CR FASHION BOOK パリスのインタビュー

18歳になったマイケルの娘パリスには人生におけるグランドプランはまだない。製作中のアルバムがあるわけでもないし、モデル契約をしているわけでも、出版契約をしているわけでもない。テレビの出演が決まっているわけでもない(このインタビュー後にはあるかもしれないが)。その代わり、史上最も有名で成功したミュージシャンの娘として与えられた立場というものをよく知っている彼女は、自身の創造性を表現する手段を作り上げつつあり、また、関心は高いものの実際に行動に移す人が少ない大義のため、今でいえばノース・ダコタのスタンディング・ロック先住民居留地におけるダコタ・アクセス・パイプラインの建設中止を求める運動のために戦っている。受け継いだものとは無関係に、無限の可能性を秘めた思慮深いティーンとして、彼女は自分が正しいと思ったことに忠実に行動せずにはいられないのだ。去る1月、彼女はロサンゼルスで映画監督のリー・ダニエルズと会った。ゴールデングローブ賞に初めて出席した次の日のことだ。彼女は音楽やマイケルについて語った。

リー・ダニエルズ(LD):それでは、パリス・ジャクソンのご職業は?

パリス・ジャクソン(PJ):今はモデルのようなことをしています。

LD:その瞳と身長ですからね。

PJ:私は常に、やってみるということを考えています。ここ数年くらいは。私は行動主義というものを信じていて、もっと大きなことをやりたいのです。

LD:今の世の中でそれが可能だと思っているんですか?

PJ:ええ。大勢の人々が本当に怒っていると私は思っています。可能性は2通りあります。事態が悪くなる、または「あの人」、政府がするべきことをしない、だから自分たちの手でやる、ということです。ミレニアル世代の私たちはこの国の今後数年間を動かしていこうという気持ちがあります。私たちはこの国を自分たちがそうであってほしい国にすることができるのです。

LD:こう聞きたかったのかもしれません。つまり、時間はありますか?

PJ:今年は私たちの年代が立ち上がるところまでこぎつける年になることを願っています。暴力的な方法ではなく、リベラリズムを後押しするのです。これは同性婚から始まりました。私たちは平等を力強く推し進め、その結果こうなったのです。

LD:あなたが特に力を入れている大義とは?

PJ:私は動物虐待にとても怒りを感じています。

LD:そうすると毛皮禁止とか?

PJ:そう、私は本物の毛皮とか革製品は好きじゃありません。

LD:私はファーのハンモックを持っていますが、ぞっとするんです。

PJ:ファーのハンモックですか?(笑)

LD:どうか私を追っ払ったりしないでください。

PJ:とんでもありません!重要なことは、私は個人的に所有するということはないということです。持っているからと言ってあなたを嫌いになるということはありません。

LD:スタンディング・ロックを支持するタトゥーを入れましたね?

PJ:ええ、くるぶしのところへね。スー族の方が、パイプラインに反対する活動家の方ですが、デザインしてくれたんです。

LD:どのような媒体ででもいいのですが、あなたに語りかけているのは、あるいは語りかけたのはどのアーティストですか?

PJ:ジョン・レノンです。腕に彼の顔と「Imagine」の手書き歌詞のタトゥーを入れています。"Imagine all the peace"って入れてます。

LD:ソングライティングについて聞かせください。

PJ:自分のために書いています。つまらないものを吐き出す手段です。自分のキャリアのためとかそういうものではありません。私の家族にはすばらしいアーティストがたくさんいます。キャリアとして私がその道に進めば、私が音楽に対して感じていることを変えてしまうでしょう。それを望んではいません。

LD:治療的に使うということですか?

PJ:そうです。ただ聴き、書き、プレイするだけです。

LD:私は映画作りしかできません。詩を書くというのは私にとってとても美しいものです。いつ、どこで書くのですか?

PJ:計画するようなものではありません。車に乗っているときに歌詞を考えて書きとめておいて、後でメロディーを乗せる、という時もあります。

LD:一人で書くのですか?

PJ:バンドを結成しています。楽しむためにやっているんです。ボーイフレンドがドラマーで、ベーシストとバックアップ・ボーカルが他にいます。

LD:どんな音楽なんですか?

PJ:フォークのような感じです。ルミニアーズとジョニー・キャッシュを混ぜたような。

LD:歌詞を紹介してもらえますか?

PJ:私の歌にはメタファー(暗喩)がたくさんでてきます。「骨ばった指のようなあなたの冷たい氷の言葉がスケルトンのように私の首にまとわりつく」みたいな。

LD:ダークなガールだ(笑い)。これ、フォークですか?ちょっと暗いですよね?この先がどうなっているのかちょっと怖いです。間違いなくディープ、ディープです。

PJ:超ハードコアのヘビメタ風にも作れたんですけど、私に浮かんだメロディーは寒々しいものなのです。父はTOP40を聞きながら私を育てたのではないんですよ。

LD:どこか好きな時代に生き、アートを作ることができるとしたら、どの時代がいいですか?

