CR FASHION BOOK パリスのインタビュー

18歳になったマイケルの娘パリスには人生におけるグランドプランはまだない。製作中のアルバムがあるわけでもないし、モデル契約をしているわけでも、出版契約をしているわけでもない。テレビの出演が決まっているわけでもない(このインタビュー後にはあるかもしれないが)。その代わり、史上最も有名で成功したミュージシャンの娘として与えられた立場というものをよく知っている彼女は、自身の創造性を表現する手段を作り上げつつあり、また、関心は高いものの実際に行動に移す人が少ない大義のため、今でいえばノース・ダコタのスタンディング・ロック先住民居留地におけるダコタ・アクセス・パイプラインの建設中止を求める運動のために戦っている。受け継いだものとは無関係に、無限の可能性を秘めた思慮深いティーンとして、彼女は自分が正しいと思ったことに忠実に行動せずにはいられないのだ。去る1月、彼女はロサンゼルスで映画監督のリー・ダニエルズと会った。ゴールデングローブ賞に初めて出席した次の日のことだ。彼女は音楽やマイケルについて語った。

リー・ダニエルズ(LD):それでは、パリス・ジャクソンのご職業は?

パリス・ジャクソン(PJ):今はモデルのようなことをしています。

LD:その瞳と身長ですからね。

PJ:私は常に、やってみるということを考えています。ここ数年くらいは。私は行動主義というものを信じていて、もっと大きなことをやりたいのです。

LD:今の世の中でそれが可能だと思っているんですか?

PJ:ええ。大勢の人々が本当に怒っていると私は思っています。可能性は2通りあります。事態が悪くなる、または「あの人」、政府がするべきことをしない、だから自分たちの手でやる、ということです。ミレニアル世代の私たちはこの国の今後数年間を動かしていこうという気持ちがあります。私たちはこの国を自分たちがそうであってほしい国にすることができるのです。

LD:こう聞きたかったのかもしれません。つまり、時間はありますか?

PJ:今年は私たちの年代が立ち上がるところまでこぎつける年になることを願っています。暴力的な方法ではなく、リベラリズムを後押しするのです。これは同性婚から始まりました。私たちは平等を力強く推し進め、その結果こうなったのです。

LD:あなたが特に力を入れている大義とは?

PJ:私は動物虐待にとても怒りを感じています。

LD:そうすると毛皮禁止とか?

PJ:そう、私は本物の毛皮とか革製品は好きじゃありません。

LD:私はファーのハンモックを持っていますが、ぞっとするんです。

PJ:ファーのハンモックですか?(笑)

LD:どうか私を追っ払ったりしないでください。

PJ:とんでもありません!重要なことは、私は個人的に所有するということはないということです。持っているからと言ってあなたを嫌いになるということはありません。

LD:スタンディング・ロックを支持するタトゥーを入れましたね?

PJ:ええ、くるぶしのところへね。スー族の方が、パイプラインに反対する活動家の方ですが、デザインしてくれたんです。

LD:どのような媒体ででもいいのですが、あなたに語りかけているのは、あるいは語りかけたのはどのアーティストですか?

PJ:ジョン・レノンです。腕に彼の顔と「Imagine」の手書き歌詞のタトゥーを入れています。"Imagine all the peace"って入れてます。

LD:ソングライティングについて聞かせください。

PJ:自分のために書いています。つまらないものを吐き出す手段です。自分のキャリアのためとかそういうものではありません。私の家族にはすばらしいアーティストがたくさんいます。キャリアとして私がその道に進めば、私が音楽に対して感じていることを変えてしまうでしょう。それを望んではいません。

LD:治療的に使うということですか?

PJ:そうです。ただ聴き、書き、プレイするだけです。

LD:私は映画作りしかできません。詩を書くというのは私にとってとても美しいものです。いつ、どこで書くのですか?

PJ:計画するようなものではありません。車に乗っているときに歌詞を考えて書きとめておいて、後でメロディーを乗せる、という時もあります。

LD:一人で書くのですか?

PJ:バンドを結成しています。楽しむためにやっているんです。ボーイフレンドがドラマーで、ベーシストとバックアップ・ボーカルが他にいます。

LD:どんな音楽なんですか?

PJ:フォークのような感じです。ルミニアーズとジョニー・キャッシュを混ぜたような。

LD:歌詞を紹介してもらえますか?

