その2)

1987年の「Smooth Criminal」のビデオで体を45度傾けることを可能としたトリック・シューズを最初にマイケルが試した時、彼は泣いた。

「彼はずっと文句を言っていました。『これは上手くいかない。君は僕の時間を無駄にしているんだ。僕はレコーディングしてなきゃならないんだよ』。でも私は言いました。『マイケル、私の方へ倒れてみて』。そして元に戻れた時、彼は急に泣きだしたのです」

ブッシュとトンプキンスはこのシューズを制作するのに3ヶ月を費やした。エンジニアの協力で、彼らは、普通のローファーのような外見につつまれた特別なブーツを生み出した。地面のボルトに取り付けると、このシューズは45度の傾きをマイケルに可能とさせるのだ。マイケルは大変感心し、この構造をブッシュとトンプキンスとの連名で特許で守ることにしたのである。

マイケルはパールをちりばめたジャケットのファンでもあった。

「男がパールを着けようとしていると言えば、誰だって、『何だって?』っていう反応ですよ」とブッシュは言う。だがマイケル・ジャクソンは違った。

1991年のマドンナとのオスカー・デートについて、ブッシュとトンプキンスはこの「マテリアル・ガール」が白い服装の予定であることを聞いた。だからブッシュとトンプキンスは、パールで装飾された古代の王族衣装にヒントを得て、2通りの衣装を制作した。マイケルは、オスカーへはディナー・コートを着用し、妹のジャネットと出席した1993年のグラミー賞では400個のパールで飾られたミリタリー・ジャケットを着用した。このパールで覆われたグラミー・ジャケットは8,000ドルから1万ドルの価値があると見積もられている。

「大抵マイケルと一緒に賞賛をうけるんですよ。彼は丁寧な日本式のお辞儀をして、『これを着られるなんて信じられないよ』っていう意味のハグをしてくれたものです」

このミリタリー・ジャケットはマイケル・ジャクソンの生涯のお気に入りのジャケットとなり、彼が埋葬された時のジャケットの元にもなった。

マイケル・ジャクソンが「Remember the Time」のステートメントピース(目を引くような、目立つもの)が必要だとほのめかしたのは1992年のいつものビジネスミーティングの後のことだった。

「部屋を出ようとしたとき、彼は私の方を向いて言ったんです。『エジプトの装飾品はきれいだよね?本物の金というのがすごいよ』」

それから間もなく、ブッシュとトンプキンスは映画「十戒」のユル・ブリナーの衣装を思わせるものを作るのに忙しくしていた。その結果は、gorgerineとして知られる胸のプレートで、金メッキが施され人造の赤い石でアクセントがつけられていた。

「Dangerous」ツアーのトレードマークとなった服はフェンシングの衣装だ。

「フェンシングは、ヨーロッパでは王のスポーツとして知られています。完成させるまでそれを計算したわけではないのですが、エリザベス・テイラーが彼にキング・オブ・ポップというあだ名をつけたことによって、(この衣装が)相応しいものになりました」とブッシュは言う。

ハーブ・リッツによる写真撮影用に当初は黒い革で作られていたが、マイケルがこの服を「Dangerous」ツアーで着用すると発表し、金バージョンのスケッチを自ら手伝った。これは、彼の股間に注目を集めるものとして話題となった。
その3に続く)
関連記事
Google検索

Google

WWW検索 ブログ内検索

プロフィール

MJJFANCLUB.JP

Author:MJJFANCLUB.JP
* このブログはマイケル・ジャクソンのNewsブログです。
EmailAddress:
info.mjjfanclub.jp*gmail.com
の*を@に変えてください。

お知らせ

マイケル・ジャクソン「ONE」、チケット ON SALE NOW!!!
Man in the Music-スパイク・リー監督推薦図書
MJJFC.JPフェイスブック (TV情報 etc.)
カレンダー
最新記事
カテゴリ
リンク
文字サイズ変更ボタン
文字を大きくする 文字を規定のサイズに戻す 文字を小さくする
モバイルはこちらから
QR
カウンター
WHAT ABOUT US
月別アーカイブ