PJ:たぶん60年代、それとも80年代中ころかな。

LD:80年代中盤は全てでしたね!でもどうして60年代なのか、というところに興味があります。

PJ:さっき、人々が立ち上がって平等を推し進める時だ、ということを言いましたよね。60年代は、アーティストが立ち上がって愛を生み出すという時代だったんです。戦争の代わりにね。アートして私がやりたいのはそういうことなんです。

LD:インスタグラムにお母様のデビーの化学療法のことを投稿しましたね。

PJ:化学療法は終わりました。あとは放射線治療だけです。

LD:ガンは無くなったんですか?

PJ:明日、放射線の治療の予約をしています。でも治療はそれが最後だと思っています。その後は寛解期に入り、2週間でタトゥーを自慢し合えるくらいに免疫システムが回復する見込みです。

LD:どんな種類のものですか?

PJ:彼女は首の後ろに私の星座牡羊座のタトゥーを入れるんです。私は彼女のいて座です。耳のところに。私は父のためにピアス穴を7つあけています。父のラッキー・ナンバーだからです。そしてここに、彼女のサインを入れるつもりです。いっしょにいるみたいに見えるから。

LD:これだけは言わせてください。あなたのお父様のことがなければ私はこの場にはいなかったでしょう。若いときに彼を見ていなければ、今の私のようなアーティストになるという勇気を持つことは私にはできなかったと思うからです。お父様を受け継ぐとしたら、どんなところを受け継ぎたいですか?

PJ:間違いなく強さです。知る限り、父は強い人でした。ありったけの愛と親切で何でもやろうとしていたのです。

LD:彼の影響は?

PJ:私のすべてのインスピレーションです。私のインスピレーションの99%は父のものだと言ってもいいと思います。父は私の世界にいつもいてくれます。私のルーツなんです。

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■With an interview by Lee Daniels

Paris Jackson, 18-year-old daughter of Michael, has not yet architected a grand life plan. She does not have an album in the works or a modeling contract signed or a book deal inked or a television cameo confirmed. (Well, maybe she will after this interview.) Instead, keenly aware of the platform afforded her as the daughter of the most celebrated and successful musician of all time, Jackson is focused on developing a vehicle for her creativity and fighting for bleeding-heart causes like, most currently and pressingly, halting the construction of the Dakota Access Pipeline at the Standing Rock Indian Reservation in North Dakota. Heritage aside, Jackson is compelling in her normality as a thoughtful teen with vast potential. Last January, she met with director Lee Daniels in Los Angeles, the day after her first Golden Globes, to talk about music and Michael.

LEE DANIELS So what does Paris Jackson do?

PARIS JACKSON Right now I’m doing the modeling thing.

LD Well, you got the eyes and the height.

PJ I’ve always wanted to try out acting, but maybe in a couple years. I really believe in activism and I want to do bigger things.

LD Do you believe that’s even possible in the world today?

PJ Yes. I think right now a lot of people are really, really angry. And there are two ways that things can go: it can go really bad, or we’ll see that the “man,” the government, is not doing what it’s supposed to do, and we’ll take it in our own hands. Millennials, people my age, we’re going to run the country in the next few years. We can make this country what we want it to be.

LD I guess my question to you is: is there time?

PJ I’m hoping that this year my generation will get to a point where we will rise up, not in a violent way, but start pushing for more liberalism. This happened with same-sex marriage. We pushed so hard for equality and it happened.

LD What is one cause you are extremely passionate about?

PJ I’m very against animal cruelty.

LD So does that mean fur is a no-go?

PJ Yeah, I don’t like real fur or real leather.

LD I have a fur hammock and I feel horrible about it.

PJ A fur hammock? [Laughs]

LD Please don’t make me get rid of it.

PJ No! See the thing is that I wouldn’t own it personally, but I’m not going to hate you for having that.

LD I know you have a tattoo in support of Standing Rock.

PJ Yes, it’s on my ankle. A member of the Sioux tribe, who is an activist and was protesting the pipeline, made the design.

LD Who is or was an artist, in any medium, who speaks to you?

PJ John Lennon. I have his face tattooed on my arm, and the lyrics of “Imagine” in his handwriting. It says, “Imagine all the peace.”

LD Tell me about your songwriting.

PJ I write music for myself. I use it as a way to get stuff out. It’s not something I see myself following career-wise. There are so many amazing artists in my family. If I were to do it as a career, it would change how I feel about music and I don’t want that to happen.

LD Is it therapeutic?

PJ Yeah, just listening to it, writing it, and playing it.

LD I can only write movies and stuff. The idea of making poetry is so beautiful to me. When and where do you write?

PJ I never plan it. Sometimes I’m in the car and I think of some lyrics and write it down and then maybe put a melody to it later.