PJ:私の歌にはメタファー(暗喩)がたくさんでてきます。「骨ばった指のようなあなたの冷たい氷の言葉がスケルトンのように私の首にまとわりつく」みたいな。

LD:ダークなガールだ(笑い)。これ、フォークですか?ちょっと暗いですよね?この先がどうなっているのかちょっと怖いです。間違いなくディープ、ディープです。

PJ:超ハードコアのヘビメタ風にも作れたんですけど、私に浮かんだメロディーは寒々しいものなのです。父はTOP40を聞きながら私を育てたのではないんですよ。

LD:どこか好きな時代に生き、アートを作ることができるとしたら、どの時代がいいですか?

PJ:たぶん60年代、それとも80年代中ころかな。

LD:80年代中盤は全てでしたね!でもどうして60年代なのか、というところに興味があります。

PJ:さっき、人々が立ち上がって平等を推し進める時だ、ということを言いましたよね。60年代は、アーティストが立ち上がって愛を生み出すという時代だったんです。戦争の代わりにね。アートして私がやりたいのはそういうことなんです。

LD:インスタグラムにお母様のデビーの化学療法のことを投稿しましたね。

PJ:化学療法は終わりました。あとは放射線治療だけです。

LD:ガンは無くなったんですか?

PJ:明日、放射線の治療の予約をしています。でも治療はそれが最後だと思っています。その後は寛解期に入り、2週間でタトゥーを自慢し合えるくらいに免疫システムが回復する見込みです。

LD:どんな種類のものですか?

PJ:彼女は首の後ろに私の星座牡羊座のタトゥーを入れるんです。私は彼女のいて座です。耳のところに。私は父のためにピアス穴を7つあけています。父のラッキー・ナンバーだからです。そしてここに、彼女のサインを入れるつもりです。いっしょにいるみたいに見えるから。

LD:これだけは言わせてください。あなたのお父様のことがなければ私はこの場にはいなかったでしょう。若いときに彼を見ていなければ、今の私のようなアーティストになるという勇気を持つことは私にはできなかったと思うからです。お父様を受け継ぐとしたら、どんなところを受け継ぎたいですか?

PJ:間違いなく強さです。知る限り、父は強い人でした。ありったけの愛と親切で何でもやろうとしていたのです。

LD:彼の影響は?

PJ:私のすべてのインスピレーションです。私のインスピレーションの99%は父のものだと言ってもいいと思います。父は私の世界にいつもいてくれます。私のルーツなんです。

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■With an interview by Lee Daniels

Paris Jackson, 18-year-old daughter of Michael, has not yet architected a grand life plan. She does not have an album in the works or a modeling contract signed or a book deal inked or a television cameo confirmed. (Well, maybe she will after this interview.) Instead, keenly aware of the platform afforded her as the daughter of the most celebrated and successful musician of all time, Jackson is focused on developing a vehicle for her creativity and fighting for bleeding-heart causes like, most currently and pressingly, halting the construction of the Dakota Access Pipeline at the Standing Rock Indian Reservation in North Dakota. Heritage aside, Jackson is compelling in her normality as a thoughtful teen with vast potential. Last January, she met with director Lee Daniels in Los Angeles, the day after her first Golden Globes, to talk about music and Michael.

LEE DANIELS So what does Paris Jackson do?

PARIS JACKSON Right now I’m doing the modeling thing.

LD Well, you got the eyes and the height.

PJ I’ve always wanted to try out acting, but maybe in a couple years. I really believe in activism and I want to do bigger things.

LD Do you believe that’s even possible in the world today?

PJ Yes. I think right now a lot of people are really, really angry. And there are two ways that things can go: it can go really bad, or we’ll see that the “man,” the government, is not doing what it’s supposed to do, and we’ll take it in our own hands. Millennials, people my age, we’re going to run the country in the next few years. We can make this country what we want it to be.

LD I guess my question to you is: is there time?

PJ I’m hoping that this year my generation will get to a point where we will rise up, not in a violent way, but start pushing for more liberalism. This happened with same-sex marriage. We pushed so hard for equality and it happened.

LD What is one cause you are extremely passionate about?

PJ I’m very against animal cruelty.

LD So does that mean fur is a no-go?

PJ Yeah, I don’t like real fur or real leather.

LD I have a fur hammock and I feel horrible about it.

PJ A fur hammock? [Laughs]

LD Please don’t make me get rid of it.

PJ No! See the thing is that I wouldn’t own it personally, but I’m not going to hate you for having that.

LD I know you have a tattoo in support of Standing Rock.

PJ Yes, it’s on my ankle. A member of the Sioux tribe, who is an activist and was protesting the pipeline, made the design.

LD Who is or was an artist, in any medium, who speaks to you?

PJ John Lennon. I have his face tattooed on my arm, and the lyrics of “Imagine” in his handwriting. It says, “Imagine all the peace.”

LD Tell me about your songwriting.

