クインシー・ジョーンズ、BAD製作を振り返る(その2)

マイケルのデモを仕上げていった過程について教えてください
建物の完成形を見通している必要があります。どう建設するかは問題ではない、でも、最終的な姿は見ていなければなりません。わたしたち二人のコンビネーションはパーフェクトでした。私はダンスはできないし(小さいころはダンスもしていましたが)、でも、私はダンサーでもシンガーでもない。マイケルはこれらの天才です。彼は注意深い。彼は細かいところまで見逃さない。彼はサミー・デイヴィスやジェームズ・ブラウン、フレッド・アステア、ジーン・ケリーを研究している。彼は何一つ見逃さない。これが本物のプロです。注意深く観察し、全てに目を配る。プロの心構えです。どうなっているのか知りたい。好奇心。シナトラもそうでした。

私にはオーケストラのバックグラウンドがあります。だから私たちには必要なものがすべてあったのです。もし足りなければ雇いました。コーラスのアンドレ・クラウチみたいにね("Man In The Mirror")。私はオーケストラ・ジャンキーですから。何が足りないかわかるでしょ?ベースラインのハーモニーが足りない。そこでジョン・ロビンソンに話をした。一小節分のドラムをやってくれないか?世界中でハミングできるようなやつを。私には共感覚というものがあって、ちょっと変わっているのですが、音楽を聴く前に見るんです。突拍子もないことでしょうが、それでうまくいくんです。シルバーだったり、パープルだったり、ベビー・ブルーだったりするんです。

音楽と言うものは感情的な構造物です。忘れてはならないのは愛と尊敬と誠実さです。それがなければ何も起こりません。それがリアルでなければならないのです。もし、安全ネットもなしに飛べとチームに頼むのなら、十分な信頼が必要です。やろうとしていることを信じてもらえるほどにね。

スタジオの何もかもを愛していました。それがほとんどです。ノッているときは5日間徹夜とかありましたね。セカンド・エンジニアが担架で運び出されたり。私は一日に180本もタバコを吸っていましたよ。もう止めましたけど。

新しいテクノロジーはBADのレコーディングに影響しましたか?
私はこれまでずっと、最新のテクノロジーに関わってきました。映画でフェンダー・ローズ(エレキピアノ)を使ったのは私たちです。フェンダー・ベースは1953年に使いました。1939年のエレキギターとフェンダー・ベースが組み合わされなければロックやモータウンはなかったでしょうね。ジャズのレコードで最初に使ったんですよ。アート・ファーマーの「Work of Art」と呼ばれているやつです。プレスティッジ・レコードから出したやつですね。私が作った「鬼警部アイアンサイド」のテーマはシンセサイザーを大々的に使った最初のものです。38年前にアラン・ケイに会いにシリコン・バレーにも行きました。MAC ONEやMAC TWOを創った人です。

そんなのはバッハやベートーベンのころからですよ。ハープシコードはどこから生まれたか知ってますか?彼らは鍵盤と同じ感覚を違ったやり方で得られないか試行錯誤したのです。

BADのシングルの選考基準を教えてください
曲自身が決めることになるね。私は(アルバムに良曲を)たくさん入れるのが好きなんです。とれからはずしたらよいかわからなくなるほどにね。曲というのは工芸品です。魂の工芸品。私は最後の大切な友人に接するようにどの曲に対しても取り組みます。曲選びは結構こだわります。曲に対しては注意深くなければなりません。私たちのビジネスとは一曲の偉大な歌を扱うものなのです。歌と言うのはパワーなんです。歌うアーティストはメッセンジャー。偉大な曲というのは、最悪なシンガーを世界的スターにしうるものなのです。出来の悪い歌は世界3大シンガーをもってしても救えません。何年も後でこのことを学びました。知っておくべきことですよ。

プロデューサーがレコードを作るとき、その順序が最も重要です。最初から最後まで動きを止めてはいけません。15秒で掴めなければ耳は寝てしまいます。耳に心地よい曲が求められるのです。偉大な曲にはそのような素晴らしいものがあるのです。現在そういうのはあまり多くはありません。シャンパンだらけ、ノイズを売っています。でも、ケンドリック・ラマーやザ・ウィークエンド、ドレイクはすごくいいね。

