イギリスの法律事務所がエステートを訴える

ロンドンの法律事務所が、亡くなる2年前から行っていたとするマイケル・ジャクソンに関する業務に対する料金が支払われるべきだと主張している。ハリウッド・リポーターが報じている。

カリフォルニア州で月曜日に提出された申立書によると、アトキンス・トムソン法律事務所は料金として20万ドルが支払われるべきだと主張し、エステートの遺言執行人のジョン・ブランカとジョン・マクレーンを契約違反で訴えている。

2007年から2009年までの業務について、「ジャクソン関連の十数件の案件について数百時間の業務を行った」と同事務所は主張しており、伝えられるところでは、2009年に20万4204ドル36セントの債権者請求をしているという。被告は12月に支払いを拒否し、請求書を受け付けなかったと同事務所は主張している。そして報道によれば、多数の請求書とともに利息と訴訟費用をも求めている。

エステートはこの主張に対し争う姿勢を見せており、エステートのハワード・ワイツマン弁護士は、「エステートは、マイケル・ジャクソンのための仕事だという彼らの主張が有効だとは考えておらず、この訴訟については争う意向です」と述べている。

■UK Law Firm Claims Estate Owes Money

A London law firm claims it is yet to be paid for work they carried out for Michael Jackson in the two years leading up to his death, reports the Hollywood Reporter.

According to a state claim filed on Monday in California, Atkins Thomson solicitors, says it is owed over $200,000 (£142,000) in fees and is suing entertainment attorney John Branca and music executive John McClain, executors of Michael’s estate, for breach of contract.

Covering services from 2007 through to 2009, Atkins claims the firm “provided hundreds of hours of services to Jackson across nearly a dozen matters”, and reportedly filed a creditors claim for $204,204.36 in 2009. Atkins claims defendants refused to pay and rejected the invoice in December
2015. They now want the amount reportedly invoiced plus interest and the costs of the suit.

The Estate is disputing this claim with Howard Weitzman, the attorney for the estate saying, “The estate doesn’t believe the attorney’s claim for work allegedly done for Michael Jackson is valid and we intend to contest this lawsuit.”

Source: The Guardian & MJWN

バブルスが映画製作のきっかけに

マイケル・ジャクソンのペットだったチンパンジーのバブルスが、キング・オブ・ポップの生涯を描いた新作映画の中心に据えられている。マイケルは80年代、どこへ行くにもバブルスを連れていて、BADツアーの日本公演にも連れて来ていた。このことが脚本家のアイザック・アダムソンに、マイケルのペットというのはどのような感覚だったのだろうという脚本を書くことを思いつかせることになった。彼が書いたバブルスの脚本は、昨年(2015年)のハリウッドのブラック・リストにおいて、製作されるべき映画構想のトップとなった。そして現在、陽の目を見ようとしている。

アダムソンの脚本は映画製作会社のEnd CueおよびStarburns Industoriesが獲得した。オスカーにノミネートされた「Anomalisa」(デューク・ジョンソンとチャーリー・カウフマンが監督)に連なるストップ・モーション・アニメーションに翻案される予定だ。アダムソンとリー・ストビーがエグゼクティブ・プロデューサー、Starburns Industoriesのダン・ハーモンとEnd Cueのアンドリュー・コーチャックがプロデューサーを務める。配給はCAAとなる予定だ。

■Bubbles Inspires New Movie

Michael’s pet chimp Bubbles is set to be the focus of a new movie about the King of Pop’s life. Bubbles went everywhere with Michael throughout the 1980s, even joining Michael on the ‘Bad’ world Tour in Japan. This has prompted screenwriter Isaac Adamson to dream up a script of what it would be like being Michael’s pet. His Bubbles screenplay topped last year’s (15) Hollywood Black List of the best film ideas yet to be produced – and now the project is about to see the light of day.

Adamson’s script has been acquired by Andrew Kortschak’s End Cue and Dan Harmon’s Starburns Industries. It will be adapted for a stop-motion animated movie in the vein of the Oscar-nominated film Anomalisa, directed by Duke Johnson and Charlie Kaufman. Adamson and Lee Stobby will executive produce along with Harmon and Kortschak as producers. CAA will represent the distribution rights for the film.

Source: Contact Music & MJWN

病気のMJファンのためのお願い(MJWN)

南カリフォルニア在住のスコッティ・イーゼンが甥のスコット・デヴリンのことについて私たち(MJWN)に手紙を書きました。その手紙によると、彼女の甥のスコットは熱心なマイケル・ジャクソン・ファンですが、ダウン症という障害があるそうです。

マイケルが亡くなった時、スコットは悲しみでやつれ果て、それ以来、辛い日々を送っています。彼は長い間落ち込んでいますが、朝から晩までマイケルの音楽を聴いていれば、今でも幸せな気分になれます。

スコットは、スコットランドのカーキンティロックに住んでいます。スコッティによれば、親族一同は、昨年のクリスマスにひどくショックを受けました。スコットがガンに冒されていることが分かったからです。