LD Do you write alone?

PJ I’m in a band. We’re doing it for fun. My boyfriend’s the drummer and we have two others, a bassist and a backup vocalist.

LD What kind of music?

PJ Kind of like folk, like the Lumineers mixed with Johnny Cash.

LD Can you share a lyric?

PJ Most of my songs are just a bunch of metaphors. “Your ice cold words like bony fingers around my neck like a skeleton.”

LD Dark, girl. [Laughs] Is that folk? I mean, that’s sort of dark. I’m sort of scared where that’s going. It’s definitely, definitely deep.

PJ I could make it like a super hardcore heavy metal song, but the melody I have is more chill. Hey, my dad didn’t raise me listening to the Top 40.

LD If you could live and create art, music in any era—

PJ Probably the ’60s or the mid-’80s.

LD Mid-’80s was everything! But I’m curious as to why the ’60s?

PJ Earlier, when I mentioned people rising up and pushing toward equality, the ’60s was the time where even the artists were rising up and creating love instead of war. That’s what I want to do with my art. I want to do what they were trying to do in the ’60s.

LD You just posted on Instagram about your mother Debbie [Rowe]’s chemotherapy.

PJ She just finished. She only has radiation left.

LD So is she cancer-free?

PJ Tomorrow she’s getting marked for radiation, but I’m pretty sure that’s the last thing she has to do. And after that, she’ll be in remission and in two weeks her immune system will be strong enough for us to get matching tattoos.

LD What kind?

PJ She’s getting my zodiac sign, Aries, on the back of her neck and I’m getting her sign, Sagittarius, on the inside of my ear. I have seven piercings there for my father because that was his lucky number, and right here I’m going to get her sign so it’ll be a like they’re together.

LD Let me just say that I would not be here if it weren’t for your father. Because I don’t think I would have had the courage to be the artist that I am if I didn’t see him at a young age. If you could take a quality of your father’s, what would it be?

PJ Definitely his strength. He was the strongest person I know and tried to do everything with as much love and kindness as possible.

LD How does he inspire you?

PJ All of my inspiration, I would say 99 percent of my inspiration, comes from him, because he has always been my world. He is my roots.

Source: CR Fashion Book

歌えない、踊れないプリンス・マイケル・ジャクソンはいかにして父の足跡を辿っているのか

父親がマイケル・ジャクソンという名前だったら、周りから何を期待されるだろうか。有名人の子息が好奇の目にさらされるのは避けられないが、マイケル・ジャクソンの子供たちは生まれる以前から人々の異常な注目を集めてきた。どのようにして妊娠したのかについての憶測。興奮したマイケルが、熱狂的なファンに息子を見せようとバルコニーからぶら下げたことについての論争。顔を隠すためにマイケルが子供たちに使い、そのために子供たちが顔を見せるとメディアが狂乱したあの鮮やかなマスクへの興味。

2009年に彼らの父親が亡くなり、その葬儀で当時12歳だったプリンス・マイケルが、嘆き悲しむ11歳の妹パリスを抱きしめる様子がアメリカの3110万人に向けて放映された時、当事者であるかのような心配を多くの人々が感じた。

今現在、多くの人々がマイケルの子供たちとその将来についてある種の期待感を抱いている。

そしてプリンス・マイケル・ジャクソンは、そのようなことはまったく意に介していないようだ。

今回、彼はエンシノの邸宅ヘイヴェンハーストを案内してくれたが、19歳となり自分の道を自分自身で決めようとしている彼は、父を讃えつつも真似しようとはしていない。

「僕が音楽やダンスをすると誰もが思っています」と彼は苦笑いで言う。苦笑いなのは、彼がどちらもできないからだ。彼自身がそう告白した。

彼はエンタテイメントの製作に興味を持っているが、それは裏方としてだ。今年に入り、彼はオマー・'O-Bee'・バティの曲「Automtic」で初めてビデオ製作を行い、 King's Son Productionsを立ち上げた。80年代に父が授けられたキング・オブ・ポップの称号になぞらえた名前だ。Sco Tripletsのためのビデオがこれに続くことになっている。

「音楽は僕の人生で大きな部分を占めています」と彼は言う。「生まれた家が僕を形作っていますが、僕は製作の道へ進みたいと思っていました。どうしたいのかと父はよく尋ねました。そして僕の答えはプロデュースと監督でした」。

彼は、ヘイヴェンハーストの邸宅の壁に飾られた象徴的写真や著名人の写真をただの家族の写真であるかのように素通りし、普通の子供と同じように愛情をこめて父親のことを語る。

もちろんそれらは、彼にとっては長い間普通のことであった、普通とは違う生活の証しなのであるが、その矛盾を彼はすぐに認めた。

「僕にとって、ここにあるのは家族の写真です。『ああ、これは父さんとゴッドマザー(代母、後見人)の写真ですよ』という感じなんですよ」と言って、彼は父とエリザベス・テイラーの写真を指差すのであった。

