大統領選:マイケル・ジャクソンとドナルド・トランプ(その3)

リーシャ:ここでは、この国の歴史上最も冷酷で道徳心のない人物の名前を挙げています。仰るとおり、しばしば悪徳資本家と呼ばれます。お世辞として使われる言葉ではありません。もともとコーネリアス・ヴァンダービルトを批判するために使われたものです。犯罪者であり、貴族階級であると。悪徳資本家たちはその略奪的ビジネス手法で軽蔑されましたが、力と富のおかげで名声を楽しみもしました。

たとえば、ロックフェラーは今では特権と富の象徴のような名前ですが、当時、ジョン・D・ロックフェラーはアメリカで最も憎まれた男と言われていたんです。彼は広報担当マネージャーを起用した最初の一人です。これは当時はまったく新しい概念でした。彼が受けていたネガティブな評価と戦うためです。

ウィラ:それは面白いですね。知りませんでしたよ。マイケル・ジャクソンが「Money」で彼を挙げるのも頷けます!

「Money」のリストは「ゲッティ、ゲッティ、ゲッティ・・・」で終わっていますね。J・ポール・ゲッティは石油で財を成しました。当時のアメリカ最大の大金持ちでした。数十年後、孫のマーク・ゲッティはその遺産を使ってゲッティ・イメージズを創設しました。ゲッティ・イメージズはマイケル・ジャクソンの写真をたくさん所有しています。象徴的な写真も、スキャンダラスな写真も。

リーシャ:そうですね!ゲッティだけが繰り返されています。たぶんそれは偶然ではないでしょう。ゲッティが、マイケル・ジャクソンの多くの写真の権利を有していることを考えれば。

ウィラ:偶然ではないと思います。それに、トランプの名前が挙げられていることは意味があると思います。本当にリスペクトしていたり好意をもっていたりすればマイケル・ジャクソンは彼をリストへは加えなかったでしょう。

リーシャ:面白いですね!つまり、影響力という意味では、トランプは他の実業家や投資家にくらべたら小物なのではないかと思います。だから、彼らの影響力や社会的な突出度合いというよりは、あこぎな財の成し方をしているという点についてのリストなのかもしれません。

それからドナルド・トランプの妻のメラニアは、アメリカの上位1%の超お金持ち向けの雑誌「DuJour」のインタビューでマイケル・ジャクソンについて言及しています。このインタビューはローリング・ストーン誌でも取り上げられています。というのも、彼女がマイケル・ジャクソンとの素敵で親密なディナーについて語っているからです。私にとっては、特権的で力のあるライフスタイルは彼女にとってはいつものことという印象です。

ウィラ:面白そうですね。彼女の記憶が間違いないなら、マイケル・ジャクソンは彼女といてリラックスしていたというように聞こえます。「私たちは大笑いしていた」と彼女が言うようにね。

リーシャ:なんとも仲良さそうなお話で、印象的です。誰もがマイケル・ジャクソンにそのように接していたわけではありませんからね。

ウィラ:その通り。当時彼女はマイケル・ジャクソンと会っていましたけれど、誰もが彼に会いたがっていたわけではありません。正確な日時はわかりませんが、ドナルド・トランプとの結婚後だということが流れからわかります。結婚は2005年1月ですから、2005年の裁判後かあるいは直前に会っていたに違いありません。マイケル・ジャクソンの一般的イメージが最低だったころで、多くの人々は彼を中毒者扱いしていました。トランプは寛大な人だと思わせる出来事と言わざるを得ません。人生で最悪の時期のマイケル・ジャクソンを自宅に招いていたのですから。

そしてこのことは別の一面を加えているんですよ。つまり、トランプ夫妻自体のことや、マイケル・ジャクソンとの出来事を自慢げに語った彼らの目的ばかりでなく、死去以降のマイケル・ジャクソンのイメージの回復についても物語っているのです。つまり、トランプという人は世論に同調しやすい人なんです。たとえばイラク戦争について、世論の支持がある時は賛成、不支持が増えてきたら反対の立場を取りました。今彼は終始反対していたと主張しています。記録された証拠が残っているにもかかわらず。

だから、もしトランプが2008年の大統領選挙に出ていたら、"大親友"マイケル・ジャクソンと自慢することはなかったでしょうし、写真をカメラマンに見せびらかすと言うこともなかったでしょう。現在彼がそうしているということは、マイケル・ジャクソンのイメージは2009年以来、劇的に良くなっているということを強く示唆しているんです。

リーシャ:ポイントですね。

ウィラ:でも、マイケル・ジャクソンに対する現在の一般的見方は正確にはどんなでしょうか?トランプは彼をどのように見ているのでしょうか?彼と親交があると言うことによってトランプは何を期待しているのでしょうか?こうしたことがずっと疑問なんです。

リーシャ:少し前、あなたがスーザン・ウッドワードと交わした洞察力あふれる会話のことを考えざるを得ません。ネガティブな評価をされている中でさえ、力があることを自覚することをマイケル・ジャクソンがいかに説いていたか、ということについてですね。トランプは明らかにそのような力を自覚し、そしてメディアは自分に対してアンフェアでありミスリーディングしているという立場をとっています。彼はFOXニュースでこう言っています。

「マイケル・ジャクソンが亡くなった時、私はマイケル・ジャクソンと親しくしていたことを思い出したよ。私はマイケル・ジャクソンのことはよく知っていた。そして誰もがマイケル・ジャクソンについてコメントしていた。驚いたね、彼はそんな人々のことは知らないのに。でもそんなものだ。政治の世界はとても奇妙な世界でね、誰もが関わりたがるし、あれこれ言うのさ。自分で言っていることがわかっていない。そういうことをしょっちゅう見聞きしているよ」。

ウィラ:そうですね。その通りです。ドナルド・トランプとマイケル・ジャクソンの長い付き合いでは、会話の中で、たとえば先ほどの、ナショナル・エンクワイアラーを読んでいる場面などでは、メディアの偏見が話題に上っていたのは明らかですよ。

