MJを書くことについて書く:一部の批評家はいまだ誤解している

マイケル・ジャクソンが存命ならば、明日は56歳の誕生日だ。そして死後5年以上経つにもかかわらず、一時住んでいたに過ぎないラスベガスから故郷のインディアナ州ゲーリーまで、そして世界中のファンたちは、生前と同様にキング・オブ・ポップを称えるだろう。

いろいろな意味で彼は生きている。没後の最新作「Xscape」からリリースされた曲がこの夏はオンエアされている。そして金銭的な側面から見た場合、ジャクソンは生前以上かもしれない。すなわち、過去5年間で7億ドル以上を稼ぎ(80年代後半以降では最高の伸び方)、そして同じ期間を対象にフォーブスが調査したどの存命の芸能人の収入をも上回っているのである。

だが、ジャクソン・ルネッサンスの真っただ中で、彼のイメージや財政面がある種の変化を遂げているにもかかわらず、主流メディアのいたるところで、そしてタブロイドでは、一部のしつこいストーリーが主張され続けている。この残念な現実は、自著「Michael Jackson, Inc.」をこの夏出版して以来私が目にした興味深いことの一つである。

この本を書いたことにより、私はこのような傾向を観察するという他にはない立場となった。インターネットの魔法(特にGoogleアラートとツイッター)のおかげで、私の本についての論評が発表されて数時間でそれらを目にすることができるのである。

ライターとして、「Michael Jackson, Inc.」に対する反応のほとんどは満足のいくものであった。ビルボード誌からVIBE誌、シカゴ・トリビューン紙などで取り上げられた。アマゾンでは「Book of the Month in Business & Leadership」に挙げられ、USAトゥデイは「the hottest titles this season(今シーズンで最もホットな本)」の一つであると評した。さらに、(書評で有名な)カーカスは「価値ある分析」、エボニー誌は「世界中のファンたちも聞いたことがない視点を提供している」と評している。

だが、いくつかのケースでは、そのレビューというものが本について触れられたものではなく、キング・オブ・ポップについての古い議論を焼き直したり、判断を下す口実にしているに過ぎないのではないかと思われるものがある。その大半は、「Michael Jackson, Inc.」のレビューではなく、マイケル・ジャクソン自身のレビューと見た方がよいのではないかと思えるものであった。

例えば、ウォールストリート・ジャーナル誌のレビューはキング・オブ・ポップについての筆者の考えから始まり、彼を「未熟な神」、「巧妙な神」、「おそらく児童性的虐待者」である、などと評しているのだ(ジャクソンは突きつけられたすべての容疑で無罪であったことなど全くお構いなしである)。

一方ワシントン・ポスト紙はジャクソンの「風変わりな行為と犯罪の疑惑」について焦点を当て、私の本が「企業実体としてのジャクソンに焦点を当てるために、興味ある部分を除外している」と批判した(ジャクソンのキャリアにおける財政面を調査することがタイトルで述べられた目的であるにもかかわらずだ)。

はっきりさせておこう。物書きとして、これらのマスコミが私の著書に興味をもったことについては非常にうれしく思うし、たとえ私が同意できないとしても、仲間である物書きたちが自身の意見を述べるという権利を私は尊重している。だが、財政面について焦点を当てているものでさえ、ジャクソンの生涯とレガシーの調査が、しばしば従来の繰り返しで覆われているということに私は驚かされた。

この類の話は、ジャクソンを深く研究している者、例えば私の友人のジョー・ボーゲル(「コンプリート・ワークス」の著者)や故ジェイムズ・ボールドウィンらがすでに気づいていたことである。ボールドウィンがこう記しているのは有名だ。

「マイケル・ジャクソンに関する雑音は、それがジャクソンに関する事では全くない、という点で興味深い。・・・ 彼はすぐには許されないだろう。それは、これほど多く形勢を逆転させ、成功を収め、そしてモンテ・カルロの銀行を潰した男でもマイケルの弱みを握っていないからだ。こういった雑音はアメリカのことなのだ。黒人の、特にアメリカの黒人男性の生命と財産の不誠実な管理人としてのアメリカ。燃やされ埋められたアメリカの罪のことなのだ」。