今の人は宿題をやらなければなりません。右脳を鍛えるのです。特に今では誰も楽譜を読みません。目の前で起こっていることを知りません。コード・シートを求めることさえしない。耳で歌っています。それはクールですが、全ての音楽が楽譜なしなのです。自分がやっていることが理解できていれば苦しいことではありません。ハービー・ハンコックも苦しまなかったし、スティーヴィー・ワンダーも。私はスティーヴィーとは彼が12歳の時に出会いました。アレサも12歳、マイケルも12歳です。12歳で習得していれば、ずっと続けることになるのです。

レコードを製作するということについて普通の人は何も知りません。どんなだと思いますか?タフな仕事です。スタジオや、エンジニア、バック・シンガー、バンド、ふさわしい曲、ふさわしいテンポ、ふさわしいキーが必要です。休みがありません。面倒を見なければならないのです。「休憩しよう」といつ言うべきか、「もう一回やろう」といつ言うべきかをわかっていなければなりません。普通とは違います。そして私はそういう人たちと仕事をしてきました。ビリー・ホリデイ、エラ(・フィッツジェラルド)、サラ・ヴォーンといった人たちとね。でもいつも同じやり方でした・・・マイケルは・・・彼にとって何が正解かを理解し、彼にとって生涯最高のキャンバスを用意するということでした。

何が起こるかなんてわからない。神のみぞ知る、ですよ。鳥肌の立つような音楽を作る、それだけです。

(おわり)

Source: rollingstone.com / MJJFANCLUB.JP

クインシー・ジョーンズ、BAD製作を振り返る(その1)

クインシー・ジョーンズはマイケル・ジャクソンと出会うころにはすでに様々なジャンルにおいて幅広く多数のキャリアを築き上げていた。ディジー・ガレスピーのツアーに参加し、フランク・シナトラの「Fly Me to the Moon」で編曲を担当、自身のグループを率いてアレンジを担当、レイ・チャールズのアルバム「Genius + Soul = Jazz」では自身のグループを率いて映画やテレビ番組のスコアを手がけ、そしてビッグ・メイベルの「Whole Lotta Shakin' Goin' On」や、レスリー・ゴーアの1963年から64年にかけての4連続トップ5ヒットを記録したシングルにおいてはポップ・ミュージックの才覚を発揮している。

ジョーンズは全ての経験をジャクソンとの作品完成につぎ込んだ。そして二人はポップ・ミュージック史最高のデュオとなったのである。1979年から1987年までの間に、ジャクソンはジョーンズがプロデュースをした「Off The Wall」、「Thriller」、「Bad」の3作を続けてリリースした。そしてこれらは数え切れないほどの売り上げとなり、アメリカでの9曲のナンバー1を含む17曲のトップ10ヒットを記録した。30周年を迎えた「Bad」を祝し、ジョーンズがこの歴史的LPについてローリング・ストーン誌に語った。

仕事を始めるにあたり、あなたとマイケルはBadのビジョンについて話をしたのですか?
そういう風に仕事は進まないんです。曲によって違う。歌というのはパワーなんですよ。歌にはパワーが備わっている。私が学んだことから言えば、メロディーとは神の声なんです。それこそが捜し求めているもの。お金や名声のためにレコードを作ったことはただの一度もありません。それで失敗するんです。お金を追い求めていれば神は出て行ってしまう。そして、お金をどう得ていくのかわかっていない・・・そんなことでは得られないのです。直感に従わなければなりません。84歳にして私が学んだことがあるとすれば、それは、大抵のことは何もする必要がない。それは聖なる神の介入なのです。

レコード製作において、自分の考えを持ち込もうとする人がいます。私は、とか、私にとって、とか、私のとかね。物事はそんな風には進まないんですよ。私たちは、私たちにとって、彼らは・・・・いつでもチームなのです。チームに深く関わるほど、プロジェクトはうまく行くものです。素晴らしいプロセスですよ。私はずっとそうしてきました。ただ、60年代にレスリー・ゴーアと仕事をした時は、気に入らない曲が2位と6位と11位となりました。トップ6のレコードを作ったって言う人を聞いたはないでしょう?トップ11?ないない。もし2位だったら、1位を取りたいものですよ。

