インタビュー:ラリー・ニマー(その1)

2009年4月11日
映画制作者Larry Nimmer (ラリー・ニマー)はマイケル・ジャクソンのポジティブな新作ドキュメンタリーの間もなくのリリースを計画している。彼は2005年の裁判時にマイケル・ジャクソンの弁護チームに雇われて以来、"Michael Jackson: The Untold Story of Neverland" (マイケル・ジャクソン:話されることのなかったネバーランドの話)の製作に従事していた。彼の仕事は、2003年の保安官による家宅捜索時に撮影された映像が陪審員に悪印象を与えるのを防ぐため、ネバーランド・バレー・ランチを撮影することであった。

このドキュメンタリーでニマー氏は原告家族を詳細に調べ、彼らに「何か、しかし非の打ち所の無い過去」があることを暴いている。彼が指摘するその他の犯罪者はメディアとサンタ・バーバラ郡保安官事務所である。

ニマー氏はMJFCに対し、親切にもあの裁判や新作ドキュメンタリーについて語ってくれた:


MJFC:ニマーさん、あなたはすでに芸能やニュース番組の制作に携われて30年、その中にはエミー賞にノミネートされた作品もあります。そもそもどういういきさつで、2005年の裁判時に「ネバーランド・バレー・ランチ」の撮影を始めたのでしょうか?

ラリー・ニマー:「私は今までいろいろなタイプのことをしてきました。ミュージック・ビデオ、ドキュメンタリーなどです。しかし私がしてきたことの一つは法定のコンピューター・アニメーションと弁護士用の法廷内で使うビデオです。それは『人生の中のある一日』の映画の場合もあるし、工場の生産過程を説明する映画の場合もあるし、誰かの生活を説明するビデオの場合もあったのです。

最初に連絡してきた弁護士はボブ・サンガーでした。マイケルの弁護士の一人です。彼は私の専門分野を知っていたので、それをさせようと私を雇ったのです。トム・メゼロウが加わった時、ボブ・サンガーは私のことをトムに伝え、そして私はトムと会い、彼と仕事を始めたのです」

MJFC:裁判用の映画を詳しく教えてください。あなたの撮った映画と保安官事務所が家宅捜索時に撮ったものとの主な違いは何ですか?

ラリー・ニマー:「保安官側の映像には、カメラワークがあやふやな箇所が多々ありました。いろいろなところを回り、全てのものがミステリアスに見えました。殺人もののミステリーとほとんど同じでした。雑然とモノが置かれ、壊された様子の部屋がたくさん見えます。保安官たちがひっくり返したのか、発見したままであるのか区別するのは難しいです。

私がそこへ行った時には、すべてのものが整頓されていて見られても恥ずかしくない状態だったということ私は知っています。だからこれは一つの差異です。彼らの映像は、ここで犯罪が行われたかもしれないと見えるようになってました。私のものは楽しく素晴らしいところであるように見えました。違いを簡単に言えばこういうことです」

MJFC:あなたが撮影している期間、マイケル・ジャクソンと個人的なやりとりはありましたか?

ラリー・ニマー:「いいえ。可笑しいのは、私が撮影中- 一週間くらい撮影していたのですが -彼はそこに住んでいたということです。彼がそこに住んでいる時には決して彼に会いませんでした。ただ単に屋敷が大きいからです。きっと側近が、私の仕事に彼は必要ないと感じたんでしょう。おそらく彼に撮影の許可を求めたはずなんだけどね。だから私は彼とネバーランドで会うことはありませんでした。

夜間の撮影をするために何回か夕方に訪問した際、ゲスト用の寝室の近くを狙っていると、ライトをゲスト用寝室へ向けるなと言われました。私は、保安官が寝室をひっくり返した後、マイケルはゲスト用寝室にいるんだなと理解しました。自分の寝室に戻りたくなかったのです。彼がそこにいるように感じました。

また別の機会に夕方訪れて撮影している時、私はダイニングのテーブルの周りにたくさんの人がいるのを見ました。外からは見ることはできたかもしれませんが、ジロジロ見て彼を不愉快にさせたくなかたので、そこを撮影するのはやめました。その後、私が裁判で証言に立ったとき、彼に会いました。廊下で会いました。何回か「ハロー」と会釈しました。その後証言をする時には彼と向かい合う形で座りました-彼はそこで私を見ていました」

MJFC:マイケル・ジャクソンを目の前にしてどのような印象を受けましたか?