リーシャ:会話の話題に上ったものは他にもあるのではと私は思っています。ネバーランドの筆頭オーナーのトム・バラックは、トランプの経済アドバイザーの一人に挙げられています。実際、共和党大会ではバラックが、トランプと彼の娘を紹介する役でした。

ウィラ:本当ですか?そういうつながりは考えていませんでした。ちょっとショックですね、理由がまったく説明できません。

リーシャ:私も納得できません。ネバーランド売却計画に対して「悲しいこと」とマイケル・ジャクソン・エステートが声明を出したことを考えればね。マイケル・ジャクソンの子供たちがネバーランドを家族のままにしておいて欲しいと思っていることを示すツイートなどを見たことがあります。でも、そうはならなそうですね。

ウィラ:ブラッド・サンドバーグとの会話で議論となりましたが、ネバーランドは所有物の一つにとどまらないものだったのです。マイケル・ジャクソンが最も力を入れた実験的アート作品の一つでした。現在は取り壊されてしまいましたが。いろいろな意味で、まったくの悲劇です。

リーシャ:おっしゃる通り。

ウィラ:ところでマイケル・ジャクソンとドナルド・トランプの間には長く入り組んだストーリーがあります。クリントン夫妻もそうです。ビル・クリントンの大統領就任セレモニーで歌っていますしね。その他、長いキャリの間に多くの大統領と付き合いがありました。次回以降にお話しようと思います。

リーシャ:突っ込んだ話が待ちきれませんね!

(おわり)

注記:ワシントンDCの国立アフリカン・アメリカン歴史文化博物館のオープニングにあたり、C-Spanがすばらしいビデオを投稿しています。同博物館が入手したマイケル・ジャクソンの衣装について同館館長のロニー・バンチと語る様子です。



ソース : Dancing with the Elephant / MJJFANCLUB.JP

大統領選:マイケル・ジャクソンとドナルド・トランプ(その2)

ウィラ:それは面白い解釈ですね。いいところに気づいたのではないでしょうか。まさにその次の日、アンダーソン・クーパーに対しトランプが、「マイケル・ジャクソンとは大親友だったよ」というわけです。そのインタビューの映像です。



リーシャ:つまりそういうことです。アメリカ大統領選挙でなぜ自分が候補者として選ばれるべきなのかという訴えの中で、ドナルド・トランプはマイケル・ジャクソンとの友情について力説しているのです。

ウィラ:そう、そして私はこれが意味することを解き明かそうと考えていました。このインタビューで、ドナルド・トランプは「マイケル・ジャクソンの本当の話を知っている」、彼の世界を良く知っている、と強調しています。私はトランプがマイケル・ジャクソンについて語っている多くに同意できません・・・ここでも、彼について語っているそのほかの機会でも・・・彼のことをまったく知らないと言っているに等しいですから。でも、彼と親友だったとことさらに強調しようとするその姿勢が印象的でした。

仰る通り、それはパワー・ムーヴなのかもしれません。あるいは、自分はポップ・カルチャーに親しみがあってただのビジネスマンじゃない、ということを示そうとしているのかもしれません。つまるところ、トランプはポップ・カルチャーのパワーに大いなる敬意の念を抱いているのです。「アプレンティス」(アメリカのリアリティ番組)のホスト・・・一時期、ラトーヤ・ジャクソンも出演していましたね・・・を14年間務めた人ですから。カジノや航空会社などの自身の帝国が崩壊したのち、そこから挽回するためにこれを利用したのです。今や不動産王ではなくセレブであり、彼の富は物的資産よりはむしろ彼の名前の上に成り立っています。このような人はセレブとしてのマイケル・ジャクソンのパワーに価値を認めるでしょうが、人として、あるいはアーティストとしてどれほど理解していたかという点についてはよくわかりません。

リーシャ:すばらしい着眼点ですね。トランプ自身の言葉が、彼がマイケル・ジャクソンについてあまり知らないということを示していますよ。兄であるジャーメインはこのことに言及し、彼の言葉に腹を立てていたようです。

ウィラ:そう。ジャーメインはこのインタビューの後にツイートしています。「マイケルのことで自慢話をしたところであなたはクールではないし、選挙でも勝てないだろう。ウソの事実を持ち出している限りは」。

リーシャ:ジャーメインは、マイケル・ジャクソンはトランプを政治的にサポートすることはなかっただろうとほのめかしていますね。でもマイケル・ジャクソンについて興味深いのは、あらゆる政治志向の人々ともなじんでしまうということです。

ウィラ:それは間違いなく本当ですね!そしてマイケル・ジャクソンはドナルド・トランプと長年の知り合いだったということもまた真実です。たとえば、1990年のトランプ・タージマハルの竣工式の間、彼はトランプのそばにいました。ここに映像があります。



リーシャ:ドナルド・トランプについてのいろいろな報道で数え切れないくらい何度もこの映像を見ましたよ。トランプの成功の要因の一つはマイケル・ジャクソンに関心を持ってもらえたことだと思います。トランプ・タージマハルを報じているレポーターのアレックス・コノックがこれに関して最近面白い記事をスペクテイター誌に書いています。トランプ・カジノのオープニングでマイケル・ジャクソンが生み出した狂乱について、「ジャッコの到着よりもすごいことがあるとすれば、クレオパトラ女王が生き返ってアメックスのゴールドカードを使ってチェックインするくらいしかないだろう」。侮蔑的呼び名を持ち出してごめんなさい。でも私はこの一文が、その場の雰囲気を完璧に捉えていると思うんです。

コノックはイベント後のプライベート・ジェットに彼らと同乗したことも書いています。マイケル・ジャクソンがナショナル・エンクワイアラー紙のコピーを持ってきていて記事をトランプに見せていたそうですよ!