どのようにして偉大なチームを集めたのですか?
マイケルと仕事をする以前から、私にはスーパースターのチームがありました。ジェリー・ヘイ、ロッド・テンパートン、ブルース・スウェディーン、グレッグ・フィリンゲインズ。マイケル以前からのチームです。こいつらは世界最高の奴らですよ。

考えたこともありませんが、プロデューサーの責務の一つは、何があらゆる点で最高であるかを知るということです。プロデューサーの仕事はハードですよ。本当にね。チームの関係者全員を同じ方向へ向かわせることができれば、素晴らしいレコードが作れます。

あと、曲に対して誠実であるということも必要です。私のミュージシャンたちはみんなどのように考えていますよ。自分の担当でなくても、何がしてしまう。ジェームス・イングラムの「One Hundred Ways?」を思い出してください。私はジョージ・ベンソンとレコーディングしようとしていました。でもCセクションがなかったんです。ジョージ待ちでした。そこでジェームスのためにとロッドが別の部屋へ行き、1時間でCセクションを書き上げてきました。それでも彼はレコードに名前を記すこともなく、クレジットも求めませんでした。こういうひたむきさを持つべきなのです。そうでなければ神は電話に出てくれませんよ。

チームやアーティストにとっての最善をどのように知るのですか?
ビジネスでの経験からですね。私はビッグ・バンドからスタートし、ゴスペル・カルテットやビーバップ(私はビーバップのジャンキーでした)を経験しました。あれは革命的ムーヴメントでした。私は70年もこの中にいます。とても長い時間です。ありったけのミスをすればそれだけ学ぶことができる。間違いをしなければ学ぶことはできません。私はありとあらゆるミスをしました。あらゆるミスです。でもマイケルと会うころまでにはすべてのミスをやっていたのです。Thrillerは50歳の時、シナトラと仕事をした時は29歳でした。

アルバム「BAD」の選曲の基準は?
お話ししましょう。「Off The Wall」ではマイケルは「Don't Stop 'Til You Get Enough」や「Working Day and Night」を書きました。それから「Get on the Floor」のある部分をルイス・ジョンソンと一緒にマイケルに書いてもらいました。というのもあれはブラザース・ジョンソンの素晴らしいやつのミドルの部分だったのです。「Thriller」では彼は「Beat It」を書きました。最後にやったやつですね。それに「The Girl Is Mine」、「Billie Jean」、「Wanna Be Startin' Somethin」も彼が書きました。

(彼の生活での)騒動が大きくなってきたので、心から正直な正直なアルバムをやるべきだ、全部自分で書くべきだと思うと彼に言いました。「BAD」でそう提案したのです。彼は2曲を除いて全て書きました。私は、彼とスティーヴィーのデュエット(テリー・ブリテンとグラハム・ライルの共作「Just Good Friends」)でミスをしました。あの曲はフィットしませんでした。でも「Man In The Mirror」はとても良い出来でした。サイーダ(・ギャレット)は私の13人のソングライターの一人です。私はミーティングを開き、自分をよりよい人間にするための世界的アンセムを彼らに頼みました。そして彼女が「Man in the Mirror」を(グレン・)バラードと書いたのです。一気に書き上げました。彼女がやったのです。このアルバムの最高の曲です。そして全ての曲がビッグでした・・・5曲のナンバーワンを出したのです。

(その2へつづく)

TIME誌が、「Thriller」が史上最も重要なアルバムの一つである理由を考察している

「パンクの残骸とシックなシンセサイザー・ポップの狭間で行き詰まっていたレコード会社にとって、『Thriller』は完全なる自信の回復と再生であった。リスナー、特に若い層への影響は新たな発見といってもよいものであった。『Thriller』はブラック・ミュージックをラジオの主流へと弾き戻した。70年代中盤の"スペシャル・フォーマットによる番組制作"による制約によってブラック・ミュージックは事実上排除されていたのだ。リスナーは大量のソウルのもとで、ポップをよりポップに、そしてヘヴィー・メタルなダイエットを止めることが可能となった。『それは疑いない』と、ジャクソンとともに『Off The Wall』や『Thriller』をプロデュースした作曲家・編曲家のクインシー・ジョーンズは言う。『彼は我々をもとの位置へと正したのです。ブラック・ミュージックは長い間脇役に甘んじていました。でもそのスピリットはポップのモーターなのです。マイケルは世界中のソウルとつながっていたのです』」。