スコットは現在36歳です。状況は良いとは言え、4カ月間の化学療法を受けなければなりません。それは彼にとってひどく苦痛なことです。化学療法を耐える彼の手助けをしようと、スコッティはMJWNに対し、マイケルのファンのみなさんがスコットにカードを送ってくれることを願って、この話を広くシェアしてくれれば、と言っています。それは彼にとって宝物になるだろう、回復の手助けになるだろうと。

だから・・・スコットが回復する手助けが是非したい、カードを送って「MJ愛」をシェアしたい、というファンのみなさんは、カードやお手持ちのマイケルの写真その他、手助けになると思うものなら何でも、彼に送ってあげてください。住所は下記の通りです。

Mr Scott Devlin
7 Burnbrae
Waterside
Kirkintilloch
Scotland
G66 3NL
UK

■Special Request For A Sick MJ Fan

Scotty Aesen, from South Carolina in the USA, has written to us about her nephew Scott Devlin. Scotty has told us that his nephew Scott is a devout Michael Jackson fan and he is also a special needs person with Downs Syndrome.

When Michael died Scott was ravaged with grief and since then has had a very hard time coping. He was depressed for quite a long time but still finds happiness in listening to Michael’s music all day long.

Scott lives in Kirkintilloch, Scotland and Scotty has told us that the family were devastated to find out at Christmas last year, that their nephew has cancer.

Scott is 36 years old and though the prognosis is good, he will have to have four months of chemo which makes him very sick. To help him through this process, Scotty has asked MJWN to share his nephews story in the hope that Michael’s fans could send his nephew a card. He told us that it would mean the world to him and that he knows it would help in his recovery.

Therefore…If any fans that would love to help Scott feel better and share some ‘MJ love’ they can send him a card, picture of Michael or anything really that you feel may help, to the following address:

Mr Scott Devlin
7 Burnbrae
Waterside
Kirkintilloch
Scotland
G66 3NL
UK

Source: MJWN with special thanks to Scotty Aesen

Off The Wall: Pichforkのレビュー

1976年の夏、「The Jacksons」と題されたバラエティ・ショーがCBSでデビューした。この番組は、彼らショービジネス界のヒナ鳥たちにとっては比較的ゆとりがある時期に誕生した。ジャクソン・ファイヴが「ABC」や「I'll Be There」といったヒット曲で全米のフィーバーに火をつけ、しかし、マイケル・ジャクソンがソロとしてのスターダムを確立する前の時期である。彼らの将来の成功には疑問符がついていたように思う。きらきらの照明、ギンギラギンの衣装、そして安っぽさ全開のこの番組は、ラスベガス・スタイルのよくあるお楽しみ番組スタイルであった。「On the Wall」というコーナーではマイケルがさまざまなゲスト司会者を招いてフェイクのレンガ壁にサインをさせ、少しダンスを披露した後、決めポーズでしめる、ということを繰り返していた。「The Jacksons」ではマイケルは終始笑顔であったが、後に「隅から隅まで嫌いだった」と彼は言っている。この番組放映中の彼は、ひょろっとしたニキビ面のティーンエイジの真っただ中であった。悪名高い厳格な父親によってスポットライトの中で成長した彼は、あまりに内気であり、子供スターという壁を打ち破れないのではないかと心配していた。彼は、色あせていく家族の名前にすがりたいとは思っていなかった。

「Off The Wall」はそういったものからの解放のサウンドである。そして彼は自分がやっていることを正確に理解していた。1979年11月6日、まさに同アルバムが離陸しようとしている時、マイケルは自分自身に宛てて、ツアー日程が書かれた紙の裏にメモを書いた。自分に対する宣言だが、あまりに野心的であり、カニエでも赤面しそうである。「MJが僕の新しい名前になる。もうマイケル・ジャクソンじゃない。新しいキャラクター、新しい外見が欲しい。まったく違う人間になるべきだ。誰も僕のことを、『ABC』や『I Want You Back』を歌った子供とは考えないようになるべきだ」と彼はメモしている。「僕は世界に衝撃を与える新しいアクターになるべきだ。インタビューは受けない。僕はマジックになる。完璧主義者になる。研究者になる。指導者になる。達人になる・・・世界のエンタテイメントを研究し尽す。そしてパーフェクトに勝つ。偉人がたどり着いたその先へ歩みを進めるんだ」。

 これらの言葉はもちろん多くの意味で将来を予言したものであったのだが、マイケルの最も重要な二面性の一つをハイライトするものでもある。すなわち、彼は予想や現実を越えるマジックになりたいと思っていたが、そのようなスキルというものは薄い空気からは具現化しないということを彼は分かっていた。例外であるにはハードワークが必要だと彼は理解していた。モータウンのシステムの中で育つ中で、彼はセッションにしばしば入り込んでダイアナ・ロスやマーヴィン・ゲイ、テンプテーションズといった大物たちから吸収した。彼はジェームス・ブラウンやサミー・デイヴィス・Jr、フレッド・アステアの動きをステージや映画、テレビで研究した。彼は17歳で、アーヴィング・バーリンやジョージ・ガーシュイン、デューク・エリントンといった神聖化された達人たちをお気に入りのソングライターとして数えていた。彼は70年代初期にソロ・アルバムを4枚リリースしているが、21歳の時にリリースした「Off The Wall」に至ってついに、研究に費やした時間を彼自身のものへ投入することが許されたのである。

