ダニー・オズモンドの思い出

55歳になるダニー・オズモンドは妹のマリー・オズモンドとの歌で最もよく知られている。現在彼は、60枚目のアルバムで忙しい日々を送っている。また、ラスベガスのホテル・フラミンゴでは定期的に公演を行い、そして妻と共に35年前に立ち上げた家具のブランド、「Home」のプロモーションも行っている。まさに儲かって笑いが止まらない状態だ。

オズモンドは家庭生活について、「Home」について、そして彼の心にいつもあるマイケル・ジャクソンのことについて語った。

「僕がいつも言うのは、誰かとケンカした時、そして自分が悪いとわかっている時、僕は、自分が間違っていると認めることができるっていうことさ」と彼は妻との関係について述べている。「正しい時でも、自分が間違っているって認めるよ」と彼は冗談を言った。

オズモンドにとって、幸せな家庭が長いキャリアの元となっている。

「もう50年もこの世界にいるけど、その秘訣は安定していることなんだ。そしてそれは家庭なんだ。妻のデビーが家で作り上げてくれたものが僕の基盤になっていて、だからこのクレイジーな世界にまた戻ることができるんだ」。

オズモンドは、古い友人であったマイケル・ジャクソンが、2009年に50歳で悲劇的に亡くなる前に、彼と同じようにバランスをとるということを見出していれば、と思っている。

「マイケル・ジャクソンは時々電話をかけてきて僕に聞くんだ。『君は家ではどんな風に暮らしてるんだい?』って」とオズモンドは振り返る。オズモンドはラスベガスの自分のショーでキング・オブ・ポップへのトリビュートを行っている。「マイケルはよくこう言っていたよ、『君の生活はどんなだい?』って。彼はこういう類の安定感を感じたことはなかったんだね」。

「彼はやろうとしていたよ」とオズモンドは指摘する。「僕はマイクのことをよく知っていたし、家にもよく行った。ゴールド・ディスクが全て、栄冠が全てだった」。

「僕の家に来ても、ゴールド・ディスクが壁に飾ってあるなんてことはない。子供たちや孫たちの写真が飾ってあるんだ。これが肝心なことです。家で自分のものの見方というものを維持することができれば、それは地に足がついているということなんだよ」。

マイケルはかつてオズモンドに、違う名前で歌えば歌手としてのキャリアを蘇らせることができると提案したことがあるという。だが彼はそうしなかった。

自身の家具シリーズについて、それは正しいと思うことをするということにヒントを得ているという。

「製品を見る。家に置ける、あるいは置けない、などと言い合う。それが僕らのブランドになるんだよ」とオズモンドは語った。

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■Donnie Osmond Advised Michael

Donnie Osmond spoke in the New York Daily News today about his wonderfully stable home life, and all about his friendship with Michael since they were very young.

The 55-year-old entertainer, best known for singing with little sister Marie, is staying busy by working on his 60th album. He also performs regularly at the Flamingo in Las Vegas, promotes the Home furnishing brand he created with his wife of 35 years and smiles all the way to the bank.

Osmond talked to us about his home life, his Home brand and the place in his heart for Michael Jackson.

“What I tell people is whenever we have a disagreement and I know that I’m wrong, I’m man enough to admit I’m wrong,” he says of his relationship with his wife, Debbie. He also jokes, “When I’m right, I’m man enough to admit I’m wrong.”

For Osmond, a happy home makes for a long career.

“I’ve been in show business for 50 years, and the secret is stability, and that is home,” he says. “What my wife, Debbie Osmond, has created at home gives me a foundation so that I can go back out in this crazy world.”

Osmond wished his old friend Michael Jackson had found that same balance before tragically dying at age 50 in 2009.

“Michael Jackson would call me once in a while and ask me, ‘How do you live your home life?’ ” recalls Osmond, who does a tribute to the King of Pop in his Vegas show. “Michael would always say, ‘What’s your home life like?’ He never had that kind of stability.

“He tried,” notes Osmond. “I knew Mike so well, and I would go over to his house. It was all about gold records, it was all about accolades.”

“You walk into my home, you wouldn’t find a gold record on the wall. You would find pictures of my kids, pictures of the grandkids. That is what home is all about. If you can keep your perspective there, your feet stay on the ground.”

Michael once suggested Osmond could reinvigorate his singing career by performing under a different name, but he wouldn’t do it.