PJ I write music for myself. I use it as a way to get stuff out. It’s not something I see myself following career-wise. There are so many amazing artists in my family. If I were to do it as a career, it would change how I feel about music and I don’t want that to happen.

LD Is it therapeutic?

PJ Yeah, just listening to it, writing it, and playing it.

LD I can only write movies and stuff. The idea of making poetry is so beautiful to me. When and where do you write?

PJ I never plan it. Sometimes I’m in the car and I think of some lyrics and write it down and then maybe put a melody to it later.

LD Do you write alone?

PJ I’m in a band. We’re doing it for fun. My boyfriend’s the drummer and we have two others, a bassist and a backup vocalist.

LD What kind of music?

PJ Kind of like folk, like the Lumineers mixed with Johnny Cash.

LD Can you share a lyric?

PJ Most of my songs are just a bunch of metaphors. “Your ice cold words like bony fingers around my neck like a skeleton.”

LD Dark, girl. [Laughs] Is that folk? I mean, that’s sort of dark. I’m sort of scared where that’s going. It’s definitely, definitely deep.

PJ I could make it like a super hardcore heavy metal song, but the melody I have is more chill. Hey, my dad didn’t raise me listening to the Top 40.

LD If you could live and create art, music in any era—

PJ Probably the ’60s or the mid-’80s.

LD Mid-’80s was everything! But I’m curious as to why the ’60s?

PJ Earlier, when I mentioned people rising up and pushing toward equality, the ’60s was the time where even the artists were rising up and creating love instead of war. That’s what I want to do with my art. I want to do what they were trying to do in the ’60s.

LD You just posted on Instagram about your mother Debbie [Rowe]’s chemotherapy.

PJ She just finished. She only has radiation left.

LD So is she cancer-free?

PJ Tomorrow she’s getting marked for radiation, but I’m pretty sure that’s the last thing she has to do. And after that, she’ll be in remission and in two weeks her immune system will be strong enough for us to get matching tattoos.

LD What kind?

PJ She’s getting my zodiac sign, Aries, on the back of her neck and I’m getting her sign, Sagittarius, on the inside of my ear. I have seven piercings there for my father because that was his lucky number, and right here I’m going to get her sign so it’ll be a like they’re together.

LD Let me just say that I would not be here if it weren’t for your father. Because I don’t think I would have had the courage to be the artist that I am if I didn’t see him at a young age. If you could take a quality of your father’s, what would it be?

PJ Definitely his strength. He was the strongest person I know and tried to do everything with as much love and kindness as possible.

LD How does he inspire you?

PJ All of my inspiration, I would say 99 percent of my inspiration, comes from him, because he has always been my world. He is my roots.

Source: CR Fashion Book

アイルランドの隠れ家が売りに

かつてマイケル・ジャクソンが隠れ家として使ったこともある、ギネス家のアイルランドの屋敷ラガラが、3000万USドルで売りに出されている。かつて狩猟小屋として使われた、白壁の中世領主の屋敷は5000エーカーの広さだ。マイケルのほかに、ミック・ジャガーやU2のボノ、それにビートルズも滞在したことがある。

この屋敷は、2006年にマイケルが3ヶ月滞在していたことが明らかとなったことにより世界の見出しを飾った。ただし、この情報は彼が去った後に公表された。

人里離れたロケーションがラガラの魅力であり、ダブリンから40km離れた、氷河で作られた渓谷の谷底に横たわっている。深い森林と湖、銀色に輝く滝の数々に囲まれ、鹿などの狩猟動物も豊富だ。現在のオーナーがガレック・ブラウンであることも魅力を加えている。

アイルランドのビール会社の設立者、アーサー・ギネスから数えて6代目(来孫)であるブラウンは、自らもクラダ・レコードを設立した人物だ。60年代以降、彼は有名アーティストだけでなく、詩人や政治家もラガラに招いている。その彼も77歳となり、ラガラを売りに出すことを決めた。アイルランド・サザビーズに3000万米ドルで出品されている。

元々18世紀に建てられたラガラは、1937年にアーネスト・ギネスが末娘ウーナ(ガレック・ブラウンの母親)への結婚プレゼントとして入手した。ほぼ城と言ってもよいゴシック・リバイバルの屋敷には、3つの大広間に応接室があり、事務設備完備、フォーマルなダイニングもある。マイケルが滞在中好んだことで有名なのは四柱式ベッドだ。

出品リストには、寝室が母屋に7部屋、ゲスト・ロッジに4部屋あり、広大な敷地内の他の7つのロッジやコテージを含めると16の寝室がある。屋敷内の居室部分を全部合わせると、1802平方メートルになる。

テレグラフ紙によると、ブラウンは600万ユーロをかけてリフォームしたという。現在では新設の図書室があり蔵書は8000冊、加えて屋内プールもある。ギネス家では、歴史的遺産として邸宅を買い取って保存して欲しいと州に求めている。

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■Michael’s Irish Hideaway For Sale

The Guinness family’s Irish country estate, Luggala, once used by Michael Jackson as a secret hideaway home, is now listed for around Thirty Million US Dollars.