そして、これこそが最も期待していたことである。プリンス・マイケル・ジャクソンとご一緒する、ということで最大の関心事は、彼が19歳の若者として自分自身をどう語るのか、ということである。

つい引き込まれるカリスマ性とウィット。黒い瞳のふっくらなハンサム。大学での勉強のことや弟やいとこたちとの週末の計画(映画、ゲームなどが予定に書かれていた)を話す時、彼は最も生き生きとしていた。

芸能界でのキャリアを模索しているにもかかわらず、彼は目立たないようにしているように見える。彼はゴシップ・ブログを避け、SNSとは距離を置いている。尤も、「今は会社のことでこれまで以上にそういう場に出ようとしています」。

彼の生活が普通ではないということが思い出されたのは、行きつけの寿司レストランで中庭の席を拒んだ時だけであった。サンセット・ストリップのホットスポットを付けねらうパパラッチを避けるためである。

彼の家族は長い間異常であるとされてきた。このおおらかな若者がその家族の一員であったとはどうしても思えない。

しかし、サンフェルナンドバレーのうだるような夏の午後、彼はいろいろな意味で一人の若者であり、ビジネスを立ち上げ、父親の足跡を辿ろうとしている。

彼は、四半世紀もの間家族が住んでいるエンシノの邸宅に住んでいる。立地のストリート名が通称となっているこの2エーカーの邸宅は、彼にとってインスピレーションの源になっている。母屋は現在改装中だが、18歳になった妹のパリスはゲストハウスに住み、彼はしばしば訪れている。

そこには、亡き父親の強烈な印象がそこかしこにある。

マイケルは80年代半ばころから1988年にサンタバーバラ郡のネバーランドに移るまでここに住んでいた。ヘイヴェンハーストはマイケルの生活を覆う名声から逃れるための安息の地であった。マイケルが増築した翼状の部分の二階にしつらえた博物館のようなラウンジに足を踏み入れた瞬間、この建物の広大さがはっきりとわかった。

マイケルが80年代初頭までに成し遂げたすべてを飾る聖廟のようだ。部屋の壁紙は名声でできている。壁から天井まで、数百枚のポートレートのコラージュとなっているのである。

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ETとポーズをとるマイケル、キャプテンEO、ブルック・シールズとのデート、ダイアナ・ロスとの抱擁、ジェーン・フォンダから盾を贈られるシーン、11歳でも通用した最初のローリング・ストーン誌のカバー(本当は13歳だった)、それに無数のパフォーマンス・ショット。写真の中の彼はどれもすばらしいスマイルである。

これがスーパースターだ、というディスプレーなのだが、若い彼にはそれがまったく関係ない。

「皆さんの方が良く思ってくれていると思います。僕にとっては家族の写真ですから」。

そのような過去は彼の中ではどこにでもあることだった。父がそのように意図していたのである。大理石の飾り板が、過ぎ去りし日々への頌歌としての場所ヘイヴェンハーストのフォトルームの入り口で手招きをしている。

「願わくば、これら美しい写真の中の過去への旅が、明日のより大きな成功を生み出す刺激とならんことを」とそこには書いてある。

その過去は、マイケルの子供たちにとっては複雑な場所にもなりうる場所である。特に、最年長の彼にとっては。

彼は、特権や名声や富の中で育ったセレブの子供のような虚勢を張るということがないし、人が良すぎるという面も見られない。父が長い間過ごし、そして彼に注意するようにと諭していたこの業界に進むというプランについて語る時は特にそうだ。

「誰も信用するな」。マイケルは注意を与えていた。

「それは悪い表現ですが、多くの人々は自分自身のために行動しています」と彼は言う。「父は誰も信用するなと言っていました。どれもいいアイディアのように聞こえるから、ということです。自分で調べろと。僕やきょうだいたちと接触したいと思っている人はたくさんいますが、それは僕たちの素性のためなのです」。

ヘイヴェンハーストは「聖域」なのだと彼は言う。それは、裕福なファミリーにとってという意味ではない。父の死後、祖母が養育すべく住むようになった場所なのだ。

「都合が良かったのです。16人も人がいたので」と彼は言い、いとこたちやマイケルの死後に住むようになった親類たちを挙げた。「悲しさから遠ざけてくれたのです。真夜中に起きて、ケサディージャを作っておしゃべりしたりしてたんですよ」。

もともとはジャクソン・ファイヴが絶頂期の1971年にジョー・ジャクソンが購入したヘイヴェンハーストは、ネバーランドを作ろうとしたマイケルの最初期の試みであった。80年代初頭、ソロキャリアが絶頂を迎える直前、彼は父からヘイヴェンハーストを購入し、2年かけて改装した。玄関までの長いドライブウェイの終わりには、「Those who reach touch the stars」と書かれた木製のプラカードが客たちを迎えていた。