Osmond also says his furniture line is inspired by doing what feels right.

“We look at the products, and we say we would put that in our home [or] we wouldn’t put that in our home, and that becomes our brand,” he says.

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Source: New York Daily News & MJWN

マイケル・ジャクソン メタル・トリビュート・アルバム

初となるマイケル・ジャクソンのメタル・トリビュート・アルバムが今月末に発売される。このアルバムには、ガンズ・アンド・ローゼズ 、アイアン・メイデン、モーターヘッド、テスタメントといったヘヴィーメタル・バンドのスター達が参加している。

「Thriller – A Metal Tribute To Michael Jackson」と題されたこのアルバムには、「Billie Jean」や「Beat It」、「Rock With You」といったマイケル・ジャクソンの古典と融合されたヘヴィーメタルが収録されており、テスタメントのチャック・ビリー、アスキング・アレクサンドリアのダニー・ワースノップ、ガンズ・アンド・ローゼズのロン・サールらのパフォーマンスが収録されている。

「Thriller – A Metal Tribute To Michael Jackson」は2013年10月22日に発売される。

さらに詳しくはこちら(英文)

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■Metal Michael Jackson Tribute Album

The first ever all metal Michael Jackson tribute album is set to be released later this month and will include the stars of heavy metal bands such as Guns N Roses, Iron Maiden, Motorhead and Testament.

‘Thriller – A Metal Tribute To Michael Jackson’ features heavy metal infused Jackson classics such as ‘Billie Jean,’ ‘Beat It,’ and ‘Rock With You’ to name just three.

The forthcoming record will include performances from Testament’s Chuck Billy, Danny Worsnop Asking Alexandria, Ron Thal of Guns N Roses.

‘Thriller – A Metal Tribute To Michael Jackson’ will be released on October 22, 2013.

Read more here.

Source: gigwise.com & MJWN

AEG裁判:AEGに責任なし、キャサリン・ジャクソン、最後のチャンスを失う

マイケル・ジャクソンの死に対してAEGライブに責任を帰すことを陪審員が否定したため、母親のキャサリン・ジャクソンは、息子の早すぎる死に対する責任を負わせ、数百万ドルの損害賠償を受け取るおそらくは最後のチャンスを失った。

「私は大丈夫です」。15億ドルという損害賠償請求を棄却し、彼女には一銭も渡らないとする意外な陪審員評決を聞いた後、法廷をゆっくり出てきた彼女が言ったのはそれだけだった。

一部からはジャクソン家の最後の法廷と言われていた。大きな賭けだった。中毒に苦しんでいたという過去、そして、こと医療に関しては頑なであったということがその賭けを無にしたのかもしれない。すべてはこの裁判で明らかになったことであり、ジャクソンの音楽の栄光は続いているとはいうものの、イメージには深刻な打撃となった。

大勢のボディガードに守られて法廷の傍聴者に混じって席に着き、息子の生涯を覆っていた影からそのトラブル続きだった生涯についての様々な証言が現れるのを聞く彼女は、ほとんど毎日のように悲しみの表情を浮かべていた。

コンラッド・マーレー医師(プロポフォールの過剰投与で服役中)はジャクソンの依頼でAEGライブが雇用したが、同医師には、計画されていた「This Is It」ツアーでジャクソンの面倒を見る医師としての仕事に対して、それを行う資格があったことが明らかになったと考える。陪審員はこう述べた。

「マイケル・ジャクソンは大スターでした。彼がこの医師を望みました。もし誰かがそれに異を唱えればのけ者にされたでしょう」と陪審員のケヴィン・スミスは述べた。

スミスは、AEGライブの幹部たちが、マーレーがジャクソンに対して病院用の麻酔薬プロポフォールを睡眠補助として投与していたことを知っていれば、コンサートはキャンセルしていたと考える、と述べた。

最終弁論で、AEGライブの弁護士マーヴィン・プットナムは、「ミスター・ジャクソンが毎晩寝室でロシアンルーレットをやっていると知っていれば、AEGはこのツアーに出資はしなかったでしょう」と述べていた。