The former hunting lodge which is snow-white in colour, manor is surrounded by 5,000 acres. Besides Michael, Mick Jagger, U2’s Bono and The Beatles have all stayed there.

The property hit international headlines when it emerged that Michael lived there for three months in 2006, but this information was only released after he’d left.

Part of Luggala’s charm is its secluded location, nestled in a cleft at the bottom of a glacial valley, 40km from Dublin. It is cloaked by dense woodland, lakes and silvery waterfalls, filled with deer and game. The current owner, Garech Browne, adds to the property’s allure.

Browne is the great-great-great grandson of iconic Irish stout maker Arthur Guinness but he also is the founder of Claddagh Records. Since 1960s, he has not only hosted famous artists but also poets and politicians. Now aged seventy-seven he has decided to put the estate up for sale. It is listed at a price of €28 million (US$30 million) through Ireland Sotheby’s International Realty.

Originally built in the 18th century, Luggala was acquired by Ernest Guinness in 1937 as a wedding present for his youngest daughter Oonagh, Garech Browne’s mother. The Gothic Revival, almost castle-like manor has three reception rooms, a drawing room, full office facilities and a formal dining room. There’s also the four-poster bed famously favoured by Michael throughout his stay.

The listing specifies seven bedrooms within the main house, four within a guest lodge and a further sixteen comprised within seven other lodges and cottages throughout the vast estate. Altogether, the accommodation within the estate extends to some 1,802-square-metres of space.

According to The Telegraph, Browne spent €6 million on restoring and renovating the grand home. It now includes a new library, stacked with 8,000 books and an indoor swimming pool. The Guinness heir has called for the state to buy the house to save it for heritage.

Source: Billionaire & MJWN

シンプソンズのイヤードリー・スミスがマイケルについて語る

人気長寿TV番組「ザ・シンプソンズ」でリサ・シンプソンの声を演じているイヤードリー・スミスが、1991年のエピソード「Stark Raving Dad」の収録にマイケル・ジャクソンがやってきた時のことを振り返っている。

マイケルの様子を振り返り、彼女は
「あのフェドラをかぶり、あのすその短いパンツをはき、そして白いソックスを履いていたのを覚えています」
と述べている。



さらに、彼がいかに礼儀正しかったか、彼が彼の台本の上の明かりを消してしまい彼女がまごついてしまったこと、でもなんとか見えていたことなども語った。

そして、マイケルが書いた曲「Lisa It’s Your Birthday」のボーカルのレコーディングにキップ・レノンが来たことを振り返っている。契約の問題でキング・オブ・ポップが自ら歌うことができなかったのだ。そのためレノンは、マイケルの目の前でマイケルの真似をしなければならない羽目になったという。

■Simpsons Star Talks About Michael

Yeardley Smith, who pays Lisa Simpson on the long running hit TV show The Simpsons, has reminisced about the time Michael Jackson came to record for the episode ‘Stark Raving Dad’ in 1991.

Remembering what he looked like, the voice actress said;

“I remember he wore his fedora and he wore his high water pants and his white socks.”

She also spoke about how polite he was and how she was baffled that he turned his light off over his script, yet could still see.

Smith also recalled the moment Kipp Lennon came in to record the vocals for the song ‘Lisa It’s Your Birthday,’ a track penned by Michael but due to contractual issues the King of Pop couldn’t sing himself. Lennon had to therefore imitate Michael right in front of the man himself.

Source: Archive of American Television & MJWN

エステート vs 国税局、トーメ・トーメの証言

マイケル・ジャクソンの元マネージャーのトーメ・トーメがIRS税金裁判で証言台に立ち、マイケル・ジャクソン・エステートとの間の緊張感があらわとなった。

コロニー・キャピタルの元コンサルタントのトーメ・トーメは2008年にマイケルとの仕事を始めた。ネバーランドの債務買取について調整したことがきっかけだ。トーメによれば、マイケルは、コロニーのCEOトム・バラックとの関係から彼を引き入れた。そして仲介手数料として債務の総価値の10%を受け取ることになっていたという。当時、彼はコロニー側からコンサルタント料として月に2万ドルに加え、関与した取引の取り分を受け取っていた。

2300万ドルで債務を買い取ってもらうことにより、マイケルはネバーランドの抵当権実行を阻止し、そしてトーメをマネージャーとした。2012年以降、彼は報酬をめぐるマイケル・ジャクソン・エステートとの法的闘争に関わっている。