また、それは理想主義の瞬間でもあった。「Off The Wall」製作当時、マイケルの音楽面と物理的変化には、ブラック・アメリカンとしての経験が伸長していくことに対しての自然な喜びが感じられる。ディスコは圧倒的人気を誇り、人種差別やラジオの番組構成を解体し、ダンスフロアにはユートピアが実現していた。インディアナ州ゲーリーという隔絶された労働者階級の町の出身のジャクソンが成功し受けいれられたということはこの国の将来が明るいということを表わしていた。しかし1979年は、人種差別的反動「disco sucks(ディスコなんてクソ!)」が始まった年だ。マイケルは最初の鼻の整形を行い、小鼻を小さくした。80年代になってさらなる成功を収めても、その天文学的成功をもってしても、時として白人テイストに・・・外見とサウンドの両方で・・・迎合した。それはかなり無理をした、皮肉った、そして悲しいやり方であったように思われる。

だから、「Off The Wall」が、戻るには余りにも臆面もなく楽しいままでいるという理由には、因習にとらわれていないということもある。41分の間、私たちは永遠に若いネバーランドに、マイケルが熱望した、考える必要も死の心配もない宇宙に浸ることができるのだ。このように、絶えることのない愛情というものが、スパイク・リーのドキュメンタリー「Michael Jackson's Journey from Motown to Off the Wall」では繰り返される。このドキュメンタリーは再発売されたCD/DVDに収録されるが、この中で、ジャクソン・ファミリーのメンバーや、ウィークエンドのエイベル・テスファイ、クェストラブ、ファレルらがマイケルの最初の化身である本作を讃えている。「『Off The Wall』は僕でも歌えると思わせてくれたアルバムであることは間違いないよ」とテスファイはドキュメンタリーの中で語っている。本ドキュメンタリーの制作にはエステートの執行人らも関わっているが、『Off The Wall』後のジャクソンの私生活についてはほとんど触れられていない。

このアルバムはディスコの時代が終わりを迎えようとしていたころにリリースされた。そのスタイルの伝染性を網羅しようとした一方で、鋭さは取り除いていた。「私たちの基本的なプランはディスコを排除することでした。それが大事なことでした」と、プロデューサーのクインシー・ジョーンズは語ったことがある。「誤解しないで下さいよ、私はディスコというものを敬服していました。ただ、時代はもう去ったと思ったのです」。落ち着いた雰囲気のジャズの大家であるクインシーは、ディジー・ガレスピーやフランク・シナトラ、カウント・ベイシーらとも仕事をしたこともある。彼はマイケルが自作曲や他作曲を仕上げていくのを手伝い、美しくシンプルでありながら実は複雑なレコードを製作した。

大半の曲はディスコの基本に忠実だ。いろいろ考えるな、ただダンスしろ。マイケルはこのような恍惚感に加わっていた。一方でこの間、映画「Wiz」をニューヨークで撮影しており、ダウンタウンで過ごす間にウッディ・アレンやライザ・ミネリ、スティーヴン・タイラー、ジェーン・フォンダらとスタジオ54で出会っていた。話を総合すると、マイケルはクラブの悪名高いセックスとドラッグの乱痴気騒ぎには加わらず、DJブースに立ってそれを観察していた。どんな曲が反応がよいかを見出していたのだという。そして彼はダンスを始め、回りの音楽やムーヴメントを抜け出してハイになっていった。

マイケルはジョーンズと一緒にディスコ・アンセムを作っていったが、単に従来のものをコピーするのではなく、洗練されたストリングス、ホーン、そしてシンコペーションの層を成す濃密なオーケストラ・アレンジを用いてその形式を発展させていく一方で、基礎となるファンクの色は決して失うことはなかった。これは、象徴的なオープニング曲「Don’t Stop ‘Til You Get Enough」で聴くことができる。この曲はマイケル初の自作曲であり、現在では世界で3000万枚を売り上げたこのアルバムから生まれた4曲のトップ10ヒットの先陣を切った曲だ。ロマンティックな恋愛への頌歌であり、当時のマイケルには経験がなかったものである。だが、この曲の複雑さと、苦も無く発する高音、そして歌い回しは深い理解を示唆しており、言葉では言い表わすことができな。もう一つのマイケル作の曲「Working Day and Night」は、幼少期の働き過ぎと悪化した被害妄想の有害作用を言外にほのめかしているが、その一方で躍動するギター・ラインと豊かなホーンがグルーヴを動かし続けている。

明らかに実験的試みと見られるものもある。「Off The Wall」は15秒間の不気味な笑い声とぼんやりとした伴奏でスタートする。「Thriller」のとてつもない奇怪さの前触れである。スティーヴィー・ワンダーとの共作で元々はスティーヴィーのアルバム「Songs in the Key of Life」用に書かれた「I Can't Help It」はスムーズなジャズとキラキラのシンセサイザの合体である。ファレルの独特のファンクにその影響が見られるといっても言い過ぎではないだろう。バラードの「She's Out of My Life」は、ビートのないメロドラマでアルバムを凍らせてしまうというリスクを負うが、古典的な形式で締めくくっている。曲の終わり、マイケルはそれとわかるほどに感極まり、声はかすれているのだ。有名な完璧主義者としては不完全な瞬間であり、そしてジョーンズのプロデュースは抑制された美しさで感情を表現している。「腕の悪いプロデューサーならあらゆる演出を利用していただろうね」とクェストラブはドキュメンタリーで笑いながら語っている。「信じてくれよ、もしPuffyが『She's Out of My Life』をプロデュースしていたら、彼はきっと・・・ツアーのスポンサーにクリネックスを頼んでいただろうよ」。