2011年に過失致死罪で有罪となったマーレーは今月末にも釈放されることになっている。

陪審員議長のグレッグ・バーデンは、この評決によってAEGライブが正しかったとも、マーレーが認められたともされるべきではないと示唆した。

「マーレーが倫理的だったと我々が感じたということを意味しているわけではありません」とバーデンは評決の後でマーレーについて語った。

「これには勝者はいません。・・・・本来ならここにいてもおかしくない素晴らしい父親、息子、兄弟が亡くなるという悲劇を生みました。そしてもちろん、そんなことは誰も望んでいませんでした」。

「誰しもが同意するという評決にはなりませんでした。でも、この決定は慎重を期した考慮の上で出されたものです」

評決後、プットナム弁護士は、裁判にならなければよかった、判事が棄却すべきだったと述べた。しかしこうも述べている。AEGは和解は考えていなかった。元々原告側が主張していた402億ドルというのは「馬鹿げていた」と。この額は後に15億ドルに訂正された。

「AEGはいかなる不法行為も行っていませんし、自ら屈するつもりはありませんでした」とプットナムは述べた。

プットナムは、AEGライブはただ自分自身を守っていたのではなく、「マイケル・ジャクソンを殺したと非難されてきた人々」を守ったのだと強調し、AEGライブの幹部たちへの攻撃は不当だった、彼らはジャクソンを愛していた、ジャクソンの幸福を気にかけいてたと述べた。この評決は彼らの正しさを証明したとプットナムは述べた。

法廷に立った弁護士らはある種の儀式を繰り返していた。それはジャクソンの生前も死後も何度も見られたことだ。晩年は、無罪となったものの児童性的虐待裁判に苦しんだ。そして50歳で亡くなった後、マーレーが過失致死罪で有罪となった裁判、そして今回の民事訴訟も同様だ。

亡くなって4年以上が経ち、母親による不法死亡訴訟は、ジャクソンの中毒の苦しみ、コンサートの準備の様子、そして親としての振る舞いなど、これまで表には出てこなかったことを明るみにした。

5ヶ月が過ぎ、これはジャクソンが関わった中では最長の裁判となり、陪審員たちには、家庭やコンサート、あるいは専属医の診療所での彼の様子を明かされた。ジャクソンの息子プリンスと元妻デビー・ロウも証人として登場した。

ジャクソンの生涯について明かされていないことがまだあるかどうか、それは明らかではない。原告側のブライアン・パニッシュ弁護士は陪審員の心に訴え、ジャクソンのショービジネスでの栄光や、彼を愛していた3人の子供たちとの家庭の様子を写したビデオを示すことでジャクソンの死の悲劇に焦点を当てた。

パニッシュは最終弁論で、AEGライブの幹部たちは金に目がくらみ、自分たちの富を増やすためにジャクソンの命を犠牲にしたと主張した。

AEGライブの弁護士は、この裁判は個人の選択の問題だという理論を構築し、ジャクソンは薬の使用で間違った選択をし、その薬が彼の命を奪い、またそれを与えたのも彼が選んだ医師だ、と述べた。ジャクソンの死はジャクソン自身が招いたものであり、誰も責められないとAEG側の弁護士は述べた。

AEG側は大勢のジャクソンの専属医を証人として呼んだだけではなく、自分たちのビジネスへの手厳しい追及にも耐えた。

ジャクソン家側の弁護士は、この評決には失望したが別の法的手段を考えていると述べた。ケヴィン・ボイル弁護士は、本裁判が重要な目的を果たしたと述べた。

「この裁判で私たちが行ったことによって、医師による診療ということに関して、ジャクソン家にとってあるいはコンサート業界、スポーツ業界にとって重要なことが示されたと思います」。

プットナムは、上訴はしないつもりだと述べた。

「悲しいことに、子供たちに苦労をかけました。これをいつまで続けるのか、ということについては考慮しなければなりません」。

ジャクソンの母親と3人の子供たちはエステートに保護されている。エステートは彼らに快適なライフスタイルを提供し、新たなプロジェクトを立ち上げ、またキング・オブ・ポップによる新しい曲をリリースすることによって数百万ドルの負債を帳消しにしている。

ソース:ASSOCIATED PRESS

写真家シーフ、MJとダイアナ・ロスの写真について語る

写真家ノーマン・シーフは40年にわたって、アンディ・ウォーホルやフランク・ザッパ、マイケル・ジャクソン、ローリング・ストーンズといった音楽やアート、ショービジネスのビッグネームたちのポートレートを撮り続けてきた。しかしどれほど印象的なポートレートであっても、それは撮影時のその場の雰囲気ややりとり、ドラマのほんの一端しか伝えていない。ここでは、彼の最も有名な写真についてのレンズの向こう側を、シーフが自分の言葉で語っている。

