「Michael Jackson's Journey From Motown To Off The Wall」:マイケル自筆の手紙

最高のエンタテイナーとして自分を作りなおすと決意を表明しているマイケル・ジャクソン自筆の手紙が新しいドキュメンタリーで明かされている。その中でマイケルは、ジャクソン・ファイヴの頃の自分から変わることについて語っており、「まったく新しい外見」が欲しい、「全く違う人になるべき」などとしている。

これは自分自身に向けられた自筆のメモであるが、スタジオ・アルバムとしてはソロでのデビュー作となる1979年の「Off The Wall」がリリースされた年に書かれたものである。これ以前に、彼は兄弟たちと歌ってチャートのトップに立ってきた。

この手紙はドキュメンタリー「Michael Jackson's Journey From Motown To Off The Wall」に登場する。高名な映画製作者スパイク・リーが監督を務めており、イギリスでは3月12日の日曜日にBBC 2で放映される。

マイケルはこうも書いている。「MJが僕の新しい名前だ。もはやマイケル・ジャクソンではない。全く新しいキャラクター、全く新しい外見が必要だ。全く違う人になるべきだ。『ABC』や『I Want You Back』を歌う子供だと決して思われない。世界に衝撃を与えるアクターであり、シンガー、ダンサーであるべきだ。インタビューは受けない。僕はマジックになる。僕は完璧主義者になる。研究者に、指導者に、達人になる。僕はどんな偉大なアクターをも超える。最高のトレーニング・システムを持たなければならない。見つけるまで掘って掘って掘りまくる。エンタテイメントの全てを研究し振り返る。そしてパーフェクトに勝つ。偉人がたどり着いたその先へ歩みを進めるんだ」。

日付は1979年11月6日だ。兄弟たちとDestinyツアーに出ていたころである。手紙の内容はドキュメンタリーの一部となっているが、今週末(2/26)にリリースされる「Off The Wall」の新版にも収録され見ることができる。

■Michael Jackson’s Secret Letter

A secret letter, written by Michael, promising to re-invent himself as the greatest entertainer of all time, has been unveiled in a new documentary. In the letter, Michael talks about changing himself from his Jackson 5 days and says he wants a “whole new look” and “should be a totally different person.”

The handwritten note to himself was penned the same year he released his debut studio solo album ‘Off The Wall’ in 1979. Earlier he had reached the top of the charts singing alongside his brothers.

The letter features in the documentary ‘Michael Jackson’s Journey From Motown To Off The Wall,’ directed by acclaimed film maker Spike Lee, which will be shown on BBC Two (UK) on Saturday March 12th.

In it Michael also writes: “MJ will be my new name. No more Michael Jackson. I want a whole new character, a whole new look. I should be a totally different person. People should never think of me as the kid who sang ‘ABC,’ ‘I Want You Back.’ I should be a new incredible actor, singer, dancer that will shock the world. I will do no interviews, I will be magic, I will be a perfectionist, a researcher, a trainer, a master. I will be better than every great actor roped in one. I must have the most incredible training system. To dig and dig and dig until I find. I will study and look back on the whole world of entertainment and perfect it. Take it steps further than where the greatest left off.”

The letter, dated November 6th, 1979, was written while he completed the ‘Destiny’ tour with his brothers and its contents form part of the film, which is also available as part of an exclusive new edition of ‘Off The Wall’ which will be released later this week.

Source: Express UK & MJWN

エイドリアン・グラント:The Man, The Myths And Off The Wall

スパイク・リーの新作ドキュメンタリー「Michael Jackson’s Journey From Motown To Off The Wall」は、子供時代から世界を制したスーパースターとなるまでのマイケル・ジャクソンの成長を辿るものです。私はマイケルと知り合いとなり、一緒に仕事をするという幸運に恵まれました。そして私もスパイク・リーにならい、その人の名声の裏側に光を当ててみたいと思います。

まず初めに私のことを少し書きます。私はマイケル・ジャクソンのビッグファンの一人です。1983年のテレビ・スペシャルのモータウン25周年記念で初めてムーンウォークを目にして以来のファンです。

その5年後、私はイギリスで最初のファン・マガジンを発刊しました。それが、その後21年間にわたる、すばらしいジェットコースターの始まりでした。「Michael Jackson: The Visual Documentary」の出版、独占インタビュー、アルバム「Dangeous」と「HIStory」の製作中のスタジオで仕事中のマイケルを見学するという栄誉、ワールドツアーの同行、ネバーランドの訪問、そして、ウェストエンドのミュージカル、「Thriller Live」の製作です。

これも申し上げておくべきでしょう。「Off The Wall」は、スティーヴィー・ワンダーの「 Songs In The Key Of Life」、ローリン・ヒルの「The Miseducation of・・・」と並んで私のお気に入りの一つです。しかしながら、正直に言って、スパイク・リーのドキュメンタリーは、あまりにもジャクソン漬けの私の人生に対してすら、新たな光とインスピレーションをもたらしてくれました。

「Off The Wall」は1979年8月のマイケルの21回目の誕生日の前の日にリリースされました。そして、世界に向けて成長したソロ・レコーディング・アーティストとして彼を紹介するアルバムでした。それ以前の彼はジャクソンズの中心として知られていました。ジャクソンズ自体、「Shake Your Body Down (To The Ground),」というヒット曲を出したばかりであり、また、それ以前にも、キュートな11歳の子供として、ジャクソン・ファイブとともにデビューから4曲連続ナンバーワンを獲得しています。