ジャクソンは本当に多くのことをひっくり返した。彼のエキセントリックさを否定するものもいるだろうが、彼が成し遂げたことの中には、ミュージック・ビデオ時代のジャッキー・ロビンソン(注:黒人メジャーリーガーの祖)とも言えるものもある。彼は、かつて白人ロッカーたちの場であったMTVに対し、黒人アーティストの作品をヘビー・ローテーションさせた。その手始めは「Billie Jean」だった。

1985年にビートルズのカタログを購入したことにより、ジャクソンは、被雇用者としてのアーティストという枠組みをひっくり返し、オーナーとしてのアーティストという考え方に置き換えた。そして、スーパースターを収益化する新しい手法を開拓し、自分の服やスニーカー、ビデオ・ゲームを発売したが、それは結果として、ジェイ・Zやディディのような現代の大物たちのための道を切り開くことになったのだ。

このようなしつこいネガティブなストーリーは、進展することはあっても、メディアの中で沈んだことは一度もないのだ。ジャーナリストとして、主観的な意見を排除し、客観的真実に焦点を当てる義務が私たちにはある。ジャクソンの場合、多くの観察者にとっては、古代の大洋の底にたまった沈殿物のように長い間かけて彼らの主観は定まったようだ。いまだ客観的であると誤解されることもあるような強固なものを形成しているのである。

ジャクソンの死から5年。こういった沈殿層は薄くなっている部分もあるように思われる。彼の作品の復興具合から判断すれば、彼の収入は変化の証拠となるだろう。世界の文化やビジネスに影響を与え続けていることを考えれば、このような傾向は今後も続くだろうが、しかし、客観性が主観に打ち勝つにはまだ時間がかかるのだ。

これは、キング・オブ・ポップへの未来の誕生日プレゼントである。

ソース:FORBES

The Michael Jackson Tribute Festival Of The Arts

8月29日、マイケルの家族が故郷インディアナ州ゲーリーに集まり、彼の56回目の誕生日を祝った。マイケルが1958年に誕生した町ゲーリーは、8月28日より「The Michael Jackson Tribute Festival Of The Arts」を開催した。

イベント・プロモーターのカーヴィン・ジョンソンによると、3日間開催された今年の「Michael Jackson Tribute Festival of the Arts」はマイケル・ジャクソンだけではなく、新たなアーティストを後押しすることにも焦点が当てられていたという。

先週木曜日に始まったこのお祭りは、ゲーリーの学生で編成されたオーケストラとコーラスによるマイケル・メドレーの演奏でスタートした。

この演奏に続き、ルーズベルト高校では木曜日の午後にセレモニーが開かれ、市の関係者もあいさつを述べた。

マイケルの3人の子供たち、プリンス(17)、パリス(16)、ブランケット(12)も、愛する父親を称える家族のお祝いのためにゲーリーを訪れた。毎年のマイケルの誕生日にもついてまわる悲しみにもかかわらず、子供たちはこの機会を楽しんでいるようだった。

■The Michael Jackson Tribute Festival Of The Arts

Members of Michael’s family went to his hometown of Gary, in Indiana, to celebrate what would have been his 56th birthday on August 29th. The Indiana town, where Michael was born in 1958, celebrated ‘The Michael Jackson Tribute Festival of the Arts’ which began on August 28 in Gary.

Event promoter Karvin Johnson says the focus of this year’s three-day ‘Michael Jackson Tribute Festival of the Arts’ is not only on their town’s famous singer, but also on encouraging new artists.

The festival kicked off last Thursday with an orchestra and choir made up of Gary students singing and playing a medley of Michael’s songs. The Gary Community School Corp. conducted an audition last week for the lead singer.

The musical performance was followed by a ceremony at Roosevelt High School on Thursday afternoon, which included remarks by local officials.

Michael’s three children Prince, 17, Paris, 16, and Blanket, 12, visited the city of Gary for an intimate family celebration in honour of their beloved father. They certainly looked as if they enjoyed the occasion despite the sadness attached to Michael’s birthday anniversary!