そんなジョークが心に響く。「Off The Wall」は、商品になるべく父親に養育された少年によって作られた商品なのだ。彼のアイドルたちはしばしばテレビの画面に登場していたし、彼はそれを拒絶しようとするには十分すぎるほどに自分が商品化されているということを理解していた。その一方で、彼はアルバムを何千枚も売ることを狙い、世界を束ね、そして究極のエンタテイナーになった。彼の冒険には多くの矛盾があったし、今にして思えば、その後マイケルを待ちうけていた落とし穴は避けることは不可能だったように思える。だが、「Off The Wall」はあのようにあり得ないくらいのバランスの瞬間だ。マイケル・ジャクソンの純粋さと無垢さが、未熟とかいびつなものではなく、神聖なものになっている瞬間。彼がレコードで泣く時、彼は自分のアートの中に生きている。そして私たちに天才のパフォーマンスを見せてくれるのだ。

(原文)In the summer of 1976, a variety show called "The Jacksons" debuted on CBS. The program came about during a relatively fallow period for the showbiz brood, after the Jackson 5 ignited nationwide fervor with hits like "ABC" and "I’ll Be There" but before Michael Jackson set out for solo superstardom. Their future success seemed in doubt, and the show—with its glaring lights, sparkling costumes, and rampant cheesiness—was a Vegas-style extravaganza that played to well-worn pleasures. One recurring segment called "On the Wall" saw Michael inviting various guest hosts to sign a fake brick facade and do a little dance before everyone eventually ended up in a frozen ta-dah! pose. Though Michael was all smiles on "The Jacksons," he later claimed that he "hated every minute" of it. During the show’s year-long run, he was smack in the middle of gangly teenagedom, acne and all. Raised in the limelight by an infamously strict father, Michael was painfully self-conscious, worried that he might never be able to shake his child stardom. He didn’t want to merely cling to his family’s fading notoriety. He wanted to break away from it completely.

Off the Wall is the sound of that liberation. And he knew exactly what he was doing. On November 6, 1979, just as the album was starting to take off, Michael wrote a note to himself on the back of a tour itinerary, a proclamation of self so ambitious it could make Kanye blush. "MJ will be my new name, no more Michael Jackson. I want a whole new character, a whole new look, I should be a totally different person. People should never think of me as the kid who sang ‘ABC’ [and] ‘I Want You Back,’" he jotted down. "I should be a new incredible actor singer dancer that will shock the world. I will do no interviews. I will be magic. I will be a perfectionist, a researcher, a trainer, a masterer… I will study and look back on the whole world of entertainment and perfect it. Take it steps further from where the greats left off."

Those words were eerily prescient in many ways, of course, but they also highlight one of Michael’s most important dualities: He wanted to be magical—to defy expectation and reality—but he knew that such skills could not materialize from thin air. He understood that exceptionalism took hard work. Growing up in the Motown system, he would often sit in on sessions, soaking up lessons from the greats: Diana Ross, Marvin Gaye, the Temptations. He studied the way James Brown, Sammy Davis Jr., and Fred Astaire moved their feet onstage, in movies, and on TV. At 17, he counted hallowed masters like Irving Berlin, George Gershwin, and Duke Ellington among his favorite songwriters. He had released four solo albums in the early ’70s, but Off the Wall, which came out when he was 21, finally allowed him to flex all those hours of research into something that was his.

It also marked a moment of idealism. Around the time of Off the Wall, Michael’s musical and physical changes felt natural—joyous extensions of the black American experience. Disco was overwhelmingly popular, breaking down color lines and radio formats while offering utopia on the dancefloor. Coming from the segregated, working-class city of Gary, Ind., Jackson's achievements and acceptance represented a rosy view of the country’s future. But 1979 was scarred by the beginning of the quasi-racist "disco sucks" backlash; Michael also got his first nose job that year, narrowing his nostrils. And though he would become even more successful in the '80s, those astronomical heights sometimes catered to white tastes—in both appearance and sound—in a way that could seem effortful, cynical, and sad.

So part of the reason why Off the Wall remains so unabashedly fun to return to involves that lack of baggage. For 41 minutes, we can live in the eternally young Neverland Michael longed for, a universe largely without consequence or death. This lasting affection is reiterated by a new Spike Lee documentary, Michael Jackson's Journey from Motown to Off the Wall, which is included in this CD/DVD reissue and finds Jackson family members and associates, along with more modern stars like the Weeknd’s Abel Tesfaye, ?uestlove, and Pharrell, paying tribute to Michael’s earliest incarnations. "Off the Wall was definitely the one that made me feel like I could sing," says Tesfaye in the doc, which was in part produced by executors of Michael’s estate and barely mentions anything about the artist’s life after Off the Wall.