マイケル・ジャクソンがどれほどの完ぺき主義者であったのかということはこれまでも聞いてきましたが、スパイク・リーのドキュメンタリーでは一貫して研究し成長することへの彼の情熱が語られ、彼の完ぺき主義が改めてよくわかります。1979年11月6日付けのマイケル自筆の手紙が読み上げられるシーンは感動的なシーンの一つです。その中で彼は、もはや「ABC」や「I Want You Back」を歌う子供として認識されたくないと語っています。自分自身を作り変えるとも語っています。すばらしい俳優になる、ダンサーになる、シンガーになる、と。インタビューは受けない、マジックになる。最高のトレーニングシステムが必要だ、世界中のエンタテイメントを研究し、完璧なものとする!とも。

これらは21歳の青年としては大言ですが、「Thriller」へと続くこのアルバムを見れば、マイケル・ジャクソンはすばらしいビジョンを持ち、そして体現したと言わざるを得ないでしょう。

私のショー「Thriller Live」では、ゲーリー・ロイド監督がスタジオ54の雰囲気を再現しています。70年代後半に人気があったニューヨークのワイルドなナイトクラブです。ドキュメンタリーでは、マイケルがこのクラブの常連であったことがわかります。彼はこのクラブを「現実逃避」と評しています。アンディ・ウォーホルやグレイス・ジョーンズ、ライザ・ミネリ、デヴィッド・ボウイといったセレブも常連でした。

私は、この時期はマイケルの覚醒であったと思っています。スタジオ54は、「 Don't Stop 'Til You Get Enough」や「Working Day And Night」、「Get On The Floor」といった曲を書くための創造力を彼に与えたのです。ベーシストのルイス・ジョンソンとの共作の「Get On The Floor」については、あえて静かにそのファンクを聴いてほしいところです。「Thriller Live」ではこの曲は6人のミュージシャンが毎晩演奏しています。音楽監督のジョン・マーがアレンジを担当しましたが、彼によると、ウェストエンドで3000回以上も公演しているなかで、ショーのディスコ・セクションがバンド・メンバーたちのもっともお気に入りのパートであり、決して飽きることがないそうです。

その理由はアルバムを聴けばわかります。それはミュージシャンの夢であり、クインシー・ジョーンズという巨匠によって完璧に練り上げられています。「Off The Wall」を製作するマイケルと"Q"は、スタジオで生演奏でサウンドを作っていく際に最高の才能たちをそろえました。そこには正真正銘の音質と職人の技をアルバム与える本物のブラスやベース、パーカッションがあるのです。スパイク・リーは率直な会話を重ねることでアルバム製作過程以上のものを私たちに見せてくれます。インタビューの相手は、キーボード奏者のグレッグ・フィリンゲインズやサウンド・エンジニアのブルース・スウェディーンといったその場にいた人々や、ファレル・ウィリアムスやウィークエンド、マーク・ロンソンなどの現在のスターたちです。

マイケルはどんな人でしたか、と私はよく尋ねられます。私は正直に答えています。彼の心は大きな子供でした、大変jな冗談好きで、忘れられない笑顔をたくさん見ました、と。でも仕事のこととなると、彼はとてもまじめでした。最高のものを求めていました。報道で目にする話のほとんどは真実ではありません。たとえばフランスで1000万ポンドの城を買ったとかいう話がありました。でも私がネバーランドにいたとき、彼は問題となっているその城を見せてくれたのです。それはただの複製だったのです!

1994年に私たちはブダペストへ行きました。マイケルはリサ・マリー・プレスリーを連れて子供病院を訪問し、贈り物やおもちゃを手渡しました。私は幸運にも唯一同行をゆるされた"メディア"でした。私は喜んで病気の子供たちにプレゼントを渡す手伝いをしました。でも、疑り深いメディアは、この旅が売名行為以外の何物でもないと報じました。数週間もまったく動かず言葉も発していない瀕死の少女にマイケルが笑みをもたらしたという感動的な瞬間をメディアは見ていなかったのです。看病していた少女の母親は、少女が手を伸ばしてマイケルの手に触れた時、泣き崩れていました。

マイケルはしばしばメディアから冷笑され、「Wacko Jacko」とレッテルを貼られて侮辱されました。イギリスの赤い見出しのタブロイド紙によるレッテルです。1998年のインタビューでマイケルは私にこう言いました。

「タブロイドはデタラメばかりだ。タブロイドをつぶす手段があるべきだと思うんだ。大きな炎を作りだすべきなんだ!世界中のスタジアムで・・・すべてのタブロイドを積み上げて。彼らがディスコのレコードでやったことを覚えているかい?人々に気づかせようと大きな炎を作りだしたのさ。いつものこと、恐ろしいことだ。奴らは誰かれ構わず追い回す。おぞましいことだよ。自分たちが書いたことを人がどう感じるかなんてこれっぽっちも考えないのさ」。

マイケルのキャリアには他にも議論となりうるたくさんのゴシップがあります。でも、スパイク・リーのドキュメンタリーは、「Thriller Live」と同じように彼の音楽に焦点を当てているのです。こう言えてうれしいです。マイケル・ジャクソンの才能を改めて思い出させてくれます。私たちが人生で何かを成し遂げようとした時、一番大事なことは一生懸命に働くことである、と私たちに示してくれます。

このドキュメンタリーは私にとって、マイケルがいかに偉大なエンタテイナーであったか再認識させてくれると同時に、彼と知り合えていかに幸運だったかということを思い知らされます。私たちは現在に満足するべきではない、なぜなら、もっとできることはいつでも存在しているのですから。そういうことを教えてくれるのです。

MJの言葉で言えば、「満足するまで止めない!(Don't Stop 'Til You Get Enough)」ということです。

Michael Jackson’s Journey From Motown To Off The Wall (アルバムとブルーレイ) はAmazonほかで発売中(日本盤は3月9日発売)。

Thriller Liveはロンドン・ウェストエンドのリリック・シアターにて、2017年9月4日公演分まで予約受付中。

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■Michael Jackson: The Man, The Myths And Off The Wall

Spike Lee’s new documentary, Michael Jackson’s Journey From Motown To Off The Wall, captivatingly tracks the evolution of the singer from childhood through to world-conquering superstar. I was fortunate to know and work with Michael, and like Lee, would like to shed some light upon the man behind the fame.