Source: sanluisobispo.com & MJWN

パリで「Neverland Lost」の展示

ヘンリー・ルートワイラーの写真集「Neverland Lost」の展示会が、9月1日から10月4日まで開催されている。

ヘンリー・ルートワイラーはスイス生まれの世界的に知られた写真家でニューヨークを根拠地としている。彼の作品は様々な出版社から出版されており、幾度となく賞賛を受けている。今回はフランスでは初となる展示会である。

「Neverland Lost」は、オークションで売却された数々の光り輝くアイテムを通じて、マイケル・ジャクソンの魔法を検証する。レンズを通じたルートワイラーによるドキュメンタリーである。

展示される写真を通じて、見る者は、史上最高のアーティストの外向けの仮面と、孤独でトラブル続きだったプライベートの間で苦しむ一人の男の内なる不安を理解することになる。

特許を取ったシューズの上に見えていた有名な輝くソックスは、シューズからは離されてラインストーンで装飾された普通のハイソックスの状態だ。スパンコールのスカーフやショルダー・パッドで飾られたジャケットやシャツには、メークや汗の後が残っている。ルートワイラーはニュートラルに肖像を説明することを通して、あるいは見るにはあまりにも本質的すぎると感じる者もいるかもしれないような写真のカタログを、「Neverland Lost」の中に創り出している。

ヘンリー・ルートワイラーは「Neverland Lost – A Portrait of Michael Jackson」についてこう書いている。

「これらの写真は、本にするつもりなど毛頭ありませんでした。2009年の2月、私は、ポップスター、マイケル・ジャクソンの象徴的な白いグローブの写真を撮るという雑誌の取材でカリフォルニアへ飛びました。私はポートレート写真家を長くやっていますが、人の生涯を形作ったモノを通じてその人を探ってみたいとずっと強く思っていました。私は心にある考えを持ってロサンゼルスへ行きました。撮影時間は1日もいらないと思っていました。マイケル・ジャクソンの元の家、ネバーランドはそれまで数年間空家となっていました。そして彼の持ち物は、荷造りされて木箱の中に詰められていました。オークションを待っていたのです。撮影のために現場に着いた時、何を見つけるべきか分かりませんでした。私が木箱の中に発見したものに、私は深い悲しみを覚えました。かつてキングだった男の持ち物は極めてシンプルなデザインでした。スパンコールで飾られたチューブソックス。子供用のアクセサリー。あの有名なグローブ・・・安物雑貨店のようなシンプルさの中に置かれ、とても質素な日常の中にある。私は二日間という当初の予定を終え、それでもまだその場を離れるはことはとてもできないと思いました。アシスタントと私はその後24時間その場にとどまり、たくさんの品物をじっくりと見ました。その中から私たちは写真を選ぶ必要がありました。3日後、私はニューヨークへ戻りました。この仕事は完成しないという予感がしていました。

個人の持ち物というのはほとんどの場合、ある種の悲劇をその背景に持っているのではないかと思います。ジャクソンのプライベートの世界への窓を作ろうという私の徹底的な努力にもかかわらず、出来上がった彼の肖像は完全ではありませんでした。写真撮影ができるようになっていないものが他にあるということはわかっていました。2009年の4月、私はカリフォルニアに戻りました。粘りと幸運のお陰で私たちはもう一度中に入ることを許されました。今回は、ニューヨークに戻った時にはストーリーを完成させるために必要な品物を手に入れていました。その後間もなく、私たちの探求は、急きょ終わりを迎えたある人生のドキュメンタリーとなりました。エジプトのファラオたちは、未来の世代に自分の一生を伝えるために霊廟を作ったと言われています。マイケル・ジャクソンは音楽の才能という神の意志のために少年時代を犠牲にしました。ネバーランドは失われた子供時代に対して彼が作ったピラミッドでした。この本の中に出てくる彼の品物は、彼が失ったネバーランドへと私たちを連れて行ってくれるのです

ヘンリー・ルートワイラー
2010年冬、ニューヨークにて」。

(参考)アートとしてのMJの遺品

■Colette Presents ‘Neverland Lost’

Colette, which is situated in Paris, is presenting an exhibition about the photobook ‘Neverland Lost’ by Henry Leutwyler. The exhibition will be from September 1st to October 4th 2014. The exhibition opens at 6 p.m on September 3rd.