The album was released toward the tail end of the disco era and it managed to encompass much of what made that style so infectious while also pushing out its edges. "Our underlying plan was to take disco out. That was the bottom line," the record’s producer, Quincy Jones, once said. "I admired disco, don’t get me wrong. I just thought it had gone far enough." Jones, a calm, jazzy Zen master who had worked with Dizzy Gillespie, Frank Sinatra, and Count Basie, helped Michael flesh out his own songs as well as tracks written by others, putting forth a record that is at once beautifully simple and sneakily complex.

Most of these songs follow the most basic disco tenet: Put all of your worries behind you and just dance. Michael took part in this type of ecstasy while filming 1978’s The Wiz in New York City, when he would spend his downtime brushing shoulders with the likes of Woody Allen, Liza Minelli, Steven Tyler, and Jane Fonda at Studio 54. By all accounts, Michael didn’t take part in the club’s notorious orgies of sex and drugs, but he observed it, standing by the DJ booth and noticing which songs drew the biggest reactions. And he would dance, getting high off of the music and movement around him.

Alongside Jones, Michael made his own disco anthems, but rather than merely copying what came before, he expanded the form with dense, orchestral arrangements that mixed in sophisticated layers of strings, horns, and syncopation while never never losing their underlying funk. This is heard on iconic opener "Don’t Stop ‘Til You Get Enough," the first song Michael ever wrote by himself and the first of four record-breaking Top 10 hits from the album, which has now sold 30 million copies worldwide. It's an ode to the power of romantic love, something Michael had little experience with at that point. But the track’s intricacies, as well as the singer’s effortlessly rhythmic yelps and phrasing, suggest a deeper understanding, one that goes beyond words. Another Michael-penned track, "Working Day and Night," hints at the detrimental effects of his workaholic upbringing and an encroaching paranoia, though ricocheting guitar lines and exuberant horns keep the groove moving along smoothly.

There are more overt experiments here, too. "Off the Wall" begins with 15 seconds of sinister-sounding laughter and spaced-out instrumentation—a precursor to the high-wattage oddities of "Thriller"; co-written by Stevie Wonder and originally intended for Songs in the Key of Life, "I Can’t Help It" incorporates smooth jazz and twinkling synths—its influence on Pharrell’s off-kilter funk cannot be overstated. The ballad "She’s Out of My Life" risks stopping the album cold with its beat-less melodrama but ends up being a classic of the form, with Michael audibly moved to tears at the end of the song, his voice cracking. It’s an imperfect moment from a noted perfectionist, and Jones’ production handles the emotion with understated grace. "A lesser producer would have milked all that drama for all it’s worth," says ?uestlove in the doc, laughing. "Trust me, if Puffy was producing ‘She’s Out of My Life’ he would have had… Kleenex sponsor the tour."

The joke resonates. Off the Wall is the product of a boy who was reared by his father to be a product, whose idols were often found on his TV screen, who understood his own commodification enough to want to reject it—while also aiming to sell a gazillion albums and unite the world and become the ultimate entertainer. There are many contradictions in that quest and, in hindsight, Michael’s subsequent pitfalls almost seem inevitable. But Off the Wall was that unlikely moment of balance, when Michael Jackson’s purity and innocence still seemed holy, not stunted or distorted. When he cried on record, he was living his art, giving us a genuine performance.

Source: pichfork.com

ネバーランドはなぜいまだに売れないのか?

ほぼ1年前の2015年5月、マイケル・ジャクソンのネバーランドが売りに出された。この12598平方フィートのフランス・ノルマン調の建物は、ロサンゼルスの北東、サンタイネスの2698エーカーの土地に建てられている。寝室が6室、4エーカーの池には滝がある。屋外ではバーベキューが可能でプール・ハウスがあり、4つの客室、テニス・コート、5500平方フィートの映画館とステージが備えられている。売り出し当時の価格は?1億ドルだ。

10ヵ月後の価格は?1億ドルである。
値段が変わらない理由は売主が頑固なためでも、人目を引かないからでもない(おとぎ話のような雰囲気があるくらいだ)。高級不動産市場における物件は、所在地に関係なく、売れるまで時間がかかるのだ。近頃の、1億ドルの物件が売れるためのカギは?我慢だ。「最上級、最高級市場はここ数年では存在しないのです」と語るのは、物件情報サイトZillow.comの不動産エキスパートのブレンドン・デシモン氏だ。「そのような市場は下火になっていて、購入する余裕のある大金持ちは限られているのです」。(ブルームバーグは少なくとも200人の世界的大金持ちを挙げているが、その中には広大な農場を探している者はいない)

ぜいたく品は低迷

原油価格の下落、安定しない株式市場、そして弱い通貨は世界の最高級品市場の低迷を招いている。アメリカの不動産市場において国際的バイヤーは依然として力を持っている。その理由は一つには、富裕層は、現金を保持する場所として、株式市場よりは安全な場所を探しているということがある。しかし、経緯がどうであれ、低迷する贅沢路線からはずれた物件に投資するのは多少リスキーだ。かつてのネバーランド、現在のシカモア・バレー・ランチには克服しがたい3つの大きなハードルがある。場所、場所、場所だ。