誰の写真ですか?:マイケル・ジャクソンとダイアナ・ロスです。

撮影されたのはいつですか?:1982年。

場所は?:ロサンゼルスです。

秘話を教えてください:ダイアナからの依頼でした。このセッションで心打たれたのは、ダイアナとマイケルの関係でした。マイケルとはそれ以前から仕事をしていましたが、彼はとてもシャイで寡黙だったんです。ダイアナとの撮影では、彼はいつもよりくつろいでいて、彼女に対してはオープンでした。2人の間のやり取りは本当にかわいらしいものでした。

撮影後のエピソードを聞かせてください:マイケルはあまり表に出る人ではなかったと思いますし、私たちは表には出しませんでした。でも、私は撮影のネガ全部をダイアナとマイケルに売りました。それはいつものことではありません。なぜなら私は自分のネガを売るということは決してしないからです。

さらに読むにはこちら(英文)。

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ソース:MTV / MJ-Upbeat.com

あのビデオの少女:1988年「Smooth Criminal」(その1)

ビデオ:マイケル・ジャクソン、「Smooth Criminal」

少女:ケリー・パーカー

- ビデオ「Smooth Criminal」に出演した時はいくつだったんですか?

「Smooth Criminal」の撮影は1か月くらいでした。それから残りの部分に8か月くらい。撮影時は10歳から11歳、出来上がった時には12歳でした。こんなに時間がかかったのは、脚本に追加が続いたからです。長いビデオになることにはなっていたんですが、長編映画並みにまでなったんです。最終的にはその間の40分ということになりました。

- 当時、どこに住んでいたんですか?

家族と一緒にハンティントンビーチ(カリフォルニア州)に住んでいました。

- この作品の前にはどんなミュージック・ビデオやテレビ番組、映画に出演されましたか?

当時女優としての仕事をしていました。「Highway to Heaven」、「Superior Court」(テレビドラマ)、それからコマーシャルにも出ていました。

- キャスティングされた経緯を教えてください。

オーディションを受けたのですが、6ヶ月間、何のお返事もいただけませんでした。だから他の人が選ばれたんだろうと思っていました。後で知ったのですが、国中でキャスティングをしていて、そのために二次審査の連絡に時間がかかったのです。その後、ジーク役の候補の男の子たちとのスクリーン・テストに行かなければなりませんでした。

ビデオの中の私は、ボサボサのおさげのお転婆娘ですけど、オーディションを受けた時のそのままの姿です。私は女の子らしい女の子ではありませんでした。それが、他の子に対しての私の売りのようなものでした。私は乱暴者で、男の子になりたいとずっと思っていたんです。これがマイケルの目に留まったのかもしれないと思っています。私は粗材そのままで、磨かれていなかったんです。ヘアメークをしてもらっている時のことを覚えていますよ。スタッフは他の子たちをおさげにしてそばかすをつけていたんです。その子たちは私みたいにしようとしていたのでムッとしましたよ!今では、あれは褒めるべきことだということがわかりますけどね。

- キャスティングされた時の気持ちは覚えてますか?

それほど嬉しくはなかったんです。「Thriller」が出た時は5歳でした。だから、(マイケルの曲は知っていたけど)ファンというわけではなく、彼が誰であるかということもよくわかっていなかったんです!正直なところ、それが(役を獲得した)理由じゃないかと思っています・・・彼のそばですぐに気楽にしていましたから。彼をメガ・スターだとは思ってなかったのでね。役者仲間の一人だと思ってたんですよ。子供だから大目に見てくださいね!

- ビデオはどこで撮影されたのですか?

もともと「Chicago Nights」と呼ばれていたこのビデオはカルバーのスタジオで撮影されました。それからユニバーサルの野外撮影所とスタジオへ移動しました。野外の撮影は全て、ロサンゼルスの北にあるディズニー・ランチで撮影されました。

- ビデオ製作についてどう思っていますか?

