MJFCインタビュー:「M Poetica」著者、W・スティルウォーター(その4)

JC:そうすると、ジャクソンの音楽のビジュアルアートを検証することを選んだのは、その分野が得意だからということですね。芸術史とか映画についての研究の経験はお持ちだったのですか?

WS:いいえ。美術史や映画を研究している人がどう言うでしょうね。だって、私が見えていないことがたくさんあるような気がするから!私は物語という観点から彼のビジュアルアートにアプローチしました。そしてそれは多くの点でちょうどよかったように思えます。なぜなら、マイケル・ジャクソンのビデオは特に、とても物語的なものだからです。少なくとも一つのインタビューで彼が言っているように、彼は序章、中間、結末というようにビデオに物語を語らせるのが好きでした。だから私は、ビデオで彼が設定した物語的構造や物語を通じて彼が表現している考えに迫ってみたんです。文学の物語的構造にアプローチするようにね。

それから私は、彼が既存の文化的物語をビデオでどのように転換、あるいは書き直すのかということにもとても興味がありました。例えば、「Beat It」や「Bad」は「ウェスト・サイド物語」の書き換えで、その「ウェスト・サイド物語」は「ロミオとジュリエット」の書き換え、そして「ロミオとジュリエット」はもっと以前の作品の書き換えです。それぞれは、集団での暴力について何か重要なこと、そして違うことを私たちに語りかけようと、元の物語を大幅に書き換えているんです。「Smooth Criminal」は「ガール・ハント・バレエ」の書き換え、「ガール・ハント・バレエ」は「裁くのは俺だ」の書き換えです。この三作は、(その女を愛しているに違いない)男に殺される女の物語です。ですが「裁くのは俺だ」は残酷な話で、基本的にはその女は死んでも仕方がないと語る物語です。「ガール・ハント・バレエ」は「裁くのは俺だ」の暴力のパロディーですが、大筋は同じです。そして「Smooth Criminal」は、「アニー、大丈夫かい?大丈夫だって言ってくれよ」と繰り返しつつ、視覚と詞の両面で、その物語を正反対にして、もとの物語が訴えていたことを弱めています。だから、「裁くのは俺だ」は観る者にこの女を嫌うよう仕向け、彼女を殺すことに同意させようとすらしますし、そして「ガール・ハント・バレエ」はそのことに無関心であり、一方「Smooth Criminal」は彼女のことを心配するように働きかけているんですよ!

JC:あなたの本では、1993年の出来事についてかなり時間を割いています。マイケルのその後のキャリアを検証する上で、なぜあのエピソードが重要だと考えたのか教えてくれますか?

WS:書き始めた時にそうするつもりだったのではありません。私はただ、彼のビデオについて書きたいと思っていたのです。彼のビデオにとても興味がありましたから。そしてビデオを通じて彼が表現していた考えはとても重要だということもあります。私は疑惑について突っ込むことになるとは夢にも思っていませんでした。それに私の息子がちょうど12歳で、1993年の件のあの子と同い年でした。だからこのことも、この件とは距離を置こうという理由の一つではあったのです。ですけど本を書き始めたとき自分自身に問いかけたことの一つは、私は可能な限り乗客でいよう、マイケル・ジャクソンを私が乗っている車の運転手にしよう、彼が見せたいものを私に見せてもらおう、ということだったのです。

私が目にした記事の多くは、マイケル・ジャクソンの考えというよりはレビュー者の考えでした。そしてどうしてそうなるかは理解できます。私はアーティストと観客の間の会話として、アートの解釈を見ます。そして一人でパソコンに向かっている時は、その会話に没頭することはとても簡単なことです。しかし、マイケル・ジャクソンはさまざまな意見の洪水の中に埋められてしまっていて、彼の視点や考え方はそのような過程の中で失われてしまったのです。

だからできれば、私は出来るだけ脇役に徹して、彼に主導権を握らせたかったのです。そして彼の後期の作品は、私を1993年に導いていたのです。もし振り返って彼の作品を見渡したら、1993年以前の作品とその後の作品というものがあり、両者の間にはグランドキャニオンがあるんです。それを無視しようとすればするほど、無視するのが難しくなったのです。

だから、何が起きたのかを知らなければ、彼の後期の作品を理解することはできないと思いますよ。しかしいったんその背景というものを知れば、彼の後期の作品はとても意味深いものとなるのです。例えば、エヴァン・チャンドラーがマイケル・ジャクソンに最後に言った言葉は「君は負けるよ(You're going down)」です。そしてその言葉は「Blood on the Dance Floor」のアルバムとビデオの両方でずっと響いています。あのビデオ見て私がぞっとする一つの理由です。ここにいるのはマイケル・ジャクソンです。素晴らしいアーティストです。彼はダンスを霊的な力、つまり歴史を超えて流れている、活力を与える力と考えていました。それが今や、ダンスフロアは血だらけで、ダンス自体が崩れてしまったんです。それが彼にとってどのように感じられたか想像してみてください。そしてバックには繰り返されるあの言葉。「僕は負けるんだよ(I'm going down, baby)」、エヴァン・チャンドラーが彼に言ったことが響き渡るんです。すべてがとても恐ろしいことです。彼がその時経験し、いわれのない罪の中で耐えなければならなかったことについて想像すると、私は骨の髄までぞっとします。
その5に続く)
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