ラリー・二マー:「思ったより背が高くて驚きました。彼は思ったより自然体で普通の感じでした。私にとって整形は世間が言っている通り明らかでしたが、一方で、普通の人にも見えました。思ったほどきらびやかでもなかったし、いたって普通の人でしたよ。

初めて会った時、私は証言に行くために待合室で待っていました。これは会う前のことですが、待合室の廊下側の窓の向こうを見ていると、大きなメダルをジャケットにつけたボーイスカウトらしき人がいました。軍関係の人だろうと思いました。窓に近寄って見てみると、それはジャケットを着たマイケル・ジャクソンでした。そして私は廊下に出て、彼がトイレから戻ってきた時、「こんにちは」と短く言い、会釈などしました。

彼は人との接触を避けていましたし、個室に閉じこもってました。一度その部屋へ行ったのですが、彼はピックニックに持っていくようなバスケットとそのほかいくつかの物を持っていました。法廷へ入る前に待っている場所なのだと思います。とても小さな部屋で、クローゼットよりちょっと大きいくらいのところでした」

MJFC:マイケルジャクソンはどのようにしてその強いプレッシャーにうまく耐えていたと思いますか?

ラリー・ニマー:「彼は、彼ならそうするだろうとみんなが思う対応をしてたように思います。彼は訴訟がショックだったし訴訟は彼を心身ともに疲れさせていたと思います。

パジャマで出廷した時、彼は具合が悪く、そして判事は出廷するよう命じました。彼にとってはとても困難だったと思います。しかし結局彼は耐えることができました。傍から見ても具合が悪そうだったにもかかわらずです。

裁判の終わり、無罪判決の直後のことですが、弁護士のアシスタントの一人が、マイケルは多分サポートしてくれた弁護団のスタッフのためにパーティーを開くだろうと言っていると聞きました。楽しみにしていたのですが、パーティーはありませんでした。彼は精神的にとても疲れていて休む必要があり、パーティーなどできないのだなと思いました。

裁判は彼にとってとても困難だったと思います- それがなぜだか私には理解できます -もし有罪なら彼は牢屋か刑務所に行かなければならなかったのですから。彼が過ごしていたライフスタイルを考えれば、なおさら困難だったと思います。特に、彼が無実で監獄に行かなければならないのだとしたら、それは本当に惨めなものだったでしょう」
その2に続く)。

原文:MJFC

インタビュー:ラリー・ニマー(その2)

MJFC:裁判での証言はあなたにとってはどうでしたか?

ラリー・ニマー:「私は2,3証言しました。普通の訪問者にとってネバーランドがどう見えるかを示すために弁護士は私にネバーランドの撮影をさせました。弁護士たちは陪審員にネバーランドへ行ってそこがどんな所であるかを見せたかったのです。しかし判事は陪審員に行くことを許可しない裁定を下しました。だからそれは、私のビデオを再生している時になったのです。

しかし裁判中、ビデオをただ再生することはできません。ビデオを使って何かすることができる者を証人席に立たせなければならないのです。だから彼らは私を法律ビデオの専門家として証人席に立たせ、私はビデオを再生し、ナレーションを加えました。ビデオには音声が入ってませんでした。法廷では専門家がナレーションを加えるのが普通です。だからナレーションを加えました。こんな感じです。『ここはネバーランドの入口です」、『ここはガードマンのブースです』そして『これは西側あるいは東側です』。それから今いるのは何の部屋かを言います。

裁判でその他にナレーションをしたのは、マイケルの寝室でアラームテストをした時です。ギャビン・アルヴィーゾと弟のスター・アルヴィーゾ・・・・彼はマイケルの寝室へと階段を上がり、そしてマイケルと兄ギャビンが一緒にいるのを見たと主張していました。しかし弁護士は、もしスターが階下のその区画に入り、寝室に向けて階段を上がればマイケルにはそれが聞こえるはずだ、なぜなら誰かが近寄ると鳴るアラームがいくつかそこにあるからだ、という議論をしていました。

だから私はこのアラームテストをしたのです。マイケルのベッドの上にカメラを置き、掃除係の女性に階下から歩いて階段を上がってもらったのです。そして、陪審員たちにアラームが鳴ったらどんな音がするかを聞かせたのです。これが、私が証言したもう一つのことです。もし誰かが来たらマイケルはそれに気付くはず、ということを示すためのアラームテストをしながら証言しました。

私は2日間証言しました。1日では終わらなかったからです。だから2日目にも証人席に座り、証言しました。私は、ラリー・キングが証言にやって来た同じ日にそこにいたのです。しかし判事らはラリー・キングの陪審員への証言を許可しませんでした」

MJFC:あなたのフィルムをドキュメンタリー"Michael Jackson: The Untold Story of Neverland" (マイケル・ジャクソン:話されなかったネバーランドの話)に拡大するために計画を発展させたのはいつですか?