(原文)
TIME Magazine explores why 'Thriller' is one of the most important albums of all time:

"For a record industry stuck on the border between the ruins of punk and the chic regions of synthesizer pop, 'Thriller' was a thorough restoration of confidence, a rejuvenation. Its effect on listeners, especially younger ones, was nearer to a revelation. 'Thriller' brought black music back to mainstream radio, from which it had been effectively banished after restrictive "special-format programming" was introduced in the mid-'70s. Listeners could put more carbonation in their pop and cut their heavy-metal diet with a dose of the fleetest soul around. "No doubt about it," says Composer-Arranger Quincy Jones, who produced 'Off the Wall' and 'Thriller' with Jackson. "He's taken us right up there where we belong. Black music had to play second fiddle for a long time, but its spirit is the whole motor of pop. Michael has connected with every soul in the world."

Source: The official facebook page of Michael Jackson / facebook.com

完成しなかったマイケルのテーマパーク

Disney and Moreというブログに「Peter Pan's Neverland」の写真が掲載されている。これはマイケルがアル=ワリード王子と建設しようとしていたテーマパークである。

1997年、 Kingdom Entertainmentを設立したアル=ワリード王子はディズニーランド・パリの筆頭株主であり、そしてKingdom EntertainmentはLandmark Entertainmentの50%の株式を購入した。これにより同社には多額のキャッシュが流入することとなった。マイケルが5%、アル=ワリード王子が45%を保持していた。

マイケルはLandmark Entertainmentに対し、ディズニーランドのようなテーマパークを設計できないか打診した。それが「Peter Pan’s Neverland」と名付けられた。

パークに入るとそこはロンドンのような眺めとなっていただろう。ケンジントン・ガーデンズやビッグ・ベン、国会議事堂などのヴィクトリア時代の建造物のレプリカが配置されている。ピーター・パン像もある。

「Neverland Island」へ行くには2つのアトラクションが用意されている。空から行くか、ボートで行くか。

空から行く場合、ビッグ・ベンを飛び越えて離陸し、ティンカー・ベルに導かれて島へ向かう。マーメイド・ラグーンやスカル・ロックが見え、森の中のロスト・ボーイズの家の近くへ着陸する。

「Neverland Island」へボートで行く場合は、ミステリアスな洞窟を通り、滝があり豊かな草木が生い茂る「Neverland Island」へ到着する。

「Neverland Island」には6つのエリアがある。

ロスト・ボーイズ・エリア
ジェット・コースター、木の家、プレイ・エリア

マーメイド・ラグーン
マーメイド・ショー、地下レストラン、ボート・ライド

インディアン・ヴィレッジ
ラフト・ライド

ピクシー・キングダム
巨大マッシュルームやカーニバル・ライドがある子供用プレイ・エリア

スカル・ロックとパイレーツ・ヴィレッジ

この計画は1999年5月に手が加えられ、さらにアトラクションが追加された。タワー・ヴィレッジには屋内コースターや3Dシアターがあった。国会議事堂にでは「Salute to J.M. Barrie」というショーが上演されることになっていた。

このプロジェクトの完成予想図つきの記事全文はこちらを参照(英文)。全ての絵図はLandmark Entertainmentに著作権があることに注意願います。


■Michael’s Theme Park That Never Was

On a blog called Disney and More, you can see pictures of ‘Peter Pan’s Neverland,’ a theme park that Michael wanted to create with Prince Al Waleed.

In 1997 when Kingdom Entertainment was created and Prince Al-Waleed was Disneyland Paris’ largest stockholder, Kingdom purchased 50% of Landmark Entertainment, which gave the company a large cash infusion. Michael had 5% of this with Prince Al-Waleed having the remaining 45%.

Michael then asked Landmark if they could design a theme park, like Disneyland, that would be named ‘Peter Pan’s Neverland.’

On entry to the park you would have been greeted by a grand view of London. There were replicas of Kensington Gardens, Big Ben and the Houses of Parliament set in Victorian times. The set included a Peter Pan statue.