彼はIRS側の証人として呼ばれた。マイケルには死去する直前までビジネスの申し出があったことを示すことが目的と見られる。具体例を挙げると、ナイキとのムーンウォーカー・シューズやマイケルの楽曲を使ったブロードウェイ・ミュージカルの可能性があったという。

エステート側弁護士のハワード・ワイツマンは反対尋問でトーメに対する尋問の手を緩めなかった。

トーメが挙げた、可能性のあったリストについて議論し、それらが何一つ実現していないことを指摘すると、ワイツマン弁護士は、トーメが2009年の春に辞めさせられたことを示唆する一連の書類に話を向けた。トーメはマイケルが亡くなるまで仕事をしていたと主張しているが、エステートはその数ヶ月前には解雇されていたと主張している。

彼はドクター・トーメの名でマイケルの元マネージャーとして通っているが、ワイツマンは彼の経歴について質した。医学部に通っていたのかどうか、経済学のPhDを授与されたのかどうかについて問われ、トーメは両方ともNoと答えた。

するとワイツマンは、それならばなぜ、これまでに証言した法廷でそれらの学位を有していると述べたのかと質した。

「あなたはメディアで私を貶めています」とトーメは述べ、エステートは私立探偵を雇って悪いうわさをかき集め、数十年前に一時的に婚姻関係にあった女性宅に押しかけるなどしていると主張した。「理由はあなた方に知られたくはありません。私は高い教育を受けました。多くの言語を話せます。そのほかにはあなた方に話すべきことはありません」。

IRS側からの異議を受け、宣誓証言の筆記録は議事に加えられた。

実現しなかった舞台「Thriller」について証言するために演劇プロデューサーのジェームズ・ネダーランダーが証言したあと、ワイツマンは再びトーメを証言台に呼んだ。

ブルネイのジェフリ王子の邸宅を購入してラスベガスからロサンゼルスへ転居するようマイケルに勧めた計画についてトーメは語った。

するとワイツマンはトーメに対し、フランク・ディレオがその計画を覆したことについて尋ねた。トーメは、「一体この裁判で裁かれているのは誰なんだ?私か?エステートか?」と怒声で答えた。

そしてワイツマンはエステートとトーメの間で係争中の裁判を取り上げ、「あなたはエステートを訴えましたね?」と尋ねた。トーメは「イエスだ」と答えた。そしてワイツマンに対し、この数年間ずっと法廷で会っているとした上で、「私はあなた方が大好きなんでね」と述べた。租税裁判所判事マーク・ホームズはこの軽口を、「あなたは宣誓しているのですよ」と返した。

その数分後、ワイツマンの最後の質問の時にホームズ判事が発したさらなるウィットに法廷では笑い声が聞かれた。

ワイツマン:なぜドクターと呼ばれるのですか?
トーメ:そう呼ぶ人になぜ聞かないんです?私をドクターと呼ぶ人に聞くべきですよ。
ワイツマン:ドクター・J(NBAのジュリアス・アービングの愛称)とかドク・ホリデイ(西部劇時代のガンマン。歯学博士号を持っていた)と同じですか?
ホームズ判事:ドク・ホリデイは本物の医者ですよ。
ワイツマン:判事はお答えになる必要はありません。
トーメ:この問題は「またの機会」にしましょう。

ワイツマンの質問の後、IRS側の弁護士セバスチャン・ヴォスはトーメに対し、エステートとの関係について尋ねた。
「あなたとエステートは激しく衝突している関係というのが正しいですね?」
「イエスです」とトーメは答えた。

■Tohme Tohme’s Testimony In Tax Trial

The tension between Michael Jackson’s estate and his ex-manager Tohme Tohme was on full display yesterday, as Tohme Tohme took the stand in the current tax trial.

Tohme, a former Colony Capital consultant, began working with Michael in 2008 when he coordinated the buyout of a loan for Neverland Ranch. He says Michael brought him on because of his relationship with Colony CEO Tom Barrack and, as a finder’s fee of sorts, he was to receive ten percent of the total value of the loan. At the time, he says he was receiving $20,000 a month in consulting fees from Colony, plus a share of the deals he was involved in.

The $23 million loan buyout allowed Michael to avoid foreclosure on the ranch and sealed Tohme’s position as his manager. Since 2012 he has been involved in a contentious legal battle with Michael’s estate over his pay.

He was called as a witness by the IRS, presumably, to show that Michael had business suitors in the time leading up to his death. Specifically, he said there had been prospects of a ‘Moonwalker’ shoe deal with Nike and a Broadway musical based on Michael’s songs.