ウィラ:それは面白いですね!マイケル・ジャクソンとドナルド・トランプが隣り合って座りナショナル・エンクワイアラーを読んでいるところを想像できますか?おかしいですね!その記事にはトランプのことが書いてあったにちがいありません。二人でそれを読んで話をしていたんですよ。写真が撮ってあればなあ・・・

リーシャ:そう、彼もそう思っていますよ。カメラ持込、撮影は厳禁だったそうです。エンクワイアラーを読んでいるトランプとマイケル・ジャクソンの写真があったとしたらどれほどの価値があったでしょうね。

ウィラ:今頃何度もその写真を見ていただろうことは間違いないですよ!トランプ・タワーの中には長い間マイケル・ジャクソンのアパートメントがあったと聞いたことがあります。何か知っていますか?本当なら、二人は時々会っていたと想像できます。

リーシャ:最近まで見たことありませんでした。そのアパートメントは現在売りに出されていて、だから広告が出されているんです。なかなかの写真つきです。

彼ら二人に付き合いがあった、お金持ちとセレブの(文化的)象徴のような二人に付き合いがあった、という見方は興味が湧きますね。

ウィラ:ええ、マイケル・ジャクソンがトランプとの時間を楽しんであろうその理由についてはわかります。彼にはいろいろな色があるんですよ。ある意味、P・T・バーナムのような。マイケル・ジャクソンはいろいろな色のある人物に惹かれるんです。

リーシャ:トランプが、どんな評判でもよい宣伝だ、と言うのを聞くたびに、マイケル・ジャクソンがP・T・バーナムの手法を教えたのではと考えてしまうんです。

ウィラ:私もです!

リーシャ:いろいろな意味で、トランプはショーマンです。現在の大統領選挙では非常に役に立つ要素だと思います。共和党全国大会でのトランプのドラマチックな登場を茶化したジミー・ファロンを見ましたか?



ウィラ:見ましたよ!「Smooth Criminal」の部分が素晴らしかった!

リーシャ:大笑いでしたね!

ウィラ:でも、マイケル・ジャクソンはドナルド・トランプと長い時間を過ごした一方で、数年前に「MJ Academia Project」で指摘したように、「Money」では微妙に彼を批判しているということには注意しなければならないと思うんです。残念ながらこの時のビデオは現在見ることができませんし、記録もなくなるようです。でも「Money」の音風景の中で、マイケル・ジャクソンは冷酷で道徳心のない大物たちを列挙しています。

この曲は金銭欲への手厳しい批判に終始しています。こんな風に始まります。

マネー
そのためにウソをつき
そのために覗き見し
そのために殺し
そのために死ぬ
なのに君はそれを信頼と言う
でも僕は言う
強欲と渇望の悪魔のゲームだ
彼らは気にしない
彼らはマネーのために僕に何かをする
彼らは気にしない
彼らはマネーのために僕を利用する
なのに君は教会へ行き
聖なるお言葉を読む
それはいつもの行動だ
まったく馬鹿げている
彼らは気にしない
彼らはマネーのためなら人殺しすらするだろう
躊躇なくやる
マネーのためのスリルを
君は国旗に敬礼し
国家は君を信頼する
君はバッジをつける
一握りの者たちと呼ばれる
そして君は戦争を戦う
兵士はやらねばならない
僕は決して裏切らないし、騙さない、友よ、でも
君が現ナマを見せれば
僕は受け取る
君が泣けといえば
僕はウソ泣きする
君が手を差し出せば
僕は握手をする
君はマネーのためなら何だってする

厳しい批評ですね。さらに「Money」のサウンドを注意深く聞くと、3:18あたり、マイケル・ジャクソンは言っています。「それが欲しいなら、それを尊厳をもって手に入れたいなら」、に続き、「尊厳をもって手に入れる」からは程遠い悪徳資本家たちのリストを読み上げます。「ヴァンダービルト、モーガン、トランプ、ロックフェラー、ハインド、ゲッティ、ゲッティ、ゲッティ・・・・・」

(その3へ続く)

大統領選:マイケル・ジャクソンとドナルド・トランプ (その1)

リーシャ:ええと、アメリカは今年は大統領選ですが、とても騒がしいですね、いつも以上だと思います。そして少なからず私を困惑させているものがあります。ウィラ、今回の大統領選で、マイケル・ジャクソンという名前が何度取り上げられたか気が付きましたか?

ウィラ:もちろん!

リーシャ:例えば先週、プロモーターのドン・キングが決起大会でドナルド・トランプを紹介したことがトップニュースとなりました。話題となった彼の発言の一部です。

「私はマイケル・ジャクソンに言った、こう言ったんです。君が貧しいなら、君は貧しい二グロだ・・・私はこういうNワード(注:黒人に対する差別的呼称のこと)を昔よく使っていましたが・・・だがもし君が金持ちなら、君は金持ちの二グロである、と。知性的なら、知識人なら、知性のある二グロだ。ダンスやスライドやグライドがうまいニガーなら・・・つまり二グロなら(笑い)、君はダンスやスライドやグライドがうまいニグロだ。だから、わざわざケンカをするな、同化する事など出来ないのだから。つまり、君は死ぬまで二グロなんだよ」

ウィラ:そう、リーシャ、マイケル・ジャクソンが生きていた何をしていたか、あるいは何をしなかったか、ということを推測することはあまり気が進みませんが、ドン・キングのコメントを評価したとは思えません。これを聞いて、私はすぐに、キングがビクトリー・ツアーの終わりに言ったことを思い出しました。

「マイケルが知らなければならないこと、それはマイケルがニガーだということだ。どんなに歌やダンスがうまくても関係ない。彼が飛び跳ねようが私は関心がない。彼は世界の大スターの一人だが、ニガーの大スターだ。彼はそのことを受け入れなければならない。理解するだけでなく、受け入れるんだ。そしてニガーでありたいのだと誇示することだ。なぜかって?ニガーにそれができるということを示すためさ」

リーシャ:おお、ランディ・タラボレッリの本に書いてあるやつですね?ドン・キングは同じことを言っているんですね!