私の人生で最高に素晴らしい経験でしたよ!間違いなく私の人生のコースを変えましたね。マイケルとは親友になりました。彼はいつも、私がよりうまく出来るように後押ししてくれましたし、アーティスティックな製作過程について教えてくれました。彼のような創造的天才に10歳のときに教えてもらえるというのは、宝くじの当たり券を持っているようなものですよ。そんな体験ができてどれほど私は幸運であったか、私にはよくわかっています。マイケルは私を子供として扱ったことは一度もありませんでした。いつも平等に、プロフェッショナルとして接してくれました。彼は子供の時からこのビジネスの世界にいましたから、パフォーマンスに対する大きな期待とともにセットにいるというのはどんな感じか彼にはわかっていたのがその理由では、と私は想像しています。子供でも大人でもプレッシャーは同じです。マイケルはそのことに気を配っていたのです。

- 撮影で最もハードだったのは?

撮影でハードだったというのは覚えていません。でも、一度、事故でERに搬送されました。洞窟のシーンで、ミスター・ビッグ(ジョー・ペシ)が私を突き飛ばすところです。彼が強く押しすぎて、仰向けに倒れそうになってつまずいて支えられなかったんです。マイクパックに背中で着地しちゃいました。おもいっきり!マイケルはとても心配してくれました。とても優しかったです。
その2に続く)

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あのビデオの少女:1988年「Smooth Criminal」(その2)

- マイケル・ジャクソンと仕事をするというのはどんな感じでしたか?彼はどんな風でしたか?

マイケルはとても親切な人です。こんな人に会ったことありませんでした。ただ彼と仕事をしたというだけでなく、何ヶ月も仕事をして友だちになれたなんて私はとても幸運でした。彼は私を知ろうと時間を割いてくれました。彼はボトルの中で輝いていました。彼がいると空気が違うんです。説明するのは難しいですけど、彼を見る前に彼を感じることができるっていう感じでしょうか。

セットではとてもおもしろい人でしたよ。イタズラをして私たちを笑わせていました。ディズニー・ランチで撮影をしている時、それはとても長くかかっていて、太陽の下で大変だったんですけど、私はその日最後の撮影をしていたんです。その日は終わりだと思っていました。で、監督がもうワンテイク必要だと言ったんです。カメラのレンズに反射して何かが動いているのが見えました。振り返ると、マイケルとショーン、ブランドンが水鉄砲や水風船を持って私の方に走ってくるのが見えました。私は水浸しにされたんですよ!

それからセットに初めて入った時、マイケルがダンスをするのを見たんです。私のアゴは文字通りはずれちゃいました。パフォーマーとしての彼のパワーはこれぞ唯一無二、彼が放つ電気が周囲を圧倒していました。

- ビデオについてどう思いますか?

とても気に入りました。今でも大好きです。史上最高のビデオです。時間が経っても絶対に色褪せることはありません。

- ご両親はどう思われましたか?

両親は私のことが自慢でした。

Kelley Parker candid 1

- お友達は?

当時友人たちがどう思っていたかよくわかりませんが、その時以来、このビデオのおかげで私にはカッコいいというイメージができたんです。このビデオが出来た時、私はたくさん仕事をしていましたから、親友の多くは同じ仕事をしていました。だからその子たちにとっては普通の子よりもインパクトはなかったんじゃないでしょうか。このビデオの反響を実感したのは実際にはずっと後でした。

「Smooth Criminal」やその他の長いフィルムは「Moonwalker」の一部です。アメリカでは映画館で公開されることになっていましたが、法律の事情でそうはならなかったんです。私と同年代や若い子達はDVDとして持っていて、何度も何度も観ていました。家族向けなので、このビデオで育った世代がいるんです。ずっと長い間、MTVで実際のビデオを見ることはなかった子供たちが。

- デートをするような歳になってから、このビデオはあなたの恋愛に何か影響しましたか?

若い頃は何の影響もありませんでした。年齢が上がるにつれて、相手をよく知るようになるまでは話さないようになりました。私はマイケルとの友情をプライベートにしておいたんです。私はマイケルとの友情で利益を得ようとするような人間ではありません。男の人が気付いたら、それは私にとっていくつかいい点が大抵あるんです。つまり、ほとんどの人は私に一目ぼれするんですよ。

- ファンから手紙はもらいましたか?もらっていたとしたら、まだそれを持っていますか?

いくつかもらいました。実家の箱の中にあります。

- このビデオは議論を呼びましたか?あなたが知っている範囲で。

このビデオに関する議論のようなものは気付きませんでしたね。
その3に続く)
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