小さな塔と時計台のあるちょっとしたディズニーの城のような、10467平方フィートのチューダー朝の邸宅からは2階建てのウィングが伸び、座席数32の映画館と日本の鯉がいる池も作られていた。

チンパンジーのバブルスを始めとする外来動物たちの家であり、敷地内の一角に隠されていたホーム・スタジオではマイケルの画期的アルバムたち・・・「Off The Wall」と「Thriller」・・・がレコーディングされた。

敷地内を歩きながら、彼は従兄弟たちと遊びで撮ったアクション映画の撮影場所を案内してくれた。

屋内では、立派な板張りの書庫を紹介してくれた。撮影場所である。「この部屋は、普通、問題があった時に来る部屋でした」と、祖母キャサリンから厳しく叱られた時のことを彼は振り返った。

マイケルは遺産を遺したが、報道によれば、マイケルの死後、それは20億ドル近くになった。遺産はマイケルの母親と子供たちへ、そして20%が慈善事業に充てられた。

世界がポップ界のスターの死を嘆き悲しんでいる時、12歳の彼はこの場所で喪失感を乗り越え、そして傷ついた父の名声と向き合ったのだ。

「父が亡くなった後、僕たちはあらゆるものに苦しめられました」と彼はきっぱりと言った。「あらゆるもの」とは、数多くの児童性的虐待疑惑に裁判、80年代の外見の変化やエキセントリックな振る舞いといったセンセーショナルな話など、父が直面していたスキャンダルの数々のことだ。

マイケルを取り巻いていたメディアの騒乱からは強固に守られていたが、現在、マイケルの子供たちは名声に影を落とす疑惑やタブロイドネタのすべてを目の当たりにしている。

「『君たちはあらゆることを耳にすることになるだろう。でも、そういうことは、君たちのお父さんが残したものを貶めようとする人々がやっていることだということがわかるはずだ』と僕は子供たちに言ったんです」といとこのタジ・ジャクソンは語っている。(タジの弟TJは、2012年に子供たちの共同後見人に指名されている)

一族の最大の懸念は、プリンスとパリス、末子のプリンス・マイケルⅡが、彼らの父について見たり聞いたりすることにどれほど影響されるかということだった。

「プリンスは父親と過ごしていて内面を知っていたから、彼がそういうことを信じないということはわかっていました」とタジは数多くの疑惑について語った。

疑惑やスキャンダルに対してどう対処していたのかと尋ねると、彼は率直にこう言った。「ショックでしたよ。すべてが一度にやって来ましたし。でも学んだのです。一切無視することで対処するということをね」。

彼は多くの疑惑をゆすり・たかりだとして片付けたのだ。

彼は、自分の人生が、彼の言う「普通でない」ものであったということを理解している。だが、彼はそういうこととはうまくやっているようだ。生みの親はデビー・ロウであり、彼女の親権は2001年に停止されているという事実についても。二人の間に交流はない。

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「祖母といとこのフランシスという二人の母親的な人がいるというのは幸運だと僕は思っています。生みの親ということで言えば、彼女はむしろ友人です。そしてそれでうまくいっています。僕の生活は普通ではないと言えるかもしれません。でも僕は気に入っていますし、そういうことはずっと前からわかっていますから」。

彼は、父親が選んだ親としての選択を理解している。「父は、大人に対するように僕に話をしました。マスクをつけるのは、自分に影響されることなく僕たち自身の生活を送ってほしいからだと言っていました」と彼は言う。子供たちは顔が知られていなかったため、父親の手を煩わすことなく頻繁に外出できたという。

「小さかったころは、よその家の子供がそんな風に暮らしているかどうかなんて考えませんでした。でも父がどういう人かを知ってからは、普通ではないと感じるようになりました」。

「ディズニーランドでのことを覚えています。僕たちは窓側へ行ったんですが、大勢のファンの皆さんが手を振って僕たちの写真を撮っていました。僕はそれが普通だと思っていて、普通に手を振り返していました。父のパフォーマンスのビデオを見たり、人々が失神したりしているのを見るまでは、父が為した仕事が多くの人々にとって意味があることだとを実感できていませんでした」。

現在では、柔術への関心が、父親のいない寂しさと折り合いをつける上でよい手段となっている(脚の後側に、通っている柔術教室のロゴのタトゥーを入れているほどだ)。カレッジの最初の学期で受講したグリーフ・ケアのクラスが役に立った。「乗り越えるものだとは思いません。それも人生の一部分です。人生とは何か欠けているものです」と彼は言う。

「僕の乗り越え方と言えば、いろいろな意味で父を取り入れるということなんです。僕の会社のロゴには父の影響がほんの少しあります。父を象徴として使う、父の教えを守ろうと努力する、といったことです。弟と妹もそれぞれ違うやり方で乗り越えています。年齢とともに良くなっていますよ」。