ウィラ:そっくりですよね?タレボレッリによれば(彼も情報源としては問題が多々あると思う)、マイケル・ジャクソンはキングのコメントに激怒し、訴えようとしたとのことですね。弁護士だったジョン・ブランカにこう言ったようです。「あの男は初日からずっと我慢の限界ギリギリだった」。

リーシャ:うーん、よくわかりません。この時、ドン・キングはマイケル・ジャクソンを叱ったのでしょうか?それともアメリカ文化における人種的分断について重要な指摘をしたのでしょうか?タラボレッリの書き方では、ビクトリー・ツアーの次のレグでのパフォーマンスに彼が同意しないのでキングがたしなめたという印象です。でも最近のキングの発言を考えると、そうとも言い切れません。

ウィラ:あるいは両方なのかも。つまり、アメリカでは黒人と白人の間に埋められない溝がある、もしマイケル・ジャクソンがその溝を乗り越えられると信じているなら、彼はバカである、とドン・キングは言っているように思います。

リーシャ:その通りだと思います。キングがまさに言ったように、「わざわざケンカをするな、同化することはできない」ということですね。

ジャーメインの著書「You Are Not Alone: Michael Through a Brother’s Eyes」ではこの話について別の説明がされています。ジャーメインによれば、ドン・キングの発言は違う文脈の中でなされたものということで、彼はこう言っています。

「ドンは、気配りや調整で褒められたことはない。そしてその巨大なエゴゆえに彼はプロモーターなのだ。彼は図々しく、しかし人目を引く男だった。彼(最強に騒々しい)とマイケル(寡黙なソウル)のやり取りを見れば、子供と、いかがわしいとしか思えない面倒な叔父という感じに見えただろう。あるミーティングを私は忘れることができない。ショーの演出について議論していた時のことだ。マイケルは、ファンに何かお返しがしたい、レベルを上げたいと力説していた。

『マイケル!』ドンはマイケルの発言を一刀両断した。『忘れるな。君が金持ちのニガーであろうと貧乏なニガーであろうと、ただのニガーであろうと関係ない。どんなにビッグになろうとも、この業界は君をニガーとして扱うんだよ』。言いかえれば、彼の考えによれば、音楽業界に仕える身なのだから、それ以上に力を持とうとするな、ということなのだ。その部屋にいた全員が凍りついた。音楽業界が人を煙に巻いている(煙を吐いている)とするなら、ドンはストレートに氷の息を吐いたのだ。

最初に笑って沈黙を破ったのはマイケルだった。彼はある意味、面白いと思った。そして怒ることもなかった。私たち全員がそうだった。黒人が黒人に対し、ずっとこんな話してきた。そしてこのような会話は、インディアナ州ゲーリー出身者にとって、おかしいというほどのことではなかったのだ。(pp243-244)」

ウィラ:まあ、完璧に違う解釈ですね。タラボレッリとジャーメイン・ジャクソンの異なる説明をこんな風に並べてみると目からウロコですね。見る者によって、同じストーリーが劇的に異なる見方や解釈をされるということをよく示しています。

リーシャ:その通りですね。ジャーメインは、ドン・キングが音楽業界全体にわたる人種差別について言っているのだと考えていたようですね。兄弟たちも同じように理解していたとジャーメインは考えていたということです。

ウィラ:そう、この違いは重要ですよ、リーシャ。まったく違う状況が見えてきますからね。でもマイケル・ジャクソンの本心がどうだったか知るのは難しいです。彼は人種や人種差別について率直に言い合うことをよしとしていました。ジャーメインが言うように、彼はキングのコメントを評価したかもしれません。でも、ビクトリー・ツアー中、彼はキングが自分の意見を代弁しているととられることを嫌っていたというのは広く知られた事実です。実際、彼は、「キングが許可なくマイケルの代理であるとして他人と接触するかもしれない」と書面で注意を与えています。

これ以前にも、ビクトリー・ツアーのプロモーターとしてドン・キングを起用することを希望していなかったとマイケル・ジャクソンは明言しています。しかしながら、彼の父と兄弟たちがキングを支持しました。彼が巨額の報酬を約束したからです。そのためマイケル・ジャクソンの主張は却下され、キングが雇われました。結局、彼の主張は正しかったと証明されたと私は思いますが・・・ドン・キングはビクトリー・ツアーの舵取りをするような経験はありませんでした。このことがジャーメインの説明に影響しているかもしれません。表面上の緊張感にもかかわらず、マイケル・ジャクソンはドン・キングのことが本心では好きだった、とジャーメインは言っているようです・・・そうかもしれないし、違うかもしれません。

リーシャ:私もそう思います。ドン・キングの味方をするつもりはありません!私の考えは、ボクシングはコンサートのプロモーターとは似ても似つかないということです。だから、ビクトリー・ツアーでの彼は素人同然ではなかったかということです。でも、アメリカの文化と音楽業界のかかわりについてこうした意見を言っていた彼は、役に立とうとはしていたというように思えます。

そしてこうも思うのです。彼は彼の言い方でドナルド・トランプに注文をつけたのだと。彼はスピーチで強調しています。トランプを支持するのは、アメリカの政治システムは破壊して作り直す必要があるからだ。それは、アメリカの政治システムは女性と黒人に対する不平等が土台になっているからだ、と。

ウィラ:そして、Nワード(マイケル・ジャクソンも"This Time Around"で使っています)を使ったことで巻き起こった議論の中で忘れられていますが、これは実に戦いの呼びかけなのです。ドン・キングもマイケル・ジャクソンも、Nワードを人種問題に目を向けさせるために使っています。だから私にとってNワードそれ自体はこの場合においては問題ではありません。ドン・キングが組織的人種差別について強い調子で述べている、そして残念なことに彼の言葉の中には多くの真実がある、ということについてはあなたの言う通りだと思います。