First, a little background info: I’m a BIG fan of Michael Jackson and have been since I saw him moonwalking for the first time on TV during Motown’s 25th Anniversary TV Special in 1983.

Five years later I published the UK’s first Michael Jackson fanzine, and what followed was an amazing 21-year roller coaster ride which saw me write a best selling book – Michael Jackson: The Visual Documentary, exclusive interviews, the privilege of watching Michael work in the studio producing the albums Dangerous and HIStory, travelling on his world tours, numerous trips to his magical home Neverland, and the West End musical Thriller Live that I created.

I should also mention that Off The Wall is one of my favourite albums of all-time, alongside Stevie Wonder’s Songs In The Key Of Life and Lauryn Hill’s The Miseducation of… However, I will honestly say, that despite all of the above this film brought new light and inspiration to even my overly filled Jacksonesque life.

Off The Wall, was released in August 1979 on the eve of Michael’s 21st birthday, and it introduced the world to him as a mature solo recording artist. Previously he had been known as the lead of The Jacksons, who themselves had just reignited their careers with the hit song Shake Your Body Down (To The Ground), and before that as the cute 11-year old kid who with The Jackson Five had four consecutive number ones with their first four releases.

We’ve heard before what a perfectionist Michael Jackson was, but that message is really driven home throughout Lee’s documentary as we are told about his passion to learn and become better. In one heartfelt moment a handwritten letter by Michael dated 6th November 1979 is read out on screen. In it he says how he no longer wishes to be remembered as the kid that sang ABC and I Want You Back. That he will reinvent himself. He will become an incredible actor, dancer and singer. He will do no interviews. He will become magic. That he must have the most incredible training system. He will look back on the whole world of entertainment and perfect it!

They were quite big statements for a 21-year old, but when you look at the album that followed (Thriller) you’d have to say that Michael Jackson had an unbelievable vision that he truly fulfilled.

For my stage show, Thriller Live, director, Gary Lloyd recreates the look and feel of Studio 54, a wild New York Nightclub popular in the late 70s. In the documentary, we see Michael as a regular guest at the club, which he describes as “escapism”, also frequented by other A-list celebs such as Andy Warhol, Grace Jones, Liza Minnelli and David Bowie to name but a few.

I’ve always felt that this period in Michael’s life was his real awakening, and Studio 54 gave him the creative juices to pen the songs Don’t Stop ‘Til You Get Enough, Working Day And Night, and Get On The Floor. I dare you to keep still whilst listening to the funk of the latter song, co-written by bass guitarist Louis Johnson. The music in Thriller Live, played each night by six musicians, was arranged by Musical Director, John Maher. He states, having played almost 3,000 shows in the West End, that the Disco section of the show is the bands absolute favourite, and something they never get tired of.

And when you hear the album you can see why. It’s a musician dream, perfectly orchestrated by the maestro that is Quincy Jones. When Michael and ‘Q’ produced Off The Wall, they had some of the best talent around putting down the sounds live in the studio. There’s real brass, bass and percussion that gives the album an authentic feel of quality and craftsmanship. Lee via a series of candid talking heads takes us through the album’s creation and beyond as he interviews those who were present such as keyboardist Greg Phillinganes, and Sound Engineer, Bruce Swedien through to the stars of today who the album has inspired including Pharrell Williams, The Weeknd and Mark Ronson.

People often ask me what was Michael like, and I answer truthfully, saying that he was a big kid at heart who was a lot of fun with a huge memorable smile. But when it came to his work he was very serious. Wanting the very best. Most of the stories you read in the press were not true. For example, they once said he had bought a £10 million castle in France. However, when I was at his Neverland ranch, he showed me the castle in question and it was just a replica model!

Then there was a trip we had to Budapest in 1994. Michael, along with Lisa Marie-Presley, was visiting a children’s hospital, handing out gifts and toys. I was fortunate to be the only ‘media’ allowed to accompany them, and I was delighted to help in giving the gifts to some of the sick kids. However the sceptical press suggested the trip was nothing more than a publicity stunt. What they didn’t see was the moving moment when Michael brought a smile to the face of a dying girl who had lain motionless and silent for weeks. Her mother, at her side in constant vigil, broke down in tears as her daughter reached out and touched Michael’s hand.

Michael was often mocked by the press, and he despised the ‘Wacko Jacko’ tag, that the British redtops had labeled him with. During an interview in 1998, Michael said to me:

The tabloids are a bunch of trash. I think there should be a way to destroy them. We should create a big burning, like in the stadiums around the world – pile them all together! You remember how they used to do the disco records, and just create a burning, to make people aware. It’s such an intrusion. It’s a horrible thing. They hunt you, and it’s terrible. It creates such ugliness. They never think about how the person feels about what they are writing.

There is a lot of other gossip one could discuss throughout Michael’s career, but Spike Lee’s documentary I am glad to say just focuses, like Thriller Live, on the music. It reminds us what a talent Michael Jackson was, and it shows us that hard work is one of the most important keys to whatever we want to achieve in life.