成長するにつれて、彼の父は誇らしげに「Thriller」や「Moonwalker」を彼に見せたという(2作とも、長尺ミュージックビデオというマイケルのビジュアル的手法の代表作)。そしてしばしば、二人そろって映画を観たり分析したりしてのんびりとした午後を過ごした。二人のお気に入りはジェームズ・ボンド・シリーズやホラーであったが、「キング・コング」や「ロード・オブ・ザ・リング三部作」といった大作では、音を消して鑑賞し、マイケルがカットの違いを指摘してみせる、などということをしたりしていた。

ロンドン公演「This Is It」(マイケルはこのショーのリハーサル中に50歳で亡くなった)のためのビデオ撮影中の父を見たことが、自分のキャリアのゴールはここだという思いを固めることとなった。

「自分でしたいことがわかったのはこの時なんです」と彼はマリーナ・デル・レイの自分のアパートに滞在中に振り返った。「僕はそのスリルがすごく気に入ったんです。セットではたくさんの人と話をすることができました。照明の方とかアシスタント・カメラマン方とか。僕は多くを学びました」。

シャーマン・オークスの私立学校バックリー・スクールに通学中、彼は演劇に興味を持ち、演技のクラスを受講し、音響設計やセットの組み立てを学び、舞台係として働いた。そしてロヨラ・メリーマウント大学に入学して映画を専攻したことは、当然の選択であった・・・自分で思いとどまるまでは。

彼はビジネスを専攻することにしたのである。

カメラの前に立つというちょっとした浮気はあった。2013年、彼は「エンタテイメント・トゥナイト」のセレブ・レポーターとして登場し、CW系列のドラマ「90210(新ビバリーヒルズ青春白書)」ではカメオ出演も果たしている。

親友で元クラスメートのデュアン・エルヴィンによれば、「彼は俳優にはなりたくなかったんです。彼は舞台裏を好みました」。

ロヨラ・メリーマウントに通い始めた昨年の前期のことだ。長年の家族の友人であるオマー・"O-Bee"・バティが新曲のクラブ向けの曲「Automatic」を彼に聞かせた。

彼は会社を立ち上げる機会だと考えた。当時は会社の名前しか彼の頭にはなかった。



ノルウェー人ラッパー/シンガーのバティは90年代にマイケルに見出されて以来マイケルの弟子ともいえる人物だった。マイケルは息子同様に接し、バティとその両親をネバーランドへ引っ越させた(ネット上の陰謀論者は大喜びである)。実は、バティはマイケルが実際にムーンウォークを教えた唯一の人物であり、そしてプリンスにとっては生まれたからずっと家族なのだ。お互い兄弟であると考えるほどである。

バティのプロジェクトで会社を立ち上げるということは彼にとって重要なことだった。

80年代初頭にマイケルを強大な勢力として強固なものとした、強烈で映画的なビジュアルに大きな影響を受け、ハイパワーなミュージック・ビデオにすべく二人は意見を出し合った。そして彼がプロデュースを申し出た。2月、彼は会社を有限責任会社として登録し、撮影を始めた。

「僕は彼が歩き始めた時、おしゃべりを始めた時にその場にいたんですよ。おしめも取り替えた。そしてその彼が今、僕のビデオを作っているんです」と31歳になったLA訪問中のバティはカクテル片手に冗談めかして語った。「弟みたいなものですよ。でもプロとして彼と共同作業するとは夢にも思わなかったな」。

撮影は当初、ヘイヴェンハーストで行われたが、それは計画とは違っていた。もともと計画していた場所(空港と廃れたモール)では予算オーバーであるとわかり、製作が危ぶまれたことが、彼が学んだ最初のレッスンだった。

彼の父は彼が有名になることを避けようと細心の注意を払っていたが、現在彼の家族は彼がエンタテイメントの世界へ進出することに協力的だ。

「プリンスはとても頭の良い子です。彼は標的となるでしょう。特別扱いの子供だという過った印象をもたれているからです。真実とは程遠いのですが。生まれてからずっと有名人に囲まれて育った場合、その子にとっては2つの道があるんです。ありとあらゆるものを与えられる道、あるいは、地に足の着いた教育を受け他の人たちと同じであるということを理解する道です。性格について言うと、プリンスは、父親にそういうことをきちんと教え込まれました」とタジは言う。

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父の寝室のピアノにもたれかかる彼に、木製のブラインドの影がかかっていた。影が体にかかっているこの写真は彼のことをよく表わしている。

King's Son Productionsの構想は、最終的には映画を扱うことにある。「This Is It」後に彼の父が前向きに検討していたプランだ。彼はエステートとは仕事上の関係を築いており、自分の会社を通じてエステートのプロジェクトに参加したいと考えている。ただし現在のところ計画はない。