でも一方で、キングは、人種差別は不変であり、変わる可能性もないとも言っているように思えます。マイケル・ジャクソンが何をしようとも、音楽業界の人々もそれ以外の人々も、人種というレンズを通して彼や有色人種の人々を見ているのだということです。マイケル・ジャクソンはこのことについてはまったく同意しないだろうと私は思います。

彼は、特に成長してからは、人種差別について強く語っています。彼のキャリアは、アートや特異な文化的立ち位置を通じて人々の信ずるものや大局観を変えられるという信念の上に立っています。彼はアートを変革の力とみなしていました。そして私は、彼は自分が偏見や先入観を変えられる、人々の心を変えられると信じていたと思います。

リーシャ:心の底から同意です。とんでもない反発を受けつつも文化を型にはめることに断固拒否するマイケル・ジャクソンは、アメリカ社会にインパクトを与えました。私たちが想像する以上です。マイケル・ジャクソンが落胆したというより、むしろ、ドン・キングは、折り合いをつけるようにと促した制約に刃向かうことを結果としてマイケル・ジャクソンに促したのではないか、というように思えます。

ウィラ:それは面白そうな疑問ですね。「ダンスし、スライドし、グライドするニグロ」を逸脱しないということを受け入れろというキングのアドバイスは、それが間違っていることを証明してやるという思いをマイケル・ジャクソンに抱かせた。目に浮かぶようです。

リーシャ:まったくその通りですね。それ以外には想像ができませんよ。

でも、この選挙でマイケル・ジャクソンの名前を出したのはドン・キングだけではありません!トランプ自身も、マイケル・ジャクソンとの友人関係にあったと広めようといろいろやっていました。マイケル・ジャクソンがいかに文化というものを推し進めたのかということを物語っていると私は考えています。例えば、ここにジョナサン・アーンスト(ロイター)の写真があります。共和党予備選挙で勝利したドナルド・トランプの記事とともに掲載されているものです。

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トランプの支持者の一人がこの写真にサインを求めています。明らかです。でもトランプはただサインして返すのではなく、プレスにこの写真を誇らしげにひけらかすのです。これはパワー・ムーヴ(ブレイクダンスの言葉で大技のこと)だと私は思いましたよ。ヘイ!見てよ!俺はすばらしい、パワフルだろ?これがマイケル・ジャクソンと会ったことのある証拠さ!という感じです。

(その2に続く)

「Just Another Part of Me」:ブラッド・サンドバーグとCaptain EO (その9)

リーシャ:それは痛々しい話ですね。でも音楽的な観点から言うと、「Dangerous」というタイトルの曲に、スタジオでのアクシデントの音を入れることを選んだというのは面白いと思います!自分が聴いている音が何の音なのか知らないままにずいぶん長い間この曲を聴いていたんですね。エンジニアが、物が落ちる音といった日常の音を採用して音楽でジョークを言う、というのは私にとってはとても魅力的です。創造プロセスというのは際限がありません・・・身の回りのどこにでも役に立つものが転がっているのです。

シルヴィア:創ったのは誰なのかはっきりしないという問題は、このセミナーが、MJファンとMJの音楽ファン向けになっているとはいえ、音楽やパフォーマンス、レコーディング技術、それにレコード産業に広く興味を持っている人であれば誰にとっても魅力的になりうる理由の一つです。この手のセミナーには幅広いオーディエンスが絶対にいます。ブラッドとマットの記憶や見解は、80年代から90年代のアメリカのポピュラー音楽におけるスタジオ技術の可能性と革新を証明するものです。当時、これほどの人材や機材を使っていたソロアーティストがいたでしょうか?

リーシャ:それはたぶん、今現在の私の中で最大の疑問です。数百万ドルという巨大な予算を使ってこれほどの音楽作品を創りだしたアーティストが歴史上ほかにいたでしょうか?私には思いつきません。これらのレコーディングについて学ぶことは、録音されたアートとしての音楽に興味がある人にとっては興味深いものになるということはその通りだと思います。

エリナー:そう、シルヴィアが言うように、マイケルがマットとブラッドに用意した予算や人員などが、限界を押し広げることを可能としたのだと思います。だから私たちは、最高のことを最高の人たちから学んだのですよ!

リーシャ:マットとブラッドが雇い主であるマイケル・ジャクソンの信頼を得るのは、上司にあたる人々、とりわけ、ブルース・スウェディーンやクインシー・ジョーンズと変わらないくらい早かったのです。二人は、関係者全員に最大限の敬意を表し、賞賛を惜しみませんでした。結局はグループとしての努力であったと感じていたようです。まさに、一つのチームだったのですね。

ヴェロニカ:Captain EOのような巨大で画期的なプロジェクトを実現するためにはいろいろなものを組み合わせたチームワークが必要だった。その通りですよ。Captain EOに、プロジェクト開始からスター勢揃いのオープニングまで終始従事したマット・フォージャーは、このことを知るための大きな窓口なのです。彼は投入された技術を強調していましたね。24トラックのテープ、これはその後レーザーディスクに移されました。それにデジタル録音。そして映像では、コンピュータやCGが使い物になる以前に、ああいう特殊効果を生み出すための方法を見出しました。マットが言う「ストップ・アンド・ゴー」方式の特殊効果やミニチュアの制作とか。

ブラッドやマットが強調していましたけど、マイケルは「チーム・プレーヤー」で、他者と協力して仕事をしていたそうです。ブラッドによれば、スタジオ内でのモットーは、「仕事は本気で、自分は二の次で」ということだったそうです。クインシーも似たようなことを何度も言ってますね。「エゴは入口で預けるように」って。マットはMJの「仕事の倫理観は誰にも負けない」と何度も言っていました。そして、彼自身やブラッドを含むほかの人々は、一日16時間働いていて、時にはMJやブルース・スウェディーンはスタジオで寝ることもあったとか。

リーシャ:そう、そして、これが毎日毎日、何週間も、何年も続いたのです。これらのアルバムを創るためにマイケル・ジャクソンと彼のチームがどれほど長く、そしてハードに仕事をしていたか、一般には理解されていないと思います。公式なレコーディング・セッションが始まる前の段階でも、マイケル・ジャクソンは1年以上前からヘイヴェンハーストでチームで仕事をしていました。公式なレコーディングが1日たりとも始まっていないのに。マイケルが一曲にどれほど時間をかけていたか、これまで誰が知っていたでしょうか?

