ジョン・ブランカ、MJの思い出

ベネチア国際映画祭で、ジョン・ブランカ(61)とスパイク・リーがドキュメンタリー「Bad25」のプロモーションを行なった。リーは「Bad25」はテレビよりは大きなスクリーンでデビューさせたいと思っていた。今時の若者は初見でさえも映画をスマートフォンで見ていることを彼は懸念している。

ブランカはマイケル・ジャクソンの弁護士を務め、今では遺産の共同遺言執行人であり共同マネージャーである。彼はマイケル・ジャクソンについての思い出をいくつか語ってくれた。個人としては、ブランカはマイケル・ジャクソンを「いつも礼儀正しく」、「楽しいことが大好き」で「少々イタズラ好き」だったと記憶している。1987年12月11日にブランカが結婚した時、チンパンジーのバブルスはゲストだった。

「彼はポケットチーフつきのタキシードで正装していたよ」

ジャクソンの邸宅では、バブルスは娯楽の発信源であった。彼は目に入った者は誰でも真似をした・・・その中にはお手伝いさんも入っていた。

「バブルスは自分の雑巾を取り出してもらうんだ。で、マイケルは彼と冗談を言ったものだよ、『バブルス、また掃除してるのか!』ってね」

マイケルはビージーズのバリー・ギブととても仲が良かった(彼はギブの子供の一人の名付け親だった)。マーロン・ブランドとも。ブランカによると、マーロン・ブランドの息子はマイケルと仕事をしており、今でもエステートのために働いているという。

一方でマイケルとプリンスはお互いに「健全な競争相手」だった。ある日、マイケルはブランカにプリンスとのミーティングを設定するよう頼んだ。「Bad」でのコラボレーションを話し合うためだ。

「マイケルのビジョンは、プリンスとデュエットとして歌うというものだった。'Who's Bad?' そして二人が掛け合いをするというものだったよ」

そのミーティング(ブランカは出席していない)はうまくいかず、デュエットは実現しなかった。

「プリンスはマイケルに贈り物を持ってきたらしいんだけど、それはある種のブードゥー教の箱だったんだ。マイケルは、プリンスが彼に魔法をかけようとしていると思い込んだんだ」

「Thriller」のリリースの後、マイケルは「自由に使える莫大な金」を得た。ビルを建てたり節税に熱心になることは決してなく、彼は音楽カタログを買い始めた。その中にはスライ&ファミリー・ストーンも含まれていた。ビートルズのライブラリが販売された時、マイケルはブランカに、オノ・ヨーコとポール・マッカートニーに連絡をとるよう頼んだ。オノは「とても喜ばしいこと、と言った」。マッカートニーの弁護士はマッカートニーは入札しないと言った。一年後、ジャクソンは購入に4750万ドルを支払った。このソングブックは今では複合企業の一部となっている。その複合企業についてブランカは、世界最大の音楽出版社であり、エステートはその少数株主持分を保有していると説明する。

子供たちのうち誰がマイケルの跡を継ぎそうですか?

「それを予測するには子供たちはまだ幼すぎるよ」とブランカは言う。おまけに彼には良い予感がするとは思えない。

「パリスにはとてもカリスマ性があるし、映画界でのキャリアに興味があると言っています。彼女がそうするのを見ることになるかもしれない」

25周年トリビュート「Bad25」の背景には、創造的動機のほかに財政的なこともあるかと尋ねられ、ブランカはこう言っている。

「そう。相当な額の負債があるとマスコミで広く報じられてきていたね。だから対処しなければと感じたよ、マイケルの子供たちの利益のために」

john_branca.jpg

原文: ■ Branca Remembers MJ
Source: MJFC / Bloomberg Businessweek
関連記事
Google検索

Google

WWW検索 ブログ内検索

プロフィール

MJJFANCLUB.JP

Author:MJJFANCLUB.JP
* このブログはマイケル・ジャクソンのNewsブログです。
EmailAddress:
info.mjjfanclub.jp*gmail.com
の*を@に変えてください。

お知らせ

マイケル・ジャクソン「ONE」、チケット ON SALE NOW!!!
Man in the Music-スパイク・リー監督推薦図書
MJJFC.JPフェイスブック (TV情報 etc.)
カレンダー
最新記事
カテゴリ
リンク
文字サイズ変更ボタン
文字を大きくする 文字を規定のサイズに戻す 文字を小さくする
モバイルはこちらから
QR
カウンター
月別アーカイブ