Estate attorney Howard Weitzman pulled no punches during his cross-examination of Tohme.

After going through the potential list of deals Tohme had mentioned and pointing out that none had come to fruition, Mr Weitzman turned his attention to a series of documents that suggest Tohme was terminated in the spring of 2009. Tohme claims he worked with Michael up until his death, but the estate has said he was fired several months before that.

Michael’s ex-manager was known to go bythe name Dr. Tohme, which led Mr Weitzman to ask him about his resume. He asked if he attended medical school and if he had a PhD in economics. Both were answered “No.”

Mr Weitzman then asked why Tohme had said during a deposition in a previous case, in which he was a witness, that he held those degrees.

“You tortured me in the media,” Tohme said, claiming that the estate hired a private investigator to dig up dirt on him and that PI visited a woman he was briefly married to decades ago. “The reasons for these answers is I don’t want you to know. I’m a very highly educated person. I speak many languages. I don’t know what else to tell you.”

The transcripts of that deposition were admitted to the record following an objection from the IRS.

Theater producer James Nederlander then took the stand to discuss a ‘Thriller’ play that never happened then Mr Weitzman called Tohme back to the stand.

Tohme discussed plans to buy the home of Prince Jefri of Brunei and convincing Michael to move back to L.A. from Las Vegas.

Mr Weitzman then asked Tohme about being replaced by Frank DiLeo. Tohme’s angrily responded with; “Who’s on trial here, me or the estate?”

Eventually, Mr Weitzman brought up the estate’s pending litigation with Tohme asking; “Did you ultimately file a lawsuit against the estate?” “Yes,” Tohme replied. He then noted to Weitzman that he’s been seeing him in court for several years and added; “I like your company.” U.S. Tax Court Judge Mark Holmes took full advantage of the lighter moment and said; “You’re under oath.”

Chuckles echoed through the courtroom, as they would a few minutes later when Holmes had another burst of wit after Mr Weitzman’s final question.

Weitzman: Why do they call you Doctor?
Tohme: Why do they call me a doctor? You have to ask whoever calls me a doctor.
Weitzman: Is it in the same vein as Dr. J (Julius Erving) or Doc Holliday?
Holmes: Doc Holliday was a real doctor.
Weitzman: You don’t have to answer.
Tohme: decided to leave the matter “for another time.”

After Mr Wietzman finished, IRS attorney Sebastian Voth pointedly asked Tohme about their relationship. “Is it fair to say that you and the estate have a very contentions relationship?” Tohme answered: “Yes.”

Source: Billboard & MJWN

エステート vs 国税局、ジョン・ブランカが証言

マイケル・ジャクソン・エステートと内国歳入庁(IRS)の間で争われている数百万ドル規模の税金の裁判が初日を向かえ、ジョン・ブランカが証言台に立った。

30年近くにわたって断続的にマイケル・ジャクソンの代理人を勤めてきたブランカ氏は昼食後の証言台に立ち、4時間近くにわたってエステート側弁護士ハワード・ワイツマンの質問に答えた。

本裁判は3週間程度続くと見られており、エステート側、IRS側双方は、マイケル・ジャクソンの死去時の肖像権の価値について、それぞれの主張が正しいと判事に訴えかけることになる。

租税裁判所のマーク・ホームズ判事と弁護士、ジョン・ブランカ氏は、マイケルの財政問題というシリアスな議論の合間に冗句をはさむこともあった。

リラックスした雰囲気の中で、ワイツマン弁護士の質問に対する返答でブランカ氏はいつもと違う様子を見せ、普通の民事法廷では判事が制止するだろうシーンも見られた。

ブランカ氏はこう述べた。
「泣いてしまいますよ。マイケルは天才でした。彼はすばらしい男でした。彼についての話をする時、私はいつも愛情を込めて話をするんです」。

数年のブランクを経て、ブランカ氏はマイケルの死の1週間ほど前に彼と会った。その時、彼はマイケルに対し、実現できそうなプランについていくつか提示した。「Thriller」の映画化や舞台化、お化け屋敷アトラクション、アルバムとDVDの再発売などが含まれていたが、マイケルの名前や画像のライセンシングは含まれていなかった。

アーティストの名前や写真を商品に使用する許諾を与えるという意味での総合的マーチャンダイジングでミュージシャンは大金を得るものなのかどうかというワイツマンの問いに対し、ブランカは「いいえ」と答えた。「ほとんどのミュージシャンにとってそのような収入は、音源や楽曲、ツアーなどから得られる収入に比べれば微々たるものです。レコードを出すというのは名前に対する権利や肖像権とは違うのです」。

