ジョン・ブランカ インタビュー - California Lawyer誌(その4)

ブランカによれば、ある時点で彼は、オーストラリア人ビジネスマン、ロバート・ホームズ・ア・コートからビートルズのカタログを購入することで口頭での合意に達したが、ホームズ・ア・コートが方針を変え、競争相手の入札者と取引を成立させたことを知った。「彼は私をだましたんですよ」とは、ブランカの表現である。その後ブランカは、その競争相手に出資している投資家たちの一人が、長年一緒に仕事をした同僚であることを知る。

「彼のところへ行き、融資を引き上げるよう頼んだのです」とブランカは振り返る。その同僚はそれに同意し、ジャクソンの競争相手のマーティン・バンディアーとの契約を事実上打ち切ったのである。マーティン・バンディアーは後のEntertainment Companyの共同オーナーである。

準備が整った買い手がいなくなったため、ホームズ・ア・コートはロンドンから即座にブランカに電話をかけ、以前の合意を復活させるべく、ブランカを飛行機でロンドンまで来るよう招待した。「私は彼に、くそ食らえだ、と言ったんです」とブランカは言う。これはリスクの高いやり方であった。すなわち、通常の手順を踏み、契約が成立して負債や法的問題の適正評価が開始されるのを待つ代わりに、前もってそれらを片付けるために100万ドル以上を彼は使っていたのである。

その後の数日間、ホームズ・ア・コートはブランカに何度か電話をかけた。ブランカはハッキリしない態度のままであった。ただし彼は「危ないのは私だった」と認めている。最終的に彼は大西洋を飛行機で渡ることには同意したが、24時間しか滞在しないと通告した。「もしそちらに滞在中にこの取引が成立しなければ、二度と私に電話をするな、と彼に言ったんです」

ブランカによれば、その気のないそぶりを見せたのは、一つには交渉戦術、一つには仕返し、そしてホームズ・ア・コートが同じことを二度としないようにするため、ということもその一つだという。

今やソニー/ATVのCEOであるバンディアーによれば、彼の会社はまだ有利な立場にいると思っていたという。しかしその後、ブランカは契約の内金を引き上げた。「ロバート・ホームズ・ア・コートのお気に入りの慈善団体のためにジャクソンにパフォーマンスさせると彼は申し出たんですよ」とバンディアーは笑う。(取引に決着をつけるため、ブランカはまた、ホームズ・ア・コートの土壇場の要求・・・彼の娘が「お土産」として「Penny Lane」の著作権を受け取る・・・に同意しなければならなかった)

ビートルズ・カタログの購入に失敗したバンディアーはパートナーにこう言った。「次にこういうものに入札するときには、ジョン(・ブランカ)を使おう」。これはまさに、彼らがCBSソングスを買収したときにやったことなのである。
その5に続く)
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