ラリー・ニマー:「6ヶ月くらい前でしょうか。アフロダイテ・ジョーンズ(2007年発行の'Michael Jackson Conspiracy'(マイケル・ジャクソン裁判)の作者)と会ったのです。彼女の本は、マイケル・ジャクソンを悪く見せて儲けようとするメディアの陰謀がいかに存在していたのか、ということについてのものでした。

彼女が近所でサイン会を開くということだったので会いに行きました。彼女の本は良く書けていると思いました。そして彼女の興味を知りました。私は2回目のサイン会を彼女と一緒に撮影し、トム・メゼロウと私はそれをYouTubeに投稿しました。彼女の本のプロモートのためです。彼女の本について広めるのにいい方法だと思いました。

その後、私はドキュメンタリー用のいくつかのアイディアをまとめることなく放り出していたのですが、彼女が、そのうまくいかなかったドキュメンタリーのための一つのアイディアを作り上げようとしていました。そして私はドキュメンタリーのアイディアについて考え始めたのですが、映像を使えるかどうか法的な自信がありませんでした。だから著作権の弁護士である兄弟に相談したのです。著作権法に関するいろいろな原則を守れば映像を使用することが可能だということでした。そこで私はドキュメンタリーを作り始めたのです。基本的にすでに自分の事務所に持っていた映像を使いました。出かけていって他の映像を撮る必要は本当にありませんでした -ほんの少しだけ追加映像を撮りました。その中にはすでにドキュメンタリーの中にあるものの作り直しも含まれています」

MJFC:すでに最終版があるのですか?

ラリー・ニマー:「最終版があります。最終版は現在40分ほどの長さです。もっと長くできましたが、放送したいというケーブル・ネットワークや放送局が見つかるかどうか様子を見るためにこの長さにしました。彼らには、まだ映像を持っているので、もっと長いものがよければ長いバージョンも作ることができる、ということは言ってあります。

しかし、今のところ連絡したケーブル・ネットワークは、どちらにするかまだ決定をしていないところ、ノーと決定したところ、あるいは何もしたくないところなどいろいろです。

アフロダイテ・ジョーンズも、自身のドキュメンタリーを検討していたときに多くのメディアはマイケル・ジャクソンのポジティブなことはしたくないということに気付いたのです。だから私の場合も同じ反応なのかもしれません。ですがマイケル・ジャクソンにポジティブな人たちがたくさんいることは私にはわかっています。テレビで放送されるかされないかは、数週間以内に知っておくべきでしょう。もし放送される予定がなければ、DVD化可能にするつもりです」
その3に続く)

原文:MJFC

インタビュー:ラリー・ニマー(その3)

MJFC:あなたのドキュメンタリーは親マイケルとしてプロモートされます。しかしながら、特にマーティン・バシールの大失敗の後、マイケル・ジャクソン・ファンは用心深くなっています。ファンたちは望んでいるものを手に入れられると思いますか?

ラリー・二マー:ええ、そう思いますよ。自明のことです。マーティン・バシールのドキュメンタリーも(反対の意味で)自明だったんだと思います。私はマイケルに確かに共感していました-私は彼の弁護チームのために仕事をしていたのです。私は弁護チームから何が起こったのかという視点を学びました。私は検察側の視点からも調査しました。しかし陪審員が気付いたように、検察側はあまり信用できませんでした。だから、ファンは私のドキュメンタリーを気に入ると思います。ファンはおそらく、私のフィルムよりもパフォーマンス映像を見たいでしょうし、マイケルとのインタビューを見たいでしょうが」

MJFC:マーティン・バシールの映像のアウトテイクをあなたのドキュメンタリーの中で使用したことは正しいと思いますか?正しいのだとすれば、目的は何ですか?

