マーレー裁判、第9日(10/7)

コンラッド・マーレー医師過失致死罪裁判第9日、ロサンゼルス市警察のスコット・スミス刑事がマイケル・ジャクソンの死の2日後に行った同医師に対する事情聴取の録音を検察側が再生し、陪審員(と世界)はついに、マーレー自身の話を聞くこととなった。

録音内容の説明は、項目ごとに再生された順に以下の通り:

マーレーとジャクソンの関係

-マイケル・ジャクソンが「This Is It」ツアー中の専属医を要請したが、報酬はAEGが払っていた。

-2006年、ジャクソンの息子を通じてジャクソンと知り合った。ジャクソンは、当時彼と息子に現れていたインフルエンザの兆候のことで医師を求めていた。

-ジャクソンは、マーレーが知らない他の複数の医師のもとを訪れていた。

-ジャクソンが亡くなる前の晩のリハーサルはうまくいっていた。

ジャクソンの死に至るまでの出来事

-2009年6月24日、帰宅するとジャクソンはマーレーに疲れたと言った。

-ジャクソンが亡くなる前の晩、マーレーは白斑の治療でジャクソンの体にクリームを塗布した。

-ジャクソンは自然に眠れなかったので、ロラゼパムの錠剤を与えた。

-マーレーはジャクソンのひざ付近からIV(経静脈投与。この文面からは、注射なのか点滴なのか不明)を開始し、ロラゼパムを2ミリグラム投与した。

-10分から15分程度、ジャクソンは眠った。

2009年6月25日の朝

-午前4:00ころ、眠れなければツアーをキャンセルせざるを得ないとジャクソンが訴え始める。

-午前7:30、ジャクソンはまだ眠れず、マーレーはミダゾラムを投与した。

-午前10:00、ジャクソンはいまだ眠れず、眠れないことについて訴える。今日のリハーサルはキャンセルせざるを得ないと言う。

-午前10:30ころ、ジャクソンは麻酔薬プロポフォールを要求する。

-マーレーはプロポフォールを25ミリグラム投与し、ジャクソンはようやく眠りに落ちる。

-ジャクソンはプロポフォールが眠れることができる唯一の薬だとわかっていた。

-他の医師と一緒に、自分でプロポフォールを打ったことがあるとジャクソンは言っていた。

-血液の凝固のためにIVの開始に手間取った。

睡眠のためにジャクソンが求めていたことの詳細

-ジャクソンが始めてプロポフォールを求めた時のことについてマーレーは言及

-ジャクソンの診療を引き受ける前、彼はアダムスという医師に相談した。

-ジャクソンはプロポフォールを毎日使っていたようだった。

-パフォーマンスするには15時間から18時間の睡眠が必要だとジャクソンは言っていた。

-18時間の睡眠を手伝ってくれる医師がツアーにはいたとジャクソンは言っていた。

-アダムス医師は、ラスベガスでジャクソンのために仕事をして年間60万ドルを得ていたと言った。

-ジャクソンはマーレーにずっと専属医でいてほしいと言った。

-小児病院を作りたいとどれほど思っているか、ジャクソンは語っていた。

-捜査員が、ジャクソンが亡くなった晩に起きたことについて話を戻す

マイケル・ジャクソンの反応がなくなったことに気付く

-時間経過に話が戻り、25ミリグラムのプロポフォールを投与しジャクソンが眠りについた後、トイレへと部屋を離れたとマーレーは言った。

-ジャクソンのそばを離れたのは2、3分だった。

-戻ってきて、ジャクソンが呼吸をしていないことに気がついた。

-すぐに心臓マッサージと人工呼吸を始めた。一人ではベッドから降ろせなかった、片手で心臓マッサージをした。

-家の中の電話を探すのに苦労した。

-心臓マッサージをしつつ、ジャクソンのアシスタントに電話をかけた。

-ジャクソンの家の住所については彼は混乱していた。

-心臓に血を送るためにジャクソンの脚を持ち上げた。

-鎮静剤の効果を抑えるためにフルマゼニルを投与した。

-その後、セキュリティのアルベルト・アルバレスに911コールを指示した。

救急救命士による病院への搬送

-救命士が到着した時、ジャクソンは呼吸をしていなかった。