2008年に、経済的に困窮したジャクソンから、トーマス・バラック・Jr率いるコロニー・キャピタルが2350万ドルで購入した本物件は、ロサンゼルスの北東130マイルに位置する人口1100人の町ロス・オリボスに所在している。急増している超最高級物件からは程遠いのである。「この価格帯の建物はウォーターフロントであったり、オーシャンビューがあったり、あるいは街中にあるのです。ロサンゼルス、ニューヨーク、サンフランシスコ、マイアミに集中しています」(前述のデシモン氏)。

Zillowによると、ネバーランドの売り出し価格は、サンタバーバラ郡の住宅の平均価格54万8500ドルの200倍近くにも達するという。Village Propertiesの不動産ブローカーで、サンタイネスで30年のベテラン、ウェイン・S・ナターレ氏によれば、この周辺では真の高級物件は存在しないという(ナターレ氏はネバーランドの代理人ではないが、何度も案内をしている)。400万ドル程度の物件が数件、年に売れる程度だ。ネバーランドの比較対象が存在しない、神経質なバイヤーの胃を痛ませずにすむ比較できる物件がない、のである。マイケル・ジャクソンが真似できないのと同様、彼の持ち物も真似できないのだ。

「サンタイネス・バレーには1億ドルの物件などありません。(高級リゾート地の)アスペンであれば、1億ドルになるかもしれません。あるいはニューヨーク北部やハンプトンズであればね。でもここでは、あの価格は非現実的ですよ」(ナターレ氏)。

誤解のないように言うと、彼はこの物件があの値段では売れないと言っているのではなく、時間がかかると言っているのである。2015年現在で、サンタバーバラ郡で売り出されている住宅は平均して75日間は売れずに市場に出たままになっていが、Zillowによると、他に比べようもない高級な住宅であればもっと長く売れずに市場に残っていてもきわめて普通であるという。(昨年、Ebayの中国版でネバーランドをオークションで売ろうとしてうまくいかなかったという噂があるが、売り手はそのような荒っぽい手段はとらないものだ。関係者によれば、この報道はでっち上げだという)

「ここでは300万ドル程度の物件でさえ、2年から3年は売り出されたままになっているのが普通ですよ」とナターレ氏は言う。ネバーランドから1時間ほどのモンテチトにある、寝室12、バスルーム13、オーシャンビュー付、30000平方フィートの1億2500万ドルの物件について見てみよう。この物件は2014年から売りに出されていて、ネバーランドと同じ代理人だ。いまだに値下げはされていない。Zillow上では、今年、1億ドル以上の物件は4件にすぎない。一つはプレイボーイ・マンション(プレイボーイ誌創設者の邸宅)で、今年早くに2億ドルでリストアップされた(バニーの愛好家にとってはヒュー・ヘフナーというルームメイトつきだ)。

1億ドル・クラブ

このほか、10の寝室とバスルームを有するビバリー・ヒルズの8000平方フィート、1億3500万ドルの物件では、Zillowに150日間リストアップされている。東海岸地区では(この価格帯では公にされている物件はない)、寝室13、バスルーム35(!)のニューヨーク・グレートネックのロングアイランド湾にある物件がネバーランドと同じ価格で売りに出されているが、Zillowでは200日間リストアップされている。値下げを考えている売り手もいる。コロラド州アスペンのエルク・マウンテン・ロッジは、ビル・コーク氏所有で寝室27、バスルーム32の邸宅で、昨年1億ドルで市場に現れた。一度リストからはずれ、そして数週間後に8000万ドルで再度売りに出されている。

実際のところ、このような値段で(少なくとも公に)売られているものは多くはない。2015年にZillowで売れた邸宅のうち最も高かったのは4630万ドルであった。ベル・エア地区にある23988平方フィートのケニー・ロジャースの旧宅だ。Zillowで昨年売れた高額住宅ベスト10の中で直近の物件は、ニューヨークのグレートネックのもので、たったの1990万ドルだ。これは、供給が限られているということを意味しているわけではない。多くの高額物件は公になっていないのである。「1000万ドルオーバーの物件を探し始めると、それらの多くは市場には出ていません。多くは、限定されたリスト、あるいは目立たないリストに掲載されているのです」(デシモン氏)

シンプル・ライフ

国内の高額な住宅は高級住宅街に存在する。ロス・オリボスは高級不動産に投資をするような場所ではない。ロス・オリボスに活気がないからというだけではく、すっかり眠っているからだ。そのような場所が好きな人にとっては、それはいい意味だ。「ここに来る人々は、平穏と静けさとリラックスができる田舎のコミュニティを求めているのです。毎週金曜日にカクテル・パーティーに行ったりはしないのです」(ナターレ氏)。ライムライトではなく馬とワイン園を愛する人々にとってのリーバイスとTシャツのような場所、とナターレ氏は評している。

「マイケル・ジャクソンがここにやってきた時、彼はこのコミュニティ内をあまり出歩きませんでした。彼には自分のための環境、自分のための王国があったのです」。たとえジャクソンの存在感がこの町になかったとしても、MJが残したものはネバーランドにプレミアム価格をつける効果をもたらしているといってもいいだろう。「誰かがこの物件を買いたいと思い、それが、マイケル・ジャクソンが所有していたからという理由であり、そしてその価値があると考えれば、5000万ドル以上でも売れるでしょう。ネバーランドはきっと気に入る人を引き寄せます。1億ドルというのはそういう人々にとってはどうでもいいことなのです」。



■Why Michael Jackson’s Neverland Ranch Still Isn’t Sold

Almost a year ago, in May 2015, Michael Jackson’s former Neverland Ranch hit the market. The 12,598-square-foot French Normandy-style home sits on 2,698 acres in the Santa Ynez Valley, northeast of Los Angeles. It has six-bedrooms, a four-acre lake with waterfall, an outdoor barbecue, a pool house, three guest houses, a tennis court, and a 5,500-square-foot movie theater and stage. Asking price back then? $100 million.