マイケルの死後、エステートは未発表のリハーサル映像を使って「This Is It」を製作したが、この作品はコンサート映画としては史上最高収益の一つである。シルク・ドゥ・ソレイユと共同でラスベガスのショーも開演した。ブランカによれば、こうしたことは肖像権の取引とは見なさないという。

生前の彼のキャリアの中での衣料品に対するライセンシングの試み2件あった。その後の、マイケルの死後の価値を示唆しうるライセンシング相手はティーン向け衣料品会社Supremeである。ブランカによると、同社のシャツは子供に「クレイジーな人気」を誇っており、若年オーディエンスへのマイケルのイメージの再ブランド化に向けた取り組みであるという。

「これで収益があるわけではありませんが、いつか、新たなファンを獲得することができるでしょう」とブランカは述べた。

IRS側の弁護士は、IRS側の弁論の際にブランカに再び証言させるとして、今回の証言に対する反対尋問は行わなかった。

証言を終える際、判事はブランカに対し、マイケルの歌詞の一つを説明するよう求めた。「あなたは『Thriller』をよくご存知ですが、『the funk of 40,000 years』とはどういう意味ですか?」

「カルマ(業)です」とブランカは答えた。

■John Branca Speaks At IRS Trial

John Branca took the stand Monday on the first day of trial in a potentially billion-dollar tax fight between Michael Jackson’s estate and the IRS.

Mr Branca, who has represented Michael on and off for nearly three decades, took the stand after lunch, spending nearly four hours being examined by Michael’s estate attorney Howard Weitzman.

The trial is expected to last three weeks, as attorneys for the estate and the government each work to convince a judge that their value of Michael’s likeness at the time of his death is the correct one.

American Tax Court Judge Mark Holmes, the attorneys and John Branca, routinely cracked jokes amid a very serious conversation about Michael’s financial issues.

The more relaxed atmosphere gave Mr Branca license to be more ex-positional with his answers to Mr Weitzman’s questions, which would have likely been cut off by a judge in a standard civil law courtroom.

Mr. Branca said;

“I’m going to tear up. Michael was a genius. He was a great guy. When I tell these stories, I actually tell them with affection.”

After several years of not working together, Mr Branca met with Michael a little more than a week before his death. During the meeting he brought with him a list of potential ideas which included a ‘Thriller’ film, play and haunted house attraction, as well as album and DVD re-releases, but none of his ideas involved licensing Michael’s name or likeness.

Mr Weitzman asked if musicians make a lot of money in general merchandising, which he described as licensing an artist’s name and image for merchandise. “No,” replied Mr Branca. “That income for most musicians is dwarfed compared to the money they make from recordings, their songs and especially the tours. Putting out a record is not a name and likeness right.”

Since Michael’s death, the estate has used unreleased rehearsal footage to make ‘This Is It,’ which is one of the biggest-grossing concert films ever. They also launched a lucrative Las Vegas show in partnership with Cirque du Soleil. Mr Branca said neither of those qualify as likeness deals.

After two clothing line licensing attempts during the course of his living career, the one likeness deal that shows potential after Michael’s death is with a teen clothing company called Supreme. Mr Branca explained that kids are “crazy” for the company’s shirts and the deal is an effort to re-brand Michael’s image with a younger audience.

“We make no money from it, but maybe someday we’ll get new fans,” he said.

The IRS attorneys declined to cross-examine Mr Branca in favour of calling him back to testify when they present their case.

Before letting him leave the stand, the judge took the opportunity to ask him to explain one of Michael’s lyrics. “You’re familiar with ‘Thriller,’ ” said Judge Holmes. “What exactly does ‘the funk of 40,000 years’ mean?”

“Karma,” answered Mr Branca.

Source: The Hollywood Reporter & MJWN

マイケル・ジャクソン専属写真家の思い出

世界中の多くの人々がマイケル・ジャクソンをキング・オブ・ポップと思っているころ、世界の片隅のある写真家は、30年以上にわたる専属写真家としてこのアイコンの違う面を見られる立場にいた。

ハリソン・ファンクはジャクソンがティーンのアイドルから正真正銘のスーパースターに成長していくさまを見ていた。ジャクソンは完ぺき主義者として知られるようになるが、その人となりはかなり複雑だった。

「複雑でない天才なんているんですか?」とファンクは問う。「ダ・ヴィンチやミケランジェロ、ベートーベン、ピカソと同じ地位にいると私は思っていますよ」。

ファンクは伝説のポップ・シンガーの生涯を記録するという任務を負った男だ。ファンクによれば、ジャクソンは「マジックが生まれた」かどうか、毎晩のように尋ねていたという。