Henry Leutwyler is an internationally recognized photographer, who was born in Switzerland and based in New York. His work has been the subject of numerous publications and was praised repeatedly. This is his first solo exhibition in France.

‘Neverland Lost’ examines the illusion of Michael Jackson through his glittering iconic products, which were to be sold by auction. This is a thorough documentary via the lens of Leutwyler.

Within these photos, the viewer is encouraged to understand the inner turmoil of a man caught between the public persona of one of the greatest artists of all time and his private life which, sadly, was considered isolated and troubled at times.

The famous sparkling socks that exceeded patent leather shoes are removed to be just ordinary knee socks decorated with rhinestones. Jackets or shirts adorned with sequined scarves and shoulder pads are marked with traces of makeup and sweat. Through demystifying neutral portraits, Leutwyler creates yet in ‘Neverland Lost’ a catalogue of most images that, for some, may be too intimate to behold.

You will find the exhibition here:

Colette

213 rue Saint-Honoré

75001 Paris

Tel: 01 55 35 33 90

Fax: 01 55 35 33 99

contact@colette.fr

Henry Leutwyler writes about ‘Neverland Lost – A Portrait of Michael Jackson’

“This collection of photographs was never intended to be a book. In February of 2009, I flew to California on a magazine assignment to photograph the iconic white glove of pop star Michael Jackson. Even though I am a lifelong portrait photographer, I have always had the urge to investigate people through the simplicity of the artefacts that make up their lives. I went to Los Angeles with one vision in mind and little more than a day to capture it. Michael Jackson’s primary home at Neverland had been vacant for several years and his belongings lay packed and stored in crates, awaiting public auction. When I arrived at the venue for the shoot, I had no idea what I’d find. What I discovered in those crates evoked in me a deep sadness. From the man who would be king, his artefacts were of the simplest design. A sequined tube sock. A child’s trinket. The famous glove – so revealing in its dime store simplicity, so mundane in its plainness. I completed the initial assignment in two days, yet found myself unable to leave. My assistants and I remained on location for another twenty-four hours, poring over more than a thousand items from which we had to choose our images. I returned to New York after three days, with a premonition that the task wasn’t finished.

It seems that an individual’s belongings rarely become available without some tragedy as a backdrop. Despite my exhaustive efforts to create a window into Jackson’s private world, the portrait was not complete. I knew there were other objects that had not been made available to be photographed. In April of 2009, I flew back to California. Through perseverance and good fortune, we were granted one last access. This time, when I returned to New York, I had the pieces I needed to complete the story. Shortly thereafter, our investigation became a documentation of a life cut short. It is said that the Pharaohs built tombs to reveal their lives to future generations. Michael Jackson sacrificed his childhood to the calling of his musical gift. Neverland was the pyramid he constructed to a lost childhood. The artefacts captured in this book return us to the Neverland he lost.”

Henry Leutwyler, Winter 2010, New York City.

Source: Colette, Henry Leutwyler Facebook, Neverland Lost & MJWN

マイケルが描いた絵がオークションに

ネット・オークションのThe Memorabilia Vaultが、ファンたちにシェアしてもらおうと、マイケル・ジャクソンによる絵画を現在出品している。

マイケルがアートを大事にし、自らもスケッチしたりすることが大好きであったことはファンの間では常識だ。彼の芸術好きは幼いころからで、大人になってからも続いていた。

The Memorabilia Vaultが出品している三作品は、マイケルの天才的創造性の良い例である。どの作品もREAL/Roger Eppersonの鑑定書付きで売られている。加えて、「早い者勝ち」が原則である。

最初の絵画、「白雪姫」はマイケルのディズニー・キャラクター好きを良く表わしている。黒いマーカーで、約46x61センチである。

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二つ目は自画像で、青いマーカーで描かれ、約28x36センチの大きさだ。

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最後は、フランスの有名な俳優・マイムでマイケルの長年の友人の一人であるマルセル・マルソーを描いたものだ。黒いマーカーで書かれた約33x48センチの絵である。

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マイケルはマルセル・マルソーのマイムの芸術性の大ファンで、ステージにも取り入れていた(特に、「Human Nature」の最後の部分)。

詳細はこちら

■The Memorabilia Vault Auction Michael’s Artwork

The Memorabilia Vault, an online auction source for all types of autographs and memorabilia, have currently on offer some Art work created by Michael, which they would like to share with MJ fans.