Asking price 10 months later? $100 million.
The reason for the lack of movement on the price tag isn’t a stubborn seller or the lack of draw. (It really has a fairytale feel.) Homes in the highest echelon of the real estate market—everywhere—simply aren’t selling fast. The key to unloading a $100 million dollar property these days? Patience.
“The uber-luxury high-end market is not anywhere near where it was three, four, five years ago,” said Brendon DeSimone, real estate expert with listings site Zillow.com. “That market has just really slowed down, and there are only so many billionaires who can afford to buy these homes.” (Bloomberg, by the way, counts at least 200 global billionaires, but not all of them are looking for a far-flung ranch.)

Luxury Slowdown

Dropping oil prices, fluctuating stock markets, and weak currencies have led to slowdowns in the world’s priciest markets. International buyers are still a force in the American real estate market, in part because high-net-worth individuals are looking for safer places than the stock market to park their cash. But it’s a little riskier to invest in a property that’s off the beaten luxury path, no matter how storied its pedigree. Sycamore Valley Ranch, as Neverland is now called, has three major hurdles to overcome: location, location, location.

The property—purchased from a financially ailing Jackson in 2008 with a $23.5 million note from Thomas Barrack Jr.’s Colony Capital LLC—is located in Los Olivos, a town of around 1,100 residents located about 130 miles northeast of L.A. That’s pretty far from the proliferation of the highest-end homes. “Most of the homes in these price ranges are waterfront, or with ocean views, or they’re in the cities,” said DeSimone. “They’re concentrated in L.A., New York, San Francisco, and Miami.”

According to Zillow, Neverland is asking nearly 200 times the median home value of $548,500 in Santa Barbara County. Wayne S. Natale, real estate broker for nearby Village Properties and a 30-year veteran of real estate in the Santa Ynez Valley, said there are few truly high-end properties in his domain. (He doesn’t represent Neverland but has toured the property many times.) Only a couple of homes above $4 million sell each year. There’s almost nothing to compare Neverland to—no comps to settle the stomachs of nervous buyers. Just as the singer was inimitable, so is his property.

“There’s never been a $100 million sale in the Santa Ynez Valley,” Natale said. “If it was in Aspen, it would be a $100 million property, or maybe if it was in upstate New York or the Hamptons. But here, that asking price has a lot of blue sky in it.”

List and Wait

To be clear, he’s not saying the property won’t fetch that price, just that it might take a long time. While for-sale homes in Santa Barbara County stayed on the market for an average of just 75 days in 2015, according to Zillow, it’s perfectly normal for unique, high-end homes to stay on the market for much longer. (Despite rumors last year that China's version of EBay unsuccessfully tried to auction Neverland off, its sellers aren't resorting to wild techniques; a source close to the property called that report a hoax.)

“Any property in the valley that’s even $3 million and up, it’s typically on the market for two to three years,” said Natale.
Take this $125 million, 12-bed, 13-bath home located an hour from Neverland, right in Montecito, with those ocean views and almost 30,000 square feet. It has been on the market since 2014, repped by the same folks who took on Neverland. There hasn’t been a price cut.
On Zillow, only four other properties were asking $100 million or more this year. One is the Playboy Mansion, which listed earlier this year for cool $200 million. (Bunny lovers even get Hugh Hefner as a roommate.)

The $100 Million Club

The others include a $135 million, 8,000-square-foot Beverly Hills estate (yes, in the 90210 zip code) with seven beds and 10 baths; it has been on Zillow for about 150 days. On the East Coast (there’s no public listing between the coasts in this price range), a 13-bed, 35-bath (!) home on Long Island Sound in Great Neck, N.Y., is asking the same price as Neverland; it has been on Zillow for almost 200 days.
Some sellers do consider price chops. Take Elk Mountain Lodge in Aspen, Colo. Owned by Bill Koch, the 27-bed, 32-bath mansion hit the market last year for $100 million. It was delisted and then came back a couple of weeks ago, asking $80 million.

In truth, not much is selling for those prices, anywhere—at least not publicly. The most expensive home sold on Zillow in 2015 went for $46.3 million. That was Kenny Rogers’s old place, with 23,988 square feet in Bel Air. The most recent property on Zillow's list of the 10 most expensive homes sold last year is in Great Neck, N.Y. It went for a wee $19.9 million.
That doesn’t mean that supply is truly limited. Many high-end properties aren't listed publicly.
“When you start getting north of $10 million, it's a lot of that stuff never goes to market—a lot of pocket listings or quiet listings,” said DeSimone. “They’re only sold through brokers you know.”