ヴェロニカ:マットは、MJのプロジェクトすべてにおいて、「クリエイティブであることが最優先」と指摘しています。そしてクリエイティブであることは、最大限に「魂でのつながりを最高に」を得ようとするよう努力することだったそうです。リスナーが音楽を魂で感じられるようにということです。音楽は時として、何年もかけて、時には数十年かけて、ゆっくりと試行錯誤を経て完成します。アルバム制作には数年はかかる、とマットは言っていました。

エリナー:そう、それがとても印象的でしたよ、ヴェロニカ!多くに人がアートとテクノロジーを、アートとポップ音楽を見るのと同じように全くの別物だと考える中、マイケルはテクノロジーとポピュラー音楽を、「魂でのつながりを最高に」し、アーティストとして自分自身を表現するための強力な手段であると見ていました。

ヴェロニカ:マットはこうも言っていました。Captain EOのサラウンド・システムは特異な高音と低音の基準に合わせてあるそうです。THX承認のシステムが指定した基準です。上映されていた4か所、アナハイム、エプコット、パリ、東京はサウンドのクォリティをイコライザーでチェックしていました。

Captain EOは、これらの4か所で比較的短期間の上映でした。1986年から、あの疑惑が上映終了を引き起こした90年代中盤までです。そしてMJが亡くなった後の2010年になってやっと再開されました。これは、ふさわしい注目を受けないまま長い間消えていた、そういう作品です。MJのアフロフューチャーリズムの重要な部分を占めている作品です。デリック・アダムスがアフロフューチャーリズムの基礎となったとみている初期の作品、The Wizと同様ですね、シルヴィア。(リンク)私はリーシャがEO(彼が着ているシャツの虹やEOという名前は「夜明け」を意味しています)やMJのアート一般の「神話」のクォリティについて引き合いに出してくれたことが良かったです(そしてリーシャ、「HIStory: Past, Present, and Future 」というタイトルは謎めいていて興味をそそられるタイトルですね。確かに、いろいろな意味にとれる複雑な「HIS story(彼の言い分)」です!)

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私としては、このフィルムが普通に観られるように作られればと思っています。そして、マイケルの「創造的意図」を実現するための多大なる努力と献身に対する理解を深めてくれたマットとブラッドには大変感謝しています。マットが言うように、「(ロジスティクス(人や物や金の手配や管理)は巨大だった」んです。ところで、最近Damien Shieldsのブログにマットのインタビューが載っていますし、Captain EOの貴重なメイキング・ビデオからは、仕事がいかに細部にまで息届いていたかわかりますよね。

リーシャ:そう、私も一緒に見ましたね、ヴェロニカ。私は、Captain EOが何らかの形式で一般的に観られるように是非なってほしいと思います。もっと注目される価値はありますよ。そんなCaptain EOを学び、その他たくさんのマイケル・ジャクソン・プロジェクトについて知ることができた素晴らしい週末でした。ブラッドとマットは今後もセミナーを予定しています。私たちももう一度チャンスがあることを願っています!

(おわり)

ソース: Dancing with the Elephant / MJJFANCLUB.JP

「Just Another Part of Me」:ブラッド・サンドバーグとCaptain EO (その8)

リーシャ:まったくその通り。重要な点を挙げてくれました。これは、間接的ではあるけれど、マットとブラッドが私たちの理解を手助けしてくれているものだと思います。ポピュラー音楽では、レコーディングされた作品は、いろいろなやり方で、音楽作品の定義というものに挑戦しています。作曲家や作詞家、パフォーマー、プロデューサー、そしてエンジニアそれぞれの役割があいまいになり、だから時として、レコードの真の作者は誰なのか判断するのが難しくなっています。

パフォーマンスという点で言うと、「Man in the Mirror」はいい例です。この曲はグレン・バラードとサイーダ・ギャレットが作ったことはよく知られています。でも時として、「マイケル・ジャクソン作」として紹介されます。私たちが今日聞くほかのどのパフォーマンスもマイケル・ジャクソンのカバーとして理解されるという点で、レコーディングされたサウンドによっていつしか固定化されたマイケル・ジャクソンのパフォーマンスが、歌の所有権は当然マイケルにあるかのように思わせているのです。

レコーディング・サウンドに多大なる貢献をするがゆえに創作面で重要な役割を担うという意味で、レコード・プロデューサーやエンジニアたちも作者が誰なのかという伝統的考え方に疑問を呈しています。フィル・スペクターやジョージ・マーティン、クインシー・ジョーンズといったレコード・プロデューサーは間違いなくこのようにみなされています。同じようなことは革新的なレコーディング・エンジニアにもあてはまるでしょう。マーク・リネット(Pet Sounds)やジェフ・エメリック(Sgt. Papper)、ブルース・スウェディーン(Thrillerなど)がそうです。

シルヴィア:いいポイントですよ、リーシャ。ハリウッドの映画やテレビ製作と似ていますね。例えば、長期にわたって放映されているテレビ番組の主演俳優は、自身が演じる登場人物の所有権を主張するかもしれません。それが、脚本家や監督、プロデューサー、エディター、スタジオの重役らがいろいろな形で生み出した役であったとしてもです。人々に見えているのはその俳優の演技だからです。これは特に、脚本家や監督、プロデューサーが交代しても演じる俳優はそのまま、という場合によく見られます。

リーシャ:話はそれますけど一つ面白い話があって、マットによると、ジョージ・マーティンとジェフ・エメリックが「The Girl Is Mine」のレコーディングでスタジオにいたそうです。

ウィラ:すごーい!それはおもしろいですね!映像とかないんでしょうかね?

