ジョセフ・ボーゲル:Gone Too Soon、マイケル・ジャクソンのエレジーにまつわる命(その3)

ジャクソンはすぐさまバズに電話をかけた。「パーフェクトだよ。すごく気に入った」と彼は言った。ジャクソンは次のビデオに出してあげるとライアンに約束していたが、時間切れとなってしまった。このビデオだ、とジャクソンは考えた。ジャクソンはライアンと彼の信念にささげるビデオと曲を作りたいと思っていた。僕は君の事を世界に知ってもらいたい、と彼は誓った。「一つだけ問題がある」とジャクソンはバズに言った。「僕はカバーはやらない。誰かもう、この曲をレコーディングした?」

「いいや」とバズは言った。「歌われたけど、レコーディングはされていない。周りがこのことについて言っている。運命の人だ。こうなることになっていたんだよ。君のために待っていたんだ」

数ヵ月後、バズはオーシャン・ウェイのスタジオにいた。ジャクソンがこの曲をレコーディングした。いつものように、ジャクソンは完全に没頭するために暗闇の中で歌った。コントロール・デスクでエンジニアのブルース・スウェディンの横に座り、バズは聴きながら鳥肌が立った。歌詞は人生の美しさ、はかなさ、脆さについてのものだ。普通のパフォーマーが歌えば、ありふれたセンチメンタルになりがちの歌詞だが、ジャクソンは普通のパフォーマーではなかった。「彼は魂をこの曲に吹き込んだんだ」とバズは振り返る。「誇張やわざとらしさはなかった。本物の感情だった」

「Gone Too Soon」はアルバム「Dangerous」の14曲の中の13番目に収録され、1993年の12月1日の世界エイズデーにはシングルとしてリリースされた。また、世界にライアン・ホワイトのことをもっと知ってもらうため、そしてエイズ研究への政治支援と資金を集めるために、ビル・クリントン大統領の就任記念パーティーでこの曲を歌った。歌の前、ジャクソンは聴衆に直接語りかけた:

「このとても公的なセレモニーでお時間をいただき、とても個人的なことをお話したいと思います。それは、もはやここにはいない私の親友についてのことです。彼の名前はライアン・ホワイト。彼は11歳の時にエイズウィルスに感染していると診断された血友病患者でした。彼は18歳になった直後に亡くなりました。多くの若者が人生の素晴らしい可能性に乗り出そうとする年頃です。私の友人ライアンはとても快活で、とても勇気があり、死の病のシンボルやスポークスマンになどなりたいとも思わない、とても普通の若者でした。数年間、私はライアンと、ばかばかしくも幸せで、そしてつらい時を過ごしました。そして私は、短いながらもいろいろなことがあった彼の旅路の終わりに彼と一緒にいました。ライアンは亡くなりました。そして、愛する人をエイズで失ったどなたとも同じように、私も彼を深くそして絶えず恋しく思っています。彼は亡くなりました。しかし、その死を越えて、彼の人生に意味を持たせたい。私はそう思っています」

2009年6月25日、ロサンゼルスの自宅でジャクソンは突然亡くなった。そして「Gone Too Soon」は新たに相応しい場所を与えられた。彼は50歳であった。3年後、かつて彼の優れた声と魂で命を吹き込まれたその歌詞は今もなお響き渡っている。おそらく、再び歌われるだろう。
(終わり)

原文: http://www.theatlantic.com/entertainment/archive/2012/06/gone-too-soon-the-many-lives-of-michael-jacksons-elegy/258933/

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