It is common knowledge amongst his fans that Michael cherished art and loved to draw, sketch and paint. His love for art started at a very young age and continued throughout his adult life.

The three pieces offered by The Memorabilia Vault are some examples of Michael’s creative genius. Each piece on sale includes a certificate of authenticity from REAL/Roger Epperson, plus each piece will be sold on a ‘first come, first served’ basis.

The first drawing is of Snow White and is a great representation of Michael’s love for Disney characters. It is drawn with a black marker and measures 18” x 24”.

The second drawing is a self-portrait of Michael, sketched with a blue marker and measuring 11” x 14”.

Lastly, a drawing by Michael of the famous French actor and mime Marcel Marceau, who was one of Michael’s friends for many years, is also on offer. Again Michael used the medium of a black marker to sketch this drawing, which measures 13” x 19”.

Michael was a huge fan of Marcel Marceau’s mime artistry, and incorporated mime into his stage show, especially at the close of his ‘Human Nature’ performance.

If you are interested in purchasing any of Michael’s art pieces you can contact The Memorabilia Vault at info@thememorabiliavault.com or if you have anything you would like to consign with them for their next auction, you can email them at consign@thememorabiliavault.com.

For further details visit their website here.

Source: The Memorabilia Vault & MJWN

スモーキー・ロビンソン インタビュー:MJの生涯は「矛盾」

23歳にしてモータウンの副社長となったスモーキー・ロビンソンがマイケル・ジャクソンと最初に会ったのはジャクソンが9歳の時であった。ジャクソンが今日、その歳でこの業界に入っていたとしたら、彼にとってはどんなものであっただろうか、などとは想像もつかないとロビンソンは言う。だが、トラブル続きのジャスティン・ビーバーに対しては、彼は父親的な厳しい態度をとっている。

「彼は音楽の天才的才能を持っている。でも、彼については良い印象はないね。それは彼が間違った道を歩んでいるからだ。彼と1対1で話してみたいね。最初の頃に会ったけど、いい子だった。悪い奴と付き合っているんだと思うよ。悪いことに影響されているのさ」。

ジャクソンについては、彼はジャクソンの生涯を「矛盾」だと考えている。「幼いころ、彼は大人でなければならなかったんだ。彼は大人のように歌った。大人のようにステージで演じたんだ。それ以外では、彼は子供だったよ。周りで遊んでいた。でも、エンタテイメントということになると、スタジオとかステージとかでは、彼は大人だった。彼は30歳だったんだ。信じがたいことだったよ!」とロビンソンは静かに語った。

「そして彼が30歳になった時、彼は小さな子供だった。なぜなら彼は子供だったことがないからさ。金をかけて子供でいられることが彼には可能だったから、彼はそうしたんだ」。

ジャクソンとその兄弟たちは1975年にモータウンを去った。だがロビンソンはマイケルとの付き合いは続いていた。彼の早すぎる死を考える時、ジャクソンにとって良くないことが始まったのはどこだったのか。

「一つではないね。そうなるにはたくさんのことがあったんだよ。でも、すべての始まりは、ペプシのコマーシャル制作で火傷を負ったこと(1984年)だと思う。あれはひどいことだった・・・彼は頭にモノを入れざるを得なかった、プラスチックの、バルーンのようなものを、永久にね。(頭皮の)その場所を治療するにはそうせざるを得なかったんだ。それから、それに耐えるために痛み止めとかそういうものを服用しはじめたんだ。それがいろいろなことにつながっていってね・・・・」

インタビュー全文はこちら

■Smokey Robinson interview: MJ’s Life “paradoxical”

Smokey, who was made Vice President of Motown in 1963, aged only 23, first met Michael Jackson when he was nine; he says he can’t imagine how it would have been for Jackson if he’d started out in the business in this day and age. As a result, he takes a tough yet paternalistic attitude towards the endlessly troubled likes of Justin Beiber.