リーシャ:その答えを誰かが知っているとしても言わないでしょうね!でもきっとありますよ。歴史的瞬間とはこのことですね。

Captain EOは、録音された音楽の作者は誰なのかということがいかに難しいことであるかということを示すよい例だなと考えていました。Captain EOで聴ける曲の作詞作曲、パフォーマンス、プロデュースがマイケル・ジャクソンであることを私たちは知っています。でも、レコーディングし、ミックスしたマット・フォージャーも多大なる貢献をしたことを私たちは学びました。「We are Here to Change the World」と「Another Part of Me」でのジョン・バーンズのマイケル・ジャクソンとの仕事ぶりについて、マットは「ワンマン・バンド」だったと評しています。マットはEOでは劇場音響デザイナーでもありました。史上初の5.1サラウンド・サウンドを手掛けたのです。ディズニーが特にCaptain EOのために開発した技術です。だから、彼とディズニーのエンジニアもCaptain EOに大変重要な貢献をしているんです。でもこの映画は録音された音楽作品です-実にさまざまな領域から多くの人々が貢献しているのです。

エリナー:リーシャ、私もそう思います。音楽の製作では、特に現在では、境界は曖昧です。マイケルの音楽の創作におけるブラッドとマットの関わりの大きさは、創ったのは誰か、持ち主は誰なのかということについて疑問を持たせることになりました。特に、アーティストが他者の知識・・・それから芸術性・・・を実現することを必要とする時には。この問題を解決しようと考えている中で、クラシックの作曲家については、音楽が「彼らのもの」であることを自分がどう認識しているのかということを考えました。例えば、バッハの作品を私は認識することができます。以前に聴いたことがあってもなくても関係ありません。そして、誰が演奏し、歌っているかということも関係ありません。最初の数音を聴いただけでわかるんです。それは私が彼の音楽の構造を知っているからではありません。それは、自分の経験、つまりある「フィーリング」を感じたという経験をバッハ特有のものとして聴いたと覚えているからです。そして、その感情面での経験に基づき、その音楽がバッハのものであると間違いなく認識するのです。それは彼のDNAだ、というような感じです。あるアーティストについて、そのアートを彼のものであるとすぐさま認識できるというのは偉大なアーティストの、そして偉大な芸術性の特徴でしょうか?

リーシャ:難しいですね、どのジャンルの音楽でも、良きにつけ悪しきにつけ、誰のものだとすぐわかるような特徴を持ちうるのではと私は思います。でも、ポピュラー音楽では、独特であることやオリジナルであることへの要求はとても高いのは間違いありません。そして、マイケル・ジャクソンがそのように求められていたことは疑いの余地はありません。彼が他と一線を画していることの一つは、彼独特のサウンドと、同じく印象的なヴィジュアル、そしてオリジナルのダンス・ムーヴとが組み合わされているということです。

シルヴィア:そう、ポピュラー音楽には珍しい、トータル性というものがマイケル・ジャクソンの作品にはあるんです。

エリナー:マイケル・ジャクソンのダンスは、彼を、ステージ上の他の誰とも違うものとしています。すぐにそれとわかるものです・・・それは私が受けるフィーリングというものです。それでは、マイケル・ジャクソンの音楽、つまりアルバムに収録されている音楽には彼独特の芸術的特徴が備わっているでしょうか?私は備わっていると信じています。

リーシャ:私もそうだと信じています。

エリナー:マットによれば、音楽を作っている過程では、マイケルは目標を感情的に捉えていて、それが意味するところを翻訳するのがマットの仕事だったそうです。マットがそれを話してくれたことはとてもよかったと思っています。そして、私の推測では、マイケル・ジャクソンがやったような感情的に目標をとらえるというのは他の誰もやっていないと思います。結局のところ、私の感覚としては、マイケル・ジャクソンの芸術的ビジョンのパワーはとても強く、製作過程のあらゆる面に影響を与えていたのだと思います。最初から最後まで、選曲も(他人の作品でも)、プロデューサー選びにしても、サウンド・エンジニア選びにしてもね。そして彼のビジョンの強さというものは、そのほかの重要な要因とともに、彼の音楽を「彼のもの」としているのです。それは、サウンド・エンジニアや関係者のチームワークの多大なる貢献を小さく見るものでは決してありません。

それから私が付け加えたかったのは、マイケルのビジョンや冗談好きの性格、オープンなアプローチ方法は、周囲の音に加えて「ファウンド・サウンド(ガラクタの音を取り入れるサウンド)」にまで拡大されたということです。ブラッドが、おかしいけれども痛々しい話をしてくれました。「Dangerous」レコーディング中にダンスするスペースを空けようとベニヤ板のスクリーンの位置を動かしていた時のことです。そのパネルが彼に向って倒れてきて、崩れる音、彼に当たる音をマイクが拾っていました。その音は消去されずにとっておかれ、結局リリースされたバージョンの「Dangerous」に取り入れられています。レコーディングを終えてから、脳震盪の検査を受けさせるためにブラッドが彼を病院へ連れて行ったそうです。

その9)につづく

「Just Another Part of Me」:ブラッド・サンドバーグとCaptain EO (その7)

リーシャ:音楽には大きな力があります。宗教、政治家、反体制派は音楽を使い、体制側や現状維持派はそれを恐れます。マイケル・ジャクソンがこのことを見失うことはなかったと私は確信しています。ものすごく大勢の人々が、Captain EOのようなマイケル・ジャクソンの作品を見て、程度の差はあるにせよ、影響を受けている。こんなことを考えると畏敬の念を抱かざるを得ません。

マットは言っていましたが、Capttain EOはオープン時にはディズニーの一番人気のアトラクションだったそうです。人々(たとえばウィラ!)はCaptain EOを見るために何時間も並ばなければならなかった。私たちは信じられないほど幸運でしたよ。録音し、ミックスし、サウンドを設計したブラッド・サンドバーグと一緒に観覧し、マット・フォージャーから制作時の話を直接聞けたのですから。

シルヴィア:MJと仕事をするというマッハの経験を知る機会を彼ら2人が提供してくれた、ということですね。ブラッドもマットも(そしてブラッドの娘さんのアマンダも)とても魅力的で寛大で、そして大きな人たちでした。質問攻めにしてしまいましたものね!