最近、彼は2作目のミュージック・ビデオを製作した。ブラジルの姉妹グループ「Sco Triplets」用のものだ。そして現在は、パサデナで来年開院するシュライナー子供病院向けのプロジェクトに取り組んでいる。

大学2年生の新学期はマイケルの58歳の誕生日にスタートした(父の導きが続いているしるしです、と彼は冗談を言った)。

彼は、大学と始めたばかりのビジネスを両立させていく計画だ。クラスメートと学内で作った組織を利用する。彼の父が「Heal The World Foundation」という慈善団体でチャリティー活動をしていたことにヒントを得たものである。

「正直言って、ただ勢いに任せているだけなんです。まだ若いし、考えが変わることもありますから。僕と父は切り離すことはできません。父があのような大きな前例を作ってくれました。そしてそのことについてまったく問題はありません。僕は父の名声と、父の息子であることに誇りを持っています」。

神殿の一角にいる彼。おばたち、おじたち、そして亡き父と、たくさんの肖像に囲まれている。彼は正直なところ、写真撮影をしなければならないということに神経質だ。あまり好きではないことの一つだと彼は明かした。パリスが様子を見に顔を出し、ソファにちょこんと座った。そしてカメラの前で、緊張する彼に冗談を言い始めた。「カッコいい顔して」と彼女が指示を出す。

彼はやろうとし、そして二人でクスクスと笑った。

Source: Los Angles Times

プリンス:パパへ 2016年11月

愛というものの価値、コミュニティーというものの価値、謙虚さというものの価値。そしてお互いの価値。人間として、そしてきょうだいとして。あなたは、どのようにして一つになるのか、お互いに頼りあっていくのかということを教えてくれました。そしてあなたは今ここにいないけれど、あなたの教えは私たちの中に、そして私たちの子供たちの中に生き続けます。あなたのひととなりを説明するにはたくさんの言葉が必要だけれど、あなたに報い、そしてまがりなりにも公正であると言える唯一の言葉、それは「ありがとう」です。
あなたという人に、そして、あなたが僕たちにそのようにあれと教えてくれたその人に、ありがとう。

(原文)
The value of love, community, humbleness, and each other; both human beings and as siblings. You taught us how to be a unit and to rely on each other. And even if you're not here with us, those lessons live on through us and through our children. There are to many words to descibe the man you are but the only one that will do you and semblance of justice is thank you. you Thank you for the man you are and the man you made me to be

ソース:Prince Jackson / Instagram.com /MJJFANCLUB.JP

彼の虚像、彼の伝説、そして人として - マイケル・ジャクソン・Jr

彼の虚像、彼の伝説、そして人として
マイケル・ジャクソン・Jr

多くの人々にとって、彼はキングである。でも僕にとっては、一人の人だ。
彼が触発するすべて、高尚な目的を導くためのもの
みんなファミリー、ファンではない
たとえ拍手万雷を受けている時であっても
多くの人は彼の伝説と虚像を知っている
幸運な一握りの人々は彼の真の姿を知っている
ジャクソン・ファミリーの5人目としてではなく
「息子、きょうだい、父親」。ごく一部の人々はそいういう彼を知っている。
彼は虚像であり、伝説であり、そして一人の人だ。
彼は母親を気遣い、子供たちを気遣う。世界を、全ての人を。彼は子羊
彼はピュア、彼は試練を受けた、彼は人の罪を許した。

The Myth, The Legend, The Man
Michael Jackson Jr.

To many he is king, to me, a man
All he inspires, to lead a noble cause.
Everyone is family, not a fan
Even while receiving thunderous applause.
The many know the Legend and the Myth,
A lucky few know the Man as he is
But not as the Jackson family fifth.
"Son, Brother, Father," these few know him as.
He is the Myth, the Legend and the Man.
He cares for his mother and his children,
The world and everyone, he is a lamb.
He is pure, tested, yet has forgiven.

ソース: Prince Jackson / Instagram / MJJFANCLUB.JP

FYI : フリードマン : プリンス、ビデオ製作会社をスタート

マイケル・ジャクソンの息子のプリンスが企業家としてスタートした。

去る3月にカリフォルニアで「King's Son Productions」というビデオ製作の会社を立ち上げた。有限責任会社(LLC)として登録されている。

プリンスの最初の行動としてSco Tripletsというゴージャスな姉妹との契約を済ませている。

社名は父親のキング・オブ・ポップに因んでいる。すなわち、King's Sonである。彼はロヨラ・メリーマウント大学に在学中だが、将来をショービジネス界に描いていることは明らかだ。

私が思うに、彼はうまくやるだろう。たとえ、マイケル・ジャクソンの取り巻きだったオマー・バティのビデオを製作していても。20年前、マイケルはチュニジアでマイケルのモノマネをしているこのノルウェー人の子供を発見した。マイケルはこの子供を手元に置き、その両親をネバーランドのナニーと雑用係として雇った。マイケルが亡くなって以降、オマーは「兄」としてジャクソン家にしがみついている。

一方で妹のパリスは、ラスベガスのスター、クリス・エンジェルとマジック・スペシャルに今秋出演する契約を結んでいる。

EXCLUSIVE Michael Jackson’s Son Prince Starts Video Production Company, Signs First Act (Gorgeous Triplets)

■Michael Jackson’s son, Prince, is becoming an entrepreneur.