The documentary reminded me once again, what a great entertainer Michael was, how lucky I was to have known him, and how nobody should ever rest on their laurels, because there’s always more you can do.

In the words of MJ, “Don’t Stop Til’ You Get Enough!”


Thriller Live is currently is booking until the 4th September 2017 at The Lyric Theatre, London West End.

Source: THE METROPOLIST

クインシー・ジョーンズの訴えが裁判へ

音楽プロデューサーのクインシー・ジョーンズが、マイケル・ジャクソンのヒット曲の一部に関する印税ついてマイケル・ジャクソン・エステートおよびレコード会社を訴えた訴状で、裁判で審理可とする裁定が下された。

上級裁判所(地裁相当)のマイケル・スターン判事は、クインシー・ジョーンズが報酬を受けるべきかどうかについて、事実関係に関する議論を陪審員が判断すべきであると述べた。

ジョーンズは2013年に最低1000万ドルの支払いを求めてエステートとソニー・ミュージック・エンターテインメントを訴えた。

ジョーンズは、映画「This Is It」用およびシルク・ドゥ・ソレイユのショー用の楽曲について、印税と制作費を彼に支払うことを避けるために被告らが再編集したと主張している。

さらに、ロンドンで計画されていたジャクソンのカムバック・コンサートの最終リハーサルの映像を用いて製作された同映画について自らをクレジットするよう求めている。

クインシー・ジョーンズはジャクソンの最も人気のあるソロ・アルバム「Off The Wall」、「Thriller」、「Bad」の3作をジャクソンと共同で製作した。

エステートとソニー・ミュージックは不正行為を否定し、訴訟を却下するよう求めていた。

ジャクソンの楽曲の人気は2009年の死去以降、急上昇している。

ジョーンズが、彼への印税と制作費の支払いを避けるために再編集されたと主張している曲にはジャクソンのヒット曲「Billie Jean」、「Thriller」、「Don't Stop 'Til You Get Enough」などが含まれている。

契約によると、曲を再編集、あるいは改変する際には、悪評価が自身に及ばないよう最初にそれらを行う機会を有していると訴状では主張されている。

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■Judge: Quincy Jones suit over Jackson songs can go to trial
LOS ANGELES (AP) ― A judge ruled Thursday that a lawsuit filed by producer Quincy Jones against Michael Jackson’s estate and record company over royalties on some of the singer’s biggest hits can go to trial.

Superior Court Judge Michael Stern said a jury should decide the numerous factual disputes about whether the hit-making producer is owed any money.

Jones sued the estate and Sony Music Entertainment in 2013, seeking at least $10 million.

He contends the defendants re-edited songs for the “This Is It” film and a pair of Cirque du Soleil shows to deprive him of royalties and production fees.

Jones is also seeking a credit on the film that was done by using Jackson’s final rehearsals for a planned series of comeback concerts in London.

The producer worked with Jackson on three of his most popular solo albums, “Off the Wall,” ”Thriller” and “Bad.”

Jackson’s estate and Sony Music have denied wrongdoing and sought dismissal of the case.

The popularity of Jackson’s music soared after his death in 2009.

Jackson’s hits “Billie Jean,” ”Thriller” and “Don’t Stop ‘Til You Get Enough” are among the songs Jones claims were re-edited to deprive him of royalties and a producer’s fee.

The lawsuit states his contracts call for him to have the first opportunity to re-edit or alter the songs, in part to protect his reputation.

Source: The Seattle Times

憧れのスター、ジョージ・マーティン:ブラッド・サンドバーグの回想

ずいぶん前にサー・ジョージ・マーティンにお会いした時のことを考えていました。ブルース・スウェディーンと私はオーディオ・エンジニアリングの集まり(LAだったと思います)に参加していました。通路を歩き、新しい機器を眺め、何人もの古い友人たちに会いました。念のために言っておきますが、その古い友人たちの95%はブルースの友人たちです。ブルースは今も昔も音楽のコミュニティーの有名人です。あるコーナーを通り過ぎた時、伝説のジョージ・マーティンがいて、私はとても驚きました。満面の笑みで私たちの前に立っていたのです。

「ブルース!」と彼は叫びました。
「ジョージ!」とブルースは大きな声で返事をしました。

2人はしっかりとハグし、そしてすぐに話しこみ始めました。暮らしのこと、手掛けているプロジェクトのこと、マイケル・ジャクソンのことなどなど。そしてブルースが私を引っ張ってジョージに紹介してくれました。何と言ったか正確には覚えていませんがずいぶん丁寧に紹介してくれました。ジョージはニッコリと笑い、握手をしながら言いました。「お会いできて大変光栄です、ブラッド!」

私は言葉を発し、うなずき、ベストを尽くしました。憧れのスターに会っている感を出さないように。でもそのまんまでした。ジョージ・マーティンですよ。ザ・ジョージ・マーティン。音楽業界の真の王族です。

「間抜けなことを言うんじゃないぞ」。ジョージとブルースが言葉を交わしている間、私は自分に言い聞かせていました。聞いているだけの方がスマートだし、何か学べるかも、と私は思いました。私が付け加える必要などない、ただその場を楽しめばいいのだ。そんな風に思った瞬間の一つでした。そして私はそうしました。

私は大の「ビートルズ好き」というわけでは決してありません。ビートルズの席巻の時期にちょうどあたるには生まれるのが7年遅かったと思います。でも私は、ビートルズの大ファンでした。というよりも、私は、ビートルズのサウンドやハーモニー、曲作り、レコーディングのスタイル、プロデュース、アレンジなど大変尊敬していました。