The Simple Life

While many of the country’s most expensive homes are in high-end hot spots, Los Olivos is not an obvious place to invest in luxury real estate. It’s not just that the town is sleepy—it’s totally zonked. In a good way. For those who like that sort of thing.
“People who come here are looking for a place in a rural community where they can have peace and quiet and relax,” said Natale. “They’re not into the cocktail parties every Friday night.” He calls it a Levis and t-shirts kind of place, for people who love horses or vineyards, but not the limelight.

“When Michael Jackson was up here, he didn’t go around the community much,” said Natale. “He had his own environment, his own kingdom out there.”
Even if Jackson wasn’t a presence in the town, MJ’s legacy could still help the property fetch a premium price. “If somebody wants to buy it and thinks that because Michael Jackson owned it, that has monetary value, it’ll sell for $50 million or above,” says Natale. “It’s going to take somebody that falls in love with it, and then the $100 million doesn’t make any difference to them.”

Source: Bloomberg

エステート vs トーメ :: トーメの訴状修正が認められる

亡きキング・オブ・ポップの元マネージャー、トーメ・トーメによれば、彼にはマイケルの収入の分け前と、ネバーランドの銀行ローンの仲介手数料を受け取る権利があるという。

マイケル・ジャクソン・エステートとトーメ・トーメは再び法廷で相まみえることになる。エステートによる削除の申し立ては全て認められたが、訴状を修正するための10日間がトーメ側に与えられたためだ。エステート側の削除の申し立ての中心は弁護士費用であり、これについてトーメは、マイケルとの損失補償契約による権利があると主張している。一方エステートは、この条項は、委任状に関連した第三者による請求に対抗し、あるいは調査する場合にのみ適用されるとの立場を貫いている。

「トーメは、自分がジャクソンに対して提供したとする業務に対する補償を求めているが、ジャクソンあるいはその相続人、遺言執行人と争って弁護士費用を補うためにこの損失補償契約を用いることはできない」とハワード・ワイツマン弁護士は申立書で述べている。

ロサンゼルス郡上級裁判所のミッチェル・L・ベックロフ判事はエステートの主張の大部分に同意し、削除の申し立てを許可したが異議申し立てについては却下した。この争いは2012年に訴訟として勃発、マイケル・ジャクソンの生前最後の日々のトーメの仕事が、マイケルのためか、あるいはトーメ自身のためなのかという点について争われている。

トーメは、死後にエステートが稼いだ分も含め、マイケルの総収入の15%を受け取る権利があり、また、ネバーランドに関連するローンの売却に対する10%の仲介手数料を受け取る権利があると主張している。一方エステート側はトーメを経験不足かつ利己的だと評し、マイケルは亡くなる数カ月前にトーメを解雇していると主張している。

訴訟手続きは、カリフォルニア州労働委員会が、トーメはタレント・エージェンシー法に違反してマネージャーとしてではなくエージェントとして活動していたとの主張を調査する間中断していた。2015年2月、ベックロフ判事は一部の手続きを再開し、ネバーランドに関する審理に着手した。7月には労働委員会が、マイケルとトーメのマネジメント契約の一部が違法で、契約のうち違法の分を取り除けばトーメの手数料は半分になるとの判断を下している。

裁判は5月3日に開始されることとなった。

■Judge Allows Ex-Manager To Amend Complaint

The late King of Pop’s former manager, Tohme Tohme says he’s owed a share of gross receipts and a finder’s fee for a Neverland Ranch bank loan.

Michael Jackson’s estate and his former manager Tohme Tohme will see another day in court, after a judge granted the estate’s motion to strike in its entirety but gave Tohme’s attorneys ten days to amend their complaint. The motion to strike centers on attorneys fees, which Tohme argues he’s entitled to under an indemnity agreement with Michael. The estate holds that clause only applies to Tohme defending against or investigating third-party claims relating to powers of attorney.

“Tohme cannot possibly use the Indemnity Agreement to recover attorneys’ fees in a dispute with Jackson or his heirs or executors wherein Tohme seeks compensation for services he allegedly rendered to Jackson,” writes Howard Weitzman in the motion.

Los Angeles County Superior Court Judge Mitchell L. Beckloff largely agreed with the estate and granted the motion to strike, but denied a demurrer on the issue. The legal battle began in 2012 with duelling lawsuits debating whether Tohme’s work in the final years of Michael’s life was for the King of Pop’s benefit or his own.

Tohme contends he is entitled to fifteen percent of Michael’s gross receipts, including money the estate earned after the performer’s death, and also a ten percent finder’s fee for a loan buyout connected to Neverland Ranch. Michael’s estate paints Tohme as inexperienced and self-serving and claims Michael fired him months before his death.

Proceedings were put on hold while the California Labor Commission investigated claims that Tohme was acting as an agent, not a manager, in violation of the Talent Agencies Act. In February 2015, Beckloff partially lifted the stay and put the proceedings concerning Neverland Ranch back in motion. In July the Labor Commission found the management agreement between Michael and Tohme is partially illegal and severance of the illegal portion of the agreement would cut Tohme’s commissions in half.

Trial is scheduled to begin May 3.

Source: The Hollywood Reporter & MJWN
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