He’s started a real video company called King’s Son Productions, registered as a limited liability corporation this past March in California.

And Prince has signed his first act, gorgeous matching sisters called the Sco Triplets.

Prince named his company after his father, the King of Pop, hence King’s Son. He’s attending Loyola Marymount College and is obviously planning a future in entertainment business.

I think he’ll do just fine even though he’s also putting out a video by Michael Jackson hanger-on Omer Bhatti. Twenty years ago, Michael plucked found this Norwegian kid doing Jacko imitations in Tunisia. (Omer is Norwegian.) Michael kept the kid, and hired his parents as a nanny and gofer at Neverland. Since Michael died, Omer has latched himself onto the Jacksons as an older “sibling.”

Meantime, sister Paris has signed to appear in a magic special this fall with Las Vegas star Criss Angel.

Source : showbiz411

オマー・'O-Bee'・バティ、プリンスがプロデュースしたビデオ「Automatic」を初公開

ラッパーのオマー・'O-Bee'・バティが最新シングル「Automatic」のビデオ・クリップでスーパー・ヒーローを演じている。ビルボードで初公開した。1週間もかからずに撮影されたこのビデオ・・・監督はクリス・ペレス、プロデュースはマイケル・ジャクソンの息子のプリンス・マイケル・ジャクソン・・・は、コラボーレーションによるアーティスティックなビジョンである。

「僕は何かを生み出すことで成長するんだ」とオマーはビルボードに対して語った。ビデオのコンセプトはプリンスの最初のアイディアから閃いたんだ。ショート・フィルム風のビデオを作りたかったんだよ。僕はマイケル・ジャクソンの指導を受けて育ったから、映画的なアプローチは自然だったね。MJは自分のビデオについてよくこう言っていたよ。『これはミュージック・ビデオじゃない。僕はショート・フィルムを作るんだ』ってね。それがこびりついているんだと思う」。

「Automatic」を生み出したアイコンはキング・オブ・ポップだけではない。オマーはディディに対してもシャウトアウトしている。ディディの90年代のBad Boy的な手法がこの曲のフックに影響を与えている。

プリンス・マイケル(このビデオに同じく出演)がこう付け加える。「父が昔作った映画的ミュージック・ビデオがヒントになってるんです。このビデオの製作過程のことは説明が難しいです。仕事のようには思っていませんでした。幸運にも親しい友人との仕事でしたし、クルー全員から多くを学びました。このプロジェクトで仕事をしたことは、夢がかなう第一歩のように思っていました。セットに入って、巨大なセットを見て、そして実感したんです。『これをやるんだな』って」。

「Automatic」は、プリンス・ジャクソンのKing's Son Productionsからの最初のフルサイズ作品となる。オマーのEPは今年後半に発売される予定。

「Automatic」で展開される大騒ぎはこちら。


■Rapper/Singer Omer 'O-Bee' Bhatti Debuts Prince Michael Jackson-Produced 'Automatic' Video: Premiere

Rapper/ singer Omer "O-Bee" Bhatti plays super hero in the clip for his latest single "Automatic," making its debut on Billboard. Shot in less than a week, the video -- directed by Chris Perez and produced by Michael Jackson's son, Prince Michael Jackson -- was a collaborative artistic vision.

"I thrive off of creating something," the Norwegian rapper tells Billboard. "The concept of the whole video was sparked from Prince's first ideas for the video. We wanted to make a short-film type of video. Since I grew up under the mentorship of Michael Jackson, taking the cinematic approach came natural to me. I remember MJ used to say about his videos, 'They are not music videos -- I make short films.' I guess that stuck with me."

The King of Pop isn't the only icon who inspired "Automatic" -- Bhatti also shouts out Diddy, whose Bad Boy ways in the 90s inspired the song's hook.

Prince Michael, who also stars in the clip, adds, "It’s inspired by the cinematic music videos that my dad made back in the day. It's hard to describe what it was like working on this video. It didn't feel like work -- I was learning so much from all the crew members as well as having the good fortune to be working with close friends of mine." He continues, "Working on this project felt like the beginning of a dream come true. I remember being on set and seeing the magnitude of the set and realizing, 'Wow, we're really doing this.'"

"Automatic" serves as the full-length production debut from Prince Michael Jackson's King's Son Productions. O-Bee's forthcoming independent EP is slated for release later this year.

Watch the mayhem unfold in the "Automatic" video below.

Source: billboard.com
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