「In My Life」、「The End」、「Across The Universe」などを聴いて、胸がいっぱいにならない人なんているでしょうか?「Penny Lane」や「Eleanor Rigby」や「Here Comes The Sun」を聴いてスマイルにならない人がいるのでしょうか?ほんの少しの間とはいえ、これらの楽曲やその他の数え切れないほどの素晴らしい作品の立役者に、私は会っていたのです。

ミスター・マーティンがルールを変えた(片方のスピーカーにボーカル、楽器はもう片方に置いてみてください!)なんて控え目ないい方です。ルールなどなかったのです。彼は単に、サウンドを好きなように作っていたのです。彼は弦楽四重奏やホーンセクションなどをロックに加えようと挑んだのかもしれません。ただ、サウンドがクールになるようにという理由で。

私は、それが何に対してなのかは置いておいて、大勢の「有名」な人々と会う機会に恵まれました。そして一部の注目すべき例外を除いて、その多くはとても暖かく、そして親切でした。私は会って感激してしまったことが何度かあります(マイルス・デイヴィス、レイ・チャールズ、ディジー・ガレスピーがすぐに浮かびます)が、その中ではジョージ・マーティンが一番だと断言できます。

「Thriller」プロジェクトの、マイケル・ジャクソンとポール・マッカートニーとのスターだらけの「The Girl Is Mine」のセッションについて、私はスティーヴ・ポーカロ(TOTO)と話をしました(私がマイケルとの仕事を始める3年前のことです)。それは真のライヴ・バンドのレコーディングで、当時でさえポップ・ミュージックでは珍しくなりつつありました。

スティーヴによれば、ポールはジョージや大勢とで現れたそうです。撮影クルーやリンダ・マッカートニー、デイヴィッド・フォスター、ジェリー・ヘイ、スティーヴ・ルカサー、グレッグ・フィリンゲインズ、デイヴィッド・ペイチ、ルイス・ジョンソンなどなどです。スティーヴはその日のことを素晴らしいサーカスだったと言いました。小さなウェストレイク・スタジオAにありったけの椅子を持ちこんで、シンガーとセレブで超満員だったそうです。

セッションの後(重ねて言いますが、私はその場にいたのではありません)、スティーヴによると、彼は兄のジェフ・ポーカロとスタジオにいて後片付けをしながら話していたそうです・・・彼ら2人だけです・・・そしてジョージがそこへひょっこり現れ、「ああ、やっとミュージシャンがいたよ!」と言ってため息をついたそうです。

彼はスタジオへ入ってきました。終わりに近づいていたあの大騒ぎから離れたかったようでした。そして3人は一緒に腰かけて言葉を交わし、知り合いになったのです。スティーヴによれば、ジョージとブラブラ過ごしたというのは素晴らしく、また忘れられない経験だったとのことです。ジョージはミュージシャンとの交流がとても好きだったのです。

数年後、私が家族とロンドンにいた時、私は観光をさぼって一人でエア・スタジオを訪問しました。ジョージ・マーティンが設立したスタジオです。元の建物であるリンドハースト・ホールは1880年に教会兼ミッションスクールとして建てられたものです。ジョージはそこを1991年に購入しエア・スタジオの新しい場所として改装したのです(彼はすでにロンドンとモントセラトにスタジオを持っていましたが、モントセラトのスタジオは1989年にハリケーン・ヒューゴで破壊されてしまいました)。

ハムステッドの住宅街の静けさの中に世界クラスのスタジオがあるなんてなんともおかしなことです。正直に言って、ここは私のお気に入りの観光スポットです。私が足を踏み入れたスタジオの中ではもっとも美しいスタジオです。http://www.airstudios.com/

数年後に再訪した時、スタジオが売られてからかなり経っていましたが、ジョージの指紋は至るところに残っていました。親切なスタジオ・マネージャーが中を案内してくれました。私は、ジョージに会ったことがあるかと聞かずにはいられませんでした。そのスタジオ・マネージャーは笑い出し、「彼に会ったことがあるか、ですって?彼を手放すことなんて私たちにはできませんよ。彼は数年前にスタジオを売りましたが、一週間に何度もぶらっと現れてセッションをチェックしたり、お茶を飲んだり、私たちとブラブラしていますよ。彼が去ったなんて嘘みたいです!」エア・スタジオの小さな部屋を借りて、サー・ジョージ・マーティンに調子はどうかと覗いてもらう、なんて想像できますか?スタジオで長い時間を過ごしてみて、私は、自分の時間のほとんどをスタジオで過ごすというのは彼にとって一番心地よいことだったのだと思います。

音楽業界は巨人を、そして実に親切で優しい人を失いました。今後しばらくは、トリビュートのツイートや記事、ネットへの投稿などが、私などよりはよほどスマートでジョージに近かった人々からあるでしょう。

ラジオ局はビートルズの曲を流すかもしれません。私たちが話すことで、ドキュメンタリーや映画の脚本が急きょ作られています。まさにそう。ジョージは一流で、真の紳士でした。私の彼との束の間の出会いはおそらく180秒ほどでした。でも彼は、その優しさと貫録の存在感、そしてはじけるスマイルで私を魅了しました。彼の目覚ましい作品は、それ自体で成り立っているのです。

安らかに、ミスター・マーティン。音楽業界、レコーディング業界、そしてあなたが親切にした若きエンジニアたちへのあなたのインパクトは忘れられることはないでしょう。あの時私が多少感激してしまったとしても。

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■Starstruck

I have spent some time thinking about when I met Sir George Martin many years ago. Bruce Swedien and I were attending an audio engineering convention (I think in LA), just walking the isles, looking at new gear and seeing many old friends. To be clear - 95% of those old friends were Bruce's. Bruce was and is a celebrity in his own right among the music community. As we turned a corner I was very surprised to see the legendary George Martin just standing in front of us with a giant grin on his face.