-マーレーは救命士らにいろいろな薬を試してみるよう促した。

-マーレーは救命士らに諦めないよう促した。

-救命士らは、寝室でジャクソンの死亡宣告を行いたかった。

-UCLA医療センターで、医師らはおよそ1時間、ジャクソンを蘇生させようと試みた。

-ジャクソンの死が理解できなかったので、マーレーは検視解剖を望んだ。

マイケル・ジャクソンの不眠症への処置

-マーレーはジャクソンの不眠症を心配していた。

-亡くなる3日前、ジャクソンのプロポフォール使用をやめさせることを開始した。

-自然に眠って欲しいと思っていた。

-亡くなる3日前、ロラゼパムのような別の薬を使い始めた。

-プロポフォールをやめさせようとしていることについてジャクソンは抵抗した。

-亡くなる前の二晩はジャクソンにプロポフォールを投与しなかった。

-その次の晩はジャクソンは眠れなかった。

-マーレーはジャクソンを助けたかった、同情していた。

-パスター判事が再生を止めさせた。

検察側によりこの録音は再生されたのだが、これは弁護側を利するものであるよう思われた。この録音テープにより陪審員は、なぜすぐに911コールをしなかったのか、大きな批判をされているCPR技術についての釈明、プロポフォールへの依存性を弱めようとしていたことなどを聞くことができたからである。被告人にとっては、検察による反対尋問をさける盾にもなっている。

しかしながらこの録音テープは、基本的にマーレーは危険な薬物を投与した患者を放置し、そばを離れ、監視せずにいたという検察側の主張を際立たせることにもなっている。録音では、ジャクソンが最終的に眠りについた後、監視を続けていたと主張しているが、マーレーは後に判明した大量の電子メールや携帯電話によるテキストメッセージや通話などについては一言も触れていない。

マーレーはトイレのために2、3分部屋を離れたと言っている。戻ってきた時、ジャクソンの呼吸は止まっていることに気がついた。

マーレーの事情聴取の後半は、コロンブス記念日の後、火曜日の朝に再生されることになっている。

金曜日はこの他に、弁護側による検視局毒物学者への反対尋問が行われた。弁護側は、麻酔薬プロポフォールではなく鎮静剤ロラゼパムがマイケル・ジャクソンの死因の最大要因であると陪審員を説得しようとしている。

「ロラゼパムは重要だと思いますが、私の目にとまったものではありませんでした。私たちが取り扱うどんな事件でもプロポフォールは重要です。私たちが扱うどの薬物よりもおそらく重要でしょう」とダン・アンダーソンは述べた。

ロサンゼルス郡検視局は2009年6月25日のジャクソンの死を、「急性プロポフォール中毒」と複数の鎮静剤(ロラゼパムも含まれる)の複合によって引き起こされたものという結論を出している。

毒物学者によって提示された科学的証拠は、しばしば退屈で追うことが難しいが、検察側の主張の土台となっているものである。ジャクソンの検視解剖結果をアンダーソンが詳述する間、陪審員たちはノートを取り、注意深く聴いているようであった。

ジャクソンの心臓と脚部から採取された血液の検査結果では、プロポフォール、リドカイン、ロラゼパムに加えて、ミダゾラムとジアゼパムの陽性反応が見られた。両者ともに不安を抑える、または睡眠を促すために普通に使われている薬物である。

デメロールについては検出されていない。デメロールは弁護側にとって重要だ。なぜなら弁護側は、死亡前の数週間、マーレーの知らないところでジャクソンがビバリーヒルズのアーノルド・クライン医師の皮膚科医院に頻繁に通う中で、アーノルド・クライン医師がジャクソンをこの鎮痛剤の中毒にしたと主張しているからである。

弁護側のエド・チャーノフ弁護士は冒頭陳述で、数日間クライン医師を訪れておらず、デメロールの禁断症状を起こしていたためにジャクソンは眠れなかったと主張していた。

Trial Testimony Update - Friday
Source: MJFC / CNN.com
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