After entering the park you would then make your way to ‘Neverland Island’ via one of the two attractions on offer…either to fly or travel via boat.

If you chose to fly you would take off over Big Ben and then Tinker Bell would lead you to the island where you could see ‘Mermaid Lagoon’, ‘Skull Rock’ and you would land close to the ‘Lost Boys’ home in the woods.

If you selected to travel via the boat to ‘Neverland Island,’ your journey would include a trip through mysterious caves arriving on the island to waterfalls and lush vegetation.

Once at ‘Neverland Island’ you would have had the choice of six different areas:

Lost Boys Area
This included a roller-coaster, a tree house and a play area.

Mermaid Lagoon
This included a mermaid show, an underground restaurant and a boat ride.

Indian Village
This included a raft ride.

Pixie Kingdom
This was another play area for young children with giant mushrooms and carnival rides.

Skull Rock & Pirates Village

These plans were revised in May 1999 and contained even more attractions. Tower Bridge had been added, which included an indoor coaster and 3D theatre. In addition to this the Houses of Parliament now housed a ‘Salute to J.M. Barrie’ show.

For more details read the full article with drawings of the project before and after. Please be aware that all drawings are the copyright of Landmark Entertainment Group.

Source: D&M Entertainment & MJWN

Michael Jackson ONE

幸運にもすでにご覧になった方、シルク・ドゥ・ソレイユ「Michael Jackson ONE」
を簡潔に説明するとしたらどんな言葉を使いますか?
まだご覧になっていない方、チケットはこちらです。


Source: The official faceboook of Michael Jackson / facebook.com

Thriller、2017年のLP盤セールスのトップ10入り

最初の発表から35年、マイケル・ジャクソンを象徴するアルバム「Thriller」は、2017年においてもLP盤セールスのトップ10に入っている。

昨年早々、「Thriller」はアメリカで33xプラチナに認定されて新たな記録を達成し、最も多くの認定を受けたアルバムとなった。「Thriller」はまた、3000万枚を越えた唯一のアルバムでもある。世界においては1億500万枚を越える売り上げを記録している。

2017年のLP盤の全売り上げは前年比9%増となり、1991年以来最高の売り上げとなった。2017年のトップ10は以下の通り。

1. The Beatles, Sgt. Pepper’s Lonely Hearts Club Band – 72,000 copies
2. The Beatles, Abbey Road – 66,000
3. Soundtrack, Guardians of the Galaxy: Awesome Mix Vol. 1 – 62,000
4. Ed Sheeran, Divide – 62,000
5. Amy Winehouse, Back to Black – 58,000
6. Prince, Purple Rain (Soundtrack) – 58,000
7. Bob Marley and the Wailers, Legend: The Best of… – 56,000
8. Pink Floyd, The Dark Side of the Moon – 54,000
9. Soundtrack, La La Land – 49,000
10. Michael Jackson, Thriller – 49,000

■‘Thriller’ In Top 10 Best Selling Vinyls Of 2017

Thirty-five years after its initial release, Michael Jackson’s iconic ‘Thriller’ album is still in the top 10 best selling vinyl albums of 2017.

At the beginning of last year the best selling album in the world broke a new recording, becoming certified 33-times platinum in the United States, making it the album with the greatest number of certifications ever. ‘Thriller’ is also the only album that surpassed 30 million. Globally the album has sold over 105 million copies.

Generally vinyl sales are back on the rise, up 9% from the previous year and 2017 marked the largest number of vinyl albums purchased since 1991. The top 10 vinyls of 2017 were:

The Beatles, Sgt. Pepper’s Lonely Hearts Club Band – 72,000 copies
The Beatles, Abbey Road – 66,000
Soundtrack, Guardians of the Galaxy: Awesome Mix Vol. 1 – 62,000
Ed Sheeran, Divide – 62,000
Amy Winehouse, Back to Black – 58,000
Prince, Purple Rain (Soundtrack) – 58,000
Bob Marley and the Wailers, Legend: The Best of… – 56,000
Pink Floyd, The Dark Side of the Moon – 54,000
Soundtrack, La La Land – 49,000
Michael Jackson, Thriller – 49,000

Source: Ultimate Classic Rock & MJWN
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