"Brucie!!" he shouted.
"George!!" Bruce shouted back.

The two of them embraced in a giant bear-hug and immediately started getting caught up on home life, current projects, Michael Jackson, etc. Then Bruce pulled me in and introduced me to George. I don't remember the exact words, but it was a very kind introduction. George grinned at me and grabbed my hand and said, "It's very nice to meet you Brad!"

I formed some words, nodded and did my best to not look completely starstruck, but I was. This was George Martin - THE George Martin - true royalty in the music industry.

As George and Bruce chatted for a few minutes, I remember telling myself, "Don't say anything dumb", and decided it might be smarter to simply listen and maybe learn something. It was one of those times when I decided there really wasn't much that I needed to add - just enjoy this moment. And I did.

I have never been a huge "Beatles guy" - I think I was born maybe seven years too late to be in the thick of their dominance. However, I have always been a huge fan - or rather I have had incredible respect - for the Beatles' sounds, harmonies, songwriting, recording styles, production, arrangements, etc.

How can you not get a lump in your throat when you hear "In My Life", "The End" or "Across The Universe." How can you not smile when you hear "Penny Lane" or "Eleanor Rigby" or "Here Comes The Sun"? And here I was, just for a moment, meeting the man behind those, and countless other amazing productions.

To say that Mr. Martin broke the rules (let's put the vocals in one speaker, and the instruments in the other!) is an understatement. There were no rules - he just make music sound the way he liked it. He might trying adding a string quartet or a horn section to a rock song just because it sounded cool. Isn't that how it's supposed to work?

I have been blessed with the opportunity to meet and work with many "famous" people, whatever that means. And with a few notable exceptions, most have been very warm and gracious. I have only been "starstruck" a few times (Miles Davis, Ray Charles and Dizzy Gillespie come to mind), but without hesitation George Martin tops the list.

I have talked at length with Steve Porcaro (Toto) about the star-studded "The Girl Is Mine" session with Michael Jackson and Paul McCartney from the Thriller project. (This was about three years before I started working with Michael). It was a true live band recording, which even back then was becoming increasingly rare in pop music,

Steve told me that Paul showed up with George and a full entourage, including a film crew, Linda McCartney, David Foster, Jerry Hey, Steve Lukather, Greg Phillinganes, David Paich and Louis Johnson - among many others. He referred to the entire day as an amazing circus, jammed with singers and celebrities packing as many chairs into little Westlake Studio A as could possibly fit.

After the session (again, I wasn't there for this), Steve says that he and his brother Jeff Porcaro were in the studio packing up and talking - just the two of them, and George popped his head around the corner. "Ahh....Musicians!!" he sighed.

He walked into the studio, seemingly wanting to be away from the craziness that was winding down, and the three of them just sat together swapping stories and getting to know each other. Steve said it was an amazing and unforgettable experience hanging out George, who clearly loved the company of musicians.

Several years ago I was in London with my family and I skipped out on a day of sightseeing to go visit Air Studios, which was built by George Martin. The original building - Lyndhurst Hall - was constructed in 1880 as a church and missionary school. George bought it in 1991 and renovated it into the newest location of Air Studios. (He already had locations in downtown London and Montserrat until Hurricane Hugo wiped that one out in 1989).

It is so funny to visit a world-class studio in the middle of a quiet, residential neighborhood in Hampstead. Truthfully this is my favorite kind of sightseeing, and it is one of the most beautiful studios I have ever stepped foot in. http://www.airstudios.com/

When I visited Air a few years back, the studio had long since been sold, but it had George's fingerprints all over it. I was given a complete tour by a very kind studio manager, and I couldn't help but asking about George, and if she had ever met him. She started laughing and said, "Met him?? We can't get him to leave!! He sold the studio years ago but he wanders in many times a week to check on sessions, drink tea and just hang out with us - it's as if he's never left!" Can you imagine renting one of the small writing rooms at Air and having Sir George Martin pop in to see how you are doing?? I think having spent so much time in studios it was the most comfortable place for him to spend much of his time.

The music industry lost a giant today, and a remarkably kind, sweet man. The next few days there will be tributes tweets articles and posts from people much smarter and likely closer to George than me.

Maybe radio stations will play a few Beatles songs, and there is certainly some scrambling to get documentaries and movie scripts put together as we speak. Rightly so. George was a class act, and a true gentleman. My very brief encounter with him lasted perhaps all of 180 seconds, but he won me over with his gentle, self-assured presence and his radiant smile. His remarkable body of work stands on it's own.

Rest In Peace Mr. Martin. Your impact on music, the recording industry, and in particular on a young engineer that you were very kind to many years ago will not be forgotten. Even if I was a bit starstruck at the time.