リーシャ:そうです。マイケル・ジャクソンがなぜ彼らを評価し信頼していたかわかったような気がしました。スタジオで長い時間、何か月も過ごすのですから、一緒にいて楽しい人、それに加えて才能ある人、有能な人、仕事に傾倒できる人を必要としていたんですよ、彼は。それがよくわかります。ブラッドとマットはまさにそんな感じだったと私は自分の目で確かめました。二人がマイケル・ジャクソンに対して同じように感じていたというのも疑いないことです。

シルヴィア:2人はマイケルに温かみを与えていたんです。もちろん、二人はとてもプロフェッショナルで才能あふれていますけれど。それからありふれているかもしれませんが、ブラッドとマットが、レコーディングやミキシング、仕上げといった制作プロセスに必要な多くの段取り作業や調整作業について指摘してくれたことも私はよかったと思っています。マットは言っていましたが、創作面や技術面のほかに、巨大な商業アルバムでは、物流や、はたまた曲の番号ふりやネーミングといった作業が必要になってきます。彼が言っていたように、収録曲やテープ・リールの段取りは退屈な仕事ですが、このくらいの規模の製品をレコード会社に納入するには必要な仕事なのです。私自身の編集の仕事の経験からも良く理解できます。ブルース・スウェディーンは、アルバムの制作に必要な段取りや効率を監督する手腕という点においては右に出る者はいません。特にアナログ時代では。

マットの言っていることは、商業アーティストとしてのマイケルの立場をよく表わしています。つまり、実体のない才能といったもの・・・この場合は歌ですが・・・であっても、仕事を進めるために必要な労働力や材料を手配するための効率的なシステムを伴う、資本主義マーケットの合理化プロセスを受け入れざるを得ないのです。そしてそれはいろいろな意味で、いろいろなものが関係しあっています。いずれにせよ、あのすばらしいアルバムたち(そしてショートフィルムも)が私たちに届けられるには、多くの人々が小さな分担を受け持っているんですよ!

エリナー:そうですね、シルヴィア。私たち届けられる過程だけではなく、創作過程そのものも同じです。音楽制作において、サウンド・エンジニアがどれほど大きな役割を担っているかなんて想像もつきませんでしたが、今回多くを学びました。自分の無知を知られたくはありませんが、私はレコーディングのプロセスを、単に演奏や歌を録音し、可能な限り完璧にそのサウンドを再現するということだと考えていました。パフォーマンスはアートだけれど、レコーディングは単にレコーディングだと。

でも彼らの言う事を聞いて、全体プロセスはまったく違っているという一端を知りました。アルバム制作に要するとてつもない仕事の量もね。でもわたしにとってもっとも大きかったのは、多くの場合、彼らは最初からパフォーマンスに関わっていたということです。マイケルのすぐそばにひかえ、彼の音楽誕生にか関わっていたのです。マイケルのアートのビジョンを作り上げることに彼らが献身し、深く関わっていたということに私はとても感動しました。たとえ音のビジョンというものを人が持ち得たとしてもね。彼らとマイケルのつながりはとても深くかつ個人的だったため、マイケルの音楽的なイマジネーションの延長線上に彼らはいたのです。

ウィラ:とても興味深いですね、エリナー。私はポピュラー音楽の歴史について少し調べたことがありますが、レコーディング・プロセスに対するアーティストの考え方は60年代に劇的に変わりました。それ以前はレコーディングのゴールは単にパフォーマンスのスナップショットを捉えるというものでした。エリナーが言うように、「できるだけ完璧に音を再現する」ためです。

でも60年代半ばごろになると、ビーチボーイズの「Pet Sounds」やビートルズの「Revolver」、「Sgt. Pepper's Lonely Hearts Club Band」のような実験的アルバムがリリースされ、事態はひっくり返りました。バンドは音の実験を始め、ツアーで再現不能な音を創り始めたのです。だから、創作活動の中心がステージからスタジオへ、ライヴ・パフォーマンスからスタジオでの新しいサウンドを生み出すことへとシフトしていきました。こうしたことから、ブラッドやマット、ブルース・スウェディーン、クインシー・ジョーンズといった人々の仕事がとても重要になったのです。彼らは単に、オーディエンスがマイケル・ジャクソンのコンサートで聴くものを再現しようとするのではないんです。エリナーがすごくきれいに言ってくれたように、「音楽的イマジネーションの延長線上」に彼らはいたのです。だから、マイケルのアルバムがスタジオでいかに進化し出来上がったのかをブラッドやマットから詳細に聞けるというのは本当に興味深いことなのです。

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エリナー:そうですね、ウィラ。本当に「ひっくり返り」ましたね。「This Is It」でマイケルが、パフォーマンスは可能な限り、スタジオで作ったものに近づけるようにしたい、アルバムで聴けるものに近づけたいと言っていたのを思い出します。それがファンが聴きたいもの、彼がファンに与えたいもの、と彼は言っていました。

ウィラ:すばらしい例ですよ、エリナー!完璧です。彼は、コンサートでは、ステージでの様子を捉えるよう努めたスタジオ・レコーディングではなく、スタジオで作ったものを再現しようとしていたのです。

エリナー:でも実は、マイケル・ジャクソンの音楽は、レコーディング通りに正確にツアーで再現するのが不可能だった。まず第一に、リードボーカルとバックアップ・ボーカルを同時に歌うことはできませんからね!ウィラの言うように、難題でした。

その8)につづく
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