ラリー・ニマー:裁判の間、トム・メゼロウはマーティン・バシール・ドキュメンタリーからのアウトテイクを編集させました。マーティンの発言の中には、マイケルに共感している部分が多くあったにもかかららず、彼がそれらを使わなかったということを示すためです。マーティン・バシールがその中でマイケルを描きたくなかった視点、彼が持っていたはずの良い視点と同様の視点です。私はこのようにマーティン・バシールのアウトテイクを使ったのです。

これらのアウトテイクは実際にはマイケルのビデオグラファーによって撮影されていました。彼は撮影中、マーティン・バシールのカメラとは別のカメラで撮影していました。このアウトテイクはプロフェッショナルなショットではありませんでした。なぜなら、マイケルが何を言ってるかを記録しておきたかっただけだからです」

MJFC:まだ見聞きしていないあなたのドキュメンタリーについて、ファンは何を期待できるのでしょうか?

ラリー・ニマー:「アウトテイクに関しては、彼(マイケル)は、セレブであることについてや、誰も彼を普通の人間として扱ってくれないこと、などを語っています。寂しさや孤独感についても語っています。子供のような性質をプロフェッショナルな目的のために使いたがっていること、他のインタビューですでに語ったたくさんのことについても語っています -これらはいつも彼が語っていたテーマです」

MJFC:全体的に、ギャビン・アルヴィーゾとその家族についてのあなたはどういう考えをお持ちですか?

ラリー・ニマー:「彼は本当にガンを患っているように見えました。彼らは本当に彼(マイケル)の助けを求めていました。しかしその一方で、彼らはマイケルを利用しているようにも見えましたし、ネバーランドを使うという利点がなくなった時、クレジットカードを好きなだけ使えるという利点がなくなった時から、彼らは敵意を見せ始めました。彼らはこれらのストーリーを作り上げ、そして彼らは素晴らしい俳優のようでした。子供全員とその母親がです。

ビデオの中に、彼らが作ったインタビューが入っています。それまで誰にも見られていないと思っていますが、それは法廷で使われました。彼らはマイケルを、素晴らしい人だ、どれほど助けてくれたことか、などと話しています。その後公判では、彼ら(マイケル側の人物)が彼らを監禁したなどと主張していたのです。

だから彼らはマイケル・ジャクソンをペテンにかけようとしているように見えました。メディアと検事たちは、彼が児童性的虐待者だと言うための攻撃材料を得ることを切望していました。だからみんな彼らを信じたのです」

MJFC:マイケル・ジャクソンはイージー・ターゲットだと思いますか?

ラリー・ニマー:「そうですね。マイケル・ジャクソンはイージー・ターゲットだと思います。すべてのセレブは幾分イージー・ターゲットだと思います。特にエキセントリックなセレブはそうです。マイケルはエキセントリックなセレブである傾向があったと言えるかもしれません。しかし、エキセントリックであることで悪いことはありません。実際、エキセントリックであることはいろいろな方法で楽しませてくれるのだと思います。

特に、マイケルがあるインタビューの中で言っていることの一つが、ジョーディー・チャンドラーとの示談交渉中でのことで、彼は裁判になってOJスタイルの大きな裁判になることを望まないという理由で示談にしました。しかし示談というのは、今にして思えば悪い考えでした。なぜなら、彼からは金が取れると思わせてしまったからです。

私は彼が児童性的虐待者だとは思っていませんが、早い段階で示談にしたことが、他人にゆすられやすくしてしまったのです」

MJFC:多くのファンは、告発と裁判の根源のポイントとして検事トム・スネドンを見ています。あなたはこれに同意しますか?

ラリー・二マー:さらに言わせてもらえれば、根源はアルヴィーゾ・ファミリー、おそらく母親ジャネット・アルヴィーゾ、もしくはジャネットとギャビンでしょう。それから、弁護士と心理学者に会った時、彼ら(弁護士たち)はそのストーリーを後押しし、信じたかもしれません。彼らはそのストーリーを大きくしたのです。

それからトム・スネドンは、マイケルが関わった不利な証拠ならどんなものでもずっと探していました。私は彼が最初の最初からいたのかどうかは分かりませんが、彼は確かに全てのことを悪い方向へ持って行きました」

MJFC:あなたのドキュメンタリーは、マイケル・ジャクソンという人物における、裁判と告発その他についての人々の考えを変える力があると思いますか?