Brad

Source: In The Studio With Michael Jackson / facebook.com

MJエステートからマイケル・ファンの皆さんへ(Sony/ATVでのマイケルの持ち分について)

昨年の10月にソニーがパートナーシップ契約書における"相互売買"協定(パートナーの片方がもう片方に対し、可能な限りの高い値段で自分の持分を購入してもらう)を発動したことを覚えておられるかもしれません。すでに発表された通り、エステートとソニーは、ソニー/ATVにおけるエステートの持分を購入する覚書に署名しています。公式のプレスリリースを合わせてお送りします。数ヶ月間にわたる折衝ではいくつかのオプションについて検討されました。すなわち、ソニーではなくエステートを買い手として指名するものであり、そうなれば、私たちとともに仕事をするパートナー候補らに対して相当数の株を保有することとなります。しかしながら最終的に、ソニー側の提案はマイケルの子供たちにとって最善の策でした。この提案を受諾することは私たちにとって難しい決断でした。この合意は、マイケルの相続人に対して将来の財政を確実に保障するものとなります。ソニーが支払う7億5000万ドルは、会社の負債、相互売買協定、そしてパートナーシップ合意事項下のその他の調整項目を考慮に入れれば、エステートの持分に対するものとしては相当の割り増しとなります。さらには、過去30年にわたり高く評価されてきたマイケルのビジネスの見識の大いなる証拠ともなるでしょう。

今回の決定に至るにはいくつかの理由があります。ソニー/ATVの持分を担保としてマイケルが借り入れたローンを返済していくために、私たちは今回の収益の一部を使います。これは数年前に5億ドル以上からスタートしたエステートの負債が完全に0となる上に、現金やその他の所有物という形で相当額の資産を有することになるということを意味します。今回の売却益から税金や諸費用を除いた残高はエステートが保持しますが、最終的にはマイケルの遺産相続者に対する信託財産に転換されます。さらに、今回の取引により、エステートは(今まで音楽知的財産に集中してきた)資産を多角化することが可能となります。

なお、マイケルが書いた楽曲に対する出版権の所有権は100%であることに変わりはないということは強調しておきたいと思います。すべて、Mijac Musicに残ります。ソニー/ATVに無関係に手に入れたマイケルのお気に入りのソングライターらによる楽曲も同様です。「After Midnight」、「Love Train」、「I Got A Woman」、「When A Man Loves A Woman」、「People Get Ready」、「Great Balls of Fire」、 「Runaround Sue」、それにスライ&ザ・ファミリー・ストーンの全カタログなどが含まれます。加えて、マイケルのソロでのマスター音源、ショートフィルムに対する権利も100%エステートが保有します。完全に保有しているこれらの資産を売却する意図はありません。

ソニー/ATVのマイケルの持分を売却するということは私たちにとってほろ苦い出来事です。しかし、特に、1995年にこの会社を設立するマイケルを手伝った関係者である私たちから見れば、私たちがこのポジションにいるという事実は、音楽出版という分野における創造という点においてのマイケルの先見の明と才能をそもそも証明しているのです。公式プレスリリースで書いている通り、正味取得価格の4150万ドルで1985年に購入したマイケルのATVカタログは、1995年のソニー/ATVの設立の基礎となり、今回の取引価格が証明している通り、音楽業界における最高の投資であるとみなされています。

エステートが、反対にソニー/ATVにおけるソニーの持分の買い手となることを希望していたファンの方々がいらっしゃることは承知しております。昨年、この話に着手した時点ではそれが私たちの目標でした。しかし最終的に、最初に申し上げた理由により、ソニーの提案の方が理にかなっているのです。私たちはマイケルのレガシーを守り育てていくこと、そしてマイケルの子供たちの利益のためにエステート(資産)の価値を最大限にしていくことに専念しています。今回の売却により、私たちは、マイケルにとって最も大事な資産(彼が書いた楽曲、ソニー/ATVと無関係に取得した楽曲)を守ること、負債を処分すること、そして未来の世代のために彼のレガシーを育て続けていくことが可能となったのです。

ソース:MJOnline The Official Online Team of The Michael Jackson Estate™ / MJJFANCLUB.JP

(原文)
STATEMENT FROM THE ESTATE TO MICHAEL'S FANS

As you may recall, last October Sony triggered the “buy-sell” clause in the partnership agreement which provides for one partner to buy out the share of the other at the highest possible price. As has now been announced, the Estate and Sony have signed a memorandum of understanding for Sony to purchase the Estate’s interest in Sony/ATV. A copy of the official press release is also being sent to you. In the intervening months, we explored several options that would have positioned the Estate as the buyer, rather than Sony, and we had substantial interest from potential partners to work with us in doing so. Ultimately, however, Sony’s offer was in the best interest of Michael’s children and we made the difficult decision to accept that offer. The arrangements will further secure the financial future of Michael’s heirs. The amount that Sony is paying, $750 million, is a substantial premium on the Estate’s interest in the company after taking into account the debt of the company, the Purchase Option and other adjustments required under the partnership agreement. It is also a huge testament to Michael’s business acumen that his original investment appreciated so substantially over the last 30 years.

There are several reasons that led to our decision. We will use a portion of the proceeds to repay the loan balance on monies borrowed by Michael and secured by his interest in Sony/ATV which means that after starting with more than $500 million in debt seven years ago, the Estate is now completely debt free with substantial assets in cash and other property. The balance of the proceeds from this sale, after taxes, fees and expenses, will be held by the Estate and ultimately will be transferred to a trust for the benefit of Michael’s beneficiaries. Furthermore, the transaction allows the Estate to diversify assets which, to date, have been highly concentrated in music intellectual property.

We would like to underline that the sale has no effect whatsoever on the 100% ownership of the publishing on all of the songs that Michael wrote, which all remain part of Mijac Music, as well as those songs written by many of Michael’s favorite songwriters, that he acquired outside of Sony/ATV. These songs include "After Midnight”, "Love Train", "I Got A Woman", “When A Man Loves A Woman”, "People Get Ready", "Great Balls of Fire", "Runaround Sue", the entire Sly and the Family Stone catalog and other songs. The Estate also continues to own its 100% interest in all of Michael’s solo master recordings and short films. There is no intention of selling any of these wholly-owned assets.