「彼は写真が待ちきれなかったんです。マジックを見たいと思っていたからです」とファンクは振り返る。

アルバムを見返しながら、ファンクは、大観衆の中でジャクソンが行ったパフォーマンスのそれぞれの瞬間を振り返った。

「これが彼の圧倒的な衝動でした」とファンクは説明する。「観客のためにパフォーマンスをすることがね。彼のショーは圧倒的に完璧でした」。

ジャクソンは不思議さに感動する気持ちというものを片時も忘れなかったという。

「彼は自分の中の子供の部分がわかっていました。そしてそれを失いたくないと強く思っていました。それが彼のマジックを成していたのです」。

ジャクソンは1984年にハリウッドのウォーク・オブ・フェイムに刻まれた。ファンクによれば、ジャクソンにとってその日は最高の日だったという。彼はキャリアの絶頂にいた。

だがジャクソンのキャリアを決定付けたのは、英国ウェンブリー・スタジアムのステージでムーンウォークを披露した時だった。

ファンクによれば、ジャクソンはそのムーヴをシャラマーのメンバーだったジェフリー・ダニエルから教わったという。ダニエルは英国のテレビ番組「Top of the Pops」でこれを披露していた。彼は単にバックスライドと呼んでいた。

ジャクソンはこのムーヴを学び、仕上げ、そしてムーンウォークと呼んだ。

「マイケルがこれをやった時、人々は吹っ飛びましたよ」とファンクは言う。「そんな反応をもらったアーティストを私はいまだかつて知りません」。

ジャクソンにとってのもう一つの大きな瞬間は、ネルソン・マンデラと会った時だ。だがファンクによれば、それはマンデラにとっても大きな瞬間だった。彼はジャクソンに会わせるため家族全員を南アフリカから連れてきたのだ。

ジャクソンとマンデラはエリザベス・テイラーを交えてビバリーヒルズのペントハウスで会った。ファンクによると、彼が撮った3人のアイコンの写真はその日のうちに200以上の新聞に掲載されたという。

「マイケルは世界を変えようとしていました。彼は何の気なしに『We are the World』や『Man in the Mirror』を作ったわけではありません。彼が音楽を作っていたのは人々にインパクトを与えたかったからなんです」とファンクは言う。

2009年6月25日にマイケルが亡くなった時、ファンクにとっては彼が行ってしまったことを理解するのが難しかったという。

「言葉にするのは難しいですが、私は世界全体が変わったと思います。一つの時代が終わったのです」。




■MICHAEL JACKSON'S PERSONAL PHOTOGRAPHER REVEALS HIS FAVORITE MOMENTS

While millions around the world know Michael Jackson as the King of Pop, a local photographer was able to see a different side of the icon as his personal photographer for 30 years.

Harrison Funk watched as Jackson evolved from teen idol to a bona fide superstar. Jackson became known as a perfectionist whose personality was very complex.

"What genius isn't complex?" Funk asked. "I would put him up there with Da Vinci and Michelangelo and Beethoven and Picasso."

Funk was the man tasked with documenting the life of the legendary pop singer. Funk said Jackson would ask him every night if he had "made magic."

"He couldn't wait to see the pictures because he wanted to see the magic," Funk recalled.

Looking over albums of photographs, Funk pointed to the moments in which Jackson performed in concerts with massive crowds.

"That was his overwhelming drive," Funk explained. "To perform for people. His show was absolute perfection."

Funk said that Jackson always maintained a sense of wonder.

"He knew the child within and he never wanted to lose that," he said. "That was part of the magic."

Jackson received his star on the Hollywood Walk of Fame in 1984. Funk said it was a huge day for Jackson as he was at the height of his career.

But a defining moment in Jackson's career came when he did the moonwalk on stage at Wembley Stadium in England.

Funk said Jackson actually learned the move from Jeffrey Daniel, who was in the group Shalamar. Daniel had performed it on the British show "Top of the Pops," only he called it the backslide.

Jackson learned it, perfected it and re-branded it as the moonwalk.

"When Michael came out with it, people were just blown away," Funk said. "I've never seen any other artist that got that response."

Another big moment for Jackson was when he met Nelson Mandela. But, according to Funk, it was equally as big a moment for the world leader, who brought his entire family from South Africa just to meet Jackson.

Jackson and Mandela met in a penthouse in Beverly Hills along with actress Elizabeth Taylor. Funk said by the end of the day his photograph of the three icons appeared in more than 200 newspapers.

"Michael was looking to change the world. He didn't just record 'We are the World' or 'Man in the Mirror.' He recorded music because he wanted to make an impact on people," Funk said.

When Michael died on June 25, 2009, Funk said it was hard to grasp that he was gone.

"It's hard to articulate," he said. "I think the whole world changed. It was the end of an era."

Source: abc7.com
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