ラリー・二マー:「私がドキュメンタリーを見せた人たちは、多くがドキュメンタリーを見た後で、特に裁判とマイケル・ジャクソンについて違った印象を持ったと言います。多くがアルヴィーゾの話がインチキだったこと、偽っていて、話をでっち上げていたことを確信しています。私はこのドキュメンタリーがアルヴィーゾ・ファミリーについての人々の考えを変えると思います。

そしてチャンドラー・ファミリーについても人々が同じように考えを変えたと聞いています。私のドキュメンタリーはチャンドラー・ファミリーによる告発についても検証し、同様の分析を行いました。そしてドキュメンタリーを見た人々はこれらの容疑もおそらくでっち上げだったと感じています。

私のドキュメンタリーはマイケルと、彼と若い人たちに起こったことの歴史についての人々の印象を変えると思います」
その4に続く)

原文:MJFC

インタビュー:ラリー・ニマー(その4)

MJFC:マイケル・ジャクソンが今年ついにロンドンでパフォーマンスをするということについてどう思いますか?コンサートとドキュメンタリーの発売は同じ時期になるように思われますが。

ラリー・ニマー:「彼がコンサートを行うのは素晴らしいことだと思います。私のドキュメンタリーの発売が、コンサートと同時という良いタイミングであることは私にとって幸運だと思います。しかし私のドキュメンタリーでマイケル・ジャクソンを利用しているということについて、私は罪だと思うと言うべきかもしれません。彼を利用しようとしている他の人とまさに同じです。アルヴィーゾやチャンドラーのようなものです。ある意味、私はドキュメンタリーを作り、そこからいくらかお金を得るかもしれないということに罪を感じています。私は実際、ドキュメンタリーによる収益のいくらか、10%をマイケル・ジャクソンのチャリティーに寄付する計画です。だから私は利益を得ることに複雑な感覚をもっているのです。しかし、彼が再びパフォーマンスすることは素晴らしいと思います。そしてチケットが完売したということ、彼はいまだ驚くべきファンの基盤をもっているということは素晴らしい検証だと思います。

先週くらいでしょうか、(ドキュメンタリーの)レビュー記事が出て、ブログにそれが書かれて以来、私にとっては本当に興味深いです。世界中のマイケルに共感する人たち、私の話に興味がある人たちからコンタクトを受け始めているということは、とても興味深いということに気が付きました。イラン、ノルウェー、イタリア、スコットランド、フランスそしてアメリカから手紙をもらっています。彼がいかにしてこのような強固なファン基盤を持つに至ったかということは本当にクールなことです。これは、彼の愛と平和のメッセージ、子供への敬意、そして子供のような性質への敬意によるものだと私は思います。

コンサートは素晴らしいと思います。彼がどのようにしてすべてのコンサートを耐えるのかはまだ分かりません。なぜなら私の印象では、彼は脆い性質だからです。しかし一方で、彼はたくさんのパフォーマンスを過去にしてきました。そして私は彼がインタビューで、いかにパフォーマンスを楽しんでいるか、ステージ上で気分がいいかということを言っているのを聞いたことがあります。それは良いことだろうと思います。そしてショーがどのように進んでいくか、誰が彼とプレイするのか、どんな歌を歌うのかを見ることはとても興味深いだろうと思います」

MJFC:あなたは他に何か、マイケル・ジャクソンに関するプランがありますか?またはその他のエキサイティングなプロジェクトはどうですか?

ラリー・ニマー:やりたいと思っていた一つのプロジェクトは世界中のマイケル・ジャクソン・ファンのドキュメンタリーです。違った文化から人々はどのように彼を見るのか。彼はどのようにして違う場所、違う文化の人々の心に響くのか。もしかしたら、ある時点でそれをやるかもしれませんし、もしかしたらもう一つのドキュメンタリーを作るかもしれません。裁判に多く焦点を当てるよりは、彼と彼の音楽についてのドキュメンタリーです。裁判は今回のドキュメンタリーの方が焦点を当てています。ですが現時点では具体的なプランはありません。ちょうど今、他のプロジェクトのドキュメンタリーをやっています。だから現時点では確かなことは言えません」


インタビューを終える前に、ラリー・ニマーはドキュメンタリー"Michael Jackson: The Untold Story of Neverland" (マイケル・ジャクソン:話されなかったネバーランドの話)のDVD発売についてのもう一つのアイディアを話してくれた。追加映像に加えて、世界中のファンがマイケル・ジャクソンへのビデオ・メッセージを投稿できるようにしたいと彼は考えている。これらのメッセージは付録DVDとしてまとめられるかもしれないとのことである。ニマー氏がこれを決定した場合、MJFCにそのことを知らせてくれるとのことなので、私たち(MJFC)はファンのみなさんにビデオの投稿方法についてお知らせできるでしょう。