While the sale of Michael’s interest in Sony/ATV is bittersweet for all of us – especially for those of us involved in helping Michael create this company back in 1995, the fact that we are even in this position in the first place further validates Michael’s foresight and genius in investing in music publishing. As we noted in the official press release, Michael’s ATV catalogue, purchased in 1985 for a net acquisition cost of $41.5 million was the cornerstone in the 1995 formation of Sony/ATV and, as evidenced by the value of this transaction, is still considered one of the smartest investments in music history.

We are aware that some fans were hoping that the Estate would be the buyer of Sony’s share in Sony/ATV, rather than the reverse. That was our goal as well when we started on this path last year, but ultimately, Sony’s offer made more sense for the reasons outlined above. We are dedicated to protecting and growing Michael’s legacy, and maximizing the value of his Estate for the benefit of his children. This sale allows us to protect the assets most dear to Michael (his own songs and those he acquired and retained outside of Sony/ATV), close out his debts, and continue to grow his legacy for future generations.

You can read the press release here. https://gallery.mailchimp.com/b10cd0eb926d3e80232b5aeef/files/_E_Sony_Estate_Joint_Release_final_2_.pdf
Copyright © 2016 The Estate of Michael Jackson, All rights reserved.
MJOnline The Official Online Team of The Michael Jackson Estate™

フォーブス:マイケル・ジャクソンが今年も一番稼ぐミュージシャンである理由

2年前、アップルがドクター・ドレーのヘッドホン・ブランド「Beats」を300万ドルで購入した時、この取引はドクター・ドレーに2014年の収入6億2000万ドルという記録をもたらした。そしてこの記録は破られないかに思われた。だが、それは長くは続かなかった。

昨日、マイケル・ジャクソンは一つの取引で7億5000万ドルをかっさらった。SONY/ATVのカタログの彼の持ち分である半分をソニーに売却したのである。彼は今年、それに上積みをする時間があるが、今回の合意がすでに歴史上どのミュージシャンよりも高い年収となることを保証している。

関係者以外には驚きをもたらしているかもしれないが、ジャクソンを知るものは彼のビジネスの判断力についてよく知っている。オリジナルのATVを4750万ドル(当時は法外であると見られていた)で購入したことが良い例である。

「彼にはすぐれた直感があったのです。もっと多く、もっと良くってね」と90年代にジャクソンのマネージメントをしていたサンディ・ガリンは拙著「Michael Jackson, Inc」でのインタビューで述べている。「彼は、気持ちの上では、いつも同じように交渉していました。どんなオファーであっても、彼はより多くを欲しがったのです」。

今回の7億5000万ドルを加えることによって、世界ベスト8(ケイティ・ペリー、ワン・ダイレクション、ガース・ブルックス、テイラー・スウィフト、イーグルス、ジャスティン・ティンバーレイク、ディディ、フリートウッド・マック)の収入のミュージシャン全てを合わせた収入をも上回る。2010年のオプラの最高年収3億1500万ドルの2倍以上である。

ジャクソンの2016年の年収は8億ドルを超えるだろう。そしてMijac Music等、エステートの管理下に残る資産によって彼は稼ぎ続けるだろう。加えて、ラスベガスのシルク・ドゥ・ソレイユのショー「Michael Jackson One」や今後の新曲によって稼ぎ続けるという体制ができている。

いずれにせよ、ジャクソンが同業者たち(現役、故人問わず)よりも多く稼ぎ続けるだろうことに疑いの余地はない。

ベリー・ゴーディはかつて私にこう言った。
「彼は子供の心を持っていた。でも精神は天才だったんだよ」。

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■Why Michael Jackson Will Earn More Than Any Musician In History This Year

When Apple bought Dr. Dre’s Beats for $3 billion nearly two years ago, the deal propelled the superproducer to a record $620 million payday in 2014–a total that seemed unbeatable. But the mark didn’t last long.

Yesterday, Michael Jackson snagged $750 million in a single deal, the sale of his half of the Sony /ATV publishing catalogue to Sony. He’ll have time to add to that total this year, but the agreement already guarantees him the biggest annual haul of any musician in history.

That may come as a surprise to many outsiders, but those who knew Jackson were well aware of his business savvy. Buying the original ATV for $47.5 million, a price viewed by many as exorbitant at the time, was just one example.

“He had good instincts . . . more, more, more; better, better, better,” said Sandy Gallin, who managed Jackson for much of the 1990s, in an interview for my book, Michael Jackson, Inc. “He would, in his mind, negotiate the same way. No matter what anybody would offer, he wanted more.”

To put that $750 million sum into perspective, it’s more than the combined earnings of the world’s eight highest-paid musicians of 2015: Katy Perry, One Direction, Garth Brooks, Taylor Swift, The Eagles, Justin Timberlake, Diddy and Fleetwood Mac. It’s more than double Oprah’s biggest payday of $315 million in 2010.

Jackson’s 2016 haul will likely soar past $800 million. He’ll continue to earn from assets that remain under his estate’s control, including his own Mijac Music publishing catalogue. He’s also poised to keep profiting from the Michael Jackson One show by Cirque du Soleil in Las Vegas, as well as new music down the line.

In any case, there’s little doubt Jackson will continue to out-earn his peers, dead or alive.

“He had a kid’s heart,” Berry Gordy once told me, “but a mind of a genius.”

Source:Forbes
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