“He does have genuine musical talent,” he says of the Canadian. “But I feel very bad for him ’cause he’s on the wrong track. And I’d like to have a one-on-one conversation with him. I met him in the beginning and he was a nice kid. I just think he’s running with the wrong people now, and being influenced by the wrong things.”

As for Jackson, he considers his life “paradoxical”. “When he was a little boy he had to be a man,” Robinson says quietly. “And he sang like he was a man, and he acted on stage like he was a man. Other than that he was a kid, he was playing around. But when it came down to anything entertainment-wise – in the studio, on stage – he was a man. He was 30. He was incredible!

“And then when he got to be 30, he was a little boy. Because he’d missed out on that. So he took advantage of the fact that he could afford to be a little boy – and he was.”

Jackson and his brothers left Motown in 1975, but Smokey remained close to Michael. Considering his untimely death, where does he think it started to go wrong for Jackson?

“It wasn’t one thing. It was a lot of things that led up to that. But I think the start of all that was getting burned, making the Pepsi commercial [in 1984]. That did a helluva thing – he had to have some kind of thing in his head, a plastic thing or a balloon kind of thing, that was there permanently. Because they had to do that in order to fix that spot [on his scalp]. Then he had to start taking lots of pain pills and stuff like that to cope with that. One thing led to another …”

Read FULL Interview Here: http://www.telegraph.co.uk/culture/music/rockandpopfeatures/11077737/Smokey-Robinson-interview-God-saved-me-from-cocaine.html

Source: telegraph.co.uk / Craig McLean / MJ-Upbeat.com

MJの顔などで100以上の賞をとったネイル・アーティスト

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妖精やゴブリン(小さな悪魔)、エドワード・シザーハンズ(映画「シザーハンズ」の主人公)、マイケル・ジャクソンといったテーマのおかげで、ある女性が100以上の賞をそのネイルアートで受賞している。

英ストークオントレント在住のカースティー・ミーキン(35)は17歳の時に美容師の勉強を始めた。そして今では、世界中を旅して自分のネイルアートで獲得したトロフィーを家に持ち帰っている。

彼女のネイルアートの製作時間は30から100時間、材料費は最高で400ポンドである。

最初に参加したコンテストはマンチェスターで開催された「ムーラン・ルージュ」をテーマとしたものだった。

今ではネイルアートで100以上のトロフィーを獲得し、はるか遠くラスベガスやロサンゼルスまで旅してきた。そして、作品はロンドンのヴィクトリア&アルバート博物館にも展示されている。

彼女はこう語っている。
「必死になって何かやらなければ追い出すと母親に言われたから美容師の学校に行ってただけなんです。勉強を始めた時、ネイルアートはまだありませんでした。でも数年後に世に出てきて、私はいろいろなやり方を試し始めたのです。2004年に最初のコンテストに参加して賞をもらいました。それが始まりでした」。

他の作品はこちら

■Nail artist won over 100 prizes for her creations including MJ’s face

Themes such as fairies, goblins, Edward Scissorhands and Michael Jackson have helped one rather talon-ted woman win more than a 100 prizes for her nail creations.

Kirsty Meakin, 35, from Stoke-on-Trent, started training as a beautician when she was just 17 and has now travelled around the world to take home trophies for her nail art.

Each creation takes between 30 and 100 hours and costs up to £400 in materials.

Kirsty’s first competition entry was a set of Moulin Rouge themed nails at a competition in Manchester.

Now she has won over 100 trophies for her nail art and has travelled as far afield as Las Vegas and Los Angeles.

The beautician’s work has even been displayed at the Victoria and Albert Museum in London.

Kirsty says: ‘I only went to beauty school because my mother said if I didn’t do something with my life she’d kick me out.

‘When I started, nail art wasn’t even a thing, but after a few years it came onto the scene and I started experimenting with different mediums.

‘In 2004 I entered my first competition and won and things just spiralled from there.’

Read more: http://www.dailymail.co.uk/femail/article-2747564/The-talented-talons-town-A-nail-artist-won-100-prizes-amazing-creations-including-fruit-veg-Michael-Jackson-s-face.html#ixzz3ClE0EH1k

Source: Daily Mail / JEMMA GILLARD FOR MAILONLINE / MJ-Upbeat.com
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