ラリー・ニマーはプロデューサー、監督、カメラマン、脚本家、そしてビデオ編集者である。彼は30年に渡るエンタテイメントと情報番組の製作の間に、数度のエミー賞ノミネートを含む数々の賞を受賞している。ニマーはCBS系列のサンフランシスコKPIX-TVのテレビニュース・プロデューサーとしてキャリアをスタートした。以来彼は、MTVでの放映用のミュージック・ビデオ、PBSで放映されたドキュメンタリー、そしてその他の放送局やケーブル・ネットワーク用の番組・コマーシャルフィルムの制作を行ってきた。

ソース:MJFC

元バックダンサー:マイケル・ジャクソンは「努力の人」

 米音楽界のスーパースター、マイケル・ジャクソンが昨年6月、50歳でこの世を去って間もなく1年を迎える。1990年から6年間にわたって同じステージに立っていた日本人女性ダンサー、ユーコ・スミダ・ジャクソンさんは、生前のマイケルの姿を一日たりとも忘れたことはない。「彼は人一倍努力を重ね、何事にも完全燃焼でした。彼と出会った経験を踏まえ、私もダンスが皆の元気の源になることを伝えていきたい」と決意を新たにする。

 ユーコさんにとって今も忘れられないのが、マイケルの手の感触だ。92年に始まった「デンジャラスツアー」のオーディションで、たった一人の女性ダンサーの枠を手に入れたときだった。「マイケルの手には透明感があり、冷たいようで温かい感じもした。存在感はあるが、壊れやすいというイメージもあって。独特でした」

 ユーコさんによると、マイケルはまさに努力の人だった。華麗なダンスの技術は、独学で身に付けた。

 あるとき、新曲を振付師から学んでいるマイケルが「あまり格好良くないな」と不思議に思ったことがある。「そんなとき、マイケルは自分で練習して仕上げたり、できなかったらすぐに別の形に変えたりしていた。自分がよく見えていたんです。才能を持った人だから何をやってもうまくいくのでは、と思っていたが、違いました。私たちと同じで、できないこともある。神様ではなく、人間だなと思いました」

 マイケルのパフォーマンスは「愛」にあふれ、いつも高みを目指していた。「最後のリハーサル風景を映した映画『THIS IS IT』を見ても、目の前のプロジェクト一つ一つに全力投球し、創造力を発揮している。限界は感じていなかったと思います」

 プライベートでも、マイケルは常にスターとして振る舞っていた。ツアーを無事に終えた後、マイケル貸し切りの遊園地や買い物に一緒に行ったこともあったが、食事をするところは見せなかったという。

 当時、少年への性的虐待といったスキャンダルで騒がれていたこともあり、間近にいたユーコさんには、かなり大変な思いをしていることが伝わってきた。「生後間もない私のまな娘を自室へ連れていこうとしたこともあった。そんな接し方を見ても、マイケルは実はピュアで不器用なんです。そんなところがメディアに理解されなかった一面はある。こんないろんなことが、ついこの間のように思いだされます」 - インタビュー全文はこちら

dangerous_tour.jpg ソース:産経新聞

最も影響力大きいPVは「スリラー」

mj-5.jpeg マイケル・ジャクソンの「スリラー」のビデオが「最も影響力の大きいポップミュージックビデオ」だという調査結果が、3日明らかになった。

 同調査は、ソーシャル・ネットワーキング・サービス(SNS)のマイスペースが、音楽ファン1000人以上に音楽・エンターテインメントの評論家が選んだ音楽ビデオ20種類の中から好きなビデオを選択してもらう方法で実施。その結果、音楽と映画制作の境界を卓越したとの評価で「スリラー」が得票率15.2%で1位となった。

 2位にはトレッドミルを使ったダンスがインターネットで話題となった米シカゴ出身の4人組ロックバンド「オーケー・ゴー(OK GO)」の「ヒア・イット・ゴーズ・アゲイン」、3位はブリトニー・スピアーズの「ベイビー・ワン・モア・タイム」で、4位はA-HAの「テイク・オン・ミー」